天網(4)
「これが首絞め自殺だと? やっていることは分かるが偶然の産物じゃねえか。カーテンレールが歪んでも失敗。上枠戸当りが折れても失敗。失敗する可能性が高いだろ」
「そうだよ。精神的に病んでいた瑪瑙さんは運によって自分の死を選んだんだ。でも現実で自殺は成功してしまった」
「偶々全て成功のパターンを引いたのか」
結果は小さく首を振る。
「偶々じゃないよ。偶然を必然に変える方法があるんだ」
「――お前、まさか」
袋小路の口元は小刻みに震えていた。事件を解決する探偵ではなく、超常現象研究家である殺人結果がこの場にいる理由がそこにあるのだ。
偶然は様々な運が組み合わさって発生するもの。十パーセントの事柄が複数組み合わさるだけでも現実ではあり得ない可能性を導き出す。しかしどれ程少ない可能性でも発生する確率が零になるわけではない。
起こりうる可能性を確実とするものが――。
「呪殺っていうのは、人の不幸を願うこと。瑪瑙さんの身に起こった自殺は呪いによる必然性の死だと私は考えている」
呪いという人の不幸を願う負の願望だった。
「四季にスマホのメッセージを解析してもらった時にメッセージを見たんだ。鴻巣さんと瑪瑙さんのやりとり。持ってきたから見てほしい」
ポケットから四つ折りにされた紙を取り出す結果。ゆっくりと開けば、紙に瑪瑙と鴻巣のやりとりが画像として記録されている。
瑪瑙から前日の夜に鴻巣の呼び出しがあった。『明日家に来てほしい。大切な話がある』。それに対して鴻巣は『分かった』と一言だけ返信されていた。その後午前十一時に来るように約束を取り決められており、十一時頃には鴻巣から『着いたけどいないの?』といったメッセージが送られていたが瑪瑙からの返信はなかった。
瑪瑙の死亡時刻は午前十一時。鴻巣が瑪瑙の部屋へ辿り着いた時間と一致していた。
「私の考えた自殺の方法だと、外部からのドアノブを回してもらわなければならない。鴻巣さんを呼び出してドアノブを回してもらおうとしたんじゃないかな」
「鴻巣はその場から逃げたってことか?」
「そこは本人に聞かないと分からないけど、多分ね。十一時にここに来て、ドアノブを回して扉を少し開けたらダンベルが落ちる音と共に瑪瑙さんが苦しむ声が聞こえたと思う。もしかしたら扉から部屋の中を見たかもね。それで逃げ出して三時頃もう一度この場に訪れたってことかな」
袋小路が確認した監視カメラは一昨日の物だけだった。すぐに自殺と断定した警察は監視カメラの映像を調べておらず、結果曰く犯行日の十一時頃、鴻巣が瑪瑙の部屋を訪れている様が映し出されているという。
すぐに部下に連絡を取って警備会社の映像を調べるように伝えた。瑪瑙の調査をしていると知らない部下は困惑していたため、上司に繋いでもらうと二つ返事で了承を得ることができた。結果たちへの信頼が異常なことに呆れる袋小路だった。
「何のためにそんなことをしたんだよ」
通話中は黙って袋小路を見つめていた結果。会話の途中で電話をしてしまった袋小路は申し訳なさからか、中断をした会話の続きを進めるように口を開いた。
「殺したと思われることを恐れたんじゃない? 敢えて首吊り自殺を装ったのもそれが理由だと思う。キャンプ道具の中にノコギリがあったから、カーテンレールに結ばれたロープを切り落として、瑪瑙さんを椅子から降ろして椅子を倒した。ダンベルに関しては扉の影になっていて見えなかったから片付けられなかった。亡くなった時間を知っている鴻巣さんだから、通報するまでの間に自分が罪に問われる可能性を減らすために動いたんだと思う」
未だに首元へロープの力が加わっているマネキンを眺めながら結果は語る。
鴻巣が起こした隠蔽工作とその理由。理由に関してはただの想像を語るのみだったが、少しすれば本人が来るため直接問い詰めればいいのだ。
「さて、あとは鴻巣さんが来れば話ができる。その前に部屋の片付けをしようか。力仕事は任せたよ」
「鴻巣に状況説明しなくていいのか?」
「大切なのは瑪瑙さんの死に様じゃない。死に対して悼む気持ちがあるから真実を導き出そうとしただけ。それよりも人の死に対して何思っているのか、鴻巣さんには問い詰めたいと思う」
「分かった。んじゃ片付けるか」
結果が場を切り替えるため、拍子木のように手を叩く。
結果がやりたかったことは鴻巣へ瑪瑙の死の真相を突き付けて認めさせるためではない。嘘をついた理由を問いただす必要はあるが、あくまで瑪瑙の死は自殺である。
「そう言えば袋小路さんってアニメとか見る?」
袋小路がダンベルに結ばれたロープを外し、マネキンの首に巻き付いた部分を片付けているとスマホを触っていた結果が話しかけた。
