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第二章:未来からの証明

「……で? その『昭和の女』からの電話を正座して待ってるわけ? 塔子、あんた本当にお(はら)い行ったほうがいいわよ。脳の」


 古川沙耶(ふるかわさや)は、塔子の部屋のソファに深く沈み込み、毒のある言葉を吐き捨てた。手元には、彼女が自らネットで取り寄せたという雑誌『フレン・ドゥ』の創刊号がある。


「いい、よく聞きなさいよ。この雑誌、創刊は2018年。つまり今年よ。あんたが言ってる『2019年の雑誌が39年前に届いてる』なんて話、コラムに書くにしてもボツよ。設定が盛りすぎ」

沙耶(さや)、口悪いってば。でもさ、夢があるじゃん! 時空電話! 激アツだよ!」


 そう言ってポテトチップスの袋を豪快に開けたのは、真田優(さなだゆう)だ。ふくよかな体を揺らしながら、彼女は既にスマートフォンで「1979年 ヒット曲」のページを開いている。

   

「もし本当なら、これ超SFだよ。シュタインズ・ゲート的な?   塔子(とうこ)、その佐藤さんって人、おっとり系? それともツンデレ?」

「……そんなんじゃないわよ。とにかく、すごく丁寧な人なの」


 塔子は二人をなだめるように手を振った。


「お願い、茶化さないで。私だって信じられないけど、あの人の声を聞いたら……」


 その時、テーブルの上の固定電話が、無機質な着信音を響かせた。

 三人の視線が一点に集中する。

 塔子は人差し指を口に当てて二人を制し、震える指で受話器を取って、スピーカーボタンを押した。


「……はい、もしもし。水澤です」

『あ、水澤さん。佐藤昭子です。また夜分にお邪魔してしまって……ごめんなさい、お友達とご一緒でしたか?』

 

 受話器から流れてきたのは、ノイズ混じりではあるが、ひどく澄んだ、落ち着きのある女性の声だった。


「ひえっ、本物……? 音質がリアルにアナログ……」

 

 真田(さなだ)が小声で叫び、古川(ふるかわ)

「静かに!」と肘で小突く。


「大丈夫です、佐藤さん。今、私の友人も一緒に聞いているんです」

『あら、そうなのですね。お友達にもよろしくお伝えください。……あ、あの、水澤さん。先日のお話、私、あれからずっと考えてしまって。本当に、そちらは未来なのですか? 私の机にあるこの雑誌、さっきまた読み返してみたんですけれど……』

「佐藤さん」


 塔子が真剣な声で呼びかける。


「あなたが今持っているその雑誌は、こちらの世界で来年発売されるはずのものです。信じてもらうために、いくつか『予言』をさせてください。……真田、例のやつ」


 塔子に促され、真田がスマホの画面を必死にスクロールする。


「えーと、佐藤さん! 聞こえますか? 私は真田と言います! えっと、あと一週間後の十月一日、久保田早紀っていう歌手が『異邦人』って曲でデビューします! これ、絶対聴いてください。シルクロードな感じで超エモいですから!」

『クボタサキさん……? ああ、塔子さんが好きな歌手と書いていた……。 エモい、というのは?』

「あ、いや、ええと、凄く良いってことです! あとはパナマ運河! パナマ運河の管理権がパナマに返還されるっていうニュース、十月一日に流れますから。あと、ライオンの『ママローヤル』! 洗剤です! これも新発売されます!」

「……ちょっと真田、洗剤って。もっと歴史的な事件とかあるでしょ」

 

 沙耶が呆れたように割り込む。


「佐藤さん、初めまして。古川です。……正直に言いますけど、私、あなたのことまだ疑ってます。でも、もし今の予言が全部当たったら……そうね、あなたの住所に私たちが持ってる最強の『お菓子』でも送りつけてあげたい気分だわ」

『ふふっ。古川さん、とおっしゃるのですね。ありがとうございます。……パナマ運河に、ママローヤル、ですね。メモしました。もし、それが本当になったら……私、この不思議な糸を、ちゃんと握りしめようと思います』


