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セイギノヤカタ  作者: 蝟太郎
首は落ちても、落ち込まず
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【1】首は落ちても、落ち込まず






 今回の起きた陽柱銀行の事件。逮捕者178名、被害者24名。



 強盗犯を数人逃がし、被害者の内10名が怪我をしたとはいえ、殆どが軽症で命を落とした人もおらず、銀行内部には破損個所も多いが何とか全壊は免れた。銀行の金品も殆ど全て無事らしい。数字だけで見れば、ヒーローの功績として納得できるモノであった。


 だと言うのにも関わらず、ヒーローである当主と僕がいる部屋の中は暗く淀んだ雰囲気が漂い続けていた。つけっぱなしのラジオ、煙草がこびり付いた部屋の臭い、乱雑に散らかった部屋。まるで刑事ドラマセットの様な気だるい雰囲気が、更に陰鬱とした空気を増長させていた。


 この雰囲気はどうにかなりませんかね。まるでお通夜の様に暗すぎる空気の中で、僕はパソコンを弄りながら、この雰囲気を作り出している当主の方へと視線を向ける。



「……何?」



 パイプ椅子の上に座っている当主は、僕の視線を敏感に嗅ぎつけ、今にも食い殺そうと睨みつけてくる。これは随分とご立腹の様ですね。心の中でそう呟きながら、僕は何でも無いと首を横に振り苦笑いを浮かべるだけだった。


「死ね」


 僕の表情を見て、当主は吐き捨てる様にそれだけ言うと、鼻を鳴らして天井へと視線を向ける。どう見ても機嫌は最悪の様だ。まあ、目の前で少女の首が切り落とされてしまい、人間としての生に終止符を打たれてしまったのだ。真面目な当主の中には助けれなかった後悔の念が渦巻いてる筈だ。


 こっそりとバレないようにため息を吐き出しながら、パソコンへ視線を戻す。パソコンの中に幾つもの画像が表示されており、その中の一つである地図が表示された画像へと目をやる。そこには映し出された地図の中を赤い印が物凄い勢いで動き回っていた。



 これは今回逃がしてしまった強盗犯の現在地を差している。僕はそれを目で追いながらキーボードを叩いていく。


 やはり、あの強盗団は普通の犯罪者ではなさそうですね。飛行機チャーターも当然ですが、その飛行機も普通では考えられないような速度で、日本を北上していく。そんな赤い印に僕は心の中でそう呟いていると、ノックの音が聞こえてきた。


 その音に、扉へ視線を向けると、眼鏡をかけた白髪混じりの男が立っていた。男は僕達を見つけると、嬉しそうな笑みを浮かべた。



「いやーお疲れ様でした。流石のお手並みと言った所ですね」



 本当に嬉しそうに頬を緩めながら、そう褒める眼鏡の男。この男性は警察の中で唯一ヒーローに関する事件を取り仕切る特別事件管理課の人間。つまり僕達ヒーロー管理局と、協力関係にある人物。



「何が?」



 入ってきてからずっと楽しそうに笑う男を見て、当主はムッとした表情になる。だが、どうも当主が不機嫌な事を理解していない男は、棘のある当主の言葉など気にも留めずに、笑いながら話を続ける。


「今回のご活躍ですよ。主犯格を逃がしたとはいえ、強盗団の大量検挙に金品も全て無事。更には被害者も軽症で済んでいるとくれば、警察では勲章モノの大手柄なんですよ、ヒーローさん」


 くいっとズレてきた眼鏡の位置を直し、男は楽しそうに大きく両手を広げて笑みを浮かべた。褒めるのはいいが、それはどう考えても今の当主には火に油でしかない。苛立った様にギリッと歯を噛みしめながら、当主は絞り出すような声で言う。


「お手柄じゃない。私はヒーローじゃない」


 視線を僅かに下げ、何かに耐えるように震えながらそう呟くように答える当主。血が滲みでる程に拳を握りしめ、ただ心の中で自分を罵倒しているのだろう。しかし、男は大袈裟に首を振って、当主の気持ちを一切察する事なく朗らかに笑って言った。



