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第七話

 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



 揺れる燭台の明かりに1人の男が照らされている。

 カーテンを締め切って薄暗い部屋の中、一見するとその男は眠っているかのように見えた。


 だが、と――は思う。


 この男が目覚めることは、二度とない。


 男が病気になった時、――は初めて心から神に感謝した。

 まだ天は自分を見捨ててはいなかった、と。


 ただし、と――は目を伏せる。


 自分の中にまだ罪悪感があったのだろうか。

 それともあの瞳に、過去の無垢な自分を重ねてしまったのか。


 あの少女にたった一点だけ告白してしまった己の罪。

 それだけが気がかりだった。


 あの少女は真相に気がつくだろうか。



 果たして、審判の時は訪れる。



 ギィ、と背後から扉の開く音がする。

 ――はゆっくりと振り返る。


 闇の中でも光を失わない空色の瞳と目が合う。


 ああ、そうか。

 と――は悟る。


 彼女はここに訪れた。私の罪を暴くために。


「ようこそ、歓迎いたします」


 そう言って――は……セリーナ・グレイスは、優雅なカーテシーで来訪者を歓迎する。


 セリーナ・グレイス。

 本名セリーナ・ラドクリフ。


 オスカー・ラドクリフの元でメイドとして働いていた女は、気合いを入れるように手袋の裾を引っ張って正し、少女を睨みつけた。



 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



「……セリーナさん」


 正面に立つ人物の名前を口にする。

 ここに来る前に執事から聞いた名前だ。


「驚きました。貴女、オスカーの腹違いの妹だったんですか。通りで髪色が似ているなとは。まあ婚外子など珍しいことでもありませんが」


 私の背後から顔を覗かせたアーロンさんが、わざとらしい愛想笑いを浮かべてセリーナさんに声をかける。

 セリーナさんはアーロンさんの存在など見えないかのように、じっと私を見つめた。


「何かご用でしょうか。旦那様に最後のお別れを? それとも……推理でもご披露しにいらっしゃいましたか?」


 セリーナさんの言葉に、躊躇いながらも口を開く。


「ええ……できればあなたに聞いてほしいわ」


「そうですか。では、犯人はどうやって旦那様を殺したとお思いですか?」


「……毒、だと思うわ」


 不安でひりつく喉を抑えつつ、私は言葉を紡ぐ。


「料理に、毒を盛って……毒殺したんだと思う」


「なるほど、毒。旦那様は食事の水分量すら気にされる美食家でいらっしゃいました。毒を盛られて気がつかないことなど、ありえるでしょうか?」


 セリーナさんの声が私の推理の粗を責めるように鋭くなる。


「……オスカーさんは、味覚を失っていたんじゃないかしら?」


 そう口にすると、セリーナさんは口を閉ざした。

 静寂に包まれた部屋の中、私は言葉を続ける。


「オスカーさんは梅毒にかかっていた。梅毒は神経系を麻痺させ、五感を失わせることがある。オスカーさんがメイドであるあなたにも味見をさせていたのは、自分の代わりにあなたに味を確認させるためだったんじゃない?」


