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第三十四話

 いつぞやの晩餐会を思わせる豪奢な馬車にアーロンさんが顔を顰める等ありつつ、馬車はモントローズ邸へと向かう。


「それで、伯爵家が呪われてるっていうのは、どういうことなの?」


 不機嫌そうな顔で窓の外を見ているアーロンさんを放っておいて、私はウィリアムさんに問いかけた。


「……モントローズ家が、と言うよりは、屋敷が、かな。モントローズ邸では、若い女性が立て続けに無くなっているんだ」


 ウィリアムさんは少し声を潜め、真剣な様子で語り出す。


「亡くなる女性たちは一様に、幽霊を見たと言っていたらしくてね」


「ゆ、幽霊?」


 私が聞き返すと、ウィリアムさんは小さく頷いた。


「そう。そして徐々に衰弱し、最後は死に至る。原因は全く不明で、それゆえに呪いだなんて言われているんだ」


「そ、そう……原因不明の死と幽霊ね……それで呪い……へぇ……」


 背中にゾクリと寒気が走る。

 なんてことないように振舞おうとしたが、声が震えるのを隠しきれなかった。


「おやおや、今更依頼を受けたことを後悔してるのかな?」


「してません!」


 途端に機嫌良くこちらを向くアーロンさんをぴしゃりと一喝し、私は腕を組んだ。


「ということは、依頼内容はその呪いを解き明かしてほしいってことになるのかしら」


「そうだね。モントローズ邸は噂のせいで、若い女性に限らず皆気味悪がって近づかない。解決すれば伯爵家の名誉回復になるだろうね」


 私の言葉に頷きつつ、ウィリアムさんは眉をひそめた。


「……それに、モントローズ卿のお嬢さんも亡くなっている。伯爵からすれば、娘が亡くなった理由を知りたいと願うのは当然だろうね」


「……そう」


 ウィリアムさんの言葉に私は目を伏せる。


 自分の家族が"呪い"などという非科学的な理由で死んだと言われても、当然遺族は納得できないだろう。

 娘を亡くした伯爵の悲しみに少しでも寄り添えるように尽力しよう、と私は決意を新たにした。


 ――


 やがて馬車は高級住宅街の一角に停車した。


 モントローズ邸は白い漆喰塗りの堂々としたタウンハウスだった。

 建物の周囲を囲む錆ひとつ無い黒い鉄柵が、太陽光を反射してギラギラと光っている。


 何となく近寄り難さを感じて馬車を降りるのを躊躇していると、先に降りたアーロンさんとウィリアムさんがこちらを振り返った。

 二人同時に手を差し出そうとして、一瞬何とも言えない空気が流れる。


「失礼、差し出がましい真似を」


「とんでもない。モタモタしていたのはうちの娘だからね」


 申し訳なさそうな顔をするウィリアムさんに、アーロンさんがにこりと微笑む。

 アーロンさんに娘と言われるのはなんだか新鮮だな、と思いつつ、私はアーロンさんの手を取って馬車を降りた。


 黒い鉄扉を開き、ウィリアムさんが私たちを中に招き入れる。

 両脇に小さな薔薇の鉢植えが置かれた大理石の階段を登り、真鍮のドアノッカーを叩いた。


「へぇ、少々お待ちを」


 甲高い男性の声が聞こえ、重厚な木製の扉が開く。


「ウィリアム坊ちゃん、お戻りでしたか」


「トマス、伯爵から聞いてると思うけど、今日はお客人がいるんだ」


「へぇ、存じております」


 そう言って、痩せぎすの男性がこちらを向く。


「どうもお客さん方、ようこそモントローズ邸へ……」


 手を揉んでぺこぺこと頭を下げていた男性は、こちらの顔を視認した途端、口を開けて固まった。


「……おお、おお! 旦那ぁ! 旦那とそのお嬢さんじゃありませんか!」


 やにわに痩せぎすの男性はこちらににじり寄り、アーロンさんの手を握ってぶんぶんと振った。


