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【殺人結果の探偵殺人】死戒  作者: 人鳥迂回


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8/21

忸怩(1)


 1


 袋小路の車に揺られ、意識を微睡みに溶かしそうになった頃、結果は自宅に送り届けられていた。いつの間にか自宅に着いていたが、袋小路は眠気を催していた結果を起こすことはなく運転だけをしていた。予め言っていた通り、結果の仕事は頭を使うことであり、思考は体のエネルギーを多量に使う。本人は無意識でも疲労が溜まっており意図せず睡眠が起こってしまうことを袋小路は分かっていたため声を掛けなかったのだ。

 自宅に着くと玄関前で四季が待っていた。座敷わらしである四季は家の敷地内から出ることができず、家の前に停められた車まで来ることはできない。敷地のギリギリまで外に出て、車の扉越しに結果たちと目を合わせた。

 四季の姿を確認し、車の窓が下げられた。


「ただいま」

「おかえりなさい。結果ちゃん」


 扉を開けずに会話をする二人。「降りろ」という言葉を聞いてから結果は降車する。


「送り届けたから俺は帰るぞ」


 扉が閉められた後、袋小路は帰宅をする準備を始めた。結果の忘れ物がないかを目視で確認した後、車のエンジンを一時的に止める。


「上がっていただければお茶ぐらいはお出ししますよ」


 四季は車に乗ったままの袋小路に声を掛けた。袋小路は不満を表情に浮かべながら首を横に振る。


「こいつと付き合って疲れてんだよ。出勤扱いになってるとはいえ、面倒なことには変わりない。早く家に帰ってゆっくりしたいんだ」


 本来やらなければいけない仕事が休みとなり、結果の依頼に付き合わされる事となった。同じようなルーティーンをこなす仕事とは違い、結果の手助けは臨機応変に動く必要があり精神的に疲労するのだ。

 袋小路は人差し指と親指で鼻根をマッサージしている。目に疲れを感じた時に筋肉を解すための行動であり、今日の疲労を如実に表していた。


「そんなに面倒をかけたかな」


 申し訳なさそうな顔を浮かべながら結果が話しかける。本人は無理難題を言った記憶は殆ど無く、普段と同じように袋小路と捜査をしただけだと思っていたが、いつも以上に疲れを見せる袋小路に対して心苦しく思っていた。


「探偵殺人が面倒じゃねえよ。お前と一緒に関わる呪いの案件が面倒なんだ。特に今日は一般人の対応もしたんだ。呪い関係だと何が原因か分からないから気を遣うんだ。他の事件と違って証拠が残らない死について頭を回すなんて俺には出来ねえよ」


 袋小路の言葉は結果への優しさが含まれていた。

 呪いに関する調査は物的証拠が残らないことが多い。相手に対して呪いを行っている事を伝えれば教唆になることもあるが、遠くから呪っているだけでは証拠が残らない。結果は相手の言動を観察しているため袋小路は気を遣って会話をしている。

 黒い靄が見えれば対象が呪いに関わっていると判断できる結果だが、袋小路には黒い靄を見ることができない。結果の情報を信じて動く事しか出来ず、自らの行動で不利に働いてしまうことを想像しては緊張が走る。

 本日は鴻巣たちと会話をすることになった。黒い靄については現場を離れてから伝えられたが、超常現象を起こしている瑪瑙と関わっていた人間ということで下手なことを言わずに情報を引き出そうと思考を回転させていた。袋小路は自分の行動が結果の推理に役立つことを分かっており無駄な行動はしたくはなかった。


「そうなんだ。良かった。まあ、疲れてるなら引き留めたりしないよ。私も疲れちゃってるからちょっと眠いし」

「車の中で寝てただろうが」

「少しだけ寝ると逆に眠くなるんだよ。目茶苦茶お腹が空いている時に少しだけ食べるとお腹が空くことあるでしょ? それと同じような感覚かも」

「分かるようで分かんねえな」


 帰ってもいいと言われた袋小路はバックミラーを見て車や歩行者が居ないことを確認すると、ブレーキを踏みながらエンジンを掛けた。


「んじゃあな。どうせまた呼ばれるんだろう」


 呪いの捜査に関わってしまえば結果が解決をする時まで袋小路は降りることができない。上司からの指令ということもあるが、四季からの願いは無碍にできない。四百歳の妖怪は人を畏怖させる力を持っており、逆らうことを許さない雰囲気が漏れ出ていた。

