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第三十五話

 伯爵に案内されたのは屋敷の奥にある応接室だった。

 中庭が見える大きな窓があり、色とりどりの薔薇の花が咲き乱れているのが見える。


「すごい……」


 思わず窓辺に寄って中庭の景色を眺める私に、伯爵が鼻を鳴らす。


「二十種類以上の薔薇を植えてある。庭師に管理させているから、気になるものがあればそちらに聞くといい」


 よくよく中庭を見ると、薔薇の間に庭師と思しき若い女性が立っているのが見えた。


 庭師の女性は、こちらを見てにこりと微笑む。

 軽く頭を下げると、女性は嬉しそうに目を細めた。


「こちらへ」


 伯爵に促され、ソファに腰掛ける。

 トマスさんはお茶を用意すると言い残して退室した。


「それで、どこまで話したんだ」


 斜め向かいに座るウィリアムさんに、伯爵が問いかける。


「若い女性が呪われるという噂があることくらいですよ。詳しいことは叔父上から話される方が良いでしょう」


 ウィリアムさんの言葉に眉間に皺を寄せつつ、伯爵はこちらに向き直った。


「単刀直入に言う、当屋敷が呪われているという不名誉な噂について、解決していただきたい」


「えっと……悪魔祓いとかはできませんけど」


 私の言葉に伯爵は呆れたように目を細める。


「そんなことは知っている。"呪い"とやらを現実的な方法で解き明かせ、と言っているのだ」


 なるほど、と私は腹落ちする。

 つまり伯爵は、若い女性が亡くなるのは呪いではなく、もっと説明のつく理由がある、と言いたいらしい。


「そういうことであれば勿論」


 頷くと、伯爵はしばらく私を見つめた後、再度口を開いた。


「アシュフォード嬢」


「はい」


 茶器を運んできたトマスさんがカップに紅茶を注ぐのを横目に見ながら、私は返事をした。

 伯爵はトマスさんが紅茶を淹れ終わるのを待ち、カップに口をつけた後、言葉を続ける。


「本依頼の解決と並行して、我が甥、ウィリアムとの婚姻を考えるのはいかがだろうか」


「は、…………はい?」


 思わず頷きそうになったのをすんでのところで堪えて、私は伯爵の言葉を聞き返す。


 斜め右に座っていたウィリアムさんは盛大に噎せ、隣に座るアーロンさんは一見平然としているように見えるが、カップを持つ手が中途半端な位置で静止している。


「先程も言ったが、やはり若い女性がいつまでも独身でウロウロしていると言うのはよろしくない。まして、没落したとは言え、貴殿も元は貴族の娘だ。然るべき身分の男性と結婚するのがよろしかろう」


