【2】首は落ちても、落ち込まず
この日に起きた陽柱銀行強盗事件は、強盗犯178名が逮捕されると言う前代未聞の大捕物で終結した。
犯人の数名は飛行機で逃走されてしまったが、人質にされていた人間は25名、その内15名は無傷で解放され、残りの10人も殆どが掠り傷程度の軽症で済んだ。死傷者も重傷者も出ずに、これほどの事件を解決した警察が、世間一般では持て囃されているらしい。
しかし、警察も犯人を逮捕すればそれで事件が終わる訳でもなく、事情聴取や何やらで大忙しに働き続けている。そして、人質も解放されればそれで終わりではなく、事情聴取や何やらで大忙しであった。
特に10名いる中で一番重症な軽症者である私は、特別参考人として警察とはかけ離れた場所へ女の人に抱きかかえられながら、連行されていた。
「あの、ここはどこでしょうか?」
「図書館。少し静かに」
ご、ごめんなさい。私の疑問を端的に答えてくれる女の人に、私は小声で謝ってしまう。女の人はセーラー服を着ている事から、恐らく中学生である事は分かるけど、この辺りの中学の制服ではない。そんな彼女に連れられて、私は何故か本が沢山並ぶ図書館へとやってきていた。
しかし、いくら学校の成績がどちらかと言えば馬鹿と呼ばれる立ち位置に分類されている私だと言っても、ここが八百屋や動物園でなく図書館である事ぐらいは最初から分かっている。私が聞きたかったのは、何故あんな事件があってから一時間もせずにこの図書館へ連れてこられたか、なのだ。
まさかここで事情聴取という訳でもないだろうし、かと言ってこの前赤点を取ってしまった所為で数学の補習が行われる訳でもない筈。うん、違うよね?
「あの、どうしてここ、」
「静かに。ここは、図書館」
あう、ごめんなさい。もう一度尋ねようとした私を、女の人が無表情で諌める。いや、本当はそんなマナーよりも自分自身の行く末の方が数十倍気になるのだけど、じっと無表情で私を注意する彼女の圧力に屈してしまう。無言の彼女が凄く怖く、萎縮してしまう格好悪い私。うう、こういう人に意見出来る格好いい人になりたいんだけどな。
「うん。じゃあ、行く」
黙った私に気をよくしたのか、女の人は小さく頷くと、私を抱えたままどんどんと図書館の中を歩いて行く。
本が沢山並べられているスペースを抜け、倉庫の様な所を抜け、一般の人は出入り禁止している様な薄暗い廊下を進んでいく。周囲に既に人影はない。掃除も余り行われていないのか、随分と埃っぽいし、ちょっとカビ臭い。この辺りなら喋っても大丈夫かなと考え、私が再び疑問を口にしようとするが、それよりも早く女の人が口を開いた。
「ここから先の事、絶対秘密。守れる?」
彼女は一つの大きな扉の前で止まり、少し低い声色で私にそう尋ねてくる。
しかし、いきなり連れて来られて、秘密だと言われても理解が及ぶ筈もない。それに聞きたい事はこっちにだって山ほどある。どうして連れてこられているのか、何で私が助かったのか、一体どこに連れて行こうというのか等だ。本当に沢山あり過ぎて、どれを最初に口にすればいいのかを迷ってしまう程だ。
「うん。じゃあ、行く」
えっ、ちょっと待って! 迷っている私の無言を肯定ととったのか、女の人は小さく頷くと、扉を押した。
油の足りきっていない音を発てて開く扉の中には、真っ暗で数センチ先も見えない程だ。それでも、女の人は一切気になど止めずに、その扉の中に入って行く。
一体中に何があるのか。少なくてとも、誰かの誕生日パーティーの準備ではない事ぐらいは数学で赤点取った私にでも分かる。
この中にあるのは、もっと異常な何かである筈だ。何となくだけれども、身体がそう感じているのが私には分かった。この先にあるのは、人体改造や、悪魔を呼びだす儀式等そういったこの世に無い未知へと続く道。あれ、ちょっと上手い事言った?
「も、もし秘密を喋ってしまったらどうなるんですか?」
暗闇の先を見つめながら、恐る恐る尋ねる私。冷や汗を流しながらの質問に、女の人は少し考える素振りを見せた後、こう言った。
「……頭が変な人になる」
帰してええええええええ! 今すぐ私を解放してええええ! アブダクトされるうううう! っていうか、私の頭は既に変になってるから! 今の状況とか、私の状態とか既に訳が分からない事になってるからあああ!