「休みの日になら」
「『死戒』っていうタイトルのアニメ知ってる? 四季が面白いって言ってたんだけど」
結果が捜査している最中に四季が見ていたと言っていたアニメの話。作業している袋小路に対して、何もできない結果が気を紛らわせるために出した話題だった。結果は捜査続きでアニメを調べることも出来ていないが、袋小路が見ていたら話の種になると思い話を振ったのだ。
袋小路は片付けの手を止めずに渋い顔を浮かべた。
「知ってるが一話見ただけで断念したな。人の死による感情を、自分の人生を彩る幸福に感じるなんて頭がおかしいだろ。辛い現実から逃れるために誰かの死が薬になるなんて意味わからん」
「四季の好みが独特ってことは分かったね」
「やっぱり相容れないな。死に対する戒めっていうテーマらしいが死に対して幸福を覚える人に対しての戒めって感じだ」
四季から話を聞いた時、結果も顔を顰めたのだ。袋小路はその時の結果と同じような表情を浮かべている。
一瞬だけ片付けの手を止め、袋小路がスマホを操作する。映し出された画面を結果に見せると、『死戒』の評価は二分されており、レビュー評価も星が二つしか付いていなかった。目に付いたコメントには『犯罪者しか分からない心理。作者は犯罪者か予備軍だろ』というものがあり、自分の考えと相容れない理由が腑に落ちた結果だった。
5
ピンポーン。
瑪瑙の部屋で片付けを終えた二人の耳に小気味のいいチャイムの音が届く。中で寛いでいたわけではなく、鴻巣に伝える文言や手渡すものの準備をしていれば約束をしていた十一時を時計の針が指していた。
「来たね」
「開けてくる。この部屋に通して良いんだよな?」
「大丈夫。この部屋の扉は明けっ放しでいいからね」
矢継ぎ早に二度目のインターホンが鳴る。一度目から十秒ほどしか経っていないが、玄関先にいる者はよっぽど堪え性がなかった。
音を立てない小走りで袋小路が玄関まで向かい、重い扉を開けるとTシャツにパーカー、下半身はスウェットとスニーカーという自宅で過ごしている姿の鴻巣が立っていた。初めて顔を合わせた時やカフェで見かけた時のように気合の入った格好ではなく、メイクも最低限であり遠くから眺めていたけっかには印象が違って見えた。
「呼び出して置いて遅いんじゃないの」
「すみません。準備に手間取っておりまして」
袋小路が開けたドアを押さえながら鴻巣を招き入れる。
一瞬、足を踏み出すか迷う素振りを見せた鴻巣だったがわざと足音を立てて室内へ足を踏み入れた。
「彼氏が自殺した部屋に呼び出すなんてどういうつもり? 警察ってそんなにデリカシーがないのかしら」
「どうしてもこの場で確認していただきたいことがありまして」
「早くしてよね。私は忙しいんだから」
居なくなった家主を気にも止めない足取りで鴻巣は室内を移動する。廊下は短く、キッチンから居室までは十歩もかからない。
袋小路は玄関の扉を閉めたが鍵をかけなかった。
「どうも、鴻巣さん」
足を踏み入れた鴻巣の目に映ったのは整然とされた部屋。その中で椅子に座っている殺人結果の姿。明け放たれた扉によって居室にいる結果の姿が見えていたはずだが、鴻巣は全く気が付かなかった。
警察から確認事項があると呼び出された鴻巣は想定外の人物に面くらい、口を開けたまま唖然としていた。挨拶をする結果に対して鴻巣は長く彩られたネイルで結果を指差した。
「な、なんで迷子の子供がこんな所にいるのよ」
「迷子? ああ、初対面の時はそう言って誤魔化したんだっけ」
可愛らしく小首を傾げる結果と、部屋の外から大きなため息を吐く袋小路。
動揺を隠せない鴻巣は後退りをするも、すぐ後ろには袋小路が立っており、それ以上進むことはできなかった。
「警察。これどういうこと? 意味わかんないんだけど」
壁となった袋小路へと振り返り、近所迷惑をも厭わない声量で質問をする鴻巣。甲高い声に鼓膜を震わされた結果は耳を防ぐも、すでに放たれた言葉に対しての対抗策としては失敗だった。
呆れ顔で鴻巣のヒステリーを受け流している袋小路だったが、埒が明かないと判断し「あいつに聞いてくれ」と結果を指指し丸投げをした。
――まあいいか、と丸投げされたことを気にせず、睨みつけていた鴻巣に笑顔を向ける。
「改めまして。私の名前は殺人結果。私立探偵のようなことをやっている超常現象研究家です」
「は? 探偵? 超常現象研究家? 中二病?」
探偵はまだしも超常現象研究家という胡散臭い職業を聞いた途端、先程までの怒りは霧散し、困惑の表情を浮かべる。
