嘲りの夢(3)
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頭を抱えて錯乱する錆鉄に声をかけるも結果の声は耳に届かない。名前を呼びかけても、自分の世界に入り込んでいる錆鉄は反応を示さず、譫言のように言葉を吐き捨てるだけであった。夢の内容を断片的に呟く姿は正常には思えず、近づけば振り回している手にあたりかねないため、遠くから声をかけるしかない。
「おーい、錆鉄さーん」
体は現実を向いているのに、意識だけが妄想に取りつかれた錆鉄は答えない。
結果に状況を話したことで、夢で見た内容がフラッシュバックしていた。付近のものに当たり散らかすことは無かったが、何かに取り憑かれてしまったようにうめき声を上げている。
超常現象研究家である結果は、人の手を介さない現象は専門外であり、目に見えない幽霊に取り憑かれている場合は門外漢なのだ。
「おかしい、おかしい。俺を見るんじゃねえ。お前のことを洗っただけだろう」
「だめだこりゃ。四季、お水ぶっかけて」
「分かりました」
いくら声をかけても夢の中の自分の世界から出てくることのない錆鉄。埒が明かないと判断し、無理やり現実へと連れ戻すことにした。結果の指示を受け、ピッチャーに入った水をちゃぷちゃぷと鳴らしながら四季は錆鉄の元へと向かう。氷が入れられ、キンキンに冷やされた水は結露が浮かんでいた。
頭を抱えながら首を振る錆鉄に向かい、頭部へと水を注いだ。当然髪から流れ落ちる水は床に敷かれたカーペットへと染み込んでいくが、冷やされた水は錆鉄の意識を取り戻すきっかけとなった。
「冷てぇ。なんだ……何が起こって」
「正気に戻った?」
唖然とした表情を浮かべた錆鉄だったが、目の前にいる結果を認識すると状況を思い出す。
「水? お前、依頼者に水掛けたのかよ」
「様子がおかしかったからね。水を掛けるくらいさせてもらわなきゃ話も聞けないそっちにも問題があるよ」
前髪から締まりきっていない蛇口のようにぽたぽたと水滴を垂らしながら錆鉄は結果を睨みつけた。ボサボサの髪は浴びせられた水により、頭部を流れ落ちていた。
直ぐ様四季はタオルを錆鉄に手渡した。フローラルな香りのする柔軟剤を使い、ふわふわに整えられたタオル。手渡された錆鉄はタオルを奪い取ると、頭と顔を大胆に拭き始めた。ある程度の水分が取れたことで四季にタオルを返そうとしたが、「そちらは差し上げます。こちらの落ち度ですので」と返却を拒んだ。結果も内心では錆鉄の使ったタオルは洗っても使いたくないと思っており、四季も同じ気持ちだったことに安堵した。
「さっきみたいな状況になったら埒が明かないから、質問に答えてよ」
「水を掛けておいて偉そうにすんなよ。普通に考えて……あれだ、犯罪だろこんなの」
「錯乱したらまた水をかけるからね。そのタオルが水浸しにならない様に気を付けてほしいな」
錯乱しないように釘を差して質問をする。
錆鉄の言葉にいちいち反応をしていては話が進まないと判断してのことだった。何を言っても、どの行動をしても悪態をつく相手は反応しないに限る。
「まず初めに錆鉄さんが洗った死体は男性ってことでいいのかな?」
「ああ。名前は瑪瑙銀次って言ったかな。特徴的な名前だから覚えてたわ」
「名前とかって知らされるの?」
「瑪瑙の死体が俺を見た時、怖くなって管理室で情報を調べたんだよ。未知の恐怖は、正体を認識しなければ抗いようがないって頭に思い浮かんでな。思えばその時から呪われてたかもしれねえ」
個人情報の観点から死体洗体を行う亡骸の情報は伝えられることはない。しかし、届けられた時点で生前の住所や名前などの情報は管理室へと届いている。錆鉄は底しれない恐怖を瑪瑙から感じ取り、何かの許しを乞うために瑪瑙の情報を探りに行ったのだ。
恐怖とは未知により発生する。正体が不明だからこそ、その真相を知りたがるのが人間なのだ。何故真相を追い求めるのか、興味という側面と恐怖という側面があり、人々が科学を用いて理論付けることで不思議な現象を解明するのは恐怖が根幹に存在している。
未知を正しくない理解で埋めることでも恐怖は薄れるため、錆鉄は無意識の行動をとっていた。
「その事がバレてアルバイトはクビになったんだけどな。管理室に忍び込むような奴を雇ってはおけないって。散々バイトでこき使ってた癖に薄情な奴だよ」
「どう考えても個人への配慮を欠いた錆鉄さんが悪いよ。どんなことにもルールって言うものがあって、それを破った者には相応の罰を与えなければ統治ができない。訴えられたりせず、バイトをクビになるだけで許して貰ったことは扱き使った事で生まれた温情だったと思う」
「ガキが一丁前に語るなよ」
