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第四十一話

 舞台下へと続く石造りの階段を降りる。

 下に下がるほど空気は冷たく、張り詰めたものになる。

 埃っぽい空気に顔を顰めながら、私は舞台下の床を踏んだ。

 少し低い天井と薄暗さが、地下空間の圧迫感を生み出している。


 舞台下には警官たちの姿があったが、皆ちらりとこちらを見た後、すぐに各々の職務に意識を戻した。

 先程マルクさんが警部と呼んでいた男性はここにはいないようだ。

 そのことに安堵したのか、マルクさんは横で胸を撫で下ろしている。


 数人の男性が警官に話を聞かれている。

 恐らく彼らが舞台装置を動かす役割を担っている裏方なのだろう。


 油で汚れた手足は、あれだけの装置を動かすとあってがっしりと筋肉質だ。

 先に聴取が終わったのか、手持ち無沙汰にロープを巻いている男性に近づく。


「こんばんは、ちょっといいかしら」


 私の言葉に男性が振り向く。

 白髪混じりの短髪に目元の皺が年齢を感じさせるが、それを差し引いても精悍な顔つきの男性だ。


「やあお嬢さん。どうしたのかな」


 男性は私を見ると、眉を下げて笑みを浮かべた。

 その仕草が途端に、彼の顔に柔和な印象を加える。

 老若男女問わず好かれそうな顔だな、と思いながら、私もにっこりと微笑み返した。


「私立探偵のルーシーと申します。少しお話を聞いてもいいかしら」


 自分から探偵と名乗るのは初めてだ。

 緊張で鼓動が早くなるのを感じつつ、平然とした態度をとる。


「お若いのに立派なことだ。私に話せることなら何なりと」


 男性はロープを床に置いて、体ごと私に向き直った。


「じゃあ早速。昇降機のことだけど、あれってここで動かしているって本当?」


「正確には昇降機を動かしているのは重りを使った装置だね。それを動かすための安全装置を制御しているのがここってイメージだ」


 そう言って、男性は私に手招きしてから傍らにあった木製の装置を叩いた。

 近づいて覗き込むと、木製の装置には大量のロープがぶら下がっていて、その奥の暗がりに滑車らしきものが見える。


「あの滑車を通ったロープが重りと繋がっている。ここにある安全装置を外すことで、重りが自重で地下に落ちて、反対側にある昇降機が上がるって仕組みになっている」


 男性はぶら下がったロープの一本を軽く引っ張る。


「なるほど。重りってどれくらいの重さ?」

「約700ポンド(318kg)ってところかな」

「結構重いのね」


 率直な感想を述べると、男性はからからと笑った。


「そうだね。そのくらい重くないと、昇降機と人ひとり分の重さは持ち上げられないからね」


「引っ張る前は、昇降機はどこにあるの?」


 私の疑問に、男性は斜め上の方を指し示す。


「普段は大道具室にしまっていて、舞台の直前にここに持ってくるんだ。使うタイミングになったら床板を外して、天井から降ろしたロープの先に固定する」


 次に男性は部屋の中でもとりたてて空間が空いているスペースを指差しながら説明する。


「女優は一度舞台袖にはけたあと、階段を降りてここまで来て、昇降機に乗る。乗ったのを確認したら扉を閉めて、安全のために扉を閂でロックした状態で、安全装置を外して上にあげるんだ」


「その時までは、女優は生きていたってことよね」


「そりゃ勿論」


 私の質問に男性は頷く。


「最後に生きている状態で女優と会ったのは誰かしら」


「あそこにいる若いのだよ」


 男性は顎で、部屋の隅に手持ち無沙汰に座り込んでいる若い男性を示した。

 自分に注意が向いていることに気づいた男性は首を傾げる。


「オリー、昇降機のドアを閉めたのはお前だったよな。探偵さんが話を聞きたいらしい」


「えぇー、まあいいですけどぉ」


 オリーと呼ばれた青年は気怠げに腰を上げてこちらに近づいてきた。


「あなたが扉を閉めた時、女優の様子は?」


「別にいつも通りでしたよ。と言っても、特に会話するわけでもないんでね。降りてきて乗ったら、すぐ閉めるって感じで」


「特に手間取ることもなく?」


 私の言葉にオリーさんは肩をすくめる。


「まさか疑われてます? 手間取ってたら他の人らもさすがに気づきますって。ましてや警察の人らの話じゃ、首ちょんぱだったんでしょ?」


 そう言って、オリーさんは首の前で手を横に滑らせるようなジェスチャーをした。


「こんな仕事してますから、力には自信ありますけど、短時間でそれは無理っすよ。化け物じゃないんだから。ねえエドマンドさん。近くにいたんだから分かりますよね」


「まあ、そうだろうな」


 オリーさんの言葉に、黙って聞いていた先程の男性が頷く。

 エドマンド、というのは彼の名前のようだ。


「女優が降りてきて、昇降機をあげるまで一分もなかったはずだ。この昇降機を使うのは劇中でも見せ場のシーンだから、もたつけばステージの評価に関わる。それに殺人なんかあれば、一番近くで制御装置を弄っていた私が気づかないはずがない」


 エドマンドさんの言葉に、オリーさんはうんうんと頷いた。


「なるほどね……ちなみに、亡くなった女優さんってどんな人なの?」


 うーん、と唸りながらオリーさんは首を捻る。


「名前はドロテアで、この劇場で演じ始めてもう五年くらいになるんすかね。それ以外のことはあんまり。さっきも言ったけど、会話とか特にないんで」


「舞台以外でも話さないの?」


「役者の中には少しくらい話す人もいますけど、ドロテアさんはこの劇場で主役張れる人っすから。俺ら裏方とは生きてる世界が違いすぎて交わらないんすよ」


 オリーさんはひらひらと手を振る。


「ドロテアさんのことなら、裏方より舞台の人らのが詳しいと思いますよ」


「分かったわ、ありがとう」


 お礼を言い、階段のそばでことの成り行きを見守っていたアーロンさんとマルクさんの元へ向かう。


「マルクさんも聞いてたと思うけど、次は役者の人に話を聞きたいわ」


「簡単に言ってくれますね、本当に」


 マルクさんは呆れたように私を見下ろす。


「まあ別室にいる役者に話を聞くくらいなら、一般人が事件現場に立ち入る許可をとるよりは簡単ですよ」


「よし、じゃあすぐに行きましょう」


 即座に階段を上る私の背後から、マルクさんのため息とアーロンさんの笑い声が同時に聞こえてきた。

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