 電話が切れた後、部屋には奇妙な沈黙が流れた。


「……ねえ。今の佐藤さんって人の、後ろの音」

 

 沙耶が、コラムニスト志望らしい鋭い耳で指摘した。


「微かに、テレビの音が聞こえなかった? 演歌みたいな。……あれ、たぶん当時の録音じゃないわ。本当に『流れてる音』だった」

「でしょ!? マジなんだってば!」

 

 真田が興奮して鼻を鳴らす。


「10月1日……。もし予言が当たったら、佐藤さん腰抜かすだろうな。パナマ運河からのママローヤル。歴史と生活のハイブリッド予言!」

「……さて。じゃあ、一週間後の10月1日まで待とうじゃない」

 

 沙耶はまだ懐疑的な表情を崩さなかったが、その手は雑誌『フレン・ドゥ』のページを、先ほどよりもずっと丁寧に、何かを探るようにめくっていた。


 2018年の夜景。

 

 塔子は、受話器を置いたあとの温もりが手に残っているような気がした。  

 39年前の、見知らぬ場所にいる佐藤昭子(さとうあきこ)

 彼女も今、同じ大分(おおいた)の夜空を見上げているのだろうか。 


  2018年、10月1日。

 

 この日を、塔子、優、沙耶の三人は、これまでの人生で最も奇妙な緊張感を持って迎えていた。  

 夜の八時。塔子の部屋に集合した三人は、無言のままテーブルの上の電話機を凝視していた。


「……ねえ、もうそろそろよね」

 

 真田優が、手元のポテトチップスを食べるのも忘れて囁いた。


「佐藤さんの世界では、もう『異邦人』がラジオで流れて、お母さんたちが『ママローヤル』を買いに走ってる時間だよね?」

「あんたの予言のチョイスは相変わらず生活感がすごいわね」

 

 古川沙耶は腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。しかし、その手はノートに何やら熱心にメモを書き込んでいる。コラムニスト志望の血が騒いでいるのか、彼女もまた、この「異変」を無視できなくなっていた。


「……そういえばさ、沙耶」

 

 塔子がふと思い出したように口を開いた。


「さっきの同窓会名簿の話。佐藤昭子って名前、沙耶のお母さんと同じだったりしない?」


 沙耶は一瞬だけ筆を止め、面倒くさそうに顔を上げた。


「ああ、私の母親? 旧姓は確かに『佐藤』だけどさ。名前は……まあ、昭子あきこね。でもあんた、1979年の大分市に『佐藤昭子』が何人いたと思ってるわけ? 今で言えば、キラキラネームの対極にある、一番ありがちな名前よ。田中さんちのハナコさんみたいなもん。いちいち反応してたらキリがないわよ」

「……ま、それもそうか」

「それに、うちの親はもっと……なんていうか、ガサツっていうか。電話の向こうの人みたいに、あんなおしとやかな話し方はしないわよ。人違いもいいとこ」


 沙耶が吐き捨てるように言ったその時、待機していた固定電話が、高らかな着信音を響かせた。  

 塔子は素早く受話器を取り、スピーカーをオンにする。


「……もしもし、佐藤さん?」

『水澤さん! 聞こえますか!?』  


 受話器の向こうの昭子の声は、これまでにないほど興奮で上ずっていた。背景からは、微かにあの『異邦人』の幻想的なメロディーが流れている。


『先ほど、ラジオから流れてきたんです。……久保田早紀さんの『異邦人』。それから、テレビのニュースでも、本当にパナマ運河のことが……! 薬局へ行ったら、本当に『ママローヤル』の看板が出ていました。信じられません……本当に、皆さんは未来の方なのですね!』

「佐藤さん、よかった……!」  


 塔子が安堵の息を漏らす。真田優はガッツポーズをし、沙耶もまた、信じがたいものを見る目で受話器を見つめていた。



 

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