第11話:繋がる熱
文化祭が終わり、季節は秋から冬へと移り変わっていった。
朔がいない寂しさを胸に抱えたまま、私と遠野くんは受験という現実に立ち向かい、それぞれの目指す道へと向かって必死に机に向かった。
そして厳しい冬を越え、桜の舞う春、私たちは慣れ親しんだ校舎から卒業していった。
クラスメイトたちが「あの時は楽しかったな」と文化祭を愛おしい節目として胸に抱き、新しい道を進んでいく中、私もまた、あの夕暮れの教室で分け合った朔の熱と共に歩み続けている。
私は、彼が遺したものを、密かにこの世界に残し続けている。
あの古いわたあめ機は、文化祭の後に廃棄される予定だった。
それを私は、遠野くんにお願いして、彼の祖父に軽トラックを出してもらい、自分の部屋の片隅へと引き取った。
遠野くんは何も言わず、運ぶのを手伝ってくれた。
彼もまた、あの階段の踊り場で「世界の裏側の熱」に触れた一人だからだ。
部屋の机の横に鎮座する、古い鉄の機械。
時折、誰もいない部屋でそのスイッチを入れる。
ザラメは入れない。
ただ、回転皿がゴトゴトと回り、あの優しい熱気を放つのを見つめる。
すると、機械の奥から、人間の目には見えないはずの白銀の糸が、ほんの少しだけフワフワと湧き上がってくるのだ。
それは、あの日朔が遺していった、彼の命の、そして想いの残滓。
私はその小さな雲のような糸を、壊さないようにそっと両手で包み込み、自分の胸へと押し当てる。
そのたびに、私の芯にある熱が、トントンと静かに呼応した。
「私は、逃げないよ」
機械の熱に向かって、私はいつもそう呟く。
大学に進学した私は、医療の道を選んだ。
日々、講義や実習のなかで、人間の命の「もろさ」と向き合い続けている。
病気や怪我によって、昨日まで笑っていた命が、次の日にはあまりにも脆く崩れてしまう世界。
触れれば壊れてしまいそうなそのもろさに、かつての私は恐怖し、心を閉ざしてうずくまっていた。
けれど、命はもろいだけじゃない。
絶望の底から立ち上がろうとする、生きる力の奇跡もまた、確かにこの世界には存在するのだ。
だから、今の私はもう逃げない。
もろく、けれど力強いからこそ、人は誰かを愛し、記憶や想いを遺そうとする。
熱さを恐れずに少しずつわたあめを大きくしていくように、不器用でも手を伸ばして、愛おしい時間を育んでいく。
その営みこそが、人間が生きる美しさなのだと、私は誰よりも知っている。
病棟の実習で、小さな男の子が泣いていた。
注射が怖くて、心も体もこわばらせているその子の小さな手を、私はそっと両手で包み込んだ。
あの日、怖がる私の手を朔がそっと包み込んでくれたときのように。
熱を逃がさないように、包み込むように重なる両手。
それが、彼が教えてくれた「温もりを届ける作法」だった。
「大丈夫だよ」
私の手のひらから、じんわりと温かい熱が伝わっていく。
それは私自身の体温であり、同時に、私の心に溶けた朔の熱でもあった。
男の子は、驚いたように私を見上げ、それから少し安心したように涙を拭った。
命に向き合うことは、時に苦しく、自分自身が削られるような感覚になることもある。
だけど、私の背中を押すのは、あの夕焼け空に溶けていった、どこまでも優しい青年の記憶だ。
彼がくれた熱がある限り、私の心はもう冷たく閉ざされることはない。
「よお、お疲れ」
見上げると、白衣を着た遠野くんが立っていた。
彼は実家の接骨院を継ぐために、同じ医療系の大学でリハビリの勉強をしている。
「遠野くん。そっちも今、終わったの?」
「おう。今日の先生、マジできつくてさ」
遠野くんは首を振りながら、私の隣にどさりと腰掛けた。
彼との間に、相変わらず恋愛感情なんてものは微塵もない。
だけど、同じ「世界の裏側」を見て、同じ青年の約束を胸に秘めて、命の最前線で闘う仲間として、これ以上なく頼もしい友人が隣にいる。
遠野くんはポケットから、小さな市販のわたあめの袋を取り出し、私に一つ手渡した。
「ほれ、糖分補給。お前、また根詰めてただろ」
「ふふ、ありがとう」
袋を開け、白い塊を口に含む。
一瞬で溶けていくその甘さは、あの日食べたものよりはずっと大雑把な味がした。
袋詰めの市販品に、温もりなんてあるはずもない。
けれど、それが喉の奥を通り抜けた瞬間、不意に、じんわりとした温かさを感じたような気がした。
やっぱり、この甘さはあの神社の夜と繋がっている。
窓の外には、どこまでも広がる夕暮れの空。
その世界の片隅で、私たちは今も、それぞれの足音を響かせながら、愛おしい命を守るために進み続けている。
私のなかに生き続ける、彼の永遠の熱に守られながら。
(第11話・おわり)