「胡散臭いのは承知だよ。不思議な事故や事件を調べる探偵って思ってくれればそれで良いかな」
「警察は胡散臭い奴と手を組んでるの? あり得ないんだけど。意味わかんない。私は帰るから」
「まあまあ、落ち着いてよ鴻巣さん。そんなに警察を邪険にしなくてもいいじゃん。それとも何かな? 警察に聞かれたり調べられたら不味いものでもあったりするのかな?」
感情表現の激しい人間は、一瞬の感情が表情に出やすい。淡々と話す結果の探りに対して鴻巣は口をもごつかせながら否定の言葉を口にした。
「な、何を言ってるの。私は胡散臭い奴と組んでる警察が、その、信用できなくて」
「それはおかしいよ。初めて鴻巣さんと出会ったとき――瑪瑙さんの部屋の前でね。その時にはすでに敵愾心を抱いていたと思うんだけど。更には二度と来ないでって言ってたし」
「それは、銀次との思い出の場所を汚されたと思って……」
「なら錆鉄さんがここに来ていた事に関しては?」
「錆鉄? 誰よそれ」
錆鉄と鴻巣は面識があっても律儀に自己紹介を行ったわけではなく、互いに心象最悪の存在として認知している。
突然名前が挙がった部外者の存在は鴻巣の思考をクールダウンさせるには充分だった。
「そんな人は知らないんだけど」
「玄関の前で謝ってた男の人に覚えはない?」
「知らないわよそんな人」
困惑をしつつも結果から目を離さなかった鴻巣だったが、結果から視線を逸らした。その行為こそ真実を隠すための行動だと鴻巣は気が付いていない。
「秦野さんは知っていたんだけどね。鴻巣さんが錆鉄さんを怒っていたのも、警察に通報されないようにしていたのも」
「雲母くんが? なんで話しちゃったの……」
雲母という名前を聞いて一瞬結果の顔が固まる。
秦野のことを名字で認識していた結果は下の名前に馴染みがなかった。話の流れで理解する事ができたが、秦野雲母という名前は馴染まない。
「今、鴻巣さんは嘘をついた。それは何で?」
「それは……」
鴻巣が逃げ出さないように袋小路が壁となっているため、逃げ道はない。言論と肉体によって逃げ道が塞がれている鴻巣はネイルをしたまま器用に拳を握っていた。
「予め言っておくけど、私たちは瑪瑙さんがどのように自殺していたのかを推理して実証したよ」
「どういうことよ」
「鴻巣さんの言っていた首吊り自殺っていう嘘は見抜いているってこと。当然、鴻巣さんが一度瑪瑙さんの部屋を訪れてから逃げ出したことも知っている」
犯行時刻に瑪瑙の部屋を訪れていた事に関しては未だに調査中だが、結果は表情を一切変化させずにハッタリをかけた。真実の中に虚構を混ぜることによって相手に心理的な圧迫を与える手段だ。
結果の発言を聞いた鴻巣の顔は一気に青冷め、その場に座り込んでしまった。顔を床に向けて俯いてしまったため、結果からも袋小路からも表情を伺うことはできない。
「鴻巣さんが部屋の扉を開けたことで瑪瑙さんが死んでしまったってことに気が付いたんだよね? 扉の隙間から見えたのかも知れないし呻き声が聞こえたのかも知れない。それが怖くなって逃げ出した。その後、心を落ち着けてから思ったことは『警察に私が殺したかも知れないって思われる』とかそういうことじゃないかな」
俯いたままの鴻巣は一切反応を見せない。
「警察から自殺だって言われた時には自分の無実が証明されて安堵したんじゃない? ロープを切断したり椅子を倒したり、細かな行動をしたことが実を結んだね」
鴻巣は動かない。
「警察を呼ばれたくなかったのは折角自殺だって断定されたのに、新たな捜査で自殺の内容を調べられたくなかったから。錆鉄さんを通報しなかったのも、初めて出会ったときに袋小路さんにきつく当たってたのもそのせいだよね」
結果の話が終わり、主のいない部屋に静寂が訪れる。数十秒の後、俯いたままの鴻巣は顔に両手を当てて、啜り泣くように嗚咽を漏らした。
「そうなの……。銀次が死んで悲しかった。自殺するような人じゃなかったはずなのに、自殺しちゃって気が動転してたの。私が殺したって思われたらどうしようって――」
背中を丸めながら身体を小さく震わせる鴻巣。
その姿は恋人が自殺してしまったことを嘆き悲しみ、自分を守るために嘘をついてしまったことを懺悔するようだった。
袋小路と結果は鼻を鳴らして、ゆっくりと語る鴻巣を冷めた目で見つめていた。
「それじゃあ、なんで――瑪瑙銀次さんの死を願ったりしたのかな?」
鴻巣の動きが一瞬で固まった。
嗚咽も、小刻みな震えも、全てを忘れてしまったかのように。
「は? あんた何言ってんの?」
顔を上げた鴻巣の瞳には涙など一切溜まっておらず、怯えた目で結果を睨みつけた。