「いやいや、ご謙遜を。逃がした主犯達も、捕まえた連中を締め上げて住みかを吐かせれば、駆除できま──」

「被害者を出してヒーローなんて言えないっ!」



 ついに我慢しきれなくなったのか、当主は笑いながら述べる男の言葉を大声で遮った。椅子から立ち上がり、拳を握りしめ、堪え切れないように叫んでしまう当主。うーん、当主はヒーロー活動をして半年程度ですからね。こんな結果で納得できる筈はないでしょう。

 直情的になってしまっている彼女に、僕は一度だけ咳払いで宥める。その咳払いに当主は我に返ったのか、少し不機嫌そうに再び椅子の上に腰を下ろした。


「……被害者が出ている。その言い方は良くない」


 そして、舌打ちを隠しながら、出来るだけ冷静な言葉で男にそう話す当主。その言葉に眼鏡をかけた男は少しだけ考え込むように腕を組むと、首を傾げながら尋ねた。


「ふむ、その被害者とはもしかし首を斬られたお嬢さんの事ですかね」


「そう。首を斬られた彼女。ヒーローなのに私は助けられなかった。だから、私は立派なヒーローじゃない」



 表情を殺しながらも、小さく泣きそうな抑揚のない声で答える当主。あの表情の中にはどれだけ自分への罵詈雑言が隠されているのだろうか。ヒーローである自分への苛立ちからか、当主は強く拳を握りしめていた。



「相変わらずですね。真面目でお堅い」



 男は困った様にため息を吐き出しながらそう呟く。


「別に慰めるつもりなどありませんがね。警察としては充分な功績を果たして頂きましたよ」


 苦笑交じりにそう答える眼鏡の男。確かに警察としては充分なモノであっただろう。今回の大捕物は既に報道されており、警察はヒーロー扱い。少し前に発覚した汚職事件なども全て洗い流す程の盛況っぷりである。


「被害者の皆さんも無傷か軽症で済みました。百人を超える犯罪グループも逮捕できた。これはどう考えても充分な仕事です。ヒーロー管理局としてもそうですよね?」


 意味有り気な視線を向けてくる男に、僕は無言で小さく肩を竦める事しかしない。ヒーロー管理局としては、ぎりぎり及第点と言った所だろう。被害も軽微。守るべき一般人も守れた。まあ、まだ本当に捕まえるべき人外である強盗犯をまるまま取り逃がしてしまっている。

 一応補足して追ってはいるし、このまま根元から駆除する予定だけど。まあ、それをする為に、僕がパソコンを弄ってアジトを見つけようとしているのですが。


 何も答えない僕を見て、男は小さく肩を竦めながら当主に向って言う。


「ヒーローの役目は人外から人間を守ること。貴女はヒーローとしてその役目を全うしましたよ。今回は偶然の要素も高かったようですけど」


 ニコニコと微笑む男。男の話した内容は真実でしかなかった。今回の当主は人外の捕縛には至らなかったモノの、人外から人間を守るという職務についてはしっかりと全う出来ていた。

 しかし、そんな男の言葉に当主は、何かに耐えるように弱く首を振りながら、ただ弱々しく呟く。


「違う。本当のヒーローの役目は──」

「とにかく、此方としては満足しているという話ですよ」


 何か話そうとした当主の答えを、眼鏡の男は遮りそう話を締めくくった。

 それに、当主は何かを反論しようとしたが、それは口から外へと飛び出す事はなく、不機嫌そうなため息だけが漏れだしていた。今の当主の心の中には何が駆け巡っているのか、僕には理解する事も出来ないだろう。



「……勝虎は」


 何か言いたそうな弱い視線を向けてくる当主に、僕は優しい表情で首を傾げた。その表情はいつものヒーローとしての当主ではなく、鎚宮 明日葉という中学生の泣きそうな表情であった。



「何もない。何でも無い」



 顔を歪めながら、当主は絞り出すようにそう呟くと僕から視線を外す。そんな当主を見ても、今の僕には彼女に慰めの言葉すら投げかける事すら出来ない。



「さて、それでは例のお嬢さんの話なんですけどね」


 当主の顔色など気にする事無く、男はそう話を変える。お嬢さんという単語に当主はピクリと僅かに身体を反応させ、僕もパソコン画面から男へと視線を移した。それらの反応に気を良くしたのか、男は少しだけ笑みを浮かべながら話していく。



