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【殺人結果の探偵殺人】死戒  作者: 人鳥迂回


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残悔(3)


 袋小路は開けられていた扉を閉める。

 扉と壁の陰に隠れていたが、部屋の隅に追いやられたようにダンベルが置かれていた。黒いゴムでできた大きめのダンベルには数字が書かれており、二十キロの重さを表している。持ち手の部分には削られたような跡も残っており、瑪瑙が普段から使っていた物だと分かる。


「ここにダンベルが一個だけあるのは変だろ」

「そうなの? 私は筋トレとかしないから分からないけど」

「一個で使うトレーニングもあるが、これだけ綺麗にされた部屋にひとつだけ無造作に置かれているのが気になった」

「ベッドのところに筋トレグッズが纏められてたよ。その中に同じようなダンベルがあったかも」


 結果に手招きされるままにベッド付近へと移動する袋小路。結果の指差す先には百円ショップで買ったような籠のなかに筋トレグッズが入れられていた。握力を鍛えるグッズであったり、ゴムバンドであったりと様々な種類がある中、ドア付近に置かれているダンベルと同じ物が入っていた。


「尚更ひとつだけあそこにあるのはおかしい」

「それはそうだ。片付け忘れたっていう線もあるけど……」

「今結論が出る内容じゃねえな。それでもう一個あるんだが――あれを見ろ」


 袋小路が差したのは閉められたドアの上部。上枠戸当りと呼ばれる部分だった。ドアから伸びた鉄の先端に黒いゴムがつけられており、ドアを開いたときに壁を傷付けないようにする物だ。


「折れ曲がってるじゃん」


 ドアの上枠戸当りは下方向に歪んでおり、ゴムの部分が斜め下を向いていた。その状態では本来の機能を発揮することはできない。


「荷物の入ったバッグとか、沢山の衣類を引っ掛けただけだとは思うんだが気になってな。あそこってハンガーみたいだし適当に引っ掛けるには丁度いい高さだろ? 翌日に着る服とかを俺も掛けてたりするし」


 ステンレス出来ている部分が折れ曲がっていることを見た袋小路は自身の体験から瑪瑙の生活を予想していた。本来の目的は壁に傷を付けないだけのものだが、別の手段に有効活用することは誰しもが経験していることである。 


「いや、それはないかも」


 結果は袋小路の言葉を一蹴した。


「なんでだ?」

「壁に一切傷が付いてない。若干窪んでいるのは上枠戸当りが当たった跡だと思うから関係ないとして、傾いたゴムの部分が打ち付けられた跡が殆どないよ。あるとしても深くないから何度もぶつけてる訳じゃなさそう」


 身長の低い結果は見上げても詳細な情報を得ることはできない。袋小路に頼み、上枠戸当りが当たっていた部分を写真に撮ってもらい確認する。


「ほらね」


 撮った写真を見せる。


「確かに何度も打ち付けた感じじゃないな。ゴムが当たってくぼんだ部分が二か所あるが、片方は窪みが浅い」

「それに跡が二箇所しかない。徐々に折れ曲がったんじゃなくて一気に歪んだんだろうね」

「荷物を掛けるようには出来てないからな。重いものを掛けた時に予想外に歪んだんだろ」

「そうかも」


 結果はスマホで室内の写真を一通り撮ると、ある程度の調査が終わったと瑪瑙の部屋を出ようとする。

 呪殺を行う人の部屋には呪術的要素を持つ道具が残されていることも多い。藁人形や呪詛が書き込まれたノート等。呪殺は誰もが成功するものではなく、針の穴を通すような繊細さと偶然の産物によって成功してしまうものである。知識の無い者が見様見真似でやっても大半は何も起こらない。

 しかし、知識のある者がやり方を授けることで成功する呪いを使うことができるのだ。詳細は呪いに関してのオカルトサイトで公開されてしまうこともあり、呪術に詳しいものが投稿して面白がっている。四季が本物の投稿は定期的に削除しているが、見落とすこともあり、それを偶然行ってしまうことで呪いが成立してしまう。

 呪術師と呼ばれる職業もあるのだが、基本的には掛けられた呪いの解呪を生業としており人に呪いを掛けることはない。呪いを掛けるのはいつも軽い知識を持った人間だった。


「呪いの痕跡は無さそう。瑪瑙さんの家にはパソコンも無いし」

「スマホでも観られんじゃないのか? ネカフェとかでも観れるしな」

「そっか。それなら呪いに関わってない証拠にはならないか」

「取り敢えず満足したなら次行くぞ。雨包クリニックに行くんだろ」

「先に錆鉄さんの職場だったところに行きたい」

「死体洗体業者か?」

「葬儀場でやってたみたいね」


 葬儀の際、湯灌の場で遺体を入浴させる仕事は業者がやっている。地域によっては遺体に触れる行為自体が厳粛なもののためアルバイトにやらせない所もあるが、錆鉄の職場ではそのようなことはなかった。

