第二十九話
今日の"花と紅茶"の店内にはお茶を沸かす音も、掃除の音も聞こえない。
静まり返った店内のテーブルに座り、目の前に座る小柄な女性を観察する。
身長4フィート7インチ(約140cm)といった風体の女性は怯えた顔をして目を伏せている。
デイジー・フィンチという名の従業員の女性は、震える唇を開いた。
「わ、私が、マーガレットさんを、こ、殺したと、そう仰るのですか」
喋りながらカタカタと震え、目に涙を溜める姿は見るものの同情を誘う。
どう切り出したものか悩んだが、アーロンさんを挟んで隣に座るマルクさんは淡々と話を進めた。
「ええ。犯人は被害者より小柄な女性かつ、被害者に怨恨のある身近な人物と考えております。例えば、被害者の旦那に懸想している、とか」
「そんなことありえません!」
マルクさんの言葉にデイジーさんは大きく首を振る。
三つ編みにした赤毛が左右に大きく揺れた。
「わ、私、ドジで不器用だけど、お花が好きで。マーガレットさんはお花の名前なんてお揃いねって、私のこと拾ってくれて。感謝しかないのに……!」
支離滅裂ながらもしっかりとマーガレットさんへの感謝が伝わる熱量で叫ぶと、デイジーさんは涙を流し始めた。
その姿に先日ベアトリスを追い詰めた時の自分を重ねてしまい、少し申し訳ない気持ちになりながらも、躊躇いがちに口を開く。
「現場に残されていた遺留品から、犯人は被害者と痴情の縺れがあったんじゃないかと思っているの。誰か心当たりはないかしら……?」
「それなら、絶対あの女です。あなたも昨日会ったでしょう」
ずびずびと鼻を啜りながら、デイジーさんが私を睨みつける。
「あの女って……もしかしてヴィヴィアンさんのこと?」
問いかけると、デイジーさんは力強く頷いた。
「あの女がアルバートさんにちょっかいかけていたの知ってるんです。ちょっと誘えば男はみんな自分の誘いに乗るって考えてる、本当に嫌な女」
目を血走らせてヴィヴィアンさんの悪口を並べ立てるデイジーさんの姿に気圧されつつ、私は首を傾げた。
「察するに、アルバートさんはマーガレットさんの旦那さんよね? その人にアプローチをかけたというなら、確かに痴情の縺れと言えなくもないけど……でも、ヴィヴィアンさんって、かなり大きいわよね」
昨日の記憶では、マーガレットさんは極めて平均的な身長をしていた。
恐らく、大きく見積っても5フィート3インチ(160cm)といったところだろう。
アルバートさんに横恋慕してマーガレットさんを殺したのなら手紙の内容と辻褄は合うが、"自分より大柄な相手"という言葉にはそぐわない。
「それは……そうなんですけど……」
デイジーさんは急激に自信をなくし、声を小さくして縮こまる。
「でも、私は本当にやってないんです……」
そう言って静かに泣くデイジーさんを前に、私たちは顔を見合わせるしかなかった。
――
「さて、どうしたものかね」
店を出てすぐ、アーロンさんは小さく呟く。
「捜査に先入観はご法度ですから、今後もデイジー氏を容疑者候補として行動します。それはそれとして、ヴィヴィアン氏の方も探ってみますかね」
そう言って、マルクさんはメモに何事かかき込んだ。
「少し話を整理したいんだけど、いいかしら」
手で路地裏を指し示すと、アーロンさんとマルクさんは揃って頷く。
人目につかない路地裏に移動し、私は改めて口を開いた。
「手紙の内容から、犯人は被害者より小柄で、被害者と色恋絡みの怨恨があるってことだったわよね」
顎に手を添え、私は手紙の内容を振り返る。
「そうだね。犯人は話があると言って深夜に被害者を呼び出し、薬入りの酒を勧めたと書かれていた」
私の話に続けてアーロンさんが補足する。
「そして紐を使って被害者の体を運び、湖から突き落とすということでしたな」
マルクさんもメモを見ながら続く。
