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第二十四話

 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



「なあ、あんたのとこの修道女、身売りしてるよな」


 下卑た笑顔の男が最初に現れたのは、ルーシーが孤児院を去って三日後のことだった。


「あんたたちみたいなのは、聖職者ってんだろう? 神に使える聖なるお人が身売りってのは、いいのかねぇ?」


 修道女たちの一部が、苦しい運営資金を賄うためにこっそり身売りをしていたことには気づいていた。


 年長者として、シスターとして、止めるべきだったと思う。

 止められなかったのは、その金に頼っている自分がいたからだ。


 修道会からの寄付金だけでは、子供たちに三食満足に食べさせることも難しい。

 ましてやイースターのお祝いにマトンの肉や白パンを与えるなんて、とても考えられないことだ。


 通常の孤児院の運営状態であれば、骨がらの出汁で作る具のないスープや、黒パンがせいいっぱいのご馳走だ。

 育ち盛りの子供たちに良いものを食べさせてあげたい、という思いが、私たちを非行に走らせた。


「俺はな、別に敬虔なクリスチャンってわけじゃないんだ。修道会にチクってやろうなんて思っちゃいないよ」


 そう言って男はベアトリスの肩に手を置く。


「ただ、ちょっとばかし金に困っててよ。優しいシスターさんは、助けてくれるだろう?」


 金の無心はやがて、女の無心になる。

 孤児院の子供を差し出せという男に、もはや耐えきれなかった。


「恵まれない子供を害する隣人でも愛せと、主よ、あなたはそう仰るのですか?」


 天に問いかけても、答えはない。


「主よ、私は……」


 一枚の手紙を懐から取り出し、目を瞑る。


 この手紙を出せば、あの子はきっと養父と共にここを訪れるだろう。



 推理を完璧にするためには、スケープゴートとなる長身の男性が必要だと、突然届いた差出人不名の"手紙"に書かれていた。



「人を殺すなと仰るのなら、どうか二人をここへ来させないでください……どうか……」


 無意味な祈りに縋る。

 それしか、自分には無かった。



 ✼••┈┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈┈••✼



 静寂が礼拝堂を包む。

 その静寂を打ち破ったのはベアトリスだった。


「……本当に、よく成長したわね、ルーシー」


 ベアトリスの瞳が大きく揺れる。

 今にも泣き出しそうに見えて、私も目頭が熱くなる。


「……どうして?」


 震える唇から言葉が溢れる。


「ベアトリス、私たちにいろんなことを教えてくれたでしょう。知恵は、いつか身を守ってくれるからって。知恵って、こんなことのために使うものじゃないでしょう……!」


 感情を爆発させて叫ぶ私の声が、礼拝堂に響く。

 そんな私を、ベアトリスはどこか感慨深げに見つめていた。


「……あの人が、あなたに救いを求めた理由が、少しだけ分かったような気がするわ」


「……何の話?」


 脈絡のない話に聞き返すと、ベアトリスは姿勢を正してこちらを見た。


「ルーシー。アーロン様は、あなたの両親について知っています」


 目を見開く私に、ベアトリスは静かに続ける。


「あの人はあなたを通して、何か救いを求めています。……どうか、救ってあげてください」


 あなたにしか、できないことよ。


 その言葉を最後に、ベアトリスが礼拝堂の扉へと歩き出す。


 引き止めたいのに、言葉が出てこない。

 代わりに嗚咽が口から漏れた。


 物言わぬマリア像が見つめる中、私は床に泣き崩れた――。


 ――


「ふぅ、警官にずっと監視され続けるっていうのも、なかなか苦しいものだね」


 そう言って肩を回しながら、アーロンさんが私を見下ろす。


「それにしても、イースターのパーティに招待されたと思えば、まさか犯人にされるとは。まあ、はじめから犯人に仕立て上げるために呼ばれたのだろうけど」


 アーロンさんの声がどこか遠くから聞こえる。

 体と心がバラバラにされたような、妙な浮遊感が私を包んでいた。


「どうやら立派に役目を果たせたみたいじゃないか、名探偵」


 茶化すような言葉に反応しない私を見て、アーロンさんは首を傾げる。


「どうしたんだい?」


「……アーロンさん」


 見上げると、漆黒の瞳と目が合った。

 私は覚悟を決めて口を開く。


「アーロンさんは、どうして私を引き取ったの」


 アーロンさんが口を開くよりも前に、私は言葉を続ける。


「ベアトリスから聞いたわ。あなたが、私の両親のことを知っているって。あなたは何を考えていて、私に何をさせたいの?」


「私は……」


 途端、アーロンさんの瞳が揺らいだ。

 焦燥と憧憬が、彼の瞳の中を渦巻いている。


 叱られた子供が親に縋るような顔をして、アーロンさんは唇を震わせた。


「ルル、私は――」

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