「なるほど。梅毒で味覚を失って、使用人に味見を代行させたと言いたいわけだ」


 私の言葉にアーロンさんが頷く。


「味覚を失ってしまったオスカーさんになら、簡単に毒を盛ることができたと思うわ」


「……旦那様が味覚を失っていたと、そう医師が言ったのでしょうか」


 セリーナさんの問いかけに、私は首を横に振った。


「いいえ。万が一味覚を失ったと知られれば、オスカーさんは美食家としての地位を追われるもの。医師にすらその症状は伝えていなかったと思う」


「それならば、旦那様が味覚を失っていたと、どうして言い切れるのです?」


「これよ」


 そう言って、手に持っていた物をセリーナさんに突きつけた。


 それは、茶葉の入った缶。

 缶の蓋を開けて、中身を揺らすように振ると、カサカサと茶葉が触れ合う乾いた音がなる。


「この茶葉を見た時、違和感を感じたの。うちにある茶葉と何か違うって……」


 そう言って茶葉を指先でつまみ、目の高さにまで持ち上げた。


「これは紅茶の葉っぱじゃないわ。正確には、紅茶の葉っぱと硫酸鉄を混ぜた、混ぜ物よね?」


 晩餐会の前の、馬車の中でのアーロンさんの言葉を思い出す。


 安物の中には関係のない植物や塩なんかを混ぜて、かさ増しして売っているものもあるんだよ――。


 硫酸鉄は食品の見た目を誤魔化すための着色料としてよく用いられる。

 市場で買った安物の茶葉の中に、紅茶の見た目を整えるために入っていたとしてもおかしくない。


 ただし、当然味覚のある人間にとってはおかしな味に感じる。

 晩餐会で紅茶を飲んだ時に感じた金属のような味わいは、恐らくそのせいだ。


「わざわざ市場で品質の悪い混ぜ物の茶葉を買ってまでオスカーに飲ませていたのは、嫌がらせのためかな?」


 アーロンさんの言葉にセリーナさんは答えない。

 代わりに私の方を見つめたまま口を開いた。


「なるほど。旦那様が味覚を失っていれば毒は盛れるでしょう。しかし、いつ? 旦那様が味見をする際、毒を盛る隙がないことはご説明済みのはずです」


「ええ、確かに毒を盛る隙はなかったわ。……もし、オスカーさんだけに毒を盛っていたとしたら」


 澱みなく答え、私はセリーナさんをしっかりと見つめる。


「でも、味見用の皿の両方に毒が盛られていたとしたら、その前提は覆るわ」


「……私も、毒を口にしていたと? しかし私は死んでいませんよ」


「ええ、だから……貴女は日常的に、致死量に満たない量の毒を盛り続けたのよね? 梅毒のオスカーさんが毒で衰弱して、自分より早く死ぬことを願って」


 風もないのに燭台の明かりが揺れた。

 まるで誰かが動揺して身動ぎしたために、空気が揺れたかのように。


「オスカーさんは梅毒にも関わらず嘔吐や下痢の症状を訴えていた。これは初期から中期の梅毒の症状としては不自然だわ。恐らく梅毒ではなく、毒物の中毒症状によるものだと思う」


 セリーナさんは、答えない。


「オスカーさんのところへ味見用の料理を運ぶ際に、あなたは毒を盛ったのよね」


「そして何食わぬ顔をして、オスカーと一緒に毒を口にしたわけだ。例え食後に気分が悪くなったとしても、慢性的に梅毒に侵されていたオスカーは気づかない」


 アーロンさんの言葉に頷いて、私は言葉を続けた。


「そして、病気のオスカーさんは健康体のセリーナさんよりも毒の影響を強く受けたはず。梅毒による心臓へのダメージと、蓄積された毒物が合わさって、オスカーさんは心停止を起こした」


「どこに……」


 沈黙を守っていたセリーナさんが震える唇を開く。


「どこにそんな証拠があるんですか。私が毒殺した証拠が、どこに」


「証拠ならこの部屋に揃っているだろう」


 アーロンさんは緩慢な仕草でセリーナさんの奥を指さした。


「私がオスカーの遺体を見た時、爪に不自然な白い線が見られた。恐らくヒ素による症状の一つであるミーズ線だ。ヒ素を日常的に摂取していると爪に凹凸が生まれ、それが白い線として現れる」


 そこまで言うと、あとは任せたと言わんばかりにアーロンさんがこちらに視線を送る。

 私は頷いて、セリーナさんに向き直った。


「もしセリーナさんも日常的にヒ素を口にしていたのなら、いくら健康とはいえヒ素の中毒症状が出るはずだわ」


 そう言って、私はセリーナさんの手元に視線を落とす。


「もし犯人でないと言うなら、ずっとつけているその手袋……外してもらえるかしら」


 私の言葉に、セリーナさんは強く拳を握った。

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