「やあトマス、息災で何よりだよ。とりあえず手は離してくれるかな」


 アーロンさんは外向けの笑顔を顔に貼り付けたまま、握られた手をやんわりと振りほどく。


 トマスと呼ばれた痩せぎすの男性の顔には見覚えがあった。

 アーチボルトさんのサーカスでチケットを売っていた男性だ。


「あなた、今はこのお屋敷で働いているの?」


 問いかけると、トマスさんは力強く頷いた。


「ええ、職も住処も失って終わりだと思っていたわたくしめに、アーロンの旦那がここを紹介してくださったんです。何でも呪いがどうとかで、働き手が見つからないとか」


 確かに、アーロンさんが職を紹介してあげる、なんて話をしていたような気がする。

 しかしよりにもよって呪われた屋敷の使用人とは、と私は横目でアーロンさんを睨んだ。


「そのぉ……呪われた、とか聞いて、あなたは怖くないの?」


 声を潜めて尋ねると、トマスさんは首を捻った。


「そうですねぇ、全く気にならないわけじゃありませんが、そんなこと言っていられるような状況じゃないですからね。それに亡くなるのは若いお嬢さんだって言うんで、それならわたくしめには関係ないことかな、と」


「でも出るんでしょ、その……」


 私が言葉を濁すと、トマスさんはカラカラと笑った。


「幽霊のことなら、わたくしめは見たことがありません。もうここに勤めてふた月以上経ちますが、ただの一度も」


「そ、そう」


 思わずほっと胸を撫で下ろすと、トマスさんはふと思い出したように手を打った。


「ああ、幽霊を見るのも若い女性だけだそうで。お嬢さんはもしかしたら見るかも分かりませんね」


「うっ」


 思わず顔を顰めると、横でアーロンさんがくつくつと笑った。


「トマス、客人が来たのか」


 と、扉の奥から声が聞こえてくる。

 地響きのように低い男性の声に、思わず背筋が伸びる。


「ご主人、名探偵ルーシー嬢と、その養父のアーロン様がおいでです」


 そう言って、トマスさんは大きく扉を開く。


 開いた扉の向こうに人影があった。

 中肉中背、綺麗なグレーの髪を几帳面に固めたスーツ姿の初老の男性だ。

 眼光が鋭く、下がった口角はブルドッグを思わせる。


 この人が依頼人のモントローズ伯爵なのだろう。


 伯爵はつかつかとこちらに歩み寄り、私の前で立ち止まった。

 それから値踏みするように私の頭の先からつま先まで観察する。


「貴殿が巷で噂の探偵か」


「え、ええと、はい」


 緊張しながら答えると、伯爵はふんと鼻を鳴らした。


「まだ小娘ではないか。デビュタントも近い歳のようだが、社交の作法は身につけたのかね。きちんとした礼儀作法を身につけなければ、嫁の貰い手もつかんぞ」


 のべつ幕無しに言われ、私はぽかんと口を開けて立ち尽くした。


「探偵ごっこも結構だが、若い娘にはそれよりもやるべきことがあるだろう」


「ごっこ……」


 呆然と呟くと、私と伯爵の間にウィリアムさんが割って入った。


「叔父上、お呼びしたお客様に対して、そうまくし立てては困惑されますよ」


「む……」


 伯爵は片眉を上げた後、くるりと背を向ける。


「こちらに。依頼内容について詳しく話そう」


 そのままスタスタと歩いて行ってしまう伯爵を何とも言えない気持ちで見つめていると、ウィリアムさんが取り繕うように笑みを作る。


「ごめんね、ああ見えて悪い人ではないんだ。今のも一応、叔父上なりの心配のつもりだと思うよ」


 心配の言葉とは思えなかったが、ひとまず頷き、私たちは伯爵の後を追いかけた。

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