【6】敵を蹴散らし、戦車は暴れる
「じゃあ、第二ラウンドだな?」
弾かれたように男が当主の懐に潜り込む。
その速度は当主の想像を超えていた。あまりの速度の変化に当主はその男の動きについていく事が出来なかった。
「遅せえよ、ばーか」
慌てて、距離を取ろうとするが、間に合わない。男は拳を握りしめ、当主の顔へと向け放つが、それを上体を反らし間一髪で避ける。右頬がチリチリと焼けるようになるのを感じながら、当主は更にバックステップで距離をとった。
「どうなんてんだ、これは!」
今までよりも数段レベルが上がっている攻撃にイヤホンに当主の大声が聞こえてくる。
その声に僕は解析していった情報を整理し、どんどんと二人に送信していく。やはり、遺伝子組み換え技術。潜在能力はおそらく三倍程度は上がってる。特に耐久面の上昇は五倍を超えてます。ただ、薬による副作用も出ているようです。アドレナリンの大量分泌、痛みなども既に感じてないでしょう。
「おらおら、どうしたっ!? 反撃できねーのか、馬鹿どもが!」
速く、鋭く、そして何よりも重い。先程までとは比べ物にならない連撃が当主を攻め立てる。拳が当主の頬を掠れ、顔面に向う足を当主も蹴りで弾き飛ばす。しかし、男はそれでも怯む事なくを放ち、蹴りを繰り出す。データによれば速度は約四倍。攻撃の威力は六倍に膨れ上がっている。常人なら即死は免れない一撃だ。
「うざったい!」
蹴りが引き、拳が届くまでの一瞬の隙を縫い当主が、そう吐き捨てながらハイキックを放つ。喰らえば昏倒する程の威力の乗った蹴り。
「甘めーよ、馬鹿が!」
しかし、その蹴りは男の胸元で十字に固めれた両手に受け止められる。反応速度も四倍になっていますね。それに感覚器官もより鋭敏になっています。
調べたデータを送信し続けながら、僕は当主の戦いへと目をやる。
「ひゃひゃひゃ、避けるのが精いっぱいですってか!? いいねー、こういうのがしたかったんだぜ? こうやって、一方的に馬鹿を痛めつけるって最高じゃねーか?」
空を揺らす蹴りが、空を斬り裂く程の拳が次から次へと繰り返される。それらの攻撃を何とか避けている当主に、男は得意げな笑みを浮かべる。
「ほーれ、更にギアを上げるぜ? てめーみたいな馬鹿に、ついてこれるかなっ!?」
蹴りの速度が上がる。
突きの威力が上がる。
全てのデータの結論としては、その一撃一撃は大きめのパトカーを二度破壊してもお釣りがくるほど。
「それは受けていて分かったっての!」
最後にそう結論付けた僕に、当主は苛立った様にそう叫ぶ。
「何をごちゃごちゃ喋ってんだよ、馬鹿が!」
その言葉が気に入らなかったのか、男はより力を込めた拳を当主に向けて振り抜く。速くて重くて、何より強い、その一撃は人間どころか熊やゴリラを超える程。超人的な威力。
「うるせえっ!」
だが、それはその程度でしかないという事でもある。
振り抜かれた一撃を片手で受け止めると同時に、当主は喧嘩キックで、相手の腹部に突き刺した。
鳩尾に抉り込む様な前蹴りに、男の内臓が悲鳴を上げる。そして、男は何をされたのか理解できないまま、吹き飛び、壁に磔になる様に減り込んだ。
所詮、その攻撃も素人でしかなく、威力も数倍程度しか上がっていないヒーローもどき。
それに負ける程、当主も風香ちゃんも弱くない。
「雑魚は雑魚らしく、さっさと寝てろ」
それだけ言うと、当主は壁に顔面から減り込んだヒーローもどきに中指を突き上げた。
ピクリとも動く事の出来ないヒーローもどきだが、死んではいないようだ。
そんな男に視線を向けていると、ガキンという金属と金属を激しくぶつける音が響く。
その声に、壁に埋まり一種のオブジェと化した銀行強盗に視線を送っていた当主は振り返った。
