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双月  作者: 柳瀬 怜
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第八章 七年間

葬儀は、驚くほど静かに終わった。


 島の小さな寺で、近しい親戚と、商店街の人たちだけが集まった。凪の同級生たちも、何人か来た。誰も、大きな声で泣かなかった。皆、まだ現実を受け止めきれていないような顔をしていた。


 湊は、喪主の隣で、ただ立っていた。焼香の煙を、ぼんやりと目で追っていた。


 父は、遺影の前で、一言も発しなかった。式が終わったあとも、しばらく本堂に一人で残っていた。湊が声をかけると、父は振り返らずに言った。


「先に、帰っとけ」


 それだけだった。


* * *


 一年目。


 湊は、大学四年生だった。すでに出版社への内定を得ていたが、就職活動を終えたばかりのその夏に、すべてが変わった。


 卒業論文も、就職前の研修も、湊はほとんど記憶がないまま終えた。周りの友人たちが、卒業を喜び、新生活への期待を口にする中で、湊だけが、一人違う速度で時間を過ごしていた。


 春、湊は東京の出版社に入社した。新人研修で、周りと同じように頭を下げ、名刺の渡し方を覚えた。誰も、湊の事情を知らなかった。


 湊は、その「知られていない」状態を、どこかで安堵していた。


 会社は、湊を普通の新人として扱ってくれた。周りは腫れ物に触るように接することもなく、湊自身が「大丈夫です」と繰り返すうちに、それが当たり前になっていった。


 湊は、その「大丈夫」を、何百回と口にした。


 誰も、それを疑わなかった。


* * *


 二年目。


 湊は、引っ越しをした。前の部屋には、凪が何度か遊びに来たことがあった。新しい部屋には、誰も呼ばなかった。


 恋人がいた時期もあった。三ヶ月ほど続いた関係だった。相手が、湊の部屋の奥にある、開かずの段ボール箱について尋ねたとき、湊はうまく答えられなかった。


「別に、大したものじゃない」


 その一言で、関係は少しずつ、静かに終わっていった。


* * *


 三年目。


 父は、定年前に、地方公務員の職を辞めた。理由は語らなかった。実家に一人残り、庭の手入れをして過ごすようになった。


 湊が実家に電話をかけると、父はいつも同じことを聞いた。


「元気にしとるか」


「うん」


「そうか」


 それだけの会話が、数分続いて、切れる。湊も、それ以上を望まなかった。


* * *


 四年目。


 編集者として、初めて大きな賞を獲った作家を担当した。忙しい日々が続いた。周りからは、順調なキャリアだと見られていた。


 命日の前後だけ、湊は必ず休みを取った。誰にも理由を聞かれなかった。誰も、その名前を知らなかったから。


* * *


 五年目。


 湊のデスクの引き出しに、一枚の写真があった。実家の父から、無言で送られてきたものだった。子供の頃、二人で島の海で遊んでいる写真。


 湊は、それを引き出しの奥にしまい、それ以上、取り出すことはなかった。


* * *


 六年目。


 湊は、初めて大きな企画を一人で任された。休日返上で働く日々が続いた。忙しさの中に身を置いていると、余計なことを考えずに済む。湊は、そのことに、どこかで気づいていた。


 気づいていながら、忙しさに逃げ込むことを、やめなかった。


* * *


 七年間、湊は毎年、命日だけ島に帰った。


 墓に花を供え、父と短い時間を過ごし、翌日には東京へ戻る。それが、湊の中でのルールになっていた。島に長くいると、何かが崩れる気がした。


 凪の部屋は、実家でそのままにされていた。父が、時々掃除をしているらしかった。湊は、その部屋に入ったことは、一度もなかった。


 東京では、湊は変わらず働き、変わらず「大丈夫」と言い続けた。


 時間は、確かに流れていた。会社の後輩は増え、担当する作家も変わり、街の景色も少しずつ変わっていった。


 けれど、湊自身の中では、何も進んでいなかった。


 七年前のあの夏の朝、蝉の声が響く港で立ち尽くしたときから、湊の内側の時計だけが、ずっと止まったままだった。


* * *


 そして、七年目の夏。


 いつものように、湊は仕事帰りの電車の中にいた。


 スマートフォンが震えた。


 知らない番号だった。

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