嘲りの夢(2)
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「呪い? 錆鉄さんは誰かに呪いをかけられているの?」
「そうだって言ってんだろ。見えないと思うが確かに呪われてんだよ。夢に出てくるんだ、あいつが」
「あいつって誰?」
「あいつだよ……。あいつがいつも俺の夢に出てくるんだ」
結果は錆鉄の話を聞いた上で、偽りがないかを確認した。
呪いとは人間が他者を不幸に陥れるために願うこと。呪いの種類によって力は大きくなるが、往々にして被害者には不幸が訪れる。呪いによる殺人である呪殺は、現実的な証拠が残らず、事故として処理されることが多い。加害者が直接手を下すことはなく、被害者が勝手に死んでいくのが呪いだ。
錆鉄は毎日誰かに呪われる夢を見ていた。それによる寝不足で目の隈が浮かび、情緒不安定になっている。本人が呪われている認識がある以上、超常現象研究家として放っては置けないのだが――。
「錆鉄さん、ちょっとごめんね。席を外すよ」
「依頼者を放置するのかよ。随分と偉いんだな、超常現象研究家って奴は」
「違う。四季と少し相談があってね。すぐに終わるから。後で夢について聞くから纏めておいて」
結果は四季に目配せをし、ソファから立ち上がる。溶けていくような感触のソファからは体重の軽い結果でも立ち上がるのは一苦労だ。ひじ掛けに力を込めると、老婆のように蹌踉めきながら立ち上がる。
四季の方へと向かう最中、錆鉄の方へと目を向けると「俺は殺してない」としきりに呟いていた。纏めておくように伝えた事で、夢の内容を思い出しているのだ。
夢は見ているときは鮮明で、起きてから暫くすれば内容を忘れてしまうもの。何日も同じ夢を見続けた錆鉄の夢は現実に侵食し、忘れさせないことで精神を蝕んでいた。俯きながら「殺してない」と呟く姿は、結果の元へ来るよりも先に病院へ行くべきだと二人に思わせていた。
「結果ちゃん、どうしました?」
「あの人態度悪い。なんか嫌な人かも」
「それを私に言いに来た訳ではないでしょう。愚痴ならあとで聞きますから今は依頼に集中してくださいね」
愛想良く微笑を浮かべながら、錆鉄に聞こえない声量で四季は語りかける。結果よりも頭ひとつ分身長が高い四季に見下されるが、背の高さは変えようが無いもので既に慣れてしまっている。
「四季には分かってるでしょ。私が何を言いに来たのか」
不満げに頬を膨らませながら結果は答えた。
「錆鉄さんの呪いの件、ですよね」
「そうだよ。四季がこの家に入れた時点で錆鉄さんが悪いものじゃないってことは分かってる。さっきまでの態度は――まあ寝不足だからで片付けることにするけど」
座敷童子の住んでいる家は幸福が訪れ、家人を守る力があるとされている。四季も例に漏れず、家と結果を妖怪の力を使って守っていた。結果が敷地から出てしまえば四季の力も効果はないが、四百年以上生きている力の残滓によって、低級の怪異は近寄ってこない。
錆鉄を家に迎え入れたのは四季であり、家に対して害がないと判断していた。四季の言う害、というのは家屋を破壊することではなく悪い気が持ち込まれること。誰かに対して悪意を振りまいている者や、人を陥れる狡猾な考えを持つもの等はこの家に入ることが出来ない。宗教勧誘やセールス等は家自体が見えていても無意識に避けてしまうのだ。
妖怪という超常現象の力は人知の及ばない所で発揮されており、語ることすら野暮なのだ。
「結果ちゃんへの態度だけは頂けませんでしたけどね。流石に言わせて頂きました」
「怒ってくれてありがと。私はああいう時は怖くなって何もできないからさ」
「結果ちゃんは怯えて震えて居ましたもの。最近動画で見ましたよ。檻の前に別のペットを置かれたハムスター。先ほどはハムスターのように震えていて可愛らしかったですよ」
