表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【殺人結果の探偵殺人】死戒  作者: 人鳥迂回


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/21

忸怩(4)


 3


「結果ちゃん」

「どうしたの?」

「瑪瑙様のスマホを解析したら雨包翡翠様(あまつづつみひすい)という人物と妙なやりとりをしていました」

「妙なやりとり?」


 朝食のトーストにバターを塗っている結果に、目玉焼きとベーコンを焼いている四季が話しかけた。朝からコスプレ衣装は着ておらず、ニットのセーターに細い足が強調されるようなボトムスを着用していた。料理中ということもあり、前面には無地のエプロンが首から掛けられている。

 前日から行っていた瑪瑙のスマホ解析が終了し、使っていたメッセージアプリの内容を確認していたのだ。瑪瑙は故人であり、プライバシーに配慮する必要がないと判断したのか故人のやり取り全てに目を通していた。幸いにも友人関係が多くなかった瑪瑙には連絡をしている人が少なく、限られた人物だけを確認するだけで済んだ。

 彼女である鴻巣琥珀。親友である秦野雲母。そして雨包クリニックの雨包翡翠。一ヶ月以上やり取りが空いていなかったのはその三人だけだった。


「ええ。鴻巣様や秦野様とのやりとりは普通だったと言ってもいいでしょうね。友人や長年の彼女だけあって新鮮味の欠ける冷淡なやりとりもありましたが。瑪瑙様が亡くなった当日も鴻巣様とやり取りをしていたようですが、呼び出しが自殺遺体を発見することになってしまったみたいです」

「残りは雨包翡翠さんだね」

「はい。そちらの方へ送っていた最新のメッセージが少し気がかりでして」


 話を聞きながら結果はトーストに齧りつく。バターの風味が鼻一杯に広がったかと思えば、オーブンによって香ばしく焼けた小麦の香りが追従して口内を幸福へと導く。和風妖怪がいる家でも、朝食の準備が簡単という理由からパン食が採用されていた。


「ある程度のプライバシーは守ってね」

「死人でもですか?」

「亡くなっているからだよ。亡くなっている人はもう何も言えない。相手から反応がないからこっちが配慮するしかないんだ」

「分かりました。では、簡単に言うと瑪瑙様は浮気をしていたのかも知れません」

「う、うわき?」


 予想だにしていなかった発言に、結果は手に持っていた食パンを落としてしまった。幸いにもパン屑が溢れないように皿を敷いていたため床に落ちることはなかったが、手から力が抜けてしまう程度には驚いていた。

 パンが落ちる時にバターを塗った面から落ちていくと言ったマーフィーの法則があり、イグノーベル賞を受賞した研究もある。猫が着地する際は必ず足から着地するため、猫の背中にバターを塗ったパンを上向きに乗せて落とせばどちらが下になるかといったバター猫のパラドックスも存在する。思考の中では永遠に落下しないため、空中で猫とパンが回転し続けるのだ。二つの結果が存在しているが、実際に行った場合にはどちらかが発生しない思考実験。

 結果は皿に落ちたパンを見ながら、冷静さを取り戻すために敢えて無駄な思考を働かせていた。

 身長を伸ばすために毎日飲んでいる牛乳を喉に通して結果は四季を見つめる。


「落ち着きましたか?」

「うん。それで浮気ってどうして?」


 四季はエプロンのポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出して結果に手渡す。

 飲んでいた牛乳を机においてから紙を受け取って開いた。


「メッセージアプリの画面だね」


 宛先には雨包翡翠と書かれていた。


「雨包様とのメッセージのやり取りです」

「どれどれ」 


 新聞を読むサラリーマンのように紙を広げると、視線をゆっくりと下げて全容を把握していく。


『今夜会えませんか? 翡翠さんに会えないと不安で夜も眠れないんです』

『仕事がありますので。私的な連絡は控えていただけると嬉しいんですけど』

『そんなこと言わないでください。決めました。行きます。翡翠さんが仕事で終わるまで俺は待ち続けますからね』

『……閉館後なら。あまり迷惑を掛けないようにしてください』


 瑪瑙と雨包のやり取りが画像としてプリントアウトされていた。

 瑪瑙が積極的に雨包と会う約束を取り付けている。書かれている日付は瑪瑙が亡くなる三日前。自殺する直前まで、雨包と会っていた可能性が浮上した。瑪瑙の部屋に残されていた領収書の日付は二週間前であり三日前のものは部屋に無かった。単純に捨ててしまった可能性も考えたが、綺麗にまとめられていた受信履歴のような紙の束を思い出して、最新のものだけ捨てることは無いと自身の考えを棄却した。


