天網(1)
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秦野が去った後、袋小路が車を停めた駐車場まで歩いて移動をする。神妙な面持ちで悩みながら歩く結果が転ばないように意識しながらも、会話は一言もない。
袋小路は結果が掴んだ糸口の理由を問いたかったが、悩む結果に声をかけることはなかった。何時もの悩んでいる表情とは違い、何かに迷っている表情を結果は浮かべている。自分には分からない思考をしているのだろうと見守ることにした。
三十分三百円のコインパーキングで会計を済ませ、車の中に結果を乗せこむ。思考をしていても行動をすることはできるようで、プログラムされたロボットのようにドアを閉めて結果は乗り込んだ。焦点の合わない目のままシートベルトを閉めると、袋小路も車に乗り込んだ。
「よし、決めた」
「おう。次は何をすればいい? ここまで来たらお前の言うとおりに動くわ。どうせ何を聞いても答えてくれないんだろ?」
「伝えることは出来るんだけど確証が欲しい。変な先入観を持っていない状態で袋小路さんには話を聞きたいんだ。今私が伝えたら袋小路さんの意識に私の推理が入り込んじゃうでしょ?」
ブレーキに足をかけた袋小路を結果は見つめる。
結果の推理は呪いという人の目には見えない超常現象に関わるものであり、確定した情報がなければ伝えることができない。袋小路も超常現象を信じているわけではなく、結果の推理を信じているだけだ。
結果の中では錆鉄の呪いの夢に関して、ある程度筋道の通った理論が構築された。次に行うのは証拠を見つけること。
呪いによる死の願いは物的証拠は残らないが、人間が行う以上、一見すると関係のないものが証拠に残るのだ。それを見つける事で犯人を追い詰めていく。
「答えは分かったのか?」
「うん。でも証拠がほしい。私の目には最初から鴻巣さんが人を呪っている事実だけは見えているから、答えが分かった状態からスタートしてるの。残りは探偵殺人が行われる証拠を集めるだけ。正しいか間違っているかは――探偵殺人が決めてくれるんだよ」
推理が正しいか否かを判断する術を人間は持っていない。
加害者が答えを偽ったり、探偵が推理を押し付けたりと結論を作り上げることはできる。しかし、本当の答えはその場にいた被害者しか知る由がない。
探偵殺人は超常の力によって正しい答えに辿り着いたときに発動する呪い返しの力。正誤判定は探偵殺人が握っている。
「錆鉄に掛けられている呪いは人を殺すようなものなのか?」
「多分大丈夫。死ぬような呪いじゃない」
「ただ苦しめる呪いってことか」
袋小路の言葉に結果が応えることはなかった。
「それでどうするんだ? 今日は帰るのか?」
コインパーキングで支払いを終えてから長時間停止していれば、再びロックがかかってしまうためアクセルを入れて出庫させる。ガソリンが熱せられ、動力となる音が車内に響くと地面を滑るように車が動き出した。
「確認したいことがあるから『ハイツシクラメン』に向かってほしい」
「ハイツシクラメン? 向かうのはいいが何をするんだよ」
「見なきゃいけないところがあるんだ。瑪瑙さんの自殺について確認したいことがあるの。それが分かればすべて解決するはず」
「この前見た時と変わらねえと思うけどな。写真確認じゃ駄目なのか?」
「予想が正しければダメだね。必要なのは目で見て確認することだ」
次に向かうのはハイツシクラメン。瑪瑙が死んだ現場。
「あの大家、態度悪いから関わりたくねえんだよな」
袋小路は大家とのやりとりを思い出して渋い顔を浮かべる。
前回行ったときには邪険に扱われてしまった。事前に連絡を入れていても不機嫌を隠さない対応であり、いきなり押しかけてしまえば前回を超える不快感を露わにされてもおかしくは無い。
「私も態度が悪い人を対応しているから気持ちは分かるよ。気持ちは分かるんだけど依頼をこなすためには必要なこと」
結果の脳裏に浮かんでいるのは憎たらしい笑みを浮かべている錆鉄の顔。歴代の相談者でも群を抜いて態度の悪い男と大家を比較すれば大家のほうがまともだった。錆鉄は暴言を吐くが、大家は暴言を吐くことはしない。我関せずの態度を貫いているだけだ。
警察として働いていれば、結果以上に様々な人物と関わることがある。それでも態度の悪い人間に慣れることはなく、不快感を露わにする袋小路。仕事上では真面目な袋小路も結果といる時にはプライベートな面を見せているのだ。あくまで仕事として結果の手伝いをしているが、気の置けない仲として関わることのできる四季と結果を大切にしている。だからこそ錆鉄の態度が琴線に触れてしまったのだ。
「分かった。取り敢えずハイツシクラメンに向かう」
「この後大変だから私は寝ててもいい?」
「三十分位かかるからな。あっちに着いたら起こしてやるから寝てていいぞ」
「ありがと、それじゃおやすみ」
座席を後ろに倒してから結果は目を瞑り始める。
ハイツシクラメンで行う調査に頭を働かせるために脳を休ませる時間が必要だった。
