第四十二話
マルクさんとともに控え室に訪れると、中にいた人達の視線がいっせいにこちらを向いた。
「すみません、もう一度お話を伺いたく……どなたかご協力いただけませんか」
マルクさんの言葉に、部屋にいる人たちは皆お互いの顔を見合う。
「もし可能であれば、あちらの女性に話を聞きたいわ」
マルクさんに耳打ちして、一人の女性を指差す。
「そちらの方、お願いできますか」
「えっ……私?」
女性は戸惑いながらもこちらに歩み寄ってきた。
メイドのような衣装を着ているので、王城の使用人の役を務めているようだ。
彼女は、先程血塗れになった女性のそばで会話していた女性である。
隣の控え室に移動して、椅子に座るよう促す。
「さて、唐突だけど、さっきの話を聞かせてくれる?」
私の言葉に、女性は目を瞬かせる。
「ほら、セシリアって人がどうのっていう……」
「あっ……」
しまった、という感情を顔に浮かべたものの、女性は躊躇いがちに口を開く。
「セシリアは……ドロテアの前に主演女優だった子で……その……亡くなっているの」
「ほう、それはどうして?」
有力な証言になると思ったのか、マルクさんが前のめりになる。
女性は隣の部屋に自分の声が聞こえないか気にするように壁の方に視線を向けながら、声を潜めて話した。
「公爵様が来る舞台で、大失敗して……そのショックで、自殺したんじゃないかって言われてるわ」
「それで、次に主演になったドロテアさんが呪われているんじゃないかとか、そんな話になったの?」
モントローズ邸の呪い騒ぎを思い出しながら聞けば、女性は首を振った。
「それだけじゃなくて……その……セシリアが歌を失敗したのは、ドロテアのせいじゃないかって言われてたから……」
話が見えず首を傾げると、女性は一層落ち着きなく周囲を警戒しながら、声を潜めた。
「公演前に、ドロテアがセシリアの飲み物に触っているのを見たって人がいるの」
「……声が出なくなるような劇物を盛った、ってこと?」
私の言葉に、女性は目を伏せる。
「分からないけれど……ドロテアは主演を志望していたのに、ぽっと出のセシリアに主演を盗られたことにイライラしていたから……」
頷いて、私は先を促す。
「目的のためなら手段は選ばないところがある子だったし……そういうこともあるのかなって。今回もドロテアの一番の見せ場のシーンで、あんなことになったから……」
「確か白き谷の歌姫では、王城に呼ばれた少女が皆の前で歌声を披露し、その歌声を皆から称賛されるところで終幕するんだったかな」
アーロンさんの補足に、女性は頷く。
あの事件はまさにクライマックス、ドロテアさんの見せ場で起こったようだ。
大切な舞台を潰されたセシリアさんによる呪いだと言われるのも仕方ないほど、出来すぎたタイミングである。
「他に何か気づいたことは?」
女性が首を横に振ったため、マルクさんは感謝の言葉とともに、女性を元の控え室へと送り返した。
「また呪い、ね。どうにも世間の人は、死を罰か何かだと思っているようだ」
アーロンさんは座っていた椅子の背もたれにだらしなく寄りかかり、鼻で笑う。
「作為的でない限り、死そのものには何の意味もない。等しくいつかは誰の身にも起こりうる事象の一つだというのに」
「誰もがそう割り切れるわけじゃないわよ」
苦言を呈すると、アーロンさんは横目で私を見る。
「彼女らの言っていることは、清く正しく生きていれば死ぬことはないと言っているのと同義だよ。裏を返せば、清く正しく生きていなかった故人は死んで当然だということだ」
「……そこまで意図して言っているわけじゃ……」
「そうだね、だから卑怯だ」
ちょうど戻ってきたマルクさんが、アーロンさんの言葉に不愉快そうに眉を寄せる。
「参考人のことを悪くいうものじゃないですよ」
マルクさんの意見に鬱陶しそうにアーロンさんは目を閉じた。
何とも微妙な沈黙が流れる中、私はそろりと手を挙げる。
「……とりあえず、一旦呪いではなくて事故、あるいは事件として考えた方がいいってことは確かよね」