 警察官である袋小路も人間である。四季という理知の外にいる存在に潜在的な恐怖を覚え、頼みごとを断る選択肢は殆ど生まれない。四季は結果の面倒を見てくれている袋小路のことを便利で好意的に思っているため、威圧感を与える事はしていないつもりだったが溢れ出るものを抑えることは出来ていなかった。


「うん。すぐに呼ぶよ」


 結果が捜査をするところに袋小路あり。

 警察の力がなければ捜査にならないという理由もあるが、危険性の面でも袋小路無しで捜査することを四季も袋小路の上司も許さないのだ。本人の意思がないまま進んでいく予定だがすでに慣れたものだった。


「あ、そうだ。雨包クリニックに話を聴きに行きたいから電話しておいてもらっていい?」

「雨包クリニック? 瑪瑙が通っていた所だよな?」


 瑪瑙が通っていたとされる心療内科である雨包クリニック。瑪瑙の人柄や話していた内容を確認するために行く必要があった。最終的に自殺をしてしまったが、病院で相談していた可能性もある。


「出来れば明日行けると嬉しい」


 提示された日時は袋小路の虚を突いた。明日というのは翌日のことであり、現在時刻からすれば十時間もすれば日付が変わってしまう日の事を指している。


「明日は普通に仕事あるんだが」


 上司から言われていたのは今日のことだけであり、明日は明日の仕事が袋小路にはあった。予め決められていない連日の捜査は本業に差し支えてしまう。今ならまだ結果の独断で上司にも四季にも話が通っていないため、断る選択を取った。


「今日も仕事でしょ? 休日出勤じゃないんだから」

「それはそうなんけどさ。俺は俺で業務があんの。そう何日もお前の所で手伝いをしている訳には――」


 言質を取られてしまえば逃げ道がないと思った袋小路は仕事を盾に結果を説得する。その時、袋小路の視界には満面の笑みで見つめている四季と完全に目が合ってしまった。


「私が上司の方に連絡しておきます」


 崩さない笑みで伝えられてしまえば、袋小路が断る選択肢は全て消えてしまった。


「逃げ道がねえ」


 四季が承認し、上司へ連絡すると決まってしまえば袋小路に逃げ道はない。余程の事情がない限り、翌日も結果の捜査に付き合わされることが確定してしまったのだ。


「それじゃ雨包クリニックの件とスマホの件。二つとも宜しくね」


 諦めた表情を浮かべる袋小路に結果は追い打ちをかけた。


「スマホの解析なら白沢も出来んじゃねえの?」


 雨包クリニックに関しては警察のネームパワーを使うことで捜査をしやすくなるが、スマホの解析に関しては個人で出来ることではなく、専門の部署を通せば詳細が出るまで時間がかかってしまう。

 結果の助手として様々な役割をこしている四季は電脳世界に関しても詳しいことを袋小路は知っていた。


「警察として証拠品を渡してもいいのかな」


 瑪瑙の自殺が不審に感じられている中、瑪瑙のスマホは立派な証拠品である。

 結果が下りた助手席にはジップロックに入れられたスマホが置かれており、真っ暗な画面には袋小路の顔が反射していた。青いフォルムで手のひらに収まるサイズのスマホは電源が切られており、操作をしなければ点灯することはない。


「上からはお前に協力するように言われてんだ。協力の一環だと思えば問題ないだろ」

「四季、出来る?」


 結果は四季を一瞥して声を掛ける。


「出来ますよ。パスワードを貫通して内部のデータを見ればいいんですよね」


 顎に手を当てて一瞬考える時間があったものの、二つ返事で肯定をした。 


「すぐに出来るって言えるのが怖いわ。無理だとは思ってないけどさ、もう少し悩んでもいいんじゃねえか?」

「何度かやったことありますからね。他の方が触れていなければ画面フィルムの摩耗や指紋の付き方からパスワードが分かるかも知れませんし、特定の道具を使えば――」

「俺の前でそれを言うなよ。他人のデータを盗むってのはアウトなことなんだからさ」

 

 ため息を吐いて四季の言葉を聞かなかったことにする袋小路。警察としては他人のデータを吸い取る道具を看過することはできない。

 他人のデータを盗み見ることは犯罪行為であり、人間なら刑罰の対象になる。四季は妖怪であり刑罰の対象となるか怪しいが、道具を持っていることはアウトであった。最後まで言わせず、袋小路は知らなかったことにする。超常現象研究家の仕事に必要な道具であり、世間にバレたり悪用をしたりしなければ見て見ぬふりをする事が出来るのだ。