「あの娘は警察の分野ではなく、ヒーロー管理局の分野ですよね。ですので、彼女の保護はそちらにお願いいたしますが、宜しいですよね」


「分かってる」


 男の言葉を聞き、小さな声でそう答える当主を見て僕も小さく頷いた。確かに彼女事情を考えれば当然、僕達ヒーロー側の問題になる。こちらで出来得る限りの事をしなければならないでしょうしね。そう考える僕と当主に、男は更に笑みを深める。



「説明するのは、そちらの自由にして貰っても構いません。今後の彼女の処遇についても、そちらで扱ってもらいます」


「それも分かってる」


 尚も説明を続ける男に、当主は少し苛立ったようにそう答えた。傷口を抉られていく様な言葉だったが、警察としても責任をしっかりとして貰わなければならないのだ。男は微笑みながらも言葉を止める事はせずに、しっかりと話し続けて行く。


「まあ、最低限の説明で充分だと思いますが、彼女の両親などの問題についても──」

「分かってる!」



 堪え切れずに当主は拳を机の上に叩きつけ、無理やり男の言葉を止めた。

 強く握りぶつけた拳からは血が滲みだす。拳が叩きつけられ無残にひび割れた机へ視線向け、当主は一度だけ身体を震わせたが、僕が何かする前に、すぐに自分の心を抑えるように大きくため息を吐き出した。


「大丈夫。彼女の面倒は見る。また元の生活に戻れる様に」


 大きく首を振り、疲れたような口調でそう答える当主。その答えに、男は小さく笑みを浮かべる。


「そうですか。まあ、そう言われるのなら此方としても問題無いですが」

「なら黙ってる」


 軽い口調で言う男の言葉に、当主はそう切り捨てる。


「ふふふ、そうですね。我々が口出しする問題ではありませんでしたね。すみませんでしたね」


 当主の返答が気に入ったのか、男は笑みを浮かべながら深々と頭を下げる。そんな男に視線を向けずに、不機嫌そうに視線を天井へと向ける。


 苛立たしさを隠しきれずに足をパタパタと動かしながら、パイプ椅子の上で鼻を鳴らしている当主。そんな彼女に僕は声をかけずパソコンを弄り、男はただニコニコと笑っている。ノイズの混じったラジオの音と、僕のパソコンを触る音だけが、ただただ部屋の中に響き続ける。



 言葉にならない沈黙が生まれ、その沈黙が部屋の中を広がっていた。


「失礼します」


 その時、沈黙を破る様に部屋をノックする音と同時に、女性の声が聞こえてきた。


「所長、少しお話が」


 声の主は返事を待たずに扉を開けて入ってくると、小走りで眼鏡の男の元に近付くと小声で何か話す。しばらくその話を聞き、眼鏡をかけた男は小さく頷くと、ニッコリと笑みを浮かべ当主の方へ視線を向けた。


「どうやら件の彼女の準備が整ったようですね」


 苦笑を浮かべながら男は、当主に向ってそう言う。


「分かった」


 男の言葉に当主は大きく頷き立ち上がった。そして女性の方へ向かい二言程喋ると、部屋の外へと向かう。その途中で僕と眼鏡の男に向って一度だけ不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「三回死ね」


 大きな音を発て、やや乱雑に扉を閉めて出て行く当主を見て、眼鏡の男は小さく肩を竦めた。


「相変わらずの様ですね。警察もヒーローも綺麗な存在ではないのに」


 確かに清濁合わせ飲む事も重要というのは否定する気はないけどね。心の中で苦笑気味にそう考えつつも、表ではただ無言で小さく肩を竦めるだけの僕。


「貴方も相変わらずですね」


 ただ静かにパソコン触っているだけのそんな僕を見て、男はもう一度詰まらなさそうに肩を竦めた。部屋の外で当主が遠ざかっていく足音が聞こえ、消えていく。


 ノイズの混じったラジオと、僕のパソコンを叩く音だけが再び部屋の中に響き続けた。




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