残悔(1)
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錆鉄から聞かされた住所の元に向かうのは結果ともう一人、長身の男。二人が並ぶと結果よりも頭ひとつ分以上は大きい。草臥れたジャケットとチノパンという私服で行動しているが、普段は警察で働いている袋小路純也という男だった。
「朝イチで連絡が来たと思ったら探偵殺人のお守りかよ」
「文句言わないで。私が外に出るときに袋小路さんがいないと四季が怒るんだよ。袋小路さんも四季に怒られたくはないでしょ?」
早朝、袋小路が起床すると仕事用のスマートフォンに上司からメッセージが入っていた。『本日は出勤扱いとなります。殺人結果の元へ向かうように』。メッセージを見た瞬間、袋小路は頭を抱えてしまった。
結果の元へ向かうように指示される時は大抵面倒事に巻き込まれる時なのだ。袋小路の上司と四季が繋がっており、袋小路の手が必要になると直接連絡をするか、上司伝いに連絡してもらうかの二択を取るようになっている。袋小路への連絡の場合、仕事の都合などで断られてしまう可能性があるため、仕事そのものを休みにさせてしまえば問題はなかった。
以前結果が解決した呪いの中に警察上層部のものがあった。上に立つものというのは往々にして誰かからの恨みを受けやすい。体調不良を訴えた上司の依頼を受け、呪いを掛けていた対象を裁いたことで結果は謎の信用を得ていたのだ。四季が上司へと頼み込めば、すぐに袋小路が派遣される。
「あいつは怖いからな」
「袋小路さんも私のところに来たらボーナス出るんでしょ? 手柄も取れるし一石二鳥じゃん」
結果は警察関係者でもなければ成人もしていない。本来であれば事件現場に関わることはできないが、袋小路の協力者として事件に関わっている。その際に起こった事件の手柄は全てが袋小路のものとなっており、結果に関わることでボーナスも出ていた。
超常現象研究家が解決する事件は呪殺に関するものが多く、加害者は呪い返しによって死んでしまう。始めは袋小路も結果の力に懐疑的だったが、何度も目の当たりする事で、この世には理解できない存在もあるということを知ったのだ。未だに呪いというものを信じてはいないが殺人結果を信じることで自分を納得させていた。
「今回の依頼に関して俺は話聞いてないんだが」
「四季から聞いてないの? 詳細は送るって言ってたけど」
「マジかよ。ちょっと待ってろ」
後ろポケットから仕事用スマホを取り出して素早く操作をする。
「マジで来てんじゃねえか」
「確認しないの?」
「お前らのところに行く時は仕事用のスマホに連絡がないんだよ。上司からも一切連絡がない。探偵殺人に集中しろってことだろ」
「ふーん」
警察官として歩きスマホをすることはなく、路地の横へと移動して確認をしていた。面倒くさそうな表情を浮かべながら文字を追い、全てを読み終えると天を仰ぎながらスマホをしまった。
「面倒くせえ」
「警察がそれを言っていいの?」
「言うだけならいいんだよ。それを行動に移さなければいいんだ」
「自殺した人が呪いをかけてるって変だと思わないの?」
「思うが面倒なことは事実だ。警察が自殺と判断した事件をもう一度調査するんだよな」
「そうなるね」
「あー。だから俺が一人だけ向かわされてんのか。あくまで自殺の調査じゃなくて呪いの調査ってことか。尚更面倒になってきた」
面倒と口で言いながらも、帰ろうとする素振りは見せない。普段の仕事とは違っても被害者が存在している以上、蔑ろにすることはなかった。大雑把に見える袋小路だったが、警察内での評判は良く仕事も真面目にこなしている。結果がフランクに接するため、変に気を遣わせないように袋小路もフランクな態度を取るという気遣いも見せていた。
「場所はどこだよ」
「淀泉一丁目にハイツシクラメンって名前の建物。そこの二〇三号室みたい」
「淀泉か。一応徒歩圏内だが……」
淀泉町は隣町にある。隣町と言っても結果の家からは徒歩数分でたどり着ける場所であり、一丁目ともなれば体力のない結果でも容易な距離だった。
現場が遠い場合は袋小路が車を出すことも多いが、今回は徒歩移動ということになった。
「車で来たの?」
