【4】首は落ちても、落ち込まず
涙が溢れてこようとする。
今すぐに額を壁に叩きつけて夢から覚めてやりたい気分だ。でも、出来ない。凄く格好悪い私。
そんな私を見て、風香ちゃんは慰めてくれる様に優しく私の頭を撫でてくれた。
「まあ、別に理解する必要も信じる必要もねーよ。どんな存在であろうが、あんたが織戸利 夏海である事は変わりないだろ。ただちょっと世界が広がっただけだ。気にする程のもんじゃない」
乱雑に撫でられる感触を感じる。それでも私の目尻に涙が溜まる。自分の根本が変わってしまいそうな恐怖を、拭いきる事は出来ない。そんな私を見て、風香ちゃんは少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、気分を変えさせるように微笑むと言った。
「とにかく、人外でも人間でもいいから、首の上に頭を載せればいいって事だよ」
気楽に笑いかけてくれる風香ちゃんに、私は少しだけ心が軽くなった気がした。でも、混乱が抑えきれないから、やっぱり気の所為かもしれない。頭の整理がつかない私に、それでも笑いかけてくれる風香ちゃん。
「苦しいだろうが笑っとけ」
優しく、それで少し乱雑に私の頭を撫でながら風香ちゃんは言う。その姿は小学生の癖に格好良くて悔しい。
「苦しい時こそ、無理にでも笑っとけ。根性だして笑ってれば福が舞い込むもんだ」
そう言ってニカッと笑みを浮かべる風香ちゃん。畜生、小学生がこれだけ気を使って、格好良く笑ってくれているのに、中学生の私が泣き腫らすなんて格好悪いじゃんか。
涙を無理やり押し込め、私はじっと風香ちゃんの方を見上げる。
ここで泣き喚くのは素敵で格好良い私じゃない。私はどんな状況でもへこたれないのが格好いい女なんだ。
歯をギリッと噛みしめ、頬を歪まし、私はただ意地だけで笑みの様な表情を浮かべてやった。どうだ、こんちくしょう!
「よし、いい笑顔だ。後は私達が福を呼んでやるよ。あんたは、これでも舐めて待っとけ」
私の笑顔を見て風香ちゃんは小さく笑うと、私の口の中に飴を放り込んだ。
口の中には甘い苺の味が広がった。
「さて、じゃあ。早めにその首を身体の上に置いて、コネコネしなきゃな」
「いや、そんなぬりケシを捏ねるみたいな方法で直されても。それに、私の身体はお持ち帰りされちゃってるし」
随分と簡単に言ってくれる風香ちゃんに、私は飴を舐めながらそう答える。
あの銀行強盗がどこに行ったのかも分からないし、私の身体が無事である保障もない。それに仮に強盗を見つけ、身体が無事であっても、無事に私の身体を取り返せるかどうかも分からない。こう考えると物凄く不安になってくる。
あれ、人間かどうかとかよりも、無事に私の身体を取り返せるかどうかの方が心配になってきたよ。もはや、私の身体が元に戻るなら、人間でもどっちでもよくなってきたよ。
ちょっと先程よりも泣きそうになっている私に、風香ちゃんはニヤリと笑う。
「それは、こっちに任せとけ。そんな時の為にヒーローがいるんだ」
どんっと胸を叩く風香ちゃん。そんな風香ちゃんの言葉に私は首を傾げた。
「ヒーロー?」
当然の様にヒーローという言葉を使う風香ちゃんに、私は首を傾げた。
風香ちゃんが言っているのは多分テレビの中か、遊園地に時々ショーをしに現れる存在ではない事ぐらいは分かる。しかし、だからと言って彼女が言っている様なヒーローが、実在してるとは思えない。
そんな私に風香ちゃんは、口の中で飴を転がしながら答える。
「ヒーローはヒーローだよ。人知れずに警察の手に負えない事件を解決する奴らの事さ」
「そんな都合のいい展開がある訳ないでしょ」
否定の言葉を述べる私に、風香ちゃんは小さく微笑む。
「聞いた事ぐらいあるだろ。危険な時に現れてくれるヒーローの話ぐらい」
「それは……」
風香ちゃんの言葉に私は口籠る。頭の中には、少し前に見た番組である『The・都市伝説。ヒーローは実在する』が思い返されていた。内容は確か悪の組織とかに襲われた時に、颯爽と助けにくるというヒーローという眉唾物の話だ。でも、それは昔からよく噂されている都市伝説の類であると思ってたんだけど。
「でも、あれってただの噂なんじゃ」
「噂って実際会っただろ。銀行のロビーで」
苦笑しながら言う風香ちゃんの言葉に、私は思い出したくもない先程の出来事を思い出す。
銀行のロビーで会ったロボットと、白い虎の事を。戦車の様に強盗を蹴散らしたロボットと、猛獣の様に暴れ回った白い虎。ヒーローと言うのならば、確かにヒーローかもしれない。
それでも納得がいかずに考え込む私に、風香ちゃんが苦笑しながら細かく説明し始める。
