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料理が運ばれてくると、カレン様は待ってましたとばかりに大きな肉料理へナイフを入れた。
「今日の訓練、久しぶりにきつかったなあ。教官、途中から完全に意地になってたよな」
「お前らがふざけて隊列を崩すからだろ」
「お前ら、じゃない。崩したのはダンとリックだよ。あたしは巻き込まれただけだって」
カレン様が声を立てて笑い、アラン様も呆れたような顔をしながら、口元には笑みを浮かべている。
騎士科の話をされる時のアラン様は、普段私と過ごしている時よりも少しだけ口数が多い。身振りも大きくなり、普段はそれほど表情を変えない方なのに、訓練中の出来事を話している間は楽しそうに眉を上げたり、声を上げて笑ったりする。
その様子を見るのは、嫌いではなかった。
私の知らない場所で……普段のアラン様がどのように過ごしているのか知ることができるのは、嬉しい。
「そういえば、今日の最後の組手。アラン、肩もらってたよな」
「かすっただけだ」
「嘘つけ。あれは結構深く入ってたぞ」
カレン様はそう言って、アラン様の右肩へ手を伸ばした。
「ここだろ?」
「痛っ。押すな」
「やっぱり痛いんじゃん」
「お前が力いっぱい押すからだ!」
アラン様がその手を払い、カレン様は楽しそうに笑った。
……二人にとっては、きっといつものやり取りなのだろう。
けれど私は、カレン様の指が制服越しとはいえアラン様の肩へ触れた時、さきほどと同じように胸の内側に小さな痛みを感じてしまった。
何でもない、はずなのに。だって、騎士として訓練している以上、こうして身体へ触れることなんて普通のことなのに。同じ騎士を目指す仲間同士の、この程度の接触をいちいち気にする私の方がおかしい。
それに、今のはカレン様がアラン様の怪我を心配して触れたのに、そんなことにも傷付いてしまうなんて、自分が情けない。
「そうだ。怪我で思い出した」
カレン様は肉を切り分けながら、急に何かを思い出したように顔を上げた。
「一年の時の野外演習、覚えてる?」
「どれだ?」
「ほら、アランが泥沼に頭から突っ込んだやつ」
「頭からじゃない。膝までだ」
「いやいや、顔まで泥まみれだったじゃん」
「あれは、お前が後ろから押したからだろ」
二人が顔を見合わせて、ほとんど同時に笑い出す。その場の空気につられて、私も小さく笑った。どんな様子だったのかは見てないけれど、二人のやり取りから想像して。
今では笑い話になるような楽しい思い出なのだろう、とちょっと羨ましく思いながら。
私は騎士科の授業についてほとんど知らない。
貴族科にも乗馬や護身術の授業はあるけれど、それは社交や最低限の自衛を目的としたもので、本格的に野山を歩いたり、隊を組んで野営したりすると聞く騎士科とはまるで違う。
だからこそ、アラン様がどのような学生生活を送ってきたのか、話を聞いてみたいと思ったのだ。
「その時は、どのような演習をされていたのですか?」
会話が途切れたところでそう尋ねると、アラン様が私の方へ向き直った。
「ああ。確かあの時は、三日間山に入って――」
「おいおい、やめとけって」
カレン様が、面白そうに笑いながら片手を振った。
「ご令嬢に食事中に聞かせる話じゃないよ」
「え?」
「野営なんて、汗とか泥とか虫とか、たまに血も流れたり、そんな話ばっかりだろ。アシュリーみたいな普通のご令嬢には刺激が強いって」
「でも、俺が何をしたか説明するだけなら」
「アランはデリカシーないなあ。食事中に汗臭い話なんてして、婚約者サンに幻滅されても知らないぞ」
そう言われたアラン様は、一瞬考えるように私を見た。
「そうか。確かに、食事中にする話ではないか」
「だろ?」
カレン様は得意げに笑い、そのまま先ほどの続きを話し始めた。アラン様も、演習の時の話を私にするつもりはなくなってしまったようで、そのままカレン様との会話に戻ってしまう。
「でもさ、泥沼から出たあとのアラン、本当にひどかったよな。泥に汚れてない面積の方が少ないくらいで」
「さすがに、汚れてない面積の方が大きかっただろ」
二人はまた笑い合っていて。……知らない思い出話に笑顔を浮かべるのがほんの少しつらくなった私は、手元のスープへ視線を落とした。
別に、荒っぽい話が聞きたくない程苦手なわけではない。
もちろん何でも好きという訳ではないし、実際に一緒にやろうと言われても無理だろう。けれど本で冒険者や騎士の生活について読むこともあるし、アラン様の話であれば、少しくらい生々しい内容でも聞いてみたかった。
けれど、カレン様は私を気遣ってくださったのだろう。
食事中だったし……私も以前、親戚から狩猟での獲物を解体する時の話を聞いたせいで、顔を青くしてその日ずっと食欲がなかったことがある。
そう納得して、口を挟まず二人の話を聞くことにした。
けれど、そのあとも話題は騎士科の思い出から離れなかった。
