忸怩(3)
「錆鉄さんも人の死に何かを思ってたのかな」
「錆鉄様ですか? そう言えば葬儀場にも話を聞きに行ったんですよね」
「うん。錆鉄さんがどんな人間だったのか知りたくて。私たちの前で見せた姿が寝不足だったからなのか、夢を見て変化した性格なのかも分からなかったからね。呪われるべくして呪われた可能性もあるし」
「あの態度を普段からしているなら負の感情を向けられていてもおかしくありませんし」
一日経っても四季の中で錆鉄は許されていなかった。家を掃除する羽目になったことよりも結果への態度が尾を引いていた。
「葬儀場で働いている時はそんなことは言われてなかったなあ」
沢渡の会話を思い出しても錆鉄への不満は殆ど出て来なかった。唯一の不満は遺体を洗った後の態度だけであり、仕事に関しては真面目にやっていたのだ。一回限りの仕事ではなく、遺体の清掃という気を使う仕事を何度もやっていたことはほかの作業員からの信用を得ていたことに他ならなかった。瑪瑙の件が無ければ、今もまだ葬儀場で働いていたかも知れない。
「まあ仕事ですからね。遺体洗体の仕事であの態度ができるわけありませんか。そのストレスがあの態度に――」
「凄いキレてるじゃん」
「言われて見ればかなり気にしています。結果ちゃんへの態度が悪い依頼者はいましたが、暴力を振るおうとする人は居ませんでしたからね」
依頼を受けるように促したのは四季にも関わらず、錆鉄のことが許せないらしい。四季にとっては錆鉄が呪われている事も、被害を受けていることも関係なく依頼内容が面白いという理由だけで依頼を受けていた。
依頼者は依頼を持ってくるだけの存在であり、人格を気にしたことがなかった。超常現象に関わってしまい、暗中模索しながら結果を求めて訪れる人間が解決の可能性を自ら摘むようなことはしない。前例のない錆鉄の行動は四季の新たな一面を引き出していた。
「錆鉄さんは瑪瑙さんの遺体を見て発狂したみたいよ。目が開いたって言ってね。同僚の人は沢渡さんっていうんだけど、その後は仕事にならなくて別の人を呼ぶぐらい錆鉄さんはおかしくなったんだって。その後に管理室に行って情報を盗み見てクビになったみたい」
「離職するに至った理由は本人が語ったことと差異はありませんね」
「発狂した話は本人が語った内容じゃないけどね」
少しずつ食べていたクッキーは既に皿から無くなっていた。紅茶の残りは三分の一程。食べるバランス配分を間違えてしまった事に気がついた結果は紅茶を片手に四季を見つめる。
「クッキーのおかわりはありませんよ」
小さく首を振りながら四季は否定した。
「まだ何も言ってないんだけど」
「お夕飯もありますから」
結果が時計を見ると短針は四時を指しており、夕飯の時間まで数時間しかなかった。意識してしまえば胃の隙間が主張を始めた。
我儘を言っても四季に取り合って貰えないことは理解しており、少しの空腹と共に夕飯までの時間を過ごすことが確定してしまった。空腹を紛らわすように結果は会話を続ける。
「そうだ。この写真見て何か気がつくことある?」
スマホを取り出して素早く操作し瑪瑙の部屋の写真を四季に見せる。撮った写真は六枚。
天井を取ったものや扉を取ったもの。取るに足らない写真だが、瑪瑙が亡くなった時のまま保存されている部屋である。結果や袋小路が気付かない僅かな違和感に四季が気付く可能性もあり、人の目が増えればそれだけ意識の数が増えるのだ。
渡されたスマホを何度も右左にスクロールをして写真を眺める四季だったが表情の変化は起こらない。瞳が画面を追っているのか左右に動いており端から端までチェックしている事が結果にも分かった。
「どうかな?」
「床が不自然にへこんでますね」
「床?」
結果は首を傾げた。部屋にいる時に気が付かなかった違和感を指摘されて必死に記憶を呼び戻す。
スマホの画面に映っているのは明け放たれた扉。その先には玄関が見えており、袋小路の姿も見切れていた。
「扉の上枠戸当りの部分でも置かれたダンベルでもなく?」
「私は現場に行っていませんので目で見た情報を伝えることはできません。当然その場の空気感も。結果ちゃんたちが覚えた違和感はその空間に居なければ分からないものでしょう」