 淡々と伯爵は言葉を紡ぐ。


「そういう意味ではうちの甥は良い選択肢だと思うがね」


「……お言葉ですが、モントローズ伯爵。養父の私に断りなくそのような話をするのは……」


「貴殿も独身だろう、次代のホルブルック子爵家当主殿」


 苦言を呈したアーロンさんの言葉を遮って、伯爵はアーロンさんに向き直る。


「貴殿こそそろそろ家に戻り、然るべき相手と結婚して家督を継ぐべきだ。いつまでもフラフラして、お父上も大層胸を痛めておいでだろう」


「……私はもう家を出た身です。世継ぎなら弟がいます」


「愛妾の子は世継ぎにはなれん。分かりきったことを」


 ため息を吐いて、伯爵はアーロンさんを睨む。


「結婚もせず養子を引き取るなど正気の沙汰ではない。いい加減に相応しい身の振る舞いを考えたまえ」


 アーロンさんは何も言わず、完璧な笑顔を伯爵に向けている。

 しかし、その目の奥が少しも笑っていないことに気づいて、私はアーロンさんから目を逸らした。


「叔父上、説教はそのくらいにしていただかないと……今日の本題は、ルーシーさんへの依頼でしょう」


 ようやく落ち着きを取り戻したウィリアムさんが横から口を挟む。


「アーロンさんのことも、ルーシーさんのことも、それから僕のことだって、叔父上が気にされることではありませんよ」


「悠長に構えおって。気づいた時には手遅れになっているということも有り得るんだぞ」


 モントローズ伯爵はそう言って、一口紅茶を啜った。


「とにかく、依頼は屋敷で起こる不可解な事象の原因調査ですね。お屋敷の中を調べさせていただいても?」


 アーロンさんが無理やり話を元に戻す。

 その顔は依然として笑顔のままだが、口調はかなり冷たいものになっている。


「構わん。案内はウィリアムとトマスに任せる」


「任せてください旦那」


 トマスさんが一歩前に出て胸を張る。


「このトマス、大恩ある皆様のためなら、例え火の中水の中」


 どちらかと言えば氷の中に近い冷えきった空気の中で堂々と振る舞うトマスさんを眺めながら、私は苦笑いを浮かべる。


 アーロンさんがこの依頼を受けたがらなかった理由が、何となく分かってきた。


 ――


 紅茶を飲み干し、逃げるように応接室から退室した後、私は肩を落とした。


「なんだか、どっと疲れたわ……」


「ごめんね、叔父上なりに心配しての言葉だとは思うけど……少しお節介なんだよね」


 ウィリアムさんはそう言って困ったように眉を下げる。


「お節介とか、そういう次元の話なのかしら……」


 げんなりと不満を漏らす私の顔をトマスさんが覗き込む。


「ルーシー嬢、大丈夫ですか?」


「ええ……」


 パンパンと数度頬を打って、私は気合いを入れ直した。


「問題ないわ。トマスさん、お屋敷の案内をよろしく」


「かしこまりました。どこを案内しましょう?」


「そうね、とりあえず亡くなった娘さんの部屋とか?」


 私の言葉にトマスさんは頷いて、廊下をぴょこぴょこ歩き出す。


 その背を追って長い廊下を歩く。

 静かな屋敷内には私たち以外に人の気配がない。


「そういえば、伯爵の奥様は?」


「カントリーハウスの方に。何せ娘さんが亡くなってますからね。奥様が若い女性に該当するかはさておいて、旦那様はこの屋敷に奥様を近づけたくないようです」


 トマスさんは振り返って呑気に返事する。


「じゃあ、今この屋敷にいるのは、伯爵と、トマスさんと、あとは庭師の人くらい?」


「下働きの少年が一人いますよ。あとは近くの店の者が飯時に食事を運んでくるくらいです。料理人は誰もこの屋敷に勤めたがらないもんで、作ったものを届けてもらっているんです」


 階段を登り、二階の廊下を奥まで歩くと、やがて一つの扉の前にたどり着いた。


「ここが伯爵の娘、ロザリンド嬢の部屋です」


 トマスさんが扉を開く。


 中は豪奢ながら落ち着いた様相の、普通の部屋だった。

 呪い殺された悲劇の伯爵令嬢の部屋、と言えば物々しいが、ピンクやラベンダーカラーに統一された家具が並ぶ、なんの変哲もない女の子の部屋だ。


「家具はそのままなんだね」


 アーロンさんが感慨もなく呟く。


「なかなか捨てられないものなのでしょうね……」


 対して、ウィリアムさんは物悲しげな様子で呟いた。


 部屋の左側に置かれたハイバックのベッドや、日当たりの良い窓辺に置かれたソファ、部屋の隅の書き物机などをキョロキョロと見渡しながら、私は首を傾げる。


「この部屋、鏡台がないのね」


「ああ、そうなんですよ」


 私の言葉にトマスさんが頷く。


「実はこのお屋敷、鏡の間と呼ばれる部屋がありまして。ロザリンド嬢はその部屋の鏡を気に入って使っていたそうです。だから自室には鏡を置かなかったのだとか」


「鏡の間?」


「ええ。すぐそこの部屋ですから、見に行きましょうか」


 トマスさんはそう言うと廊下に出て、ロザリンド嬢の部屋から見て斜め前の扉へと向かった。


「ここです」


 トマスさんが扉を開ける。

 カビっぽいような、独特の臭いがする室内に足を踏み入れる。


「すごい……」


 鏡の間の中は窓がなく、代わりに四方の壁を様々な鏡が覆い尽くしていた。

 どれも精巧な装飾が施されており、価値が高いものであることが伺える。


 中でも目を引くのが、部屋の奥に置かれた鏡台だ。

 私の自室にある鏡台の、優に倍の大きさはあるだろう。

 大きな一枚鏡を使用していて、マホガニー製の台座には、金と象牙で薔薇の装飾が施されている。


「これがロザリンド嬢のお気に入りの鏡かしら」


「そうみたいだね。初代モントローズ伯爵が妻のためにと特注したものらしいよ」


 ウィリアムさんが私の横に並んで鏡台を眺める。


「とても高価なものなんでしょうね」


「この鏡一台でうちが余裕で建つだろうね」


 アーロンさんが自虐的に呟く。


「なんでもロザリンド嬢は、ある日突然、この鏡の中に知らない女が映ると言い出したそうですよ」


「うっ」


 トマスさんの言葉に思わず飛び退いた私を、アーロンさんが呆れ顔で見下ろしているのが鏡越しに見えた。


「……ねえ、この鏡が呪われてるとか、そういう可能性はない?」


「どうだろう。確かに鏡なら、若い女性が特に好んで使うだろうね」


 ウィリアムさんは軽く首を傾げながら応じる。


「若い女性が次々に……って話だったけど、今まで亡くなったのは、どんな人なの?」


「正式な記録は叔父上が記帳しているはずだよ。僕が知っている範囲でなら、伯爵の娘のロザリンド嬢と、メイドが二人かな」


「ウィリアムさんはその三人と面識があるの?」


「小さい頃に会ったことはあるけど……流石にぼんやりとしか覚えてないな」


 二十歳そこそこのウィリアムさんが幼少期に会ったことがあるくらいの人物が、三人も亡くなっているらしい。

 それは呪いと言われても致し方ないだろう。


「皆同じ亡くなり方を?」


「そうみたいだね。ある日から屋敷に見知らぬ女がいると訴えるようになって、徐々に衰弱していったとか」


「なるほど……」


 何となく全容が見えてきた。

 伯爵が持っているという亡くなった人のリストも確認した方が良さそうだ。


「ねえ、アーロンさん」


「一人で行っておいで」


 一緒に行ってもらおうかと呼びかけたが、アーロンさんは美しい笑顔で拒否を示す。

 よほど伯爵のことが苦手らしい。

 私だって一人で会いたい相手ではないのだが。


「……伯爵のところに行ってくるわ」


「僕も行こうか」


「えっ、いいの?」


 ウィリアムさんの言葉に目を輝かせると、ウィリアムさんは当然という風に頷く。


「いや、ウィルは少し残ってもらえるかな。話したいことがあってね」


 どこまでも邪魔をしてくる美丈夫を睨みつけると、アーロンさんは飄々とした態度で肩を竦めた。


「いや、本当に。大事な話なんだよ」


「……分かったわよ」


 げんなりして返事をすると、トマスさんが手を揉みながら近づいてきた。


「わたくしめはルーシー嬢について行きますよ」

「ありがとうトマスさん」


 お礼を言うと、トマスさんは任せておけとばかりに胸を張って頷いた。

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