「そうなると、犯行現場周辺にロープが落ちていた可能性があります。私は一度現場に戻り、現場付近にロープが落ちていなかったか確認してきますよ」
そう言うと、マルクさんは公園の方に向かって歩いて行ってしまった。
残された私とアーロンさんは顔を見合わせる。
「私たちはどうする?ヴィヴィアンさんに話でも聞いてみる?」
「そうだねぇ……」
悩む私たちの方に向かって人影が近づいてくるのを捉え、私とアーロンさんは揃って視線をそちらに向ける。
「あなたたち、警察の人?」
警戒するようにこちらを睨んでいるのは老婦人だ。
着古したブラウスとスカート姿から見て、たまたま歩いていた近所の人なのだろう。
「いえ、私たちはそのう……探偵です」
「あらそう、最近流行りの私立探偵とかいうやつね」
私たちが警察でないと分かると、途端に老婦人は緊張を解いて、人目を気にしながらこちらに近づいてきた。
「マーガレットさんの事件の調査でしょう? 怖いわよねぇ」
「そうですね、女性の一人歩きにはお気をつけください」
そう言って、アーロンさんはにこりと笑う。
「まあ……やだやだ、こんな老いぼれにそんなこと言っちゃって……」
老婦人は照れ隠しのように手をヒラヒラと振った後、不意に真剣な顔をして声を潜めた。
「それより、知ってる? あそこの旦那さんの噂」
「噂?」
私が聞き返すと、老婦人は更に距離を詰めて声を小さくした。
「なんでも常連客の女と不貞を働いていたんじゃないかって。この辺りでも夜に二人でいるのを見たって人がいるのよ」
「不貞って……それって……」
私の言葉に、老婦人は私の肩を軽く叩く。
「んもう! 言わせないでよ。不倫よ、不倫。夜中に既婚者と愛人が二人ですることなんて決まってるでしょう」
老婦人は再度誰にも聞かれていないか確認するように周囲を見回した後、顰め面をして言葉を続ける。
「酷い話よねぇ。あそこの奥さん、ずっと旦那さん一筋で支えてきたってのに。仕事を引退してティールームを手伝い出したと思ったらこれなんだから」
「それはそれは……」
老婦人の話に同調するように頷くアーロンさんに、老婦人はからからと笑い声を上げる。
「あなたも仕事にかまけて奥さんほっぽり出していちゃダメよ。夫婦なんてね、ちょっと隙があるとすぐダメになるんだから」
「はは……肝に銘じます」
少し困り顔になりながらも、アーロンさんは軽く受け流している。
奥さんというか、その人独身だけど……と内心思いつつ、私は口を閉ざした。
アーロンさんの年齢で結婚していないと知られると、いろいろ面倒だ。
よほどの瑕疵があると思われて避けられるならまだしも、縁談を持ち込まれる危険がある。
お節介な人間に見つかった日には山ほどの縁談を持ち込まれ、追い返すのに大層疲れるのだ。
――
その後、老婦人の止まらない噂話から逃げるように公園へと向かった。
「でも、何となく見えてきたわ。事件の全容というか……ただ、決定打がないのよね」
そう言って首を捻った時、視界の端にこちらに駆け寄ってくるマルクさんの姿を捉えた。
「ありましたよロープ。近くの茂みに捨てられているのを、同僚が発見していました」
軽く息を整えながら、マルクさんはメモを開く。
「それと、何故かその近くで松明も発見したと」
「松明?」
私が首を傾げると、マルクさんは頷いた。
「ええ。なんだってそんなものがあるのか分かりませんが。誰かおかしな儀式でもやるつもりだったのやら」
そう言って、マルクさんは肩を竦める。
「本件には関係ないと思いますが……」
「待って! 関係ないこともないかもしれないわ」
ある可能性が頭に浮かんで、私は声を上げる。
「何か分かったのかい? 名探偵」
期待するようにアーロンさんが私を覗き込む。
その瞳がまたどこか遠くをみるように甘く滲むのを見て何とも言えない気持ちになりながら、私は口を開いた。
「あくまで推測でしかないのだけれど……」