寝不足での情緒不安定がなくとも、錆鉄は自分に都合が悪くなると対話をやめて威圧する人間であった。暴力に出ないだけで、年齢や容姿を笠に相手の発言を止める様は、より一層の不快感を募らせる。
人間同士の会話は知能指数に差があればあるほど成立しないと言われている。目の前に座る錆鉄は人間の言葉を喋る猿程度の知識しかなく、相手の話を聞こうとする結果とコミュニケーションが取れていない。自分の要件だけを相手に伝え、相手からの言葉は聞く耳を持たない。
「……。ほかに瑪瑙さんについて持っている情報はないの?今は名前と性別だけ分かってる」
「あとは住所だな。淀泉一丁目にある古びたアパートの一室。確か『ハイツシクラメン』って名前の建物だ。そこの二〇三号室。俺が分かってんのはそのくらいだ」
与えられていた情報を諳んじるように錆鉄はスラスラと語り出した。
「住所まで知ってるんだ。それにアパートの外観まで」
「呪われてから何度もその部屋に行ってんだよ。俺は悪くねえけど、謝れば呪いが解けると思ってな」
「根本的解決にならなきゃ呪いは解けないよ」
呪いは掛けられるに当たった根本的な問題を解決しなければ解くことはできない。神社などで行うお祓いのように悪い物が憑いている状況とは違うのだ。
掛けている人が分かっても、謝れば落ち着くものではなく、走り出した呪いは完遂するまでは終わらない。掛けられたものに被害が出るか、掛けたものに呪いが返されるか。何方かに被害が出るまで進行し続けるのが呪いの特徴だった。
結果が仕事柄救うのは掛けられているほうである。呪いを掛けられた被害者の話を聞き、呪いの内容を推理する。暴くことによって掛けていた呪いは加害者の元へ返り、依頼を達成とする。
「聞きたい事は以上かな」
「あ? こんなもんで何が分かんだよ」
「何も分からないから調査するの。今分かっていることは錆鉄さんが瑪瑙さんに呪われている可能性があるということ。瑪瑙さんについて調べてどのような呪いがあるのかを考えなきゃ」
「チッ。解けなかったらタダじゃ置かねえからな。詐欺師だって流布してやる」
依頼者として謙抑な態度をとることはしない。歴代の依頼者のなかでも錆鉄の態度は群を抜いて悪く、人を助けるために超常現象研究家となっている結果に、依頼を受けたくないと思わせるほどだった。すぐに話を終わらせて家から出ていって欲しいとすら思っているのだ。
依頼の内容は興味深いものであったが、あくまで夢の中の話。黒い靄は錆鉄に纏わりついておらず、話を聞いても呪いの雰囲気を結果は感じられなかった。四季が興味を持ったから依頼を受けたに過ぎない。
悪態をつく錆鉄は、会話の時間によって冷めきったお茶を一気に飲み干すと、湯呑が割れんばかりの力でテーブルに叩き付ける。態度の悪さに結果は溜息を吐くばかりだった。
「ほら、もう話しは終わったから帰って。進展があったら連絡するから」
「夢の内容は良いのかよ」
「あんな状態になるなら語られないほうがいい。瑪瑙さんが殺しに来る夢を見ているんでしょ?」
「その通りだ。それじゃよろしく頼むぜ、探偵殺人さんよお」
呪い返しによる加害者への被害は種類によって変わる。
人の不幸を願う呪いが返れば加害者には不幸が訪れる。
怪我を呪いに願えば、加害者は同じような怪我が訪れる。
そして、人の死を願った呪いが返れば――加害者には死が訪れる。
殺人結果は探偵殺人と呼ばれていた。命名したのは依頼を共に遂行する刑事だが、四季と刑事が名前を気に入っていることでホームページにも掲載されている。血のように赤いレイアウトで堂々と記載された文字は人を助けようとする職業には思われない怪しさを醸し出していた。
探偵殺人という名前は結果が呪殺を解き明かした時、その呪いが加害者に返り、加害者が不審な死を遂げてしまうことから来ている。探偵をすることで加害者を死へと導くことから探偵殺人と名付けられていた。
結果自身は探偵殺人の名を気に入ってはいない。人を助けるために行っている探偵による殺人は、罪に問われることがない。しかし、加害者を前にして呪いを解き明かす結果は加害者の死を間近で見ることになるのだ。自分が解き明かしたことによる死は、結果に罪の意識を芽生えさせている。結果が間にはいらなければ被害者が死に、解き明かせば加害者が死ぬ。関わった時点で誰かが不幸に見舞われることは確定してしまう、それが探偵殺人なのだ。
「その名前では呼ばないで。私は嫌いなの」
「あんだけデカデカとホームページに書かれていたのにか?」
四季の方を睨むように振り向いた結果だったが、四季は微笑みを崩さない。ホームページを作っているのは四季であり、結果は確認程度でしか閲覧をしない。レイアウトに関して苦言を呈したことはあったが、四季は聞き入れず、独自の路線でホームページを構築していた。怪しさと胡散臭さが結果のもとへ来る依頼に繋がっていることを本人だけが知らなかった。
