第十一話
夕食後、軽く身なりを整えてから外階段で階下へと降りると、アーロンさんが待っていた。
「もう準備は済んだのかい」
「ええ」
「じゃあ行こうか」
並んで日が暮れ始めた街を歩き出す。
春になってから日が随分長くなった。
このくらいの時間はまだ明るく、空は夕闇を滲ませた深い青色をしていて、その裾に紫と橙を忍ばせている。
夕焼けが空を焼き始めた頃に、ショーが開かれるテントに辿り着いた。
テントには大きな看板が掲げられていて、『ミスター・アーチボルドのびっくり人間ショー』と書かれている。
その横にはおどろおどろしい画風で、人間の体に狼の牙と爪が生えたような人物のイラストが描かれていた。
アーロンさんはテントの手前にいる痩せぎすな男性に観覧料の硬貨を手渡す。
男性は媚びへつらうような笑顔で受け取った硬貨を摩った後、ちらりとこちらに視線を移した。
「お連れさんは、こちらの可愛らしいお嬢さんで?」
アーロンさんが頷くと、男性は私にも営業スマイルを向けて、ペコペコと頭を下げる。
「へぇ、どうも。楽しんでいってくだせぇ」
中に入ると既にまばらに人が入っていた。
ほとんどは男性だが、稀に夫婦や年若いカップル、親子連れも混ざっている。
簡易的な長椅子が雑多に並んでいて、入口手前は立ち見用に少しスペースが設けられていた。
人の間を縫うようにして、ステージの手前から三列目の座席に移動する。
木でできた簡素な長椅子に座ってから、辺りを見回してみた。
前方の列はほとんど埋まってしまって、後方の座席にも続々と人が着席する気配がする。
観客の中には既に酔っ払っているのか、酒瓶を片手に千鳥足で歩いている者もいた。
「お集まりの紳士淑女の皆様方」
ステージから響くやや訛りのある言葉に顔を上げると、中肉中背の男性が客席に向かって手を挙げていた。
「ようこそ、ミスター・アーチボルドのびっくり人間ショーへ。私が座長のアーチボルド・グリムショウです」
座長を名乗る男性が芝居がかった仕草でお辞儀すると、観客席から歓声と拍手があがる。
「本日皆々様にお見せいたしますのは、見るもおぞましい異形の者たちによるショーにございます。三つ腕の男、大喰らいの大男、双頭の兄弟に、世にも珍しい人魚まで! おぞましくも楽しいショーを、どうぞ最後までご覧ください」
そう言うと、座長は舞台袖へと引っ込む。
代わりに現れたのは双頭の兄弟だった。
小さなひとつの体にふたつの首が載っていて、そのどちらも意志を持って動いている。
私から見て左がトビー、右がフィンと名乗った。
二つの頭を載せた体は玉乗りをし、ステージの端から端まで移動してみせる。
「どっちが体を動かしているのかしら」
小声でアーロンさんに尋ねると、アーロンさんは肩を竦めた。
次に現れたのは全身を鉄の器具で拘束された大男だ。
座長が前に歩み出て、大男の口につけられた口輪を外す。
「さあこの男、目の前にあれば何でも喰らう大食らい!」
そう高らかに叫ぶと、座長は懐から紙袋を取り出し、中身を掴んで引っ張り出した。
袋から出されたのは小さなドブネズミだ。
しっぽを掴まれたドブネズミは既にこと切れているらしく、ピクリとも動かない。
座長は舞台袖からキャスター付きの机を引っ張ってくると、その上にネズミの死骸を置いた。
途端に大男は目を見開き、机に置かれたネズミの死骸に食らいつく。
観客席から悲鳴と歓声が混じった声が上がった。
大男は拘束されたまま、手を使わずに器用に口だけでネズミを貪り、最後には上を向いて、残った体を全て口内に収めてしまった。
うへぇ、と思わず顔を顰める。
まさかその辺で取ってきたネズミをそのまま食べているわけではなかろうか。
もしそうだとしたら、病気になりそうだ。
続いて三本腕の男性が登場する。
右肩の上部から三本目の腕が生えた男性で、三本の腕で観客席に手を振る。
男性が複数のナイフを取りだし、器用に3本の腕でジャグリングしながら舞台袖に引っ込んだ後、入れ替わりに座長が顔を出した。
どこかもったいぶった様子で、座長は一つ咳払いをする。
「それでは皆様お待ちかね。これに見えますは本日のスター、人魚姫にございます!」
座長が舞台袖を手で指し示すと、双頭の兄弟と三本腕の男性がキャスター付きの水槽を引っ張って現れる。
おお、と観客が息を飲む音が聞こえた。
目の前の光景に、私も思わず言葉を失う。
現れたのは、オレンジ色の髪に翡翠色の瞳の美しい女性だった。
水槽に浸かり、首から上を出した彼女は恥ずかしそうに客席に手を振っている。
特筆すべきはその体。
胸元と腰周りだけを隠すような布面積の少ない水着から晒された肌が、ライトの光を受けてキラキラと輝いている。
正確に言えば、輝いているのは肌ではなく、その肌を覆う無数の鱗。
キラキラと輝く宝石のような鱗が、彼女の肌をびっしりと覆っているのだ。
「綺麗……」
意図せず言葉が口から零れる。
観客席の誰もが言葉を失って、ステージの上の美しい女性を見つめていた。
ただ一人、アーロンさんだけがつまらなそうに鼻で笑っていた。