「雨包さんと個人的に会っていたってこと?」

「死んでからも涙を流してくれる彼女がいる身で」

「チクチク言葉だね。雨包クリニックで聞かなきゃいけないことが増えちゃったなあ」


 元々雨包クリニックでは瑪瑙の人間性や病気について聞くつもりだった。個人情報の観点から伝えてもらえない事は重々承知の上で約束を取り付けたのだ。


「浮気、浮気かあ」

「きっと鴻巣様は知らなかったんでしょうね。瑪瑙様が他の女性と会っている事など」

「なんか急に鴻巣さんが可哀想になってきちゃった。首を吊っていた彼氏を必死に助けたと思ったら、死ぬ前に浮気されていたなんて」

「段々と昼ドラのような展開になってきましたね」


 衝撃的な展開に四季は心を躍らせていた。人間を理解していない四季だが、ドラマで表現される人間模様を見るのは好きだった。本人曰く、日常で過ごしていて体感することのないに汚い部分を観れることが新鮮で楽しいようだ。


「否定できなくなってきた……」

「今日やることが増えてしまいましたね。もうすぐ袋小路様がいらっしゃいますのでご飯を食べて準備してください」

「はーい」


 皿に置かれているパンを再び手に取り、四季の焼いたベーコンエッグと共に口の中へと放り込む。時計を見れば袋小路が来る時間まで十分程度しか残っていない。メイクなどをすることは無く、服を着替えるだけだが四方八方に飛び散った寝癖だけは直しておきたかった。


 *


 家の前には業務変更を上司から言い渡された袋小路が迎えに来ていた。

 袋小路が何時もよりも早めの時間に起床すると仕事用のスマホには上司からのメッセージが飛んできていた。本来起きる時間よりも早く目覚めたのは、寝る前から翌日も結果たちに付き合わされる事が確定していたからだ。雨包クリニックに事前連絡をした所、午前の業務が終わってから時間を取れると受付に伝えられたのだ。早めに目的が達成できる満足感と共に、結果と共に調査をしなければならない諦観が浮かんだ。

 自宅に迎えに行くと、セーラー服を着た結果がすでに玄関前で待ち構えていた。学校に行っていない結果だったが、年齢的にセーラー服を着ていれば正装扱いになるため通販で何処のものかもしれないセーラー服を四季が頼んでいる。結果の格好も学生のコスプレと言えるだろう。


「今日は起きてるな」

「もう十一時三十分だよ? 流石に私も起きてるって」


 胸を張って袋小路に答える結果。本来なら学業や業務に当たっている時間であり、起きていることを威張ることはできない。普段の起床時間が今日よりも遅い事で、起きられたことを褒められると思っているのだ。

 袋小路は呆れて言葉が出ず、溜息を漏らした。


「起きたのは三十分前ですけどね」


 まともな神経を持っているのは袋小路だけではなく、隣に立っている四季も苦笑いを浮かべながら告白をする。四季の余計なひと言に結果は睨みつけながら頬を膨らませる。睨みつけられても視線を合わせず、膨らんでいる頬を人差し指で突いた。威嚇のために膨らんだフグのように膨らんでいた結果の頬は、指で押されたことにより少しずつ空気が抜けていった。


「何遊んでんだ。家の前でやることじゃねえぞ」

「これから結果ちゃんが家を出ていくので可愛さ補給ですよ」

「調査のために出かけるだけだろ。今日に関しては問題がなければ雨包クリニックに話を聞きに行ったらすぐに帰すぞ?」

「それは分かっていますが、人間はいつ死ぬか分かりませんからね」

「それはそうだけど……。出かける前に言わないでほしいな」


 出発前に死をチラつかせてしまえば、家を出る恐怖を感じてしまう。家から出ることがなく、四百年生きる中で人の死を見てきた四季は人がすぐ死ぬと知っている。ニュースを見ていても毎日複数の人が死んでおり、新聞などでも亡くなった高齢者の名前が掲載されていることがある。世界では数え切れないほどの人が亡くなっているのだ。人はすぐ死ぬと妖怪が思ってしまうのも当然だった。


「死ぬのとか怖いじゃん」

「何故ですか?」

「何故って言われても。死ぬって言われて怖くない人なんかいないでしょ? 今まで生きてきた事とかやってきたことが一瞬でなくなるんだし、死ぬ時に痛いのとか嫌じゃん」

「それは死ぬ過程ですよね。死に対しての恐怖とは違います」


 死を恐れる人が多いのは何故か、誰も死というものを経験して語っている者など居ないのに。

 恐怖と不安は異なる感情であり、人間が死に対して抱くのは恐怖ではなく不安である。人間は未知に対して恐怖し、解明することで自分たちに理解できる形で落とし込む。恐怖は知識で無くすことができても不安は無くすことができない。人生に様々な可能性がある限り、自身が選ばなかった世界に対しての不安が生まれるのだ。死という知らない世界に抱くものは不安なのだ。

 死とは人間に迫った可能性である。他人の死によって死がどのようなものかを知り、自分に降り掛かった時を想像して不安になる。

 四季が語っている内容は死の不安が何故人間に訪れるのかだった。生き続けて死ぬことのない妖怪には分からない感情だった。


「人間の身体には魂と肉体が存在していて、死とはその二つが分裂する状態のことを指す。苦痛を感じるのは肉体であり、魂じゃない。分離された魂が死によって消滅すれば肉体が苦痛を感じることはない。それなのに何で恐怖するのか」

