第二十三話
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薄暗い礼拝堂の中で、――は祈りを捧げる。
どうか今日も皆が平穏でありますように。
どうか明日も、平穏な日々が続きますように。
――の祈りが届くかどうか、もはや――には分からない。
罪を犯して汚れた手による祈りを、主は受け入れてくれるだろうか。
薄汚れた、純然たる、無垢なる祈りを。
ふと、初めて"あの男"に会った日の記憶が蘇る。
男の提案を拒む――に、男は縋るように言ったのだ。
「あの子は、私の神様なんです」
大の男が、みっともなく縋るように頭を下げるのを、――は拒みきれなかった。
たかが"十六歳の少女"に何を期待しているのか、と言えばそれまでだ。
だが、ひたむきに少女を信じる男に対して、――は滑稽さよりも、共感を覚えた。
神に救われたことがあるか、と問われれば、――は否と答える。
どんなピンチにもどんな困難にも、敬愛する神はヒントさえ指し示したことがない。
それでも、――は祈る。
大きな存在が自分を見守ってくれていることを、祈る。
自分の愛するすべての人が救われることを、祈る。
いつか自分の罪が許されることを、祈る。
それは執着だ。
何も持たぬ者は、見えない何かに執着するしかない。
"信仰"という名の、甘いベールに隠して。
例えそれが、何の意味も持たなかったとしても。
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礼拝堂の扉を開くと、人影がゆっくりとこちらを振り返った。
「ベアトリス」
名前を呼ぶと、ベアトリスは、感情が崩れるように笑った。
泣いているようにも見える笑顔だった。
「私、多分分かったわ。犯人がどうやって被害者を殺害したのか」
「そう」
ベアトリスはなんてことない話題を振られたかのように、素っ気なく返事する。
「被害者の首に残った圧迫痕は、斜め上に向かっていた。だから犯人は背が高く力の強い男性である……この推測は間違いだわ。犯人は鐘楼の鐘を使って、被害者を絞殺した」
初めからベアトリスの返事を期待していなかった私は言葉を続ける。
「鐘を支えるための梁、つまり鐘架にロープを引っ掛けて、体重をかけて絞殺したんだわ。それなら背の低い女性でも斜め上に向かう圧迫痕をつけることができる」
「そうかもしれないわね」
ベアトリスは抑揚なく返事する。
「私たちがエッグハント終了の合図だと思っていた鐘は、被害者が鐘架に吊り上げられた際に、弾みで鳴ったものだわ。あの瞬間に被害者は絞殺され、私たちが鐘楼に着くまでの間に窒息した」
ベアトリスの目を見つめたまま、私は指を立てる。
「不可解なのは、鐘楼から降りてきた犯人を誰も目撃していないこと。鐘楼に続く道は三階から続く階段だけなのだから、逃走するなら階段を通らないわけにいかないはず」
そこで言葉を区切り、私は一つ息を吐く。
ドクドクと力強く鼓動する胸を抑えて、もう一度口を開いた。
「だから犯人は窓から客室に侵入したのよ。被害者を絞殺したロープを使って」
ベアトリスはもはや頷きすらしないが、構わず私は推理を続ける。
「恐らく犯人は、鐘楼に残されていたロープとは別の、もっと長いロープを犯行に使用した。鐘楼から二階の客室まで、折り返しても届くくらいの長さの。だいたい16フィート(約4.9m)くらいかしらね」
ベアトリスは穏やかな瞳で私を見つめている。
「犯人はまず被害者に睡眠薬入りのアルコールを飲ませ、鐘楼の真下に位置する客室で寝るよう仕向けた。それから、予め鐘架にかけて折り返し、客室の窓の外に垂らしていたロープの片側を部屋に引き入れる」
身振り手振りでトリックを説明しながら、私は淀みなく言葉を紡ぐ。
「そうして被害者の首にロープを結んでから鐘楼に向かう。今度はさっきとは反対側の、もう一方のロープを自身の体に巻き付け、客室の窓に向かって飛び降りた」
ベアトリスは感慨もなく、ゆっくり瞬きする。
「全体重をかけられた状態で被害者の体は鐘架目掛けて窓から引き上げられ、その体が鐘に当たって音を鳴らす。その音で子供たちが三階へと向かっている間に被害者は窒素し、犯人はロープを回収してどこかに隠した後、何食わぬ顔で階下から鐘楼に向かう」
「ロープはどうやって回収したのかしら。二階の客室からじゃ、鐘楼の遺体の首に巻かれたロープを外せないでしょう」
ベアトリスが穏やかに指摘する。
「ええ、そうね。だから犯人は被害者の首にロープを結ぶ際、引き解け結びにしたんでしょう。解くためのロープをもう8フィート(約2.4m)ほど長めに用意しておけば、垂れ下がったロープを窓から引くだけで、遺体の首に巻きついていたロープが解ける。後はロープの一方を巻き取れば回収できたはず」
そこで私は唇を引き結び、ベアトリスを見た。
涙声になるのを必死に堪えながら、口を開く。
「そうしてあなたが殺したのよね、ベアトリス。あなたを脅したエディさんを亡き者にして、脅迫された事実をもみ消すために」
「……面白い推理だわ。あとは証拠があれば完璧ね」
ベアトリスは笑顔で首を傾げる。
「それで?犯行に使用したロープと思しきものは見つかったのかしら」
「……麻のロープなんて洗濯物を干す時なんかに当たり前に使うわ。だから、探したところで、どれが凶器になったかなんて、恐らく分からないでしょう」
被害者が残した爪痕も、日常的に使うロープであれば別の傷だと言い張ることができるだろう。
ベアトリスは目を細める。
「それでは誰が犯人だか分からないわね」
「いいえ、方法はあるわよ」
私はベアトリスの腹部を指差した。
「犯人は鐘楼から飛び降りるなんて危険なトリックをするにあたって、外れないようしっかりロープを自身の体に括り付けたはずだわ。ましてや、犯人を絞め殺す時にロープに全体重をかけていたとなれば、相当強く体に紐がくい込んだはず」
ベアトリスの唇が固く引き結ばれる。
「恐らく犯人の体にはロープの跡がくっきり残っているはずよ。全員の身体検査をすれば、犯人は自ずと分かるわ」




