「こいつは男友達みたいなものだから」と言うけれど
(`・ω・´)つ
あいよ! 当店秘伝の出汁を使った新作ラーメンだよ!!
私は図書館が好きだった。小さい頃から本が好き。だから本がたくさん置いてあるこの場所は、私にとっては宝物庫のようなものだ。
昼休みの今は、午前の授業を終えた生徒達が思い思いに本を借りに来て、それぞれが静かにページをめくる音だけがかすかに聞こえる。きっと彼らは昼食を手早く済ませて読書の時間を確保したのだろう。
私は返却された本が積まれたワゴンから数冊手に取って、背表紙に貼られた分類をを確認して書架へ戻していく。
顔も知らないこの学園の誰かが手に取ったであろう本。自分が全く知らない分野のものも多く、新しい読書のきっかけにもなる。何度も繰り返した作業なのに、不思議と飽きたことはない。
古い本と紙の匂い、窓から差し込む午後の日差しの温かさ。この穏やかな空気が小さい頃からずっと好きだった。
「ありがとう、アシュリーさん。当番の日じゃないのに悪いわね。今日は配架が間に合ってなかったから助かったわ」
司書のメアリーさんが優しく微笑む。
「いいえ。自分の本を返しに来たついででしたから」
数分で出来るお手伝いだったけど、手助けになって良かった。
一礼して図書館を出ると、それまで静かだった世界が一変した。
廊下では昼食へ向かう生徒達が楽しそうに笑い合い、あちらこちらから話し声が聞こえてくる。その賑やかさに少しだけ頬が緩んだ。
今日は、アラン様と昼食をご一緒する約束をしている。彼と婚約が決まってから、もう一年になるのか、と少しくすぐったい気持ちになった。
騎士を目指すアラン様と、読書と刺繍が趣味の私。最初は何を話していいのかも分からなくて、顔を合わせるたび緊張してばかりだった。
「俺は女性が喜びそうな店が分からなくて」と言いつつ毎回アラン様なりに調べてデートの行き先を提案してくれるし、一緒に歩く時には私が小走りになっているのに気付くとすぐに「悪い、また忘れてた」とゆっくり歩いてくれる。
甘い言葉を囁くような人ではない。けれど、自分なりに考えた上で私に優しくしようと思ってくださることが嬉しかった。
だから……私は、自分からも歩み寄って、もっと仲の良い婚約者になれたらいいな、と。そんなことを思うようになっていた。
鞄へそっと触れる。その中には、今朝早起きして焼いた小さなクッキーが入っていた。
騎士科は午後も訓練があるから、片手で食べられるよう考えて一口サイズで。
甘いものはあまり得意ではないと聞いていたので、砂糖も控えめにして、ほんの少し塩を効かせたチーズ味にした。
気に入ってくださるといいのだけど……。
そんなことを考えるだけで、少し幸せな気持ちになる。
食堂へ着くと、入口近くで待っていたアランがこちらに気付き、大きく手を振った。
「アシュリー!」
流石騎士科の首席。号令を出す事に慣れているのか、思っていたよりも大声で名前を呼ばれて、周囲の視線が一気に集まったような気がした私は小走りでアラン様のいる所に向かた。
「お待たせいたしました」
「いや、俺も今来たところだ」
今日も騎士科の制服姿だった。
濃紺の制服は濃紺の詰襟に、金ボタン、部分的に白いラインがあしらわれていて、体格のいいアラン様によく似合う。
陽に焼けた横顔も、少し乱れた髪も、休日も屋内で過ごしがちな私には眩しく見えた。
「また図書館に行ってたのか?」
「はい。前回借りた本が読み終わったので、新しい物を借りて来たんです」
アラン様は私が抱えていた本を見て言った。
「アシュリーはすごいな、自分から本を読むなんて。俺なんて、教科書だけで精いっぱいだ」
「アラン様も、休日も鍛錬して過ごされているじゃないですか」
「まぁ、それが俺の趣味だからなぁ。なるほど、アシュリーも心から本を読むのが好きなんだな」
こうして、趣味も好みも違うけれど、私達はお互いを上手く尊重し合えていると思う。
