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第三十話

 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



 あの女は私が望むものを何でも持っていた。

 そして、それをいつも見せびらかしていた。


 そう思うのは私の気のせいだったかもしれない。

 ただ、彼女は何も言わなかったが、その目の奥で私を馬鹿にしていたのは分かっていた。


 彼女に見つめられる度に、私の中を憤りとも、羞恥とも言えぬ感情が渦巻いた。


 私は努力した、現状を変えるために。

 ただの田舎娘で終わってたまるかと、忍耐に忍耐を重ねて、ここまで這い上がってきたのだ。


 だと言うのに、何故誰も彼も、そんな目で私を見る。


 憐れみ。嘲り。妬み。僻み。嫉み。驕り。

 そして、見下す。


 お前たちに見下される謂れなどない。


 お前たちの中の誰が、私ほど努力したと言うのだ。

 お前たちの中の誰が、私の努力を笑えると言うのだ。


 怒りが、私の中を渦巻いている。

 絶対に、私を見下させなどしない。

 絶対に、私の邪魔などさせない。


 例えどんな手を使ったとしても。



 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



 ノックすると、すぐに扉は開かれた。


「あら、お嬢ちゃん。男前二人も連れて罪な女ね。どうしたの?」


 現れた高身長の美女は冗談めかした調子で笑い、私を見下ろす。

 その目の奥に冷笑の色が浮かんでいるのを見つめながら、私は口を開いた。


「今日は探偵として来たの。マーガレットさんの殺人の件で、お時間いただけるかしら」


「へぇ、この街のお嬢ちゃんは暇があると探偵ごっこで遊ぶってわけ。いいわよ、どうぞ入って」


 畏まった私の口調を小馬鹿にした様子で流し、ヴィヴィアンさんは部屋の奥へと引っ込んだ。


 彼女が滞在しているのは、川沿いにある上流階級も利用するような高級ホテルだ。

 広々とした部屋にはベッドの他に机や椅子が備えられていて、机の上には台本らしき冊子が、酒のグラスとともに無造作に置かれていた。


「それで? お嬢ちゃんは一体どんな面白い話を聞かせてくれるのかしら?」


 ベッドに腰掛けてこちらを挑戦的に睨みつけるヴィヴィアンさんを僅かに見下ろす位置から、私は再度口を開く。


「マーガレットさんを殺害したのはあなたよね、ヴィヴィアンさん」


「私が? どうしてそう思うの?」


 ヴィヴィアンさんは平然とした様子で微笑すら浮かべている。


「失礼、警官のスペンサーです」


 横からマルクさんが口を挟み、丁寧に挨拶をした後、懐から手紙を取り出す。


「ここ最近、重大な殺人事件の犯人宛てに妙な手紙が送られている事例が多く、本事件でも同様の手紙が送られている形跡が発見されています。我々はこの手紙の内容に沿って犯行が行われたものと考えております」