「それはまあ、そうですね」
マルクさんは不満げながらも肯定の言葉を口にする。
「となると、やっぱり昇降機の確認は必要なんじゃないかな。もし構造上の理由による事故なら、一度動かしてみれば分かる話だし」
「それはそうですが……言っておきますけど、あなたたちはステージ上には立ち入り禁止ですからね」
「構わないよ、舞台袖から見ているからね」
マルクさんの注意の言葉など何処吹く風で、アーロンさんは楽しげに唇を吊り上げる。
かなり無茶ぶりが板に付いてきた様を眺めつつ、私はソファから立ち上がった。
――
「ちょうどいいところに。マルク、昇降機に乗れ」
舞台袖へと戻ると、唐突に警部がマルクさんに命令した。
「……はい?」
言葉が飲み込めずに聞き返すマルクさんの首根っこを掴んで、警部は奈落へと続く階段へ向かう。
「昇降機を上下させて事故が起きる原因を探していたんだが、埒が明かなくてな。一度誰か乗せた方が早いだろう」
「ちょ、待ってくださいよ! それで僕が死んだらどうしてくれるんですか!」
ジタバタと暴れるマルクさんを無理やり引きずる警部の後を慌てて追う。
昇降機の前へと連れて来ると、警部はマルクさんに顎で中に入るよう促した。
「大丈夫、お前はうちで一番悪運が強い。何とかなるだろう」
「そんな曖昧な理由で!?」
ギョッとした様子で目を見開くマルクさんに、警部はため息を吐く。
「それだけの訳がないだろう。無人で何度か昇降機を動かしたが、特に異常は見られなかった。だから言っているんだ」
「でも、それって人が乗っていないからじゃ……」
なおもマルクさんが抵抗しようとすると、警部は目を細めた。
「乗らないならそれでもいいが、次の査定には響くと思え」
「乗ります! 乗らせていただきます!」
警部の言葉に即座にマルクさんは昇降機に飛び乗った。
なんだかんだ査定に響くのは困るらしい。
それならもっと真面目に働けばいいのに……と呆れながら、昇降機に乗ったマルクさんを見守る。
警部が合図すると、エドマンドさんが制御装置を外した。
人ひとりを載せた昇降機はするすると舞台まで上がっていく。
あっという間に床板を外した穴を通り過ぎ、昇降機は停止した。
程なくして、マルクさんが階段を降りて奈落に戻ってきた。
心做しか顔がやつれている。
「生きた心地がしませんでしたよ」
「何か異常は?」
ゲッソリした顔をして、マルクさんは首を振る。
「特に何も」
収穫はなかったようだ。
念の為近くで昇降機を眺めていたオリーさんに声をかける。
「オリーさんは? 何か気づいたことはなかった?」
私の言葉に、オリーさんは首を捻る。
「そう言われると、舞台の時は一瞬だけ、何かに引っかかって昇降機が止まっていたような気がする」
「引っかかった?」
オリーさんは頷きながら、苦い顔をする。
「もしかしたらドアが開いていて、ドロテアが昇降機から顔を出していたのかな。どこかに首を引っ掛けて切れたとか」
それはありえない、と話を聞きながら私は思う。
その状況で首が切れていたなら、昇降機のドアは開いていたはずだ。
しかし実際にはドアはしっかり閉められ、閂がかけられていた。
他の場所から首を出そうにも、針金を編んで作られた昇降機の壁は、中が見えないほど目が細かいのだから、首を出せるはずがない。
うぅん、と唸りながら辺りを見渡して、私は奇妙なものに気がついた。
全体的に汚れていたせいで気がつかなかったが、床に直線上の黒い線のような跡がある。
しゃがんでよく見ると、それは床の上の歪んだ円状の汚れから始まり、床の上に一直線に伸びていた。
指で触ってみると、ポロリと剥がれるように取れる。
跡を辿っていくと、それは床の途中で途切れていた。
途切れた線の先を追うように視線を滑らせれば、ちょうど真っ直ぐその先に、重りの安全装置がある。
「ねえ、オリーさん。他にも聞きたいことがあるんだけど……」
真剣な私の口調に、オリーさんは首を傾げた。




