【3】敵を蹴散らし、戦車は暴れる
変な夢を見た。
全身タイツの変態集団に襲われ、全身真っ白な虎マスクした変態に助けられるという物凄く非科学的で、物凄く理不尽でピンク色な悪夢だった。
しかも、その妙にはっきりと覚えている夢の所為か寝起きは最悪。折角学校が休みの日だっていうのに、頭の中には格好悪いタイツがちらつき、二度寝する事すら出来なかった。人生の中で数多く見た夢の中でも、堂々のワースト一位に君臨出来る程の悪夢であった。
多分、少し前に夜更かしして見ていた『The・都市伝説。ヒーローは実在する』という子供騙しにもならない意味の分からないテレビ番組の影響だと思う。あんな意味の分からない番組の所為で、こんな意味の分からない悪夢を見てしまったのか。うう、悪夢で跳び起きるなんて、格好悪いにも程がある。私の目指す、素敵で格好良い女はこんなモノじゃないのに。
現実とのギャップに、朝からちょっと泣きそうだった私。本当に最悪の悪夢だったと思う。
だけど、そんな酷い悪夢が覚めた今でも、私はそれに負けず劣らず酷い状況下にあった。
「あまり動かないで貰いましょうか。眉間に風穴を開けたく無いでしょ?」
静かにざわめく銀行のロビー。拳銃を握りながら小さく微笑む覆面の男。眉間に当てられたのは冷たい銃口。そして、縛られはしていないが捕まり涙目な私。
その状況は、どこからどう見ても銀行強盗と人質のソレだった。
ほんの一時間程度前の事だ。轟音が二度鳴り響き、大型トラックが銀行の中に突っ込んできたのだ。
うわっ、事故!? そう驚いている内に、トラックの後部のドアが開き、拳銃に黒い覆面を装備して絵に描いた様な銀行強盗の姿で何人もの強盗が飛び出してくる。瞬く間に銀行を占拠した彼らは、あっと言う間に私達を捕まえてしまった。その数は100人を超える程。ロビーに溢れかえらんばかり、銀行強盗の満員電車といったレベルですらあった。
単刀直入に言えば、私は銀行強盗に捕まってしまっていた。
人質にされているのは、銀行へ来ていた私も含めた老若男女10人と従業員が15人。人質よりも強盗犯が4倍以上もいるという異常事態。一面ほぼ黒一色に染め上げられたロビーは、夏場の冷蔵庫裏のゴキブリ集団の様にすら見える。凄く気持ち悪い。ちょっと吐きそう。
まあ、直ぐに何人かは他の部屋に移動したり、何やら忙しそうに動いているので強盗はずいぶん減ったけど。
それでも、頬から冷たい汗が流れ落ちる。
押し付けられた銃口の圧力を感じながら、私は恐怖と嫌悪で胃の底から上京しようとしてくる何かを、無理やり飲み込みながら耐える。畜生、こんな所で汚物を撒き散らなんて格好悪い絶対にしてやらないんだから。
吐き気に対して闘志を燃やす私。そろそろ銀行強盗はずかずかと乗り込んできてからもう一時間ほど経っていた。何か外で騒がしい音が響いたり、警察の声が聞こえたりしているが感覚的には何も変化は起きている。
人質の誰もが何も喋らず怯えたように披露した身体を寄せあい、強盗の殆どは拳銃片手に油断なく周囲を警戒していた。
誰もが無言、突き刺す空気。そんな沈黙の中、100人の強盗の中で一際偉そうに来客用ソファーに座った赤い覆面の男は、苛立った様に膝を揺らしていた。
「くそっ、くそくそ! まだかよ、くそお!」
偉そうな男は苛立ちを隠そうともせずに、仕切りに腕時計で時間を確認しながら手にしている拳銃を振り回す。そんな男に、私の眉間に拳銃を押し付けている覆面はのんびりとした口調で諭す。
「まあまあ、落ち着いて下さいよ。ここで焦っても仕方がないでしょ?」
「んだと!? 外野は黙ってろ! 殺されたいのか、くそっ!」
しかし、その言葉は如何にも沸点が低そうな男には火に油の様で、偉そうな男は持っていた拳銃をのんびりとした口調の彼に向けた。
今にも発砲しそうな状況に、騒然とするロビー。そんな状況で私に拳銃を押し付けている男は、小さく肩を竦めるとただのんびりとした口調で、ソファーに座っている男に向って答える。
「ですから、少し落ち着いてくださいよ。まだ、時間もありますから」
「時間なんかねえよ! 警察だって馬鹿じゃねーんだ! くそっ、ぶっ殺すぞ!」
拳銃を向けられている癖に、男は身動ぎ一つしない。男の顔は覆面で見えていないが、恐らくその表情は笑っているのではないかと思う。偉そうな男は拳銃を向けながら、しばらく相手の顔を眺め、やがて諦めたように地面に唾を吐き捨てた。
「くそっ! 相変わらず薄気味悪い野郎だぜ」
