第二十一話
呼び出された警官は、私たちの姿を見て露骨に嫌そうな顔をした。
「うげ、またあなたたちですか」
「やあ、君は中央区の担当かと思っていたけれど、東区も担当していたんだね」
にこりと外面の良い微笑みを浮かべるアーロンさんに、警官のマルクさんは大仰に肩を落とす。
「東区はただでさえ治安が悪くて人手不足ですからね。イースターに浮かれて酒を飲んだやつらが問題を起こしやすいからと、応援を頼まれて来てみれば……」
そこで言葉を区切って、マルクさんはじとりとした目をこちらに向ける。
「そろそろあなたたちが犯人でも驚きませんよ」
「失礼なこと言わないで」
頬を膨らませて文句を言うと、マルクさんは肩を竦めた。
「それで、この方は?」
そう言って、マルクさんは足元の遺体に目を向ける。
「エディ・クロウといって……この辺りで、あまり表立っては言えないような仕事をしている者です」
マルクさんの質問にベアトリスが答える。
「ほう。そんな人物が何故修道院に?」
「時々来てはちょっかいをかけてきていて……どうにも労働力として、うちの子たちを引き取る狙いがあったようです。勿論、誰一人として引き渡したりしていませんが……」
そう言って、ベアトリスはため息を吐く。
「なるほど。見たところチンピラのようですね。この辺りを仕切っていたなら、強く出ることもでき無かったでしょう」
納得したように頷いて、マルクさんは手にしていたメモに何事か書き込んだ。
「ねえ、死因はやっぱり絞殺ってことでいいのかしら」
マルクさんは遺体の傍らにしゃがみこんでから鷹揚に頷いた。
「ええ。こう、持ち上げるように力強く首を絞められたようですね。斜め上に向かって圧迫痕が残っていますし、傍らに落ちていたロープと圧迫痕の太さが一致します」
マルクさんは傍らに落ちていたロープを遺体の首に当てる。
言葉通り、首についた圧迫痕とロープの幅はぴったり一致した。
「つまり犯人は、この者より大柄で力の強い人物と考えて良いでしょう。被害者の身長は5フィート5インチ(165cm)程度と見られますから、それよりも大きい人物かと。心当たりは?」
マルクさんの言葉に、ベアトリスとアルフィーの視線が自然とアーロンさんの方を向く。
「おや、私かな」
おどけたように言うアーロンさんの身長は優に6フィート(182cm)を超えている。
確かに犯人像と一致すると考えつつ、私は慌てて声を上げる。
「ちょっと待って! アーロンさんは被害者と面識がなかったのよ!」
「ふむ、他にそれらしい方は?」
重ねてマルクさんが問い掛けるが、ベアトリスはゆっくり首を横に振った。
「ここには基本的に修道女と子供しかおりません。子供の中で一番大きいアルフィーで5フィート1インチ(155cm)、修道女も小柄な者ばかり。5フィート5インチを超える者はおりません」
「そうですか……では一旦、あなたを犯人とする他ありません」
マルクさんはアーロンさんの肩に手を置く。
「おやおや、困ったねぇ」
「ちょ、ちょっと!そんな悠長に構えている場合じゃないわ!このままだと、アーロンさん捕まっちゃうわよ!」
犯人と疑われているのに緊張感の欠片もないアーロンさんの袖を引くと、アーロンさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「私の無実は君が証明してくれるだろう? 名探偵」
疑いもなくこちらを見つめるアーロンさんに、私は言葉を失った。
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「待ってね、改めて状況を整理するから……」
広間に戻ったあと、今にも警察署に向かいそうなマルクさんとアーロンさんを座らせ、私は右往左往しながら言葉を紡ぐ。
「私たちは鐘の音が鳴ったから、エッグハントをやめてここに集まったのよね。あの時鐘を鳴らしたのは、ベアトリス?」
私の問いかけに、ベアトリスは驚いたように首を横に振った。
「いいえ。私は一階で洗濯をしていたわ。誰かが鐘を鳴らす音が聞こえたから、洗濯を中断して広間に向かったのよ」
「他のシスターに鐘を鳴らすように頼んだりもしていなかった?」
私の言葉にベアトリスは頷く。
「ええ。子供たちがエッグハントをしている間に昼食を取るように言いつけていたから、みんな食事中だったと思うけれど」
私は唸りながら首を捻った。
「じゃあ、誰が鐘を鳴らしたのかしら」
「そりゃ、犯人じゃねーの?」
アルフィーが横から口を挟む。
「殺してやったぞー!って、見せつけたかったんじゃね?」
「じゃあその犯人はどこに行ったの?誰か怪しい人を見た?」
子供たちの顔を順に眺めるが、みんな一様に首を横に振っている。
「アーロンさんは?」
視線を向けると、大人しく座っていたアーロンさんはにこりと微笑んだ。
「鐘が鳴ってすぐ、廊下に出て君たちが戻ってくるのを待っていたけれど、その間は誰も階段を通っていなかったよ」
「そう……」
その言葉に、ガックリと肩を落とす。
孤児院の構造上、鐘楼まで上がるには階段を利用するしかない。
アルフィーの言うように、犯人が被害者を殺害した後に鐘を鳴らしたとすると、逃走可能な経路が無いことになる。
「逆に言えば、被害者を殺して何食わぬ顔で二階の廊下で待つことはできたわけで……」
マルクさんが横に座るアーロンさんをじとりと睨む。
「アーロンさんが犯人だって前提で話を進めないで!」
声を上げながら、私は焦りを感じていた。
逃走経路と現場から推測する犯人像。
どれをとっても、今のところ犯人はアーロンさんしかありえない。
「あ、そうだ。犯人以外で、被害者と最後に会ったのは誰かしら」
「恐らく私でしょう」
ベアトリスが口を開く。
「ワインを飲んだ後、眠くなったからベッドを貸せと言うので二階の客間に通したわ。ちょうどアーロン様の隣の部屋よ」
みんなの視線が一斉にアーロンさんに集まる。
証言を聞けば聞くほど、アーロンさんが怪しくなってしまう。
「アーロンさんは誰かが揉める音とか、人が出ていく音とか聞かなかった?」
「どうかな。シスターが貸してくれた本が面白くて、熱中してしまってね」
白々しく言って、アーロンさんは唇を三日月の形に吊り上げる。
完全にこの状況を楽しんでいる顔だ。
よくもまあ、捕まる寸前でそんな余裕でいられるものだ。
「あのですね、過去に事件を解決してもらった恩がありますから一旦協力してますが、本来はすぐにでも警察署までご同行いただかないといけないんですからね」
アーロンさんを睨む私に、マルクさんが呆れたように苦言を呈する。
「ええ、分かっているけれど……ちょっとだけ待って! 絶対に、アーロンさんは犯人なんかじゃないから……!」
「本当に少しだけですよ、日暮れにはこの男を連れて、本官はお暇しますからね」
「分かったわ、それまでに絶対真犯人を見つけてみせるから!」
そう言って胸を張る私を、アーロンさんはとても楽しそうに見つめていた。