お二人の共通のご友人が戦闘訓練の後の授業で居眠りをして教官から罰を受けた。とある教官の使う剣術には癖があって攻撃をさばきにくい。この前騎士科の皆で行った食堂の肉料理は安い割に量が多かった。
知らない名前と、見たことのない場所と、二人だけに通じる言葉が次々に飛び交う。
アラン様が何度か私にも分かるよう説明しようとしてくださったけれど、そのたびにカレン様が、
「そんな細かいこと説明しても分かんないって」
「騎士科にいないと面白くないよ」
「ご令嬢にこんな男くさい話したら可哀そうだろ」
と笑いながら遮り、結局二人だけの会話へ戻ってしまう。
私は二人の話を邪魔しないように、時々頷きながら食事を進めるしかできなかった。
楽しそうなアラン様を見ているのは嬉しい。その気持ちは本当だ。
ただ、今日渡そうと思っていたクッキーのことや、紹介しようと思っていた冒険譚のことが、少しずつ話し出しにくくなっていく。
騎士科で実際に野外演習を経験しているアラン様に、物語の中の冒険など退屈に思われないだろうか、急に不安になってしまったのだ。
そう……今楽しそうに話しているのを止めてまで聞いてもらうほどの話でもない。私がぐるぐるとそんなことを考えているうちに、目の前のお皿はほとんど空になってしまっていた。
「……ねえ」
依然会話に入れないで半分俯きかけていた私に、不意にカレン様が視線を向けた。
「アシュリーって、あんまり喋らないんだね」
「え?」
急に話を振られ、私は手にしていたスプーンを持ったままおそるおそる顔を上げる。
「いや、せっかく婚約者と一緒に昼飯食べてるのにさ。全然話さないし、あんまり楽しそうな顔もしないから」
カレン様は、心底不思議そうに首を傾げていた。
「そう、見えましたか?」
「うん。さっきからずっと黙ってるじゃん」
「それは……お二人のお話を聞いていたので」
「でも、婚約者と一緒なんだから、もっと喋りたいとかないの?」
その言葉に、胸の奥がぐっと詰まる。
もちろん……お話しをしたかった。
だから今日の昼食を楽しみにしていたし、話題もいくつか考えていた。
けれど……二人があまりにも楽しそうに話していたから、邪魔をするのが申し訳なく思ってしまって。
そう説明しようとしたけれど、自分から会話へ入れなかったことを言い訳しているように……アラン様とたくさん喋って、楽しそうにしていたカレン様に嫉妬をしているように聞こえそうで、言葉が出てこなかった。
「アシュリーは大人しいからな」
私が困っているのに気付いたのか、アラン様が代わりに答えてくださった。
「俺と二人の時も、俺の話をよく聞いてくれるんだよ」
「は、はい。もちろん、私からお話することもありますけれど……」
「ふうん」
カレン様は、私とアラン様を見比べてから、少しだけ口元を緩めた。
「あたし、普通の女の子ってよく分かんないけどさ」
そう前置きをしてから、軽い調子で続ける。
「婚約者と一緒にいても、何考えてるか分かんないくらい黙ってるんだね。なんか面倒くさいな」
思ったことを口にしただけ、という言い方だった。
だからこそ、今の言葉が自分へ向けられてからその意味を理解するまでに数秒かかってしまった。
面倒くさい。
私は、アラン様にとってそのような婚約者に見えているのだろうか。
「おい、カレン」
アラン様の声が少し低くなった。
「言い過ぎだ」
「え? 別に悪口じゃないだろ。事実じゃん」
「お前が悪口じゃないと思っていようが関係ない。アシュリー、俺はそんなこと思ってないからな」
「思ったこと言っただけだって。陰でこそこそ言うより、本人にはっきり言う方が誠実だと思うけど」
カレン様は悪気なんて一切ないような笑顔で肩を竦める。
アラン様はそれ以上言っても仕方がないと思ったのか、困ったように軽く息を吐いてから私を見た。
「悪い、アシュリー。カレンは昔から口が悪いんだ。でも、悪い奴じゃないからさ」
カレン様が、アラン様の言葉へ重ねるように言った。
「あー、ごめんね? 傷付けちゃったみたいで。あたし、思ってないこと言って愛想笑いするの苦手なんだよね。その辺の女みたいに、表では仲良くして裏で悪口言うよりいいだろ?」
そう……なのだろう。カレン様は、私を傷つけようとして言ったわけではない。ただ、思ったことを隠せない性格で。その言葉に、私が勝手に傷付いただけ。
それにアラン様は、すぐに言い過ぎだと注意してくださったし、ご自分はそう思ってないと伝えてくれた。そのお気持ちが嬉しい。
「いいえ、大丈夫です。気にしてませんわ」
なるべく自然に笑ってみせると、アラン様は少し安心したように表情を緩めた。……ああ、やっぱり、これで良かった。
ここで私が傷付いた顔をしてしまえば、アラン様を困らせるだけだ。カレン様の悪気のない言葉を責めて空気を悪くしたいわけでない。
けれど。
何だかその後の食事は、喉の奥につかえたように呑み込みづらく感じた。