「それならスマホ貸してもらっていい? 明日には返すからさ」


 ジップロックに包まれたスマホを窓越しに結果へ渡す。袋小路は、渡されたスマホの表裏を観察している結果に声を掛けた。


「それじゃなにか分かったら教えてくれ」

「明日伝えるよ。急ぎの内容があったら四季が連絡するよ。袋小路さんの残りの仕事は雨包クリニックに連絡をすることだけかな」

「そっちはやっておく。一応連絡はするが明日聞きに行けるかは分からねえぞ」

「分かってるって。明日行ければ御の字かな。正直錆鉄さんからの依頼は急いでるわけでもないから」


 錆鉄が掛けられている呪いは死に至らしめるものではなく、生命活動を妨害するものであった。夢に出てきて精神的にダメージを与え、精神を疲弊させるため、錆鉄自身は辛い思いをしているが超常現象研究家からすれば危険度は低いと考えられるのだ。

 錆鉄が再度殴り込んでくる可能性もあるが、超常現象という人の目には見えない現象の解明に時間がかかると伝えれば詐欺師と罵られようとも時間を稼げると結果は考えていた。

 態度の悪い相手だったことで依頼に乗り気ではないことも大きかった。仕事とは言え人と人が関わっており、嫌悪感が産まれてしまえば仕事にも身が入らない。結果が錆鉄の呪いについて調べているのは瑪瑙の死に興味が生まれたから。自分に見えない呪いを施して死んだ瑪瑙がどのように錆鉄へ呪いを掛けたか、仕事柄気になってしまったのだ。興味が溢れて睡眠時間が減ってしまう程度に。

 

「明日もあるんだから夜更かしすんなよ」

「しないよ。変な子供扱いはやめてよね」


 不貞腐れたように吐き捨てる結果。袋小路から馬鹿にされたように子供扱いされるのは嫌だった。子供として振る舞うこともあったが、四季や袋小路には一人の価値ある人間と思われたかった。守る対象として見られていることは分かっていても、子供扱いは許せないのだ。

 子供の背伸びと思ったのか袋小路は苦笑いを浮かべる。


「それじゃ一応明日な」

「うん。今日はありがとね」

「袋小路様もお気をつけてお帰りください」


 結果と四季に見送られ、袋小路は去っていった。車が左折して車体が見えなくなるまで玄関で見送った後、二人は家の中に入った。結果がいない間に掃除をしていた事もあり、玄関には埃ひとつ落ちてはいなかったが、結果が入れば靴の隙間に入った土埃が玄関に落ちる。結果が足を動かして捜査をした証のため、四季は一切気にすることはなかった。


「さて、スマホのデータ抽出するのには時間が掛かりますので早速取り掛かりますね。結果ちゃんは手洗いうがいをしてください」


 先に廊下に上がった四季は、結果の手からジップロックに入ったスマホを受け取る。その際子供に言い聞かせるように手洗いうがいを命じた。


「分かった」

「おやつも作ってありますので」

「やったー。すぐに手洗いうがいしてくるね」


 四季の作るおやつは甘みが抑えてありながらも疲れた脳に染み渡る快楽の味をしていた。おやつという単語を聞けば結果の鼻が小さく動き、その正体を模索し始める。小麦粉を焼いたような匂いの中にバターの香りが広がっており、玄関にいても息を吸えば手作りの香りがした。

 脱いだ靴のかかと部分と玄関の縁へ綺麗に整えてから結果は洗面所に向かった。ハンドソープを二回押して液体洗剤を出せば手首までしっかりと洗う。ハンドソープのフローラルな香りはおやつの香りを上書きしてしまったが不快感は無かった。


「終わったら結果ちゃんのお部屋に伺いますので待っていてください」

「はーい」


 廊下から四季の声が聞こえて来て元気よく結果は返事した。

 声を掛けた四季は自分の部屋へと向かっており、渡されたスマホを持ったまま考え事をしていた。スマホとパソコンを繋げてデータを抽出している最中に結果と相談をすること、夕飯のためにおやつを食べさせすぎないようにすること。

 そして結果を子供扱いしても四季には反抗してこないこと。結果の反応を思い出しては口角が上がってしまう。


「変な子供扱いはやめてよね、ですか」


 結果が袋小路に言っていた言葉を思い出す。


「私からしたら袋小路さんも、結果ちゃんも子供だと言うことは黙っていたほうがいいでしょう」


 四百年生きている妖怪にとっては寿命を迎える人間ですら、自身の四分の一も生きていない稚児のような物。二人のやりとりは子供のじゃれ合いのようにしか見えず、考える必要もない程に児戯であった。

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