「とにかくその名前は嫌。それ以上言うと依頼を受けてあげないよ」
「そう怒んなよ、お嬢ちゃん」
せせら笑いを浮かべながら錆鉄は応接間から出て行く。後ろ向きに手をひらひらと振りながら去っていく様子は依頼者として結果のことを馬鹿にしていた。
自らの悩みを解決してくれる相手に対しての態度ではなく、瑪瑙の件がなくとも誰かから恨みを買っていただろうと思う結果だった。
*
錆鉄は結果の家を去る最後まで「ボロくせえ家だな」と悪口を言っていたが、見送りに行った四季は気にしていなかった。四百年も生きている妖怪にとっては人間の悪感情など可愛いもの。小兎が視界に映らない大型動物に吠えて威嚇をするようなものであり、何が起こっても鎧袖一触で処理をできる。
意に介さず、優しい対応をされた錆鉄は肩透かしを食らったのか、逃げるように去っていった。
「なんで依頼を受けることにしたのさ」
応接間のソファで横になりながら依頼を受ける判断を下した理由を問う。四季は客人が去ると真っ先に消臭除菌剤をソファに振り掛けていた。ネットの記事で幽霊は消臭除菌剤を振り掛けると居なくなるというものがあったが、妖怪には効果が無かった。
掃除をしながらソファでくつろぐ結果の質問に答えた。
「話を聞いたら面白そうだったでしょう?」
「内容はね。確かに呪いって言われれば呪いな気もするけど、やっぱり私の目に黒い靄が見えなかった。死を迎えても尚、呪いが残るっていうのはよっぽど強いもののはずだし、ただの死体洗体業者が掛けられるとは思えないよ」
「死んだ者がかける呪いは結果ちゃんに見えない、なんてこともあるかも知れません」
今まで熟してきた依頼は、生きている者が生きている者へ掛ける呪いだけだった。死者に呪われた依頼など初めてであり、今まで培ってきた経験が意味を成さない可能性があった。
「言われて見れば確かに。私は呪いで被害を受ける人を助けて未然に防ぐ事をしていたから」
「私がそういう依頼を選んでいましたし」
「亡くなった人からの呪いは見えないのかあ」
「どうでしょうね」
一通りソファの掃除を終えた四季は、結果の座っているソファへと腰掛ける。足を伸ばして寝ていた結果は、足を折り曲げ、四季の座るスペースを確保した。
「今回は変に含み笑いをするじゃん。何か言ってないことあるんじゃない?」
「私が気になっているのは錆鉄様の夢の内容ではありません」
「どゆこと?」
にっこりと微笑みを浮かべる。
「瑪瑙さんの首に着けられた索条痕についてです。首の前面に強くついていたわけではなく、一周回るように着けられていた。そのような自殺もあると思いますが何故錆鉄様は気になったのでしょう」
「言われてみれば確かに」
「首吊りとして連れられてきた死体が、首吊りの例に漏れていたから。これが答えでしょう」
縊死の方法は多岐にわたり、ネットで検索をすれば相談室の電話番号が出てくる。少なくとも縄を輪にして首を入れ、体重をかけるだけが縊死の方法では無かった。
錆鉄は死体に着けられていた索条痕に違和感を覚えながら洗っていた所、瑪瑙と目が合ったと言っていた。既に死んでいる人間が目を覚ますわけがない。仮に事実だとしたら結果にはお手上げであり、別の専門家へ回したい問題である。
「首吊りとして運ばれてきた死体が、それまで見た首吊りと違ったから怖くなったってこと」
「ええ。ただでさえ人間の死と触れ合う仕事なのです。いつもと違う現象が起これば、そこに恐怖を感じても仕方がないでしょう」
死に関しての話をしているにも関わらず、四季は笑顔を崩さない。妖怪として長く生きていればいくつもの死を経験している。そもそも妖怪にとっては人の死など些細なことであり、悩むことではない。
結果も探偵殺人を行うことで何度も人の死を見てきたが、四季のように笑うことはできなかった。加害者の自業自得とはいえ、自分の手で殺してしまった人のことを思い出すと、自分が招いた死の責任を結果は感じてしまうのだ。
一つの生命が終わる時は、何物にも言え難い感情が浮かんでしまう。
「どうして死体洗いのアルバイトなんてしていたんだろう。夢に出てきた内容に怖がるような人は曰くが付きそうなところじゃ働かなさそうなのに」
「お金欲しさと言っていましたが?」
「お金なら別のアルバイトでも得られるはずだよ。呪い、なんてものを信じる人がするアルバイトには思えない」
「ふむ。そちらも調査する必要がありそうですね」
調査をする内容を二人で精査していく。一見無駄に見える内容も、遠回りで目的地に着くための要素となる。
結果達は錆鉄のアルバイトと、ハイツシクラメン、そして瑪瑙の自殺に焦点を当て調べ始めることに決めた。