苛立ったように近くにあった観葉植物の植木を蹴り飛ばすと、偉そうな男は再び黙って膝を揺すり始めた。そんな彼の姿を見て、私に拳銃を押し付けている男は安心したのか小さく微笑む様な仕草をした。
そして、銃口を私の眉間から離し小さく肩を竦めると、沢山いる銀行強盗達の中へ紛れ込んでいった。全員が同じ格好をしている為に、その姿を目で追っても彼らの中に紛れこまれて誰が誰だか分からなくなる。
再び偉そうな男の愚痴以外は無言がロビーの中を占拠していた。
私は何も喋らず、人質の皆さんも何も答えず、銀行強盗たちも何も言わない。ただ皮膚を刺す様な痛い沈黙がロビーの中に溢れていた。しばらくすると、偉そうな男のポケットから軽快なメロディーが流れだした。その音に、男はすぐさまポケットに手を入れると携帯電話を取り出した。
「っち、やっとかよ」
軽く舌打ちをした後に、男は携帯を耳へと当てると、何やら小声で話し始めた。私が今いる位置からでは何を喋っているのか全く聞き取る事ができないが、電話を待っていた様子から恐らくは仲間か警察からの電話であって、バイト先とか友達からではなさそうだ。
携帯に向ってしばらく喋っていた男は、ようやく話が終わったのか携帯をポケットにしまうと沢山いる銀行強盗達に向って叫ぶ。
「おい、帰りの仕度が出来たぞ! さっさと撤収の準備しろやっ!」
その言葉に、私達人質は安堵のため息を洩らす。これでようやく解放される。そう思っていた私達に、偉そうな男は無慈悲にこう言った。
「まずは、金と物、そんで人質を積み込むぞ!」
あっ、このまま人質乗せてカーチェイスするんだ。解放されると思っていた私達の表情が絶望へと変わっていく。それはそうだ。このままお持ち帰りされては、明るい未来などある筈がない。
「お願いします! 娘だけは、娘だけは助けて下さい!」
絶望的な空気の中、突然今まで黙って私の隣で捕まっていた男の人が、そう叫ぶ様に懇願した。その男の前には今の状況が理解できていないのか、小首を傾げている三才位の可愛らしい女の子が座っていた。
その少女を抱きしめながら、涙ながらに訴え続ける人質の言葉。しかし、その様な言葉に耳も貸さずに偉そうな銀行強盗は拳銃を男の方へと向けた。
「黙ってろ、糞野郎! それともその煩く吠える口を更に風通し良くしてやるぞ!?」
「お願いします、お願いします! どうか娘だけは!」
ゆっくりと拳銃を向けながら人質の元に近付いてきた男は、それでも娘を助けてくれと訴え続ける人質の口の中に銃口をねじ込んだ。そして恐怖でひきつる人質を見ながら、男はニヤリと口元を歪ました。
「ふん、丁度いい。見せしめだ。お前らも逆らわないように、この男をぶち殺してやるよ」
狂気に満ちた冷たい瞳で人質を見る強盗。
人質の男は怯えながらも、抱きしめていた女の子を巻き込まない様に突き放した。
このままでは、本当にマズイ! 何とかしたいが、どうしようもない。物語の様に格好良く助ける事なんて出来もしない。手を伸ばせば届く距離なのに、助ける事が出来ない。回りを見渡すと、他の人質の人達も私と同じように怯えた顔しか出来なかった。
「まぁ、運がなかったと思え。そのガキもその内後を追わせてやるからよ」
鼻で笑う様に強盗は拳銃の引き金に指をかける。決定的瞬間を見ないように、私は何も分かっていないであろう娘を手繰り寄せると、強く抱きしめ目を瞑らせると、私も強く瞳を閉じた。
そして、轟音が轟いた。
拳銃は乾いた音とよく言われるが、その音は轟音であった。私は恐怖で目を開ける事も出来ずに、更に強く女の子を抱きしめた。
「お姉ちゃん、痛いよぉ」
胸の中で、もがく女の子。しかし、今この子を離したらお茶の間では放映できないショッキングな光景を見てしまう。それだけは、見せられない。見せてあげたくない。
「おい! おいおいおいおい! 何の音だ!」
瞑っていた目を私が開けたのは、強盗が何か焦ったようにそう叫んだ声を聞いたからだった。
ゆっくりと目を開けると、そこには口内を打ち抜かれた男の人が倒れている凄惨な光景ではなく、男の人の存在など忘れ、焦ったように辺りを見回している強盗達の姿が映った。
「さっさと、見に行って来い!」
銀行強盗達何人かに、そう命令を下す偉そうな強盗。命令された銀行強盗は指示通りに音がした方に続く扉に向って次々に走っていく。その様子を見ながら、私は警察が助けに来てくれたのかもしれないと、期待と不安を感じていた。
警察なら、催涙ガスとかそんな科学的な武器を使って、こんなに沢山いる銀行強盗も助けてくれる筈! それなら何とか助かるかもしれないと私が考えた次の瞬間、扉の中へ向かった銀行強盗と一緒にその扉が爆発したのだっ!
