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第四十三話

「やあ、すみませんね何度も」


「いえいえ構いません。警察の皆さんも大変でしょう」


 マルクさんの謝罪に、エドマンドさんは愛想良く微笑んだ。


 部屋の外、遠くの方から他の関係者たちの声が聞こえる。

 エドマンドさんだけを残し、他の人には帰ってもらったのだ。


 対面のソファに座るよう促し、マルクさんはこちらに視線を送る。

 頷いて、私はエドマンドさんの目をしっかりと見つめた。


「ドロテアさんの死は、昇降機によって引き起こされたと思うの」


「……ほう」


 エドマンドさんの細められた目の奥の感情は読みづらい。


「昇降機の壁は中が見えないほど細かく針金で編まれていた。逆に言えば、細かい目の間には隙間があった」


 エドマンドさんの目の奥を見つめたまま、私は推理を続ける。


「恐らくドロテアさんを狙った何者かは、事前に昇降機の中をぐるっと回るよう、円上にピアノ線を張り巡らせていた。簡単に解けるように、細い糸が何かで固定して」


 左手の人差し指をぐるっと回して見せる。


「そして輪になった先、余りの紐は制御装置に括り付けた。その状態でドロテアさんは昇降機に乗り、扉が閉められ、重りが下ろされる」


 エドマンドさんは笑みを崩さず、相槌を打つこともなく私を見ている。


「重りが下がって昇降機が上に上がると、長さが足りなくなった地点でピアノ線は固定用の糸を切り、網の目の間へと吸い込まれる。もし、ドロテアさんの首の高さに合うようにセットされていたなら……」


「昇降機の上がる力と、ピアノ線が下に引っ張られる力に挟まれて、被害者の首が落ちる、ということですか」


「ええ。重りは約700ポンドもある。その重りの下がる力としっかり固定されたピアノ線があれば、女性の首を切ることくらいは可能だったはずよ」


 マルクさんの言葉に頷く。


「……それで、私に何が言いたいのかな」


 黙って話を聞いていたエドマンドさんが口を開く。

 その口調は相変わらず穏やかなものだ。


「……犯人は警察が到着する前に、奈落で殺人に使われたピアノ線を回収できた人物。つまり、裏方の誰かってことになるわ」


 一呼吸置き、私は口を開く。


「……あなたよね、エドマンドさん。ドロテアさんを殺したのは」


 エドマンドさんは答える代わりに頬をかいた。

 焦りと言うよりは、照れ隠しのようなそぶりだった。


「……裏方とはいえ舞台の人間だから、形式的に聞いておこうか。どうしてそう思うんだい?」


「このトリックを行うためには、即座に昇降機にピアノ線を固定しないといけない。なぜなら昇降機は出番が来るまで、天井に吊るされているから。事前に内部にぐるっと針金を仕込んでおくことはできても、制御装置に括り付けておくことはできない。犯人は昇降機に近く、なおかつ制御装置のそばで作業をしていても不自然じゃない人になる」


「なるほど、確かに私は昇降機の近くで作業していたし、制御装置も操作していた。犯人にはうってつけだね」


 あまりにも落ち着いたエドマンドさんの様子は不自然だった。

 この状況をひっくり返せるような、とんでもない反論でも持っているのだろうか。


「これも形式的に聞いておこう。証拠は?」


「奈落の床に細い線状の血の跡が。ドロテアさんの首を切ったあと、ピアノ線が網目の間を抜けて下に落ちてきた時についた跡だと思うわ」


 私の言葉にエドマンドさんは浅く幾度か頷いた。


「ピアノ線はあなたが操作していた制御装置の方に向かって伸びていたわ」


「なるほど、やはりお若いのに立派だ。観察力もある」


 エドマンドさんはそう言うと、ソファに深く座り直し、マルクさんの方に視線を向けた。


「凶器のピアノ線は重りが落ちる地下機構の中に投げ込みました。下への行き方は、係員にでも聞いてください」


 あっさりと自白するエドマンドさんに、思わず唖然としてしまう。

 私の顔を見て、エドマンドさんは力なく笑った。


「どうしてこんなあっさり認めるのか、とお思いかな」


「……ええ」


 頷くと、エドマンドさんは肩を竦めて見せた。


「私の目的は達成されたからね。舞台は台無しになったし、ドロテアは大衆の前で恥をかいて死んだ。私の望みはすべて叶ったのだから、今更足掻く必要もないよ」


「……そこまでしてドロテアさんのことを恨むのは、セシリアさんの件があったからなの?」


 私の言葉に、エドマンドさんは軽く首を傾げた。


「オリーさんから聞いたわ。あの昇降機、セシリアさんの死後に、ドロテアさんが白き谷の歌姫を演じることが決まってすぐにあなたが作ったって。何日もかけて……」


「あいつは相変わらず口が軽いなぁ」


 からからと笑って、エドマンドさんは姿勢を正す。


「セシリアは私の娘だよ。オペラの主演女優になりたいという彼女の夢を叶えるために、然るべき家の娘だということになっているけどね」


 裏方の娘じゃ泊がつかないだろ、とエドマンドさんは自虐めいた口調で続ける。


「セシリアの主演が決まった時は、そりゃ嬉しかったよ。裏方として娘の夢が花開く瞬間を支えられるなんて、親冥利に尽きると思った」


 エドマンドさんの顔から笑顔が消える。


「……首を吊るセシリアを最初に見つけたのは私だった」


 はっと息を飲む。

 エドマンドさんの顔には何の表情もなかった。

 悲しみすら、そこには見つけられなかった。

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