 四季が調べた情報によれば、錆鉄の職場は『らぶねっとホール』という場所で葬儀など一連の流れを行っている葬儀場。予め連絡はしており、警察が話を聞きに行くと伝えてあった。


「錆鉄さんと働いていた社員さんが居るみたいだから話を聞きに行こう」

「それじゃ出るか」

「あいあい」


 立て付けの悪い扉を袋小路が閉め、玄関で靴を履いて外に出る。


「えっ……。誰ですか貴方達……」


 結果が外に出ると、階段を登った二〇一号室の前で一人の女性が立っていた。髪をウェーブに巻き、厚手のジャケットを身にまとった若い女性。袋小路と同年代に見える女性は、訝しげな目線を二人に向けている。


「えっと」


 結果が話そうとすると、その声に被せるように甲高い怒鳴り声が響いた。


「銀次の部屋で何をしているんですかっ。泥棒っ、警察、警察呼ばなきゃ」

「大きな声を出してどうしたんだ、琥珀」


 焦った様子でスマホを取り出して警察に連絡しようとする琥珀と呼ばれた女性。大声は階段の下にいた男性にも聞こえていたようで、軽快な音を立てながら階段の鉄を踏む音が鳴る。


「銀次の部屋に泥棒が……」

「泥棒?」

「あー。すみませんね。警察の者です」


 泥棒と疑われ、通報しようとしていた警察が目の前に現れれば、焦っていた女性も目を丸くして動きを止める。男の方は「大家さんが言っていた警察の方というのは貴方達ですか」と呟いていた。男は予め大家と話しており、瑪瑙の部屋に袋小路がいることを伝えられていた。女は一人で階段を登ったことで情報を知らずに一人でパニックに陥ってしまったのだ。


「警察……。なんで銀次の部屋に……。私も入れて貰えなかったのに……」


 女はスマホを握りしめたまま、風の音に消されるような小さな声で呟いていた。

 袋小路は廊下で立ち止まっている二人に警察手帳を持って近付いて行く。


「すみません、お二人は瑪瑙さんとどのような関係ですか?」


女はたじろぎ、後ろへ移動しようとするが後方には男が居て階段もある。その場から動かずに袋小路と対面することになった。


「琥珀。警察とは会話しないと駄目だよ」


 男が優しく声を掛ける。


「すいません。刑事さん。俺の名前は秦野雲母(はだのうんも)。こいつが鴻巣琥珀(こうのすこはく)


 直ぐに名乗らなかったことに違和感を覚えたのか、秦野は鴻巣の名前も紹介した。袋小路の質問に対して、鴻巣は一言も喋らず睨見つけているだけで、返答は全て秦野が行っていた。

 鴻巣琥珀、二十八歳。瑪瑙銀次の恋人であり第一発見者の女性。爪には綺羅びやかなネイルを施し、化粧もしっかりと行っている。ネックレスはロザリオを象った物だが、手首には数珠のようなものを着けており、宗教のアンバランスさを感じられる。ヒールを履いているが身長は高くなく、結果と数センチ程度しか変わらない。

 瑪瑙の家に訪れた理由は彼氏が自殺したことに傷心し、せめて花を捧げようとしていたからだった。扉の入り口に置かれていた植木鉢は鴻巣が用意したものであり、手入れのために何度も訪れていた。室内へ入ることは大家から許可が出ておらず、毎日のように瑪瑙の残滓を探しに来ていた。

 秦野雲母、二十八歳。瑪瑙銀次の友人であり、鴻巣とも昔馴染。大学時代からの友人である秦野と瑪瑙だが、瑪瑙が鴻巣と交際を始めたことをきっかけに鴻巣とも親交を深める。生前は瑪瑙に気を使い二人で会うようなことはしなかったが、瑪瑙が亡くなり憔悴している鴻巣を支えるように同行していた。髪は染めておらず、身なりもしっかりしており誠実な雰囲気の男性。