「私は小動物じゃないしハムスターでもないよ。そんなことはどうでもよくて」
依頼者の手前、世間話を繰り広げている暇はない。呪いとは遅効性の毒であり、長引かせれば命の危険すらもあり得るのだ。
「錆鉄さんは誰かに殺される夢を見て呪われているって思っているんだよね」
「確かにそう言っておりました」
「つまり、誰かが錆鉄さんを殺そうと呪いをかけているってことだよね? 仕切りにあいつって言っているから不特定多数じゃなくて一人だと思うんだけど」
「そうなりますね」
「錆鉄さんからは呪いの雰囲気。私だけが見える筈の黒い靄が見えないんだ……」
殺人結果は超常現象研究家だが、専門としているのは呪いであった。呪いに関する知識が豊富と言うわけではなく、結果の持つ目が特殊だったから超常現象研究家になっているのだ。
呪いとは人同士を繋げる負の繋がり。結果にはその繋がりが黒い靄として見えている。運命の人を繋ぐ赤い糸のように、両者の間を繋ぐ橋渡しが見えているわけではないが、加害者と被害者には同じような靄が体に纏わりついているのだ。
初めの頃は呪いをかける加害者にだけ靄が掛かっていたが、何度も依頼をこなす内に、呪いを掛けられた被害者にも靄が見えるようになっていた。加害者が纏っている黒い靄は色濃く雷雲のように薄暗いが、被害者は黒い糸のようなものが纏わりついて見えている。
あくまで呪いに関わっていると分かるだけの目。結局は本人達から話を聞き、推理をして呪いの正体を暴かなければならない。
錆鉄からは黒い靄は一切見えなかった。
「本人は呪われているって言っていますし、睡眠障害も患っていそうです」
「実際寝不足になるくらいだから深刻だと思う。普通に心療内科とかに行ったほうがいいんだけど」
悪夢に悩まされて眠れないのなら病院を紹介したほうがいい。肩が異様に重いという依頼者が来た時も整体や整骨院に行ったことで症状が軽くなった事例もある。人間とは思い込みで体調不良を引き起こす生き物であり、根本的な原因を解決しなければ日常に戻ることはできない。
錆鉄に関しても、呪いを解いたと言った所で、その夢を見るに至った根本的な原因が解決できなければ再び悪夢を見ることになるだろう。結果は医者ではなく呪いを暴く超常現象研究家。人の精神に作用する治療は持ち合わせていない。
「四季ならどうするかな。私はどうしたらいい?」
「私の考えを言ってもいいのですか?」
「錆鉄さんの態度が怖くてまともな判断ができないかも知れないから。本人が呪いって言ってるけど私には見えない。その場合は私の案件じゃないって判断しちゃいそうになるの。だから四季に決めてほしい。私の相棒でしょ」
判断に困った結果は四百年生きる妖怪の知恵を借りる事にした。
妖怪と人間であっても、ひとつ屋根の下で生活をしながら依頼を共にこなしていた。それぞれが同じ種族の仲間よりも強い信頼を抱いており、相棒と言っても差し支えない関係を築いている。
「それなら話を聞くだけ聞いたらいいと思いますよ。結果ちゃんが見ることのできない呪いの可能性も無くはないですし。全ての物事を理解できると思ったら足を掬われてしまいますよ」
「夢の内容を聞き出せってことだよね?」
「錆鉄様からは黒い靄が見られない。しかし、あの方の話は聞く価値があると私は思いますよ。妖怪としての勘ですが」
「そっか。四季がそう言うならやるしかないね」
結果が主だって依頼を受けているが、知識に関しては四季のほうが豊富であり、助言を受けることも多い。錆鉄が家に来る要因となったホームページも四季が作ったものであり、結果はネットには関与していない。
