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第二十二話

「とは言ったものの、どうしよう……」


 不安で涙目になりながら壁にもたれかかる私を見て、呆れたようにアルフィーがため息を吐く。


「啖呵切ったくせにノープランかよ」


「うるさいわよ……」


 ずりずりと重力に従って落ちる体をそのままに、私は人がいなくなってがらんとした広間を見つめる。


 アーロンさんとマルクさんは客間で、子供たちはそれぞれの部屋で待機することになり、広間は無人になっている。

 唯一アルフィーだけが、部屋に戻ったふりをしてひょっこりと顔を出して来た。


「とりあえず、もう一回現場を見てみようかな……」


「うげー、また戻るのかよ」


 嫌そうな顔をしながら、アルフィーは大人しく着いてくる。

 別に着いてこいなんて言っていないのだけれど、と思いながら階段を登る。


「なあ、あいつ本当に大丈夫なのかよ」


 不意に神妙な口調で問われ、私は目を瞬かせる。


「あいつって、アーロンさんのこと? 彼は犯人じゃないと思うわよ」


「そうじゃなくて、お前の保護者としてどうなんだってことだよ」


 アルフィーの言葉を無視して鐘楼に続く扉を開く。

 一瞬強い風が吹いて、私の髪が巻き上げられる。


「おかしいだろ、貴族の独身の男が孤児を、それも使用人じゃなく養女として引き取るなんて」


「貴族じゃなくて元貴族、ね」


 訂正しながら、私は現場にしゃがみこむ。

 床には点々と水の跡がついている。

 遺体の口元から溢れていた泡の残滓だろうか。


「なおさらおかしいだろ。お前、変なことされたりしてないだろうな」


「何よ、変なことって」


 振り返ってアルフィーの方を見ると、アルフィーは気まずそうに顔を逸らした。


「いや、覚えがないならそれでいいんだけどさ……。ともかく、なんであの男はお前のことを引き取ったんだよ」


 アルフィーの言葉に閉口する。


 それは、確かに私も気になっていたことだ。

 ただ聞いたところで、アーロンさんは


「この街で一番の少女探偵を育てたかっただけだよ」


 なんて言ってはぐらかされてしまうので、未だにきちんとした理由は分からない。


「ちゃんと聞いた方がいいんじゃねぇの。何か変だぜ、アイツ」


「変って、どこが」


「それは……上手く言えねぇけどさ……」


 そう言って、アルフィーは頭を掻きむしる。


「とにかく! 俺はあいつのこと認めてねぇからな!」


「認めるって……なんでアルフィーが認める必要があるのよ」


「何ででもだよ!」


 それきり、アルフィーは鐘楼の端に立って口を開かなくなった。

 やっと静かになったので、改めて私は鐘楼を観察する。


 遺体は別室に運ばれたが、床には凶器と思われるロープがまだ残っている。

 至って特徴のない麻のロープだ。

 拾い上げて見ると、長さは両手を広げたのより少し短い程度で、絞殺するにはもってこいの長さと言える。


 犯人はこれで、首が折れるほどの力で上から被害者の首を絞めあげたのだという。


 でもアーロンさんって意外に細身だし、そんな力あるかしら。


 アーロンさん以外が殺害する方法として、例えば被害者を寝かせた状態で絞殺するのはどうだろう。

 被害者は仮眠を取っていたというし、絞殺してから鐘楼に運んで……。


 そこまで考えて首を振る。


 女性や子供が成人男性を殺して、階段で鐘楼まで運ぶのは現実的ではない。

 絞殺はここで行われた、と考えるべきだろう。

 鐘楼で、犯人は何らかの方法で被害者を床に寝かせ、その状態で首を強く締めた。


 ああでも、その体勢では、首の骨が折れるほど強く締めるのは難しい。


 ああでもないこうでもないと考えを繰り返しているうちに、暇にかまけて外を眺めていたアルフィーが


「あっ」


 と声を上げる。


「どうしたの?」


「いや、大したことじゃないんだけど、ここ、アイツが寝てた客間の真上になるんだな、と思って」


 アルフィーと並んで鐘楼から階下を見下ろすと、確かに真下に被害者がいた客間の窓が位置しているようだ。

 窓は私たちがエッグハントをしていた中庭とは反対側、塀を向いた位置にある。


 何かが閃きそうな気がするが、閃けない。

 口惜しさに唇を噛み締めていると、ふとアルフィーがため息を吐いた。


「それにしても嫌な奴だったよ、アイツ」


「またアーロンさんの悪口?」


 剣呑に言葉を返すと、アルフィーは眉間に皺を寄せた。


「じゃなくて、エディだよ。あいつさ、この辺で売春宿やって金稼いでるんだ」


 アルフィーは口元で噛み締めるように言葉を続ける。


「俺聞いちゃったんだ。前に来た時さ、アイツ、ベアトリスにここの女子を労働力として差し出せって言ったんだ」


「……ベアトリスがそんなこと許すわけないわ」


 私の言葉に、何故かアルフィーは戸惑うように瞳を揺らす。


「もちろん断ってたよ。そしたらアイツ、ベアトリスに言ったんだよ」


「何て?」


「……あのことがバレて、子供たちが路頭に迷ってもいいのかって……」


 私は目を見開いてアルフィーの横顔を凝視した。


「……ベアトリスが、被害者に脅されていたってこと?」


「多分……。疑いたくはないけど、ベアトリスには動機があったんだと思うんだよ……」


 そう言って、アルフィーは目を伏せた。

 今にも泣き出しそうなアルフィーの顔に、私も目を伏せる。


 視界に私のボタンブーツと、ほとんどサイズが変わらないアルフィーのレースアップブーツが映った。

 きちんとリボン結びになっている靴紐を見て目を細める。

 昔は靴紐が上手く結べずに固結びになってしまい、べそをかいていたアルフィーも成長したものだ。



 リボン結び。



 その瞬間、私ははじかれたように顔を上げる。


 鐘楼の鐘の音、上から強い力で絞殺された遺体、鐘楼の真下にある客室、そしてロープ。


「そうか、この方法なら……!」


 弾かれたように私は走り出す。


「どこ行くんだよ!」


 背後から聞こえるアルフィーの言葉を背に、私は階段を駆け下りた。

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