忸怩(2)
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「今日はどんな感じだったんですか?」
結果の部屋に四季がおやつを持って訪れていた。本日のおやつは四季が焼いたバター香るクッキー。芳ばしい香りは洗面所から部屋へ向かう中でも結果の鼻腔を擽っていた。部屋で待っている間も、四季が来ることを今か今かと待っていたのだ。
パソコンの前でゲーミングチェアに座りながら待っている結果のもとに来た四季はお盆にクッキーと紅茶を持っていた。机に置くと近場にあった人を駄目にするビーズクッションを引き寄せて腰を落とした。
「どんな感じって言われても、いつも通り捜査したって感じかな」
結果はクッキーに手を伸ばして口に含みながら答えた。
「あっクッキー美味しい。好きな味かも」
四季も自分で焼いたクッキーに手を伸ばして口に運ぶ。妖怪は人間のように飲食をしなくても生きていけるのが、四季は結果と同じ物を食べている。結果の食事を作る過程で味見を行い、その延長線上で食事というコミュニケーションをとっているのだ。
「それはよかったです。それで錆鉄様の呪いに関して分かりましたか?」
口の水分がクッキーによって吸われてしまったため、水分を補うように紅茶を口へ含んでから結果は話し始める。
「錆鉄さんのことを呪っていそうな人は見つけられたよ。まだ確証はないけど」
「先ほど袋小路様が言っていた一般人のことですね」
「鴻巣さんと秦野さんっていう名前」
写真などが無いため口頭で鴻巣と秦野の情報を説明した。容姿などが正しく伝わるはずはなかったが、大切なのは人となりや経歴のため見た目を重視することはなかった。
結果が伝えたのは鴻巣が瑪瑙の恋人だったこと、そして黒い靄が鴻巣から発せられていた事。秦野に関しては鴻巣のヒステリーを宥めるために苦労していた瑪瑙の友人と言うことだけを伝えた。
「恋人が亡くなって、他の男と一緒に亡くなった現場に行くというのは昼ドラのような展開ですね」
「四季はそういうの見過ぎだよ。実際にはあり得ないでしょ」
「あり得ないこと、ということがあり得ないことは結果ちゃんが一番知っているでしょう? 呪いなんて言う一番あり得ないものに携わっているのですから」
ぐうの音も出ない正論で切り返され、口籠ってしまう。
黒い靄が見える結果だからこそ、呪いというものが存在することが分かるのだが、普通の人からすれば呪いはオカルト的な存在であり実在するものではない。結果も自分の目で見ることがなければ信じていなかったかも知れないし、超常現象研究家になっていなかったかも知れない。
呪いが見える事が当たり前になっていたが、本来はあり得ないもの。あり得ないことがあり得ることは結果が一番分かっていた。
「むう。まあ言われて見ればそうかもだけど。とにかく鴻巣さんからは黒い靄が見えたの。あの人が錆鉄さんを呪ってるかもしれない」
「ですが、錆鉄様が夢で見ていたのは瑪瑙様の幻影ですよね? 鴻巣様が呪っていたのなら夢に瑪瑙様が出てくるのは不可解ではありませんか?」
呪いは個人同士で掛けているものが多く、対象に振り掛かる不幸は物理的なもので精神的に影響が出ることは少ない。物理的に起こった出来事が影響して精神に異常をきたすことはあっても直接的に精神に影響を与える件は経験がなかった。
一人が多人数に掛ける場合はそれ相応の準備や人手が必要となり、素人が手を出せるものではない。
それを踏まえて鴻巣が黒い靄を纏っている事で錆鉄呪いをしている可能性を考えた結果だが、四季の指摘によって思考に靄がかかってしまう。
「私が知らない呪いの場合、手に負えないかも知れないよね。鴻巣さんが錆鉄さんを呪うに当たって瑪瑙さんを使ってるパターンもあれば、鴻巣さんの呪いに瑪瑙さんが協力しているパターンもある」
「そもそもの話、錆鉄様と鴻巣様に面識はあるのですか?」
「それは分からないんだけど、錆鉄さんが何度も謝りに行ったって言っていたでしょ? その時に鴻巣さんと出会ってるんじゃないかなって。鴻巣さんは何度も瑪瑙さんのアパートに来ていたみたいだし」
「錆鉄様は一言もそのようなことを言っていませんでしたよね」