あくまで助手という立場だが、二人は共同で仕事をやっている相棒のようなもの。引きこもりである結果が足を動かして調査をし、妖怪である四季が情報をまとめ、二人で推理をする。証拠の残らない呪いには人間が引き起こしている事象であるが故に証拠が残るのだ。
二人で意見を擦り合わせてから、再び錆鉄の対面に座りなおす結果。
「お待たせ錆鉄さん。相談した結果、錆鉄さんの依頼を受けることにしたよ」
「本当か? 俺をこの苦しみから解放してくれるのか?」
立ち上がり、期待の篭った眼差しで前のめりに詰め寄る錆鉄に対し、距離を取るように背をそらしながら首肯する結果。引きこもりである彼女は他人とコミュニケーションをとることが苦手であり不測の事態に対応することが出来ない。淡々と続く会話ならば問題がないが、今のようにいきなり動きを見せる相手は驚きから声が出なくなることもある。その姿を見ている四季はいつまでたっても成長しない結果に助け舟も出さず、ため息をつくだけだった。
「お、落ち着いて。座って、錆鉄さん」
「あぁ……悪いな」
目の前で怯えられてしまえば横柄な態度をとっていた錆鉄にも罪悪感が芽生え、すぐに座席に座りなおした。
「まず、夢について詳しく教えてほしい」
「夢の内容ってことか?」
「どうして夢を見るようになったのか、かな。原因がわかっているならだけど」
夢の内容を語られても状況を想像することはできない。人の語る夢は支離滅裂で理解を難解にさせるのだ。前提となる条件を知ることができれば呪いの意味を知ることもできるため、結果は原因を聞くことにした。
錆鉄は視線を逸らしながら語り始める。話す時に視線を逸らすのは後ろめたい事があるからだ。依頼者のなかには自分の素性を隠している者もいる。そのような人は大抵目を逸らしたり、瞬きの回数が増えてたりと不審な動きを見せるもの。錆鉄の行動は結果に不信感を持たせていた。
「褒められたことじゃねえんだけど、俺は死体洗いのアルバイトをしてたんだよ。一件五万円の高収入なバイト。もちろん闇バイトとかじゃねえぞ」
「誰かがやらなきゃいけない仕事だから誉める褒めないじゃないと思うけど、よくその仕事を選んだね」
「……金が欲しかったんだよ」
金銭を欲しがる理由は人それぞれであるが、アルバイトとして得られる給金で一件五万円というのは破格な値段だろう。人間の死体を洗うという、人がやりたがらない仕事に対して高額な報酬を払うことで責任を感じさせているのだ。得られる金銭が多くなれば多くなるほど人間というものは緊張と責任を感じるものである。
「それで? その話をするってことはそこで何かがあったんでしょ?」
目を合わせずに語り続ける錆鉄だったが、都合が悪くなったのか口籠ってしまった。
「錆鉄さん?」
結果が呼び掛けると、歯切れの悪い言葉を喋り始めた。
「呪ってよ、人に話すと強くなるやつとかあるのか?」
「無くはないけど、基本的には無いかな。専門の人が掛けているなら話は変わるけど、一般人が触れる機会のある呪いっていうのは一般人がかけている低俗なもの。話したから強まる呪いっていうのは複雑な呪いだから気にしなくていいと思う」
世の中には呪術師と呼ばれる呪いを専門に行っている職業がある。専ら依頼を受けて他者に呪いをかけるのだが、仕事でやっている者は人を殺す呪いを書けることはない。寧ろ呪術師は掛けられた呪いを解く事を本業としている。
人に呪いをかけるのは知識を齧った一般人であり、綱渡り程度の奇跡で相手に呪いをかけられるのだ。ひとつの目的を達成するための呪いしかかけられず、複雑な工程を踏む呪いは作り上げられない。
「そうなのか?」
「何かあったらそれはそれで動くからまずは話してみてよ」
錆鉄は結果の言葉に安心したのか勢いよく顔を上げる。心なしか心労が少なくなり、隈が薄くなっていた。精神の不安定さが体調に直結するのなら、精神の安寧によって良い方向に向かうことは必然であった。