扉の立て付けが悪かったと伝えても人それぞれ感覚が違う。どの程度の力が必要なのかを口頭で説明をしても実感を伴わない想像で補完することはできない。画面に映る扉を結果が一人で開けられなかった違和感もその場にいなければ理解できないのだ。
四季はスマホをテーブルに置いて結果の方へと向ける。ゲーミングチェアに座ったまではスマホの画面を見ることが難しいため結果は椅子を軋ませながら降りて四季の隣に座った。ビーズクッションの横を少しだけ開けているお陰で結果が寄りかかる場所が出来ていた。
「へこんでる床ってどこのこと?」
「ここですよ」
画面をピンチアウトすれば床の一部が拡大される。高機能のスマホでも拡大すれば画質は粗くなってしまうが、四季の言っている床のへこみは結果でも見ることができた。フローリングの床に電灯が反射しているが、床の一部分だけ若干屈折していた。
「よく見ないと分からないけど確かに光が屈折してるからへこんでるかも」
「一箇所ではありませんよ」
「え。――本当だ。近くにもうひとつあるね」
初めに見ていたへこみから画面をスワイプして移動すれば、新たなるへこみが画面に映る。操作している四季の手を優しく退けて元の画面幅に戻すとへこみの部分だけが浮き上がるように見えた。一部分を意識することで、元々気にならなかった事が違和感になる程、床の一部分が不自然な反射をしていたのだ。
「なんで部屋にいる時に気が付かなかったんだろ」
「結果ちゃんも袋小路さんも常に動いていたのではないですか? 短い時間で捜査をしていたようですし」
「何でわかるの?」
「結果ちゃんから花を調べるように連絡が来た時間と葬儀場での約束の時間。その間が余り無かったですから」
結果たちが瑪瑙の部屋で調査を始めたのは午前十一時頃。そこから三十分程調査をした後に葬儀場へ向かった。沢渡が昼休憩の時間に話を聞く約束を取り付けていたため、葬儀場に着いた時間は十二時三十分。その間に鴻巣たちとの遭遇や、自販機での一服などがあり、忙しない時間の使い方をしていた。
送られたメッセージには時間が記載されている。四季は送られた時間と約束の時間から調査時間の短さを予測したのだ。
「四季の言う通り。色々調べてたんだけど手詰まりになっちゃったから、時間もあって切り上げたんだよ」
「動き回れば光の差し込む向きが変わります。体が影を作ることもありますからね。写真だからこそ光の屈折に気が付いたとも言えるでしょう」
「写真を撮っておくもんだね。今度四季とも一緒に撮ろうかな」
「私は映りませんよ」
幽霊も妖怪も写真には写らない。幽霊は実体がなく可視光線を映し出すカメラでは写らない。妖怪に関しては実体はあるが、写真を撮っても何もないように現実が処理してしまうのだ。妖怪はこの世に存在して居ながらも、この世に存在しないと思われているもの。
信じる人の願いと現実を見る人の事象が混ざり合い、実体のある虚像として四季は生きている。
「そうだった」
「写真なんかよりも結果ちゃんが肉眼で見たものを記憶に焼き付けてくれれば私はそれでいいですから」
「んひぃ……ちょっと照れちゃうね……」
目を合わせて情熱的な言葉を紡ぐ四季に、頬を染めて照れを隠さずに頬を蕩けさせる結果。人付き合いが少ない結果は直接的な感情を伝えられると、どのように返していいか分からずに照れてしまうのだ。外方を向いてしまうこともあれば顔を隠すこともある。今回は結果の部屋で照れさせられており、隠れる場所は沢山あるのだが、四季が目の前にいる状況で身動きが取れず頬を染めて笑うことしかできない。
「相変わらず可愛い反応をしますね」
「愛玩動物じゃないんだけど」
結果の頬に手を添えてから、水の流れに似た動きで顎下まで手を移動させると、犬のように何度も撫でる。心地よさそうに目を瞑りながらも、言葉だけは甘い反骨心を忘れずに四季へ不満を漏らす。その声は親に甘える子供のようで、ただの照れ隠しだと火を見るより明らかであった。
「ほら、撫でる手を止めて。今は作戦会議中なんだから」
「そうでしたね。作戦会議中でした」
