第10話:永遠へ共に
視界が涙でぐしゃぐしゃに歪み、立っていることすらできなくて、私はその場に膝をついた。
遠野くんが焦ったように私の肩を支え、そして私の目の前に、そっとあの白銀に輝く雲のようなわたあめを差し出した。
夕暮れの教室の隅で、絹よりも繊細な糸をまとったわたあめ。
言葉なんてなくても、それが朔の残した最後の温度なのだと、痛いほど伝わってきた。
私は涙を拭うことも忘れて、震える手でそれを受け取り、すがるように口へと運んだ。
一瞬だった。
私の口内で、それは優しく、包み込むような温かさを持って、跡形もなく溶けて消えた。
胸の奥に直接流れ込んできたのは、言葉にならないほどの優しい熱。
私と出会えたことへの感謝、私を愛おしいと思ってくれた、朔のどこまでも温かく純粋な「想い」そのものだった。
「……っ、うあ……ぁ……っ」
その熱があまりにも優しくて、胸を刺すような寂しさが激しさを増す。
こんなにも愛してくれたのに、どうしていなくなってしまうの。
あふれ出す涙は熱く、頬を濡らしながら零れ落ちていく。
彼の想いを感じれば感じてしまうほど、彼がもうどこにもいないという現実が、容赦なく私を打ちのめす。
「……ありがとう、朔……っ、ううん……行かないでよ……っ」
感謝と、溢れ出す引き止めたい思いがぐちゃぐちゃに混ざり合って、声にならない嗚咽になった。
「……行くぞ」
遠野くんがかすかに声を震わせながら、私の肩をポンと叩いた。
その目は少し赤かった。
「あいつが遺した特等席の雲……見に行ってやろうぜ」
「……うん……っ」
私は何度も目元を拭いながら、立ち上がり、遠野くんの後を追って夕焼けが広がる校庭へと出た。
空を見上げると、燃えるような夕焼けの向こうにあった真っ白な『記憶を蓄える雲』が、夕暮れの風に揺れていた。
朔が遺した、最後の記憶の破片。
ただ風に吹き飛ばされて消えてしまわないように、私は涙で濡れた両手を、そっと空に向けて掲げた。
(消えないで……私の中に、いて……)
祈るように強く願うと、風に解けかけた白い雲の粒子が、夕空の光を纏いながら、まるで私の差し出した手へと引き寄せられるように、ふわりと舞い降りてきた気がした。
目に見える姿は風に溶けていっても、そこに込められた朔の感情や愛おしさは、空へ逃げていくのではなく、私の身体の中へ、胸の奥へと確かに吸い込まれていく。
悲しくて、胸がちぎれそうで、涙はちっとも止まってくれない。
これから先、一人で歩く道で、甘い匂いを嗅ぐたびにも、きっとこの胸の痛みが消えることはない。
だけど、朔が遺してくれた記憶も、想いも、最後の熱も、全部私が私の中に抱きしめて生きていく。
「……バイバイ、朔。……ずっと、大好きだよ」
空に溶けていく雲と、私の中に満ちていく熱を感じながら、私は涙で霞む視界の中、深く息を吐いた。
吹き抜ける風には秋の涼しさに交じって、昼間の熱気を残したぬくもりが少しだけ含まれていた。
泣きじゃくる私の胸の奥と、どこか似ているその風を感じながら、私は彼から受け取った確かな記憶の熱を抱きしめていた。
(第10話・おわり)