席を取りに行こうと並んで歩き出そうとした、その時だった。
「アラーン!」
よく通る声が食堂へ響いた。私は振り返るより先に、その声の主が誰なのか分かって、本を抱えていた腕にぐっと力が入った。
アランと同じ騎士科の、カレン・フォルド様だ。騎士科に女性は珍しいけれど、アラン様のご友人達に交じっていつも一緒にいる所を見る。
カレン様は短く切った髪を揺らしながら、人混みをかき分けてこちらへやってきた。
「お前も昼飯だったのか。丁度良い、一緒に食おうぜ」
「おいおい、俺は婚約者とランチをするところだったんだぞ」
「ああ、いたのか。普通のご令嬢ってちっちゃいからさ、見えなかったよ」
そう言うと、カレン様はごく自然に私達の間へ割り込むような位置に立った。
まるで最初からそこが自分の場所だったみたいで、私はスラリと背が高いカレン様を前に、なんとなく俯いてしまう。小柄な私が俯くと、余計に小さく見えてしまうと分かってるのに。
「でもせっかくだから一緒に食おうぜ。アランは友達にボッチ飯させるような薄情もんじゃないだろ?」
「しょうがないなぁ……アシュリー、いいかな?」
アラン様は、慣れた様子で肩を竦めた。すでに二人の間で決まってしまったらしい話を向けられて、私はほんの少しだけ胸がきゅっとした。
今日は、二人だけだと思っていたから。
アラン様も興味を持ちそうな冒険譚の書かれた本を見つけたから紹介しようとか、焼いてきたクッキーを渡そうとか……そんな小さな楽しみを抱えて来たのだけれど。
それでも、ここで嫌そうな顔をして、心が狭いと思われたくなかった私はなるべく明るく見えるように笑顔を作った。
「……もちろんです」
同じ科で学ぶ同期なのだから、一緒に食事をすることも多いだろう。深い意味はないのだ。婚約者だからといって、同席を嫌がるのは心の狭い人みたいで嫌だった。
何より、アラン様を困らせたくない。
その思いの方がずっと強かったので、何も気にしていないように三人で席へ着いた。
頼んだ飲み物が先にやってきて、給仕がそれぞれの前にコップを置く、その直後だった。
「アランはベリのジュースだっけ? 一口ちょうだい」
カレン様は返事も待たず、アラン様のコップをひょいと持ち上げたのだ。
「おい」
そう言いながらも、アラン様に本気で止める様子はない。
そのままカレン様は、アラン様がさっき口をつけた場所へ唇を重ねて中身を飲み下す。
それは、ごく自然な仕草に見えた。そこに照れも遠慮もなく、何度も繰り返してきた日常なのだと分かるくらい、当たり前に。
「んー、思ったより甘い」
「勝手に飲むな」
「いいじゃん、一口くらい」
笑いながら返されたコップを、アランは小さくため息をついて受け取る。そのまま見ていると、食事が着た後そのまま同じ場所へ口をつけて飲んでしまっている。
その光景を見た瞬間、胸の奥でギシギシと嫌な音を立てて何かが軋んだ気がした。
嫌だ。
そう思った自分へ、すぐもう一人の自分が「そんなことを思ってはいけない」と言い聞かせる。だって、アラン様は実際気にしていなかった。同じ場所に口を付けたのも、意識してなかったからこそだろう。むしろ、同じ場所に口を付けたことすら気付いていないと思う。
騎士科は私の所属している貴族科とカリキュラムと大きく異なる。遠征の演習というものもあるそうだ。
そこでは水筒を回し飲みすることだってあるのだろう。だから、自分が知らないだけで、彼らにとっては本当に何でもないこと……なのかもしれない。
それに、アラン様は何度も言っていた。「カレンは女ではなく、男友達のようなものなのとしか思ってない」と。その言葉に嘘はないように見えた。
だったら、婚約者である私が疑う方がおかしいのだろう。
信じなければ。
でも……そう思っているのに、胸の奥で小さく「嫌だ」と囁く声が時々聞こえる。私は、こんなことで胸が痛む自分が恥ずかしくて、それに気付かれないようにそっとカトラリーを握る指に力を込めた。