「へぇ、そりゃ面白い。まるで舞台みたいね。その手紙には、何て?」


 ヴィヴィアンさんは台詞でも読み上げるように流暢に訊ねる。


「犯行のあらましと、犯人と被害者についての情報がいくつか。犯人は女性で、被害者と何らかの痴情のもつれがあったものと見ています」


「へぇ、他には?」


 ニヤニヤと面白がるように笑いながら、ヴィヴィアンさんは先を促した。


「……犯人は、自分より大柄な被害者を殺すために、酒に薬を盛って湖に突き落とした、と」


 マルクさんが歯切れ悪く伝えると、ヴィヴィアンさんは声を上げて笑いだした。


「おやまあ! 犯人はマーガレットより小柄ってことかい! それじゃああたしは候補から外れるね!」


 ヴィヴィアンさんは余程おかしいのか手を打ってひとしきり笑った後、私に視線を戻した。

 見上げているはずなのに見下ろされているように感じるその視線に、私は下唇を噛む。


「ええ、確かに犯人像は当てはまらない。それでも私たちは、あなたが犯人だと思っているの」


「お話にならないね。仮に本当に私が犯人だったとしても、手紙の犯人像と一致しないんじゃ、手紙の信ぴょう性自体が疑われるだろう」


 呆れたようにため息を吐き、ヴィヴィアンさんは目を細める。


「ええ……でも、もしこの手紙がヴィヴィアンさんに宛てたものじゃないとしたら、話は変わってくるわ」


 ぴくり、とヴィヴィアンさんの肩が揺れる。


「発見された手紙はむき出しの状態で現場に残されていた。まるで誰かが手紙が見つかるように、わざとそうしたみたいにね」


 言いながら、私はヴィヴィアンさんを注意深く観察する。


 流石舞台女優と言うべきか、先程肩を震わせた以外には彼女の様子に取り立てて変化はない。

 ただ部屋の空気が一段と張り詰めたのを感じる。


「犯人は自分が犯人像と合致しないことをアピールするために、あえて手紙を犯行現場に残したかった。だけど封筒は置いていけなかった。なぜなら、そこには受取人の名前が書いてあったから」


「そりゃ、名前が書いてあるなら現場に置いておけないのは当たり前なんじゃないの?」


 ヴィヴィアンさんの言葉にゆっくり首を横に振る。


「いいえ。その封筒に犯人の名前は書いていなかったと思うわ」


 そこで一呼吸置き、私はヴィヴィアンさんの目をしっかり見つめながら静かに言う。


「そこには恐らく、マーガレットさんの名前があったはずよ」


 耳鳴りがしそうなほど部屋が静まり返る。

 ヴィヴィアンさんは微笑をやめ、感情を削ぎ落としたような無表情でこちらを見つめている。


「恐らくこの事件、本来の犯人はマーガレットさんだった。旦那さんと貴方が不倫していることを知っていたマーガレットさんは、手紙の通りにあなたを殺そうと計画していた」


「なるほど。確かに平均的な身長である被害者から見て、彼女は自分より大柄な女性に該当するね」


 アーロンさんがヴィヴィアンさんを眺めて頷く。


「恐らくあなたは何らかの手段で、事前にマーガレットさんが受け取った手紙の中身を知った。マーガレットさんが自分を殺害しようとしていることを知ったあなたは、素知らぬ振りをしてマーガレットさんの誘いに乗ったのよね」


 マーガレットさんの瞳が私を見つめている。

 その奥に激しく燃え上がる怒りの感情を見て、私は怯みそうになるのを堪えた。


「そうして公園についたあなたは、晩酌をしようというマーガレットさんの提案を受けた。そしてマーガレットさんの隙をついて互いの酒を交換した」


「あとは何食わぬ顔をして被害者に睡眠薬入りの酒を飲ませ、泥酔したところを湖に突き落とす。そして手紙を犯行現場に残して立ち去ったわけだ」


 はぁ、と大きなため息が部屋に響いた。


 ヴィヴィアンさんだ。


 至極面倒そうに頭を掻きむしり、ヴィヴィアンさんはこちらを睨む。


「妄想がお上手ね。脚本家にでもなったらどう?私が殺したなんて証拠はないでしょう」


「それがそうでもないのよ」


 そう言って、私はマルクさんから手紙を受け取り、ヴィヴィアンさんの眼前に突きつける。


「ヴィヴィアンさん、ここ、なんて書いてあるか分かる?」


 そう言って、私は手紙の一部分を指差す。

 ヴィヴィアンさんは怪訝な顔をして手紙を見つめた。


「何って……松明でしょ。暗いから松明を持ってこいって、なんかへんな文章だけど」


「そう、新大陸出身のあなたにとってtorchと言えば松明よね」


 そう言って、私は手紙の一文を読み上げる。


「Don’t forget your torch! ……新大陸出身のあなたにとって、torchと言えば真っ先に松明が浮かぶと思うわ。でもね、この国ではtorchは懐中電灯のことでもあるの」


 私の言葉にヴィヴィアンさんの目が見開かれる。


「torchと言われて松明を持ってくるなんて、新大陸の人間でもなければありえないの。関係者の中に、彼女より大柄な新大陸出身者がどれくらいいるかしら」

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