「だから錆鉄さんは何かを隠しているんじゃないかって私達は思ってるの」
依頼をするに当たって情報の開示は重要なファクターとなる。依頼人である錆鉄は横暴な態度と情報を正しく結果たちに伝えることをしなかった。すでに錆鉄からの依頼は名目としてしか機能しておらず、呪われた錆鉄ではなく呪った瑪瑙に興味が向いている。
本来ならば再び錆鉄のことを呼び出して話を聞くのだが、二度と家の敷居を跨がせたくない思いは結果と四季で共通のものだった。
「それで思い出した」
「どうしましたか?」
クッキーを頬張る手を留めた結果。話しながらだと言うのに、皿に盛られていたクッキーは四分の一の量まで減っていた。
四季はクッキーに伸ばそうとした手を引いて紅茶を啜る。
「昼間に送った花の写真、調べてもらえた? 私は花の種類詳しくないから……」
「今ではスマホで撮るだけで検索が出来る機能もあるんですが」
「そんなの分からないよ。スマホって調べ物したり電話をしたりするためにしか使わないし」
瑪瑙の家に置かれていた植木鉢に入れられた小さな花。複数の花が集合しており可憐に咲いた花を結果は見たことがなく、四季に調査を依頼していた。結局調査中に返信が来なかったため忘れていたが、今日の出来事を追想していたことで花のことを思い出したのだ。
「あの花はディアスキアという植物ですね」
「ディア――なんだって?」
「ディアスキアです」
聞き慣れない言葉に一回で覚えることができなかった結果は聞き返してしまう。一音をはっきりと発声しながら四季はディアスキアの名前を伝えた。
「聞いたことがない花だ」
「ガーデニングで使う花らしいです。結果ちゃんも私もそちらの分野には精通していませんから」
ディアスキア。南アフリカ原産で低温に耐えるため、冬のガーデニングの花として重宝されている。すぐにスマホでディアスキアを調べた結果。検索で出てきた画像の花は、瑪瑙の家に置かれていたものと同じだった。
スマホをポケットに仕舞い、天井を見上げる。明かりの灯った電灯の光が目に眩しいが、夜間の滑走路を照らすライトのように結果の思考に道筋を作り出していた。
普段見ない花であり、死者に手向けるには不釣り合いな花。不自然さに価値を見出さずにはいられない。
「瑪瑙さんか鴻巣さんのどっちかが好きな花なのかな」
「花言葉に私を信じてというものがありましたね。死に別れをしてしまっても、愛を信じてほしいという意味でしょうか」
花言葉は植物に付けられた象徴的な意味を持たせた言葉である。花の形や色などから連想されるものであり、同じ花の種類でも色によって花言葉は変わるのだ。
当初は作り出すことのできなかった青いバラ。当然自然界にも存在しておらず不可能を意味していた。研究者の努力により青いバラが誕生し、花言葉が奇跡や不可能を可能にするなどの花言葉が後から付けられた事もある。
花言葉には贈る相手への思いが込められており、特殊な花であれば花言葉をもとに贈っていてもおかしくはなかった。
「随分とロマンチックな事を言うね、四季ってそういうことを言うタイプだっけ?」
「人々の愛憎は侮れませんからね」
「今まで何を見てきたんだか……」
同じ家に住んでいるが、結果は四季の過去を知らない。四季も必要以上に自分の過去を話すことはせず、結果も詮索するようなことはしなかった。
人間は過去のことを他人に語るときに勇気を必要とする生き物である。過去は恥の積み重ねで出来ており、自分の不甲斐なさや後悔が死体となって後ろから付いてくるのだ。作り出した死体の山を歩くことで同じ過ちを繰り返さずに生きていける。人生とは苦悩でできていると結果は思っている。
「聖書のなかにも死が二人を分かつまでという記述があります」
「四季は妖怪だから聖書なんて読まないでしょ」
結果は聖書を読んだことがない。
キリスト教やカトリックを信仰していない家に生まれた事もあり、触れることはなかった。
「聖書は世界で一番読まれている書物ですよ。目は通しました。まったく共感は出来ませんでしたが」