「最近運動不足でな。ここまで歩いてきた」
「車が必要な場所に行くってなったらどうするつもりだったの……」
「それこそ白沢が何とかするだろ。お前に不都合があるなら電話か何かで予め伝えてくるだろうさ」
壁から背を離し、移動を始める袋小路。先に進む方角は淀泉町の方向。遠くなる背中に置いて行かれないように結果も後ろをついていく。
現在時刻は平日の午前十一時。
学生たちは勉学に励み、社会人は働いている時間。結果は高校に通っておらず、通信教育によって卒業資格を取得中のため日中に動き回ることはできる。袋小路は言わずもがな、一応仕事中である。歩く道には社会への貢献を終えた老人や、家のことを専業で行っている大人などが数えるほどしかいない。
各々が自分の目的のために外を歩いており、結果と袋小路に目を止める人は誰もいなかった。
「袋小路さんはハイツシクラメンの場所知ってるの?」
「残念ながら知ってるんだよ、これが」
「なんで?」
「被害者の瑪瑙銀次を担当したのが俺の後輩でな。上に出す報告書のチェックをしたのが俺だったんだ。不備がないように住所も調べたから場所は頭に入ってる」
「だから知ってるような顔をしてたんだね」
「一度は自殺で片付いた事故だ。遺書もあった。報告書にも自殺って書かれてたし被害者の状況も首を吊っていたからな」
袋小路の口から結果の知らない情報が齎された。
「首吊りの現場って見たの?」
「あ? どういう事だよ」
「私のところに来た依頼者が言うには首吊りには不自然だと思ったんだって。普段見ている首吊りの死体とは索条痕の付き方が違うって」
「なに?」
「首を一周するように縄の跡が付いていたみたい。普通の場合は――」
「頸部圧迫による呼吸困難で死ぬから、頸部に跡が付きやすいってことか。確かにきな臭いな」
袋小路は後輩の報告書を見ただけであり、事件現場も遺体も確認してはいなかった。報告書では自殺していると警察に通報があり、後輩が向かったところ、床に下ろされた死体があった。第一発見者からの話では、家に着いた時には首を吊っており、必死になって下ろしたがその時には既に絶命していたとのこと。
首には索条痕が見え、うっ血や掻傷等の抵抗跡が見られないことから自殺と断定した。その報告書を受けた袋小路は状況と照らし合わせて間違いが無いことを確認し、提出をしたのだ。
「索条痕のことは書いてあったはずだけど」
自殺に関しての判断は首を吊る方向や索条痕の紋様跡も含まれている。報告書に記載されていないはずがなかった。
「それは俺の落ち度かもしれない。写真も確認したが、報告書の情報を頭に入れた状態で確認してしまったことで紋様跡の違和感に気が付かなかった。記憶も曖昧だが……」
「後輩が隠している可能性は? その時に何かがあって報告書の手抜きをした。自殺と断定された死体に関しては、家族の意向もあって通常通り葬儀が行われるから再度確認することは難しいからね」
自殺した遺体の場合、警察による現場検証や検視を行い、その場で死亡確認と死因の特定をした場合には遺体検案書が作成されて遺族に遺体が引き渡される。あとは通常通りの葬儀が行われていく。
争った痕跡や抵抗した跡が無く、本人による遺書も発見されたため、すぐに自殺として判断されてしまった。
瑪瑙の自殺に対して懐疑的な目を受けたのは死体洗体業者である錆鉄のみだったのだ。
「過ぎたことは私には分からない。それは内々にやってね。一応、その後輩が怪しいことだけは念頭に入れておいて」
「分かった」
自らの不備を指摘された袋小路は素直に頷いた。
袋小路は話を聞きながら後輩の顔を思い浮かべる。辛い仕事があっても袋小路の助けを求め、可愛がっていた後輩。殺人結果という探偵が、後輩のことを怪しいと判断した事で、これまでの思い出が疑惑に変わる。呪殺を専門にしている結果だが、加害者を追い詰めるのはいつも状況証拠からの推理だった。普段の頼りない姿からは想像できないほど、些細な証拠から事件の真実へと辿り着く道筋を立てることが上手かった。
袋小路は結果のことを信用しているが信頼を寄せているわけではない。結果の言葉をひとつの可能性として頭に置き、後日後輩から話を聞き出そうと決意するのであった。
2