「エピクロスみたいなことを言うじゃん」


 エピクロスとはギリシャの哲学者。肉体的な快楽ではなく、身体の苦痛や精神の不安を取り除く方法を追求した。死の恐怖を否定し、苦痛なき状態を理想としていた。

 袋小路が語った理論はエピクロスの考えを自分なりに解釈したものだった。答えあぐねていた結果にとっては袋小路の言葉は渡りに船だった。


「難しいことは私には分かりません。死とは生と同じで日常に並走しているものではないのですか?」

「そりゃそうだ。人はいつ死ぬか分からない」

「死だけを恐怖する理由が私には分かりません」

「俺個人の考えだと死は自分だけの物だから怖いんだよ。他の人が原因で死ぬこともあるが、死ぬ時は目を瞑って死ぬ。最後の意識で感じるのは暗闇で孤独だ。人は孤独が怖くて死ぬのが怖くなるんだよ」


 刑事としていくつもの死を見て来た袋小路の言葉には含蓄があった。

 蚊帳の外に追いやられた結果は別のことを考えていた。

――人間が死んでも呪いとして錆鉄さんに降り掛かってる例もあるし孤独も消滅も無いんじゃないかな。

 呪いという超常現象が見える結果ならではの考え方だった。結果が死を恐れる理由はやりたいことが出来なくなるから。オンラインゲームを途中であり、見たいアニメもある。志半ばで死んでしまえば、やりたい事をやらずに死んでしまえば死んでも死にきれない。娯楽を享受するために死ぬのが怖いと楽観的な死の考えをしていた。


「白沢には無いのか? 死ぬ恐怖ってやつ」

「私は妖怪ですから死の恐怖はありませんよ。消滅してしまえばそこで私の意識も無くなるでしょう。妖怪の死がどのようなものか分かりませんが……」

「人間と感覚が違うんかねえ」

「それはそうですよ。人間が動物の死に思いを馳せるようなものです。亡くなった人に対して可哀想とは思います」


 四季が人間を理解できないように袋小路も妖怪の感覚が理解できなかった。


「ほーん。こういう話は自分の意見がある場合は平行線になるんだよ。譲れない事と同時に譲ったら駄目な考えだ。死への考えは人間が生きる指標になることもあるからな。病気で死の危機に瀕した人が生きたいと願って快復するとかさ。逆に辛いなら死んでしまえばいいと思う奴もいる。死に関してはそれぞれ考え方があるからこれ以上の話は無駄だよ」


 話が平行線になり、そのままでは時間が過ぎるだけだと判断した袋小路は話を切り上げる。四季も不満な顔を浮かべず、小さく一礼をして半歩後ろに下がった。


「時間もないしさっさと乗れよ、探偵殺人」


 袋小路は車の後部座席を指さした。蚊帳の外にされていた結果は素直に頷く。


「とにかく結果ちゃん、気を付けてくださいね。呪いの正体もまだ分かっていないんですから」

「今日は調査じゃないから大丈夫だよ。昨日も大丈夫だったし気にする程のことじゃないって」

「超常現象に関しては分からないが、物理的なことなら俺が何とかするから白沢は大船に乗った気分でいろよ」

「泥舟じゃなければいいですが」

「探偵殺人を俺に乗せるしかないんだぜ? あんまり意識を削ぐことを言うなよな」


 四季と袋小路のじゃれ合いを結果は見つめることしかできない。入ろうにもテンポよく会話の好守が変わるため付け入る隙がない。結果の思考は与えられた情報を熟考することに向いており、瞬間的な反応は遅れてしまう。何を話そうか考えている間に二人の会話は次へと移ってしまうのだ。

 普段コミュニケーションを取っていない弊害が意外なところに表れていた。家にいながら借りてきた猫のように二人の顔を見比べながら話を聞いている。


「申し訳ありません。それでは袋小路様。結果ちゃんのことをよろしくお願いしますね」


 幼稚園児をスクールバスに乗せる親のように、結果の背を押しながら袋小路の車へと乗せる四季。


「任せとけ。与えられた仕事はちゃんとやるからな」

「えっと、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 結果は車の後部座席に乗り込むと、窓を下げて四季に小さく手を振る。それに対して家の敷地内から、胸の位置で小さく手を振って返していた。

 約束の時間には少しばかり余裕はあるが、道の混雑状況等不測の事態を想定して袋小路はアクセルを踏んだ。ゆっくりと進み出すクルマによって、車窓に映っていた景色はどんどん後ろへと流れていく。外出をしない結果にとっては、三十分程度の移動でも未開の地である。好奇心と不安を抱えた表情で外の景色を見ながら目的地へ辿り着く事をただ待つのみであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