聖書はキリスト教の聖典。ユダヤ教の教典であった旧約聖書とイエスが登場した後の新約聖書に分けられる。世界で最も読まれた本と同時に、世界で最も売れた本としても有名である。人類史上最大のベストセラーとしてこの先の未来でも語り継がれていくことになる本。
妖怪である四季は目を通しても理解をすることができなかった。座敷わらしという家に富を齎す妖怪にとって、キリスト教の考えは理解できないものであった。
「信仰している人には聞かせられないね」
日本という信仰の自由が認められている国に生まれた事で、結果は宗教に関して特に意見がなかった。それぞれが信じるものを信じれば良く、否定もせず、過度な肯定もしない。宗教は精神の拠り所であり、何人たりとも触れてはならない人間の神域である。
超常現象研究家として信仰や思いの強さを目の当たりにする結果は、人の想いを土足で踏み荒らしたりはしないのだ。
「私は外に出ることはありませんので問題ないですよ」
四季にとっては自宅こそが精神の拠り所だった。依頼者を迎え入れることはあっても、長居させることは無い。四季にとっての神域に住むことを許されたのは結果だけである。
外の世界を見ることの出来る結果と、家の敷地から出ることが出来ない四季。家の中で罵詈雑言や誹謗中傷を言った所で外に流れていくことはない。事実を認識しているのか、言葉と共に寂しげな笑顔を浮かべた。まるで独房の中から天に羽ばたく鳥のような瞳だった。
「家事とかやってくれるのは助かるけど、意外と私が外に出てる時の四季って何をやってるか知らないなあ」
「今日とかは結果ちゃんが捜査をしている間にアニメを見ていたんですよ」
「何してんの。私が必死に足を使って情報収集している最中に。もしかして連絡がすぐに返ってこなかったのって」
「家事をしているんです。息抜きはしてもいいでしょう?」
身の回りの世話をして貰っている以上、結果は肯定の言葉しか持ち合わせない。四季が結果の世話をしているのも結果が頼んだからではなく四季の意思によるもの。当てつけのように言われてしまえば苦笑いを浮かべて話題の転換を図るしかないのだ。
「どんな内容のアニメだったの? 面白かったなら私も見たいなあ」
「『死戒』というタイトルでした」
「物騒なタイトル」
サブカルチャーに関して、四季は結果よりも精通している。普段からコスプレをする影響か、流行の格好やかわいい格好は常に追っていた。その中でもアニメカルチャーは世界的にも影響は大きく、コスプレイヤーも沢山いた。家でアニメのコスプレをすることはないが、他人のコスプレを見ることも好きであり、延長線上でアニメ自体を視聴することもある。
『死戒』という作品はヒロインの格好が特徴的でコスプレをしている人が多かった事もあり、四季の目に止まりアニメを見るに至った。
「他人の死によってもたらされる不思議な感情が自身の精神を安定に導く。他人の死こそが自分への薬と考えて、薬には死体への美しく歪んだ愛が向けられているということが主題の作品です」
「人の死が精神の安定ってどういうこと?」
「簡単に言うのなら普段できない体験をしていることへの興味でしょうか。人の死を見ることで生きている自分を実感する、そして自らの最期を悟る。普通に生きていても感じることのできない生への渇望で精神を安定させていたみたいです」
淡々と内容を語られるが、アニメを見ていない結果は理解ができない。ひとつ理解できたことは見ていた作品がコメディではなくシリアスな作品だということだけだった。
「その感情の名前を死戒っていうんだ」
「作品の中では。死に対する戒めですよ。間違った死を選ぶことのないように」
「暗いアニメ。もっと明るくて楽しい作品のほうが私は見ていて楽しいんだけどなあ」
「結果ちゃんは最近流行っている異世界ファンタジーとかの方が向いているかもしれませんね」
アニメを見る時に必要とする感情は人それぞれである。感動したい人もいれば爽快感を求める人もいる。結果が求めているのは日ごろのストレスを発散できるような強い主人公が敵を倒すようなもの。考察するアニメは仕事で思考するため避ける傾向にあった。
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