心の中で大絶叫するが、その恐怖から心と口が引きちぎれた様に、心の声は口から漏れる事すら出来ず、口はただパクパクと酸欠の金魚の様に動いていた。
そんな私の表情を見て、女性は怪訝な様で小首を傾けるが、気を取り直した様に今入ってきた扉を閉めた。鈍く軋んだ音を発てると、扉が漏れこんでいた全ての光を遮る。
真っ暗な世界が生まれる。数センチどころか、数ミリ先も見えない、光の全くない空間。
その異様な空間に気圧されて私は何も喋る事が出来ず、女の人も何も喋らない。無言の時間が生まれる。どこかの国ではこれを、天使が舞い降りるというロマンチックな表現をするらしいが、今この瞬間はそんな綺麗なモノではない。むしろ、死神が鎌を振りかぶる、とかそんな禍々しい表現の方が適切である。
10秒、20秒と時間は過ぎて行く。
女の人は扉の中に入ってから歩く事もなく、ただじっと入ってきた扉を見つめていた。一体何をしたいのか分からない。70秒、80秒。一分を過ぎたと言うのに、女の人はただ電車の中で暇な時に眺めた、あの時の広告の様に扉を何の気なしに見続けている。
110秒、120秒。ついに二分を過ぎた時、チンというレンジ音によく似た音が部屋全体に響き渡った。一体誰がこんな場所でレンジなんかを使っているのかと疑問に思う私を抱えたまま、女の人は先程入ってきたばかりの扉を開いた。
その瞬間、眩い光が部屋の中を包み込んだ。
余りの眩しさに私は思わず私は目を瞑るが、女の人はそんなモノには動じずに、私を抱えたままスタスタと歩きだした。そのまま、どこかへと連れて行かれる私。
私もギュッと目を瞑っていたが、数秒もすると何とか目が慣れてくる。一体何が起きたのか、不安を覚えながらも、私が目を開けた。
そこで、私の目に映ったのは、辺り一面に広がる密林。
そして、その目の前にどんと聳える大きな洋館であった。
「え、何で?」
突然現れた、都会では目にする事の無い鬱蒼としたジャングルに、理解できずに私はまた馬鹿みたいにポカンと口を開けてしまう。いえ、だって私は二分程前確かに図書館にいて、あれ? 何でこんな古代文明が眠ってそういな所に来てるの?
周囲を見渡してみるが辺りは全て木が生い茂り、目の前の建物以外人工物は存在しない。上空にはそろそろ茜色に染まり始めた空が浮かんでいた。
「どこ、ここ?」
もう一度疑問を口にする私に、女の人が答えてくれる。
「ここはセイギノヤカタ」
「え、何それ?」
「行けば分かる」
よく分からない単語に私はまたそう尋ねる。しかし、今度は女の人は説明もせずに、それだけ答えると、私を抱えてそのセイギノヤカタと言うらしい洋館の前まで歩いていく。
間近で見たセイギノヤカタは、一言でいえば中々に寂れていた。植物のツタが洋館に絡みつき、レンガ造りの壁のほぼ半分を埋め尽くしていた。レンガも所々ひび割れており、遊園地のお化け屋敷コーナーにこれがあっても違和感のない一品に仕上げられている。
七階建の洋館が放つ迫力に私は感嘆を洩らすが、女の人は何の感想も漏らさずに洋館の扉に手をかけ、一切の躊躇なく扉を開いた。
「今帰った。ただいま」
ここが家なのか、女の人はぶっきら棒にそう言って玄関で靴を脱ぐ。
セイギノヤカタの中には、洋風ホテルのロビーに似た空間が広がっていた。綺麗な絨毯の上に品のいいテーブルとソファー。テレビが何故か二つも並べて置かれており、天井にはシャンデリア、奥には螺旋階段だって見えた。随分と豪華な内装だ。
「おう、おかえりー。意外と早かったな。もちっとかかるかと思ってたぜ」
そんな場所で女の人が靴を脱いでロビーの中に入ると、ソファーに寝転がっていた一人の女の子が出迎えてくれた。
女の子はポニーテールを揺らし、顔だけをこちらへ向ける。その身長から恐らく、小学生高学年ぐらいである事が予想出来る。ソファーに横になり漫画を読みながら出迎えてくれる女の子に、私を抱えている女の人は小さく肩を竦める。
「後処理は勝虎がしてる。私はお世話」
そう言って私をガラス張りのテーブルに乗せる。
「ほー、これか。改めてみると凄いな」
テーブルの上に置かれた私を、女の子は漫画を棚へと直し、興味深げに繁々と観察する。何だか興味津々なその視線に私はムズ痒くなり、身を捩じらせる様に顔を震わす。
そんな私に、制服を着た女の人は何か少し考えた後、少し苦そうな表情を浮かべて言った。
「……やっぱり後の説明お願いする。私は着替える」
「えっ、丸投げかよ!」
私をテーブルの上に放置して、女の人はさっさとロビーの奥へと向かう。その全ての責任を丸投げする様な女の人の発言に、女の子は焦った様な声を上げて、女の人を呼びとめる。
「私は説明苦手。最低限でいい。秘密厳守で。お願い」
しかし、その制止の声にも女の人は顔を此方に向けず小さく肩を竦めると、それだけ言い残し、さっさと奥へと消えて行く。そんな女の人に手を伸ばしたまま、ポニーテールの女の子は何も言えずに女の人を見送った。
しばらくして、再起動したように女の子は困った様に私を見降ろす。私も何も言わずに女の子を見上げる。
再び死神が鎌を振りかぶる。
何か私の方から喋ったらいいのか、しかし何を喋ればいいのか悩む私に、女の子はガリガリと頭を掻き、大きくため息を吐き出した。
「ったく、しゃーねえな。明日葉の奴はナイーブな時期だしな」
諦めた様に、そう言うと改めて私の方へ視線を向けると言った。
「えっと、とりあえず自己紹介だ。私は朝倉 風香。よろしく」
なははと笑いながらそう答えてくる朝倉 風香ちゃん。少し偉そうな口調だけど、この年の子供はこんなモノだろうと考え、私も自己紹介をする。
「私は織戸利 夏海というんだけど、それよりまず聞いて良い?」
「何を?」
自己紹介もそこそこに尋ねる私を、風香ちゃんは不満そうな表情も浮かべずに素直に頷いてくれる。うん、いい子そうだ。そんな彼女に私は改めて自分の立場を思い返した後に、最も大切な疑問を口にした。
「私は何で生首なんかになってるの?」