「鴻巣さんと秦野さんですね」

「はい。それで俺たちも気になってるんですけど、刑事さんはどうして銀次の部屋に?」

「そうよ。なんで銀次の部屋から出てくるのよ。私が幾ら頼んでもあの日から入れてもらえないのに」

「それは大家さんが言ってたでしょ。ご遺族の方以外は入れられないって。遺品とか盗まれたら大変だから」

「私はそんなことしないっ。私と銀次は喧嘩だって一度もしたことがないくらい愛し合っていたのにっ」

「そういう事じゃなくて――」


 袋小路を放置して喧嘩を始める鴻巣たち。ヒステリックに騒ぐ鴻巣を必死に宥める秦野だったが、それを見ている袋小路は頭を書きながら呆れていた。

 その様子を見ていた結果は、瑪瑙の部屋へと繋がる扉を閉め、元々あったところに植木鉢を戻す。

 彼らの言い争いは止まらず、最終的に袋小路が仲裁に入ったことで両者とも落ち着きを取り戻した。 


「そう言えば警察が何でいるのよ。銀次は自殺しちゃったの。まだ何か用?」

「琥珀、そういう言い方は――」

「それに彼処に居る小学生は何? 部外者でしょ」


 鴻巣は長く伸びたネイルで結果を指す。急に話題が自分に飛んできた結果は狼狽えながらも三人の元へと駆け寄った。


「私、ですよね」

「小学生が何してんのよ、こんな時間に。学校ちゃんと行って先生の言うことを聞いて遊んでなさいよ」

「私迷子になってて、刑事さんがこのお家に用があるから少し待っててるように言われたんです。外に一人で居たら危ないから玄関の所で待つようにって。これから送り届けてもらうところなんです」


 自らのことを超常現象研究家とは称さなかった。

 自身の体躯が大人とは言えないことを分かっており、超常現象研究家と名乗った所で良くて子供のお遊び、悪い場合は信じてもらえない。袋小路と無関係な子供を装うことで話を上手く纏めようとしていた。ヒステリーを起こしていた鴻巣も子供相手に怒鳴り散らかすことはせず「そう……」と気の抜けた声を上げる。

 全力で無害な子供の振りをする結果を見て袋小路は笑いをこらえており、結果は睨みつけることで行動を制した。


「自分はここに来た警察が忘れたものを取りに来ただけですね。回収だけして直ぐに戻ってきましたよ」

「銀次のものに触ってないでしょうね」

「すでに検視等は終わっておりますので」

「それならいいのよ。私たちの思い出に踏み込んで来ないで」

「失礼しました。ほら、行くぞお嬢ちゃん」


 亡くなった恋人の家から出てきた袋小路に対して、鴻巣の怒りは凄まじく、まともな会話をする事が難しい程。定期的に秦野が宥めているため何とかなっているが、何が琴線に触れるか分からない状況で質問などできなかった。

 袋小路は結果に向かって普段は出さない優しい声で呼びかけると、階段を降りていこうとする。


「鴻巣さん」

「なに? 警察の人行っちゃうわよ」


 袋小路が通るために避けていた鴻巣に結果が話しかける。意外にも優しく対応をしていた。


「そのネイル目茶苦茶可愛いですね」

「急に何よ」


 結果は鴻巣の整えられた爪に興味津々となり、質問をしていた。赤や青に彩られた爪には小さな宝石等の小物が貼り付けられており、可愛らしい見た目をしている。女性として流行りに疎い結果も、鴻巣の爪には興味を持った。


「私もそういうのやってみたいんですけど」

「子供が何言ってんのよ。私だって1ヶ月待ちで先々週やってもらったの。ネイルって予約とか待ち時間とか大変なんだからね」

「そうなんですか? でもそのネイルやってるお店知りたいです。今は行けなくても将来行きたい」


 無邪気な目を向ける結果を邪険にできなくなったのか、鴻巣は指を上手く使い、スマホでネイルをして貰った店を検索して結果に見せつける。店名は『ランドオブシュエル』、直訳すると宝石の国。表示されている画像では女性の店員が、区切られた個室で客の爪を装飾していた。口コミ評価も星が四つ以上並んでおり、利用者は満足しているようだった。


「そこのお店なんですね。今度前を通ってみようかなあ」

「結構掛かるから大人になってからバイトでも何でもして行きなさいよ」

「はい。ありがとう鴻巣さん」

「警察の人に伝えておきなさい。私は傷心中なの。二度とこの場所に近寄らないでって」


 一言伝えると、すでに階段を降りて行った袋小路を追う結果。その姿を呆然と見つめていた鴻巣の視線を感じていたが一切振り返らずに階段を降りて行く。高い段差の階段は踏み外してしまえば落ちてしまうため、慎重に足を下ろした。

 一番下まで降りると、袋小路が大家さんにお礼を言っている。始めと同じように一言だけ告げると直ぐに扉を閉められていた。


「何話してたんだよ」


 大家の態度に驚かなくなった袋小路は降りてきた結果を見つけて話しかける。


「ネイルの話。綺麗だったでしょ?」

「お前、そういうの興味ないだろ? ゲームの邪魔とか言ってさ」


 結果の趣味はオンラインゲームであり、ネイルをしていてはコントローラーが操作できない。袋小路は普段の怠けている結果のことも知っているため、ネイルに興味を持ったことを訝しんでいた。


「どうだろうね」


 疑惑を払拭することなく結果はアパートから遠ざかるように足を進めて行く。袋小路が耳を澄ませば、階段の上で鴻巣と秦野が言い争う声も聞こえていた。その場に他人が居なくとも喧嘩をする二人に呆れながら、二〇三号室の鍵を大家のポストへ入れてから先を進む結果の元へ歩いて行った。



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