二人が仲睦まじく戯れ合っていれば、スマホの画面が暗くなっていた。時間経過で自動的に消灯する機能だが、結果の場合は三分程経たなければ画面が暗くなることはない。二人は三分間も戯れ合っていたのだ。
瑪瑙の部屋にある違和感について話していたが、自室ということもあり気が抜けていた。それだけ心安らぐ空間になっているという意味でもあるが、仕事の時は気を引き締めなければならない。
結果は決死の思いで撫でられている手から抜け出して自分のほうを数回叩く。
「よし、続きやろ」
「床のへこみに関してですね。私が他の画像を見た限りではへこみはそのふたつしかありませんでした」
閑話休題し、何食わぬ顔で話を元に戻す。
「何か重いものでも落としたのかな」
「瑪瑙様の部屋は綺麗にされていますよね」
「めっちゃ綺麗だった」
自殺を行うために身辺整理を行ったと結果は思っていたが、改めて写真を見ると一日で片付けたようには思えないほど清潔だった。キッチンのシンクも水垢が見当たらないほど掃除がされていた。
「壁にもポスターや絵画などが掛けられていません。賃貸と言うこともあり、壁などを傷付ける行為が禁止されているとは思いますが、それにしても綺麗に使われていますね」
「生活感はあったけど埃っぽさも無かった」
「几帳面で真面目な性格だったのでしょう。そのような人が床のへこみをそのままにするでしょうか」
四季の言い分は真面目な人間が賃貸に傷を付けて修繕しないことはないというもの。生前の瑪瑙を知らない結果は首肯することは出来ない。
スマホの画面を付け、別の画像を見せる。
「でもドアの上枠戸当りの部分、ゴムが当たる壁のところは――」
「折れ曲がった上枠戸当りが当たる部分だけがへこんでいます。傷が付かないように付けられた上枠戸当りで壁が傷付くことを気にして扉は丁寧に開けていたのではないでしょうか」
「つまりどゆこと?」
「どういう事も何もありませんよ。気になったことがあれば教えてと言ったのは結果ちゃんではありませんか。私は気になったことを伝えただけ。推理をするのは結果ちゃんの本分でしょう?」
したり顔をしてから四季は立ち上がる。
既に空になったクッキーが盛られていた皿を持ち上げ、滓が零れ落ちないように気をつけながらトレーの上に乗せる。結果に目で合図をすると、何かに気付いた結果は自分が飲んでいたティーカップを手に取った。中にはまだ紅茶が残っており、すねた自分の顔が映っていた。感情を飲み込むように紅茶を胃の中に流し込むと四季が持っているトレーにティーカップを乗せる。少しだけ皿と触れ合ったティーカップは小さな音を立てていた。
「私に聞きたい事はまだありますか?」
「私が聞きたかったのは部屋の違和感についてと葬儀場に錆鉄さんのことを聞きに行ったことの報告だけだから――もうないよ」
「何かを思い出したらいつでも言ってくださいね、探偵さん」
からかうような微笑を浮かべてトレー片手に部屋から出ていこうとする四季。
「私を探偵に仕立て上げたのは四季じゃん」
勝手に依頼を受け、外に出られない四季の力を借りて呪いを解決する。気が付けば矢面に立つのは結果の仕事となっており、探偵殺人として担ぎ上げられるようになっていた。ただの引きこもり超常現象研究家が探偵になったのは家に住まう妖怪のせいだった。
「きっかけは私です。しかし功績は結果ちゃんが生み出した」
「私だけの力じゃないよ」
「ですが結果ちゃんが何もしていないわけじゃない。結果ちゃんが動いて依頼をこなした。そこに私や袋小路さんが手助けをしたのです。今回も期待をしていますよ」
結果は探偵の仕事を嫌っているわけではなく、寧ろ事件が論理的に解決していく事を快感に感じていた。その背景に呪いがあり、探偵殺人が起こってしまう事だけが気掛かりなだけだ。
後のことを考えずに「なるようになれ」と半ば諦めで行動することもあり、四季からの期待は過度な重圧だった。しかし期待をされていると分かって蔑ろにするほど四季との関わりは細くはない。
その期待に応えようと、結果はスマホの画面を真剣に観察し始めた。四季がその様子を見て満足げに部屋から出ていったことにも気が付かずに。