そこには、先ほど当主を斬りつけた男と風香ちゃんがナイフと拳でつばぜり合いを行っている。
「いやいや、素晴らしいじゃありませんか」
そしてつばぜり合いを行いならがも、目の端に映る当主を見て、にやりと笑う。
「褒められる程、何もしてねーよ」
グッと腰をおろし風香ちゃんへの加勢に向かう当主。その当主の言葉に男はクスリと笑う。
「いえ、違いますよ。素晴らしいのは、あちらですよ」
壁にめり込んでいる男を指差してそう答える男。
そんな男に、当主が闘っている間も一切油断なく男を睨みつけていた風香ちゃんが尋ねる。
「どうでもいいが、中ボスも倒したし、そろそろ本格的な四天王戦でも始めるか?」
「いえ、それはまだ早いでしょう。まだ第一ステージをクリアしてませんからね」
挑発的な風香ちゃんに、微笑みながら男はそう答えた。
怪訝な男の言葉に、僕はその意図に首を傾げた。
その時、僕のパソコンから異常を知らせるアラームが鳴り響いた。
何事かとパソコンを弄る。そこに映し出されたのは、この銀行に向けて物凄い勢いで飛んでくる小型の飛行機。
ああ、これは、こいつらの逃走用手段ですね。
「さすがに逃がしゃしねーよ!」
僕の送った言葉に、風香ちゃんがそう吼えると、強盗に向って右の拳を振るう。
だが、その拳が届くよりも先に狂った様な声が聞こえてきた。
「ひゃひゃひゃっ! 俺は負けねーよっ! お前らなんか馬鹿に負けるわけねーんだよっ!」
そこには先程まで磔だったあの男が立っていた。まだ生きている所か立ち上がれるとは、どれほどの生命力か想像出来ない。頭から、血を流し、体のあちこちはガタがきている様子であったが、そんな容体など気にせず、当主たちに向ってそう狂ったような声で嗤っていた。
「しつけー奴だな。粘着質は嫌われる原因だぜ」
まるで魔王の様に何度でも蘇る男に当主は呆れたようにそう漏らす。
そんな血だらけのヒーローもどきはただ狂い笑いながら、風香ちゃんに向って走ってくる。
「本当にしつこい中ボスだ」
一度ナイフを持つ銀行強盗から離れると、ダークヒーローの肉体のいたる所に右ストレートを叩きこむ風香ちゃん。
顔へ腹へと右の拳を突き刺していく。その一撃一撃は男が放ったモノとは比べ物にならない程の威力。しかも、後方へ逃げないその衝撃は、男の中で暴れまわり体内を容赦なく犯してく。
それに耐えられる筈もなく、男は膝から崩れ落ちる。
しかし、それを尻目に風香ちゃんは少しだけ苦い表情を浮かべて、残りの銀行強盗へ視線を向ける。
「いやいや、本当に素晴らしい。これ程までに時間稼ぎをして頂けるとは」
そんなヒーローもどきを見て、銀行強盗は助けるでも慌てるでもなく、ただニコニコと微笑んでいた。再びパチパチと拍手を送り、復活したヒーローもどきを賛辞する。
そして、一通り拍手が終わると男は言った。
「さて、ではこちらも少し頑張りますか」
その瞬間、銀行強盗は懐のナイフを取り出し当主に向って突き出した。
心臓を狙った一撃を当主はバックステップで避けようとするが、回避した先に人質の少女が怯えている姿が見える。このままでは巻き込んでしまう。人質に気付き当主は慌ててステップを止め、ナイフを蹴り飛ばそうと足を繰り出す。
手元を狙った素早い蹴りが当主から繰り出される。
しかし、その当主の反応を予想していた様に銀行強盗は二コリと微笑むと、ナイフを当主に当てる事なく引き、繰り出された蹴りを走りながら屈む事で回避する。
そして、当主とのすれ違いざまに当主の背後にいた人質の少女を掴み取り、彼女の首元にナイフを当てた。
「さて、まさにこれが人質という奴です。後少しだけ動かないで貰いましょうか」