再び轟く爆音に、私は思わず耳を塞ぐ。これが科学の力って奴ですか!?
「よっと、到着だ! それにしてもうじゃうじゃと湧いたもんだ」
瓦礫と化した扉を踏みながら、現れたのは一体のロボットだった。右手から顔にかけてメタリックな機械で覆われ、それ以外は黒い何かで覆われているロボットだった。
目は紅く光り、腰元には大きなベルトが巻かれ、そのメタリックな右手には銀行強盗が胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げていた。確かに私は科学の力を求めた。でも、ここまでSFチックなモノが出てくるなんて思ってなかったよ!
驚く私を尻目に、ロボットはロビーの惨状に目をやり、小さく口笛を吹きながら、持っていた銀行強盗を無造作に投げ捨てる。
ボールの様に一度床に激しくバウンドし、壁に叩きつけられる銀行強盗。人間のモノとは思えないその威力に、辺りの強盗達はざまめきの声があがった。
そして、そのままロボットはロボットっぽい声をあげる。
「右手に装甲、機械を纏い」
ひび割れた壁に張り付けられた銀行強盗には目もくれず、声をあげるロボットの声は電子音が混じった声。メタリックに輝く右手を握りしめ頭上へ掲げ、黒い左手で腰のベルトを力強く握った。
「根性印のベルトが輝く!」
両手を一度素早く水平へと大きく広げると、それをまた天高く空へと掲げ、張り裂けん程の大声で叫んだ!
「装甲戦士、センチュリオンだーっ! おーっ!」
その電子音には似合わず、おーっと元気よく手を挙げてアピールするロボット。何だか妙に可愛らしい姿に、私は思わず気が抜けたような感覚に陥る。
しかし、10秒後にはそのポージングを解き、ロボットは右手をくいっと動かす。
「さて、ゴキブリ退治と行きますか」
「誰がゴキブリだ! てめーら、殺しちまえ!」
挑発的なロボットの言葉に、偉そうな銀行強盗が最初に我に返ると、周囲の強盗にそう命じた。その命令に銀行強盗達は一斉に拳銃をロボットに向ける。そして、一切の躊躇なく発砲しようとした瞬間、ロビーの壁と一緒に銀行強盗10人が吹き飛んだ。
今度は何事かと、そちらへ目を向ける。すると、大きく開いた壁の穴から真っ白な人物がゆっくりと歩いてきた。
「ったく、こっちは殆ど人いなかったぞ。まさかほぼ全員をロビーに集めてるとは馬鹿なのか。まあ、馬鹿なんだろうな」
ゴキリと拳を鳴らしながら瓦礫の道を歩いてくる奴は、あの獰猛な笑みを浮かべていた。
そして、ロビーの中に足を踏み入れると、大量の銀行強盗を視界に入れ、その真っ白な奴は心底愉快そうな笑みを浮かべる。
「だが、どっちにしろ、祭りには間に合った様だな」
その派手な登場に、騒然とするロビーを笑いながら、その真っ白な虎は言った。
「さて、誰からどのゴキブリから俺様に駆逐されたいんだ?」
頭に虎を被り、真っ白な姿に、金色で書かれた『白虎』の文字を光らせ、唯一見れる口元は猛々しく歪ませる。そのダサく真っ白な格好は、あの夢で見たあの正義の味方の姿そのものであった。って、はええええ、あれって夢じゃなかったの!?
白い虎の登場で私は夢と現実の区別が曖昧になってきくる。もしかしたらこれも夢なのではないかとさえ思えてくる。しかし、いくら頬を抓ろうが、顔面を地面に打ち付け、額から血を流そうが痛いだけで一向に夢が覚める気配がない。
「くそっ! 一人が二人に増えた所で変わりねえよ! さっさと撃ち殺せ!」
気を取り直した銀行強盗の掛け声に、他の銀行強盗はもう一度銃を構えると躊躇などなく発砲した。一発の音は小さい音であり小さな鉛の玉であるが、それが100も集まれば轟音に変わり鉛玉は雨へと変わる。
その銃弾の雨の中、真っ白な虎とロボットは唸り声を上げながら飛び出して行った。
連続更新は以上となります。
以降は3日に一度ぐらいのペースで投稿予定となっております。