「前提として俺がやっていた死体洗いは自殺した人に限ったものだった」
「寿命で亡くなった人でも、事故で亡くなった人でもなく?」
「誰が好んで老人の死体を洗うんだよ」
「その発言で呪われても知らないよ。世の中には不謹慎を武器にすれば何をしても許されると思っている輩もいるんだから。まあ私も今の発言は訂正したほうがいいと思うけどね」
天寿を全うした人間は、相応の扱いをしなければならない。魂が抜け落ちて物言わぬ亡骸になったとしても、人だったことには変わらない。姿かたちがなくなる最後の時まで、生き続けた人への敬意を失ってはいけない。
「呪われる? そうか、それなら訂正する」
「それなら――ね」
錆鉄は自分の発言に非があると思い訂正したわけではなく、呪いという言葉に反応して訂正していた。呪いをひどく恐れるあまり、自分の意志にまで恐怖が介入している。
「とにかく、俺は自殺した死体を洗うバイトをしてたんだよ」
「それで?」
「俺が最後に担当した死体は自殺だった。大体十日ぐらい前。首吊りの死体だ」
「首吊りかあ。現場は悲惨だって聞くよね」
「俺の元に届けられるのは洗う時だけで現場を見ることはねえよ。んで、俺のところに来た死体が不自然だったんだ」
「不自然?」
「首吊り死体を何体も洗ってたから分かるんだが、首には絞められた跡が残る。自殺の場合は首の全面――喉仏のあたりに跡が色濃く残って後ろ側には残らない。でも俺が最後に見た死体は首を一周するように縄の跡がくっきりと付いていたんだよ」
首吊り自殺というものは、縄を輪っかにして天井からぶら下げ、その中に首を入れて体重をかけることで脳への血流が止まり死に至る。その時に自身の体重を頸部に巻き付けられた縄で支えることになり、皮下出血が起こるのだ。体重がかかる位置にもよるが、基本的には頸部にダメージが集中する。
「なんか特殊な締められ方をしたんじゃないの?」
「俺が知るわけねえだろ。俺のところに来るのは自殺した死体って決まってんだから。どうにもその違和感が拭えなくて死体洗いの最中もずっと気になってたんだよ。服を脱がして体を洗っていたら、急に死体の目が開いてさ」
「え、怖い話? やめてよ」
超常現象の中でも呪いを専門とする結果だが、ホラー映画などの恐怖を駆り立てる作品は好まない。推理で解決ができ、人の手がかかわっている呪いと違い、幽霊など非現実的なものが引き起こす現象はどうしようもならないため怖いのだ。
「黙って聞けよ。目が開いたのは俺の勘違いかもしれねえ。もう一度見たときには目は閉じていた」
「触っちゃったとか?」
「死体洗いのルールで顔は水に付けないっていうのがあるんだよ。支えるために後頭部へ手を添えることはあっても、顔面には触れてねえ。それでその日から悪夢を見るようになった」
一拍置いてから錆鉄は頭を抱え始めた。再び夢の内容を思い出してしまったのだろう。
「ここからは夢の内容ってことだよね」
「ああ。夢の中で俺の洗った死体が語り掛けてくるんだよ。俺に殺されたから死ぬまで苦しませ続けてやるって。俺は仕事でやっただけですでに男は死んでいたんだよ」
錆鉄の声は徐々に低く小さくなっていく。
「なんで俺が呪われるんだ……」
不安を振り払うよう、頭を抱え込んでしまう。
錆鉄が洗ったときには既に死体の命は終わっていた。遺体が生きていた頃と錆鉄に面識は一切なく、死んでからの初対面である。
死んだ後に、人を呪う死体。呪いを行うのは何時だって人間だった。人間だからこそ依頼を解決することが出来た結果は思いもよらぬ依頼に頭を悩ませることになる。
それとは対照的に面白い依頼が入ってきたと四季は口角を上げていた。
評価よろしくお願いします