会話も特になくハイツシクラメンへの道を歩く。結果にとっては会話がないまま歩いているのは気まずく苦痛であったが、袋小路は自らが起こしたミスの可能性に頭が一杯であった。仮に事故ではなく事件であった場合、後輩や検視を行った人達の責任となり袋小路は直接の責任を取ることはない。あくまで先輩として報告書の書き方を指導しただけなのだ。
袋小路という人間は面倒見がよく、可愛がっている後輩のことを心配している。この事が原因となり失職してしまったり、精神的にやつれてしまったりする可能性を考えていたのだ。他人からすれば考えすぎと一蹴できる内容でも本人にとっては切実な問題であった。袋小路は背負う必要のない責任感まで背負うお人好しだった。
悩みながら足を進めていればハイツシクラメンの目の前に着いていた。
「随分とボロい建物だね」
「築年数は50年を超えているらしいぞ。中はリノベーションしているから不都合はないようだが外観だけで言ったら取り壊しになりそうだな」
ハイツシクラメンは二階建てのアパートだった。二階へ上がる階段の手摺は錆び付いており、雨風に晒されていたことが分かる。一階と二階は扉が三つずつあり、合計で六部屋の小さなアパート。二階に目を向けると階段を登って一番奥の部屋には黄色いテープが貼られており、異質な状況を作り出していた。
「二階の一番奥の部屋。あれが多分瑪瑙さんが亡くなっていた部屋かも」
「二○三号室だったか。まあ態々調べなくてもあそこだろうな。大家に連絡は?」
「四季が取ってる。一○一号室が大家さんの部屋だから来たら教えてほしいって」
「了解。それじゃ俺は大家のところに行ってくるわ。ちょっと待ってな」
袋小路は結果をその場に残し、大家の元へと向かっていく。部屋のインターホンを押し、暫しの間待つと中から中年の女性が顔を出した。疲れているのか、顔の皺は濃く顔色が悪かった。
「すみません。連絡をしていた、瑪瑙銀次さんの部屋を調べに来たものですが」
「ああ、警察の方ですね。鍵はこれですのでどうぞ。出るときは必ず閉めてください。終わったらポストに入れて置いてくれればそれでいいです。あの部屋に行きたくないので」
大家は矢継ぎ早に伝えるとすぐに勢いよく扉を閉めて部屋の奥へと引っ込んでしまった。その姿を見ていた袋小路は唖然としたまま一○一号室の扉を見続けていたが、すぐに意識を取り戻して結果のもとへと戻ってきた。
苦笑いを浮かべながら戻ってくる姿も、大家に邪険に扱われる姿も見ていた結果は袋小路を労うように近寄っていく。
「お疲れ様。全部見てたよ」
「警察に対する態度には思えないよな」
「上の階で自殺が起きたってことで次の居住者が決まらないんだろうね。大家さんの顔つきも疲れてたし、色々な処理で辟易してるんじゃないかな」
「まあ、許可は取れたわけだし瑪瑙の部屋行くか」
「ちょっと待ってね」
結果は自分のスマホを取り出してハイツシクラメンの外観を撮影し始めた。
「何してんだ?」
「外観を撮ってるの。何が起こるか分からないからね」
今日一日で全てが解決すると結果は思っていなかった。数日間に渡って調査する場合、外観の変化が解決につながることもあるのだ。瑪瑙が誰かに殺されていた場合、結果たちが調査を始めたことに焦って証拠を残すかもしれない。それを見逃さないために結果は今の外観を撮影していた。
「ん?」
「どうした?」
スマホで撮影していた結果は小さく声を上げる。
写真を撮るために画面のズームを繰り返していたところ二階の部屋、二〇一号室と二〇二号室にあるはずのものがなかった。
「二〇三号室にはまだ瑪瑙っていう表札があるんだけど、二〇一号室と二〇二号室には表札がない。隠しているのか、もしかしたらもう住んでいないのか」
「瑪瑙が自殺したことで引っ越したってことか?」
「それは分からない。そこのところも調べる必要があるかも」
瑪瑙の死がきっかけとなり、二階の住人が全て居なくなったとしたら大家の心労は測り知れない。一階を確認すると表札に名前が掲げられていたため、全員が居なくなったわけではないが、空き部屋がある時点で管理費用だけが掛かってしまう。自殺者が一人出ただけでもアパートの経営は難しくなってしまうのだ。