「頭と右手がメタリックな奴と、胸元に金文字で『白虎』と書いてた奴がいただろ。ああいう奴らがヒーローだよ。ちなみに、名前はメタリックな方がセンチュリオンで、虎の方がスーパータイガーだから覚えとくように」
最初から最後まで信じがたい話だ。
私が生首になり、実は人間でなく、身体があれば元に戻れ、挙句の果てには身体を取り返す為にヒーローがどうにかしてくれる。都合が良すぎるにも程がある。
全ての説明に、私は納得が出来ずに首を傾げようとするが、グラグラと揺れるだけの身体に、今の私には身体が無い事を思い出した。悲しく揺れるだけの自分の頭に私は大きくため息を吐き出した。
どうあっても、今の私に出来る事は説明信じるしかない。
ため息を吐き出し諦める私の意図を察したのか、風香ちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「どんっと私達に任せとけ」
任せられるのだろうか。力強く胸を叩く風香ちゃんに、私は少しだけ疑問を浮かべていた。
「およ、何やってんの?」
そんな時、どこからかちょっとハスキーな声が聞こえてきた。
音がする方にそっちの方へと目線を向けようとするが、身体がないので視点を移動する事もままならない。ただ空しくグラグラと首を揺らすだけの私から、風香ちゃんは聞こえてきたハスキーボイスの方に視線を移して、意外そうな表情を浮かべた。
「あれ、どうしたんだ。奈緒がこの時間に起きてるなんて珍しいな。基本的に365日昼夜逆転し続けてる癖に」
「昼夜逆転してるから今起きたの。つーか、その首は何?」
眠そうに欠伸を噛み殺しながら聞こえてくる声。多分、声が差している首って私の事だよね。その声の言葉に風香ちゃんは、なははと笑うと私を持ちあげ声の主の方へ見せた。
「生首の生子ちゃんだぜ」
「違うから! 自己紹介したじゃん!」
そんな海洋生物の様なヌルヌルした名前じゃない。風香ちゃんに掲げられながら、思わずそう叫ぶ私。そんな私にハスキーな声がかかる。
「へー、生首なのに結構可愛いじゃんか。これで身体があれば問題ないのに」
じろじろと眺めてくる視線に、私はそちらの方へ目を向ける。そこには、金髪の女性が興味深そうに私の事を眺めていた。
顔は日本人離れした美しく整い、大きな青色の瞳が印象的な顔立ち。風香ちゃんとタメを張れるほどの残念な胸なのが、玉に傷かもしれないが、その姿はどこかの国のお姫様と言われても、違和感がないほどの美しく威厳のある立ち姿であった。
例え今の様なよれよれシャツに、半ズボンジャージという男子の夢を完膚なきまでに破壊しそうな姿であっても、その気品は何故か衰えすらしない。私の目指す素敵で格好いい女の外見条件はほぼパーフェクトで満たしていた。
艶々な金色の軽くウェーブのかかった髪をかきあげながら女性は、じっと私の顔を眺めて言う。
「いや、別に顔さえあれば問題無いな」
何が!? 何が問題無いの!? その舐めまわす様な視線に私は思わず涙目になり、ぶるぶると首を震わせる。そんな怯えきっている私に風香ちゃんは、小さく苦笑を浮かべると言った。
「ほれほれ、あんまり苛めてやんな。涙目になってるじゃねーか」
「違うだろ。涙目な所が可愛いんじゃねーか。もっと苛めてやりたくなるような」
いやああ、やめてええ! 今すぐにでも何かしてきそうな金髪の女性に、私は泣きそうになる。このまま手を出してきたら噛み千切ってやる!
ふーふー、と猫の様に威嚇する私に、女性は小さく肩を竦める。
「ははは、でもまあ、可愛い女性を怒らせたらダメか」
金髪の女性はそう言って小さく微笑むと、一歩後ろに下がった。そして、歯を剥き出しにする私が落ち着くのを待った後、コホンと可愛らしい咳払いをすると、優雅にお辞儀した。
「失礼いたしました。自己紹介が先でしたよね。はじめまして。私は鴻家跡取りの鴻 奈緒と申します。以後よろしくお願いいたしますね」
先程までとは打って変わった優雅な雰囲気で頭を下げる鴻 奈緒さん。あまりの変化に私は、開いた口が塞がらない状態になる。そんな私を見て、奈緒さんは屈託のない表情で笑う。
「まあ、この堅苦しいしい挨拶は家のルールみたいなモンだから気にするな。それよりも、この後どうだい俺の部屋に来ないか?」
「いえ、結構ですから。私は女ですから。そういう趣味ありませんから」
いきなり元に戻って、男っぽくそんな事を言ってくる奈緒さんに、私はブンブンと首を振って否定しようとするが、身体が無い為にやっぱりグラグラと揺れるだけだった。
そんな私の言葉に、奈緒さんは悪戯っ子の様な笑みを浮かべると言った。
「大丈夫だって、俺はこう見えても男でもあるから」
「むしろ余計に大丈夫じゃないいい!」