袋小路は何も言わずに一人でクルマを運転し続ける。なるべく座席を揺らさないように安全運転を心がけながら。
2
「おい、探偵。着いたぞ」
声を掛けられて結果が目覚めると、ハイツシクラメンから徒歩数分圏内にあるコインパーキング。駐車料金は必要経費として上司に請求するらしく、気兼ねなく使うことができるため袋小路は遠慮なく使用している。
結果はすぐに起き上がり、座席を元の角度に戻すとシートベルトを外した。
「おはよう」
「ぐっすりだったな。よく眠れたか?」
「もうバッチリだよ。視界も良好、頭もスッキリ」
「家のベッドじゃなくて車のシートでもそんなに寝れるのは素直にすげえよ。俺なんて肩こって大変だ」
「意外と身長が小さいことにも得があるんだよ。ちゃんと足を伸ばして寝られるからね」
腕を上に挙げて全身の筋肉を伸ばすと、背中や肩から関節の鳴る音が聞こえた。結果の脳は睡眠によりスッキリとしていても、不自然な体勢で寝ていた体は凝り固まっていたようだ。ベットよりも硬いシートと寝返りの打てない状況は結果の意識以上に身体を凝り固まらせていた。
「パキパキじゃねえか」
「頭と体が直結してなかったみたい。まあ、伸びをするのも気持ちがいいから問題ないよ。それよりも早くハイツシクラメンへ向かおう」
時計を確認すると十六時になる直前だった。午前から動いていた事で引き篭もりの身体には疲労が蓄積していたが、最後の一仕事だと頬を叩いて意識を覚醒させる。
車を降りて袋小路が車の鍵をかけてからハイツシクラメンへと歩き始める。時間的には学生の下校時間と被っているのだが、ハイツシクラメンへの道には学生の姿は見当たらない。学区と離れており、建っている住宅も若者がいるような雰囲気は出ていなかった。通行人は散歩をしている老人や買い物に出かけている主婦のみで、セーラー服を着ている結果とスーツを着ている袋小路は悪目立ちをしていた。
「ちょっと大家に声を掛けてくる。今回は勝手に階段を上がらないでくれ」
「不法侵入になっちゃうからね」
「行ってくるわ」
袋小路は大家の部屋へと向かい、チャイムを鳴らす。数秒待つと大家が扉を開けるが、袋小路の顔を見た瞬間に不機嫌な顔に変化した。対面する袋小路は表情の移り変わりを目の当たりにしたこともあり苦笑いを浮かべてしまう。
「お忙しい所申し訳ありません。警察のものなのですが」
「今度は何ですか? 何度も警察に来られるとアパートの経営に差し障るでしょう?」
「すみません。瑪瑙さんの部屋を調査したいのですがよろしいですか?」
「前回もやったでしょう? あの時以降誰も部屋に入れる許可は出していませんし、あの日の夜にはしっかりと施錠しました。調査をしても何も変わりませんよ」
「そこを何とかお願いします。お時間は取らせませんので」
大家は諦観の表情を浮かべると、靴箱のうえに掛けられていた鍵を一本袋小路に手渡した。
「どうぞ。終わったら教えてください。必ず鍵は掛けてきてくださいね。私もあの部屋には近付きたくはないですから」
「ありがとうございます」
「親族も片付けに来ないし、業者に依頼しようとしているので傷付けたり壊したりは辞めてくださいよ」
「重々承知しております。それでは」
受け取った鍵には三〇三号室と書かれたタグが取り付けられていた。
袋小路に鍵を押し付けると、大家は勢いよく扉を閉める。古びたアパートの階段が小さく揺れ動き、鈍い音が響いた。
「待たせたな」
「態度は悪かったけど会話が通じる人でよかったね」
「錆鉄を見たあとだとな」
二人は階段を上って三〇三号室へと向かう。玄関の前にはディアスキアの入れられた植木鉢が置かれていたが、花は元気が無さそうにも見える。近付いて植木鉢を確認しても、土はカラカラに乾いており誰かが水をあげた形跡は無かった。
「袋小路さんは植木鉢に水をあげる時ってどうやってやる?」
結果は乾いた土を触りながら袋小路に声をかけた。
「盆栽もガーデニングもしてないんだが」
「小学生の時の記憶でもいいよ」
「そりゃ穴のあいたペットボトルでシャワーを作ってあげるな」
袋小路が呼び起こした記憶は小学生の夏。朝顔を育てる自由研究をしていた時のことだった。毎日朝起きてから無数の穴があいたペットボトルに水を入れ、土を濡らして朝顔を育てていた。
今となっては仕事の忙しさもあるが、植物自体に興味がなくなり水をあげるようなことは無くなっていた。
「その時って植木鉢を動かしたりする?」
「は? 土が入って重いし動かさないだろ」
「そうだよね」
結果はしゃがみ込んで植木鉢を確認する。
「ディアスキアっていう花なんだけど、この植木鉢には水が与えられていない。鴻巣さんが置いたまま水をあげてないんだろうね。昨日来たときも土は乾燥していたから」
昨日訪れた時に、部屋へはいるため植木鉢をどかした。その時にも土は乾いており、水の重さは感じることがなかった。鴻巣が持ってきた植木鉢は花だけが植えられただけだったのだ。
「つまり、水もあげないでここに置かれているだけ。この植木鉢を動かす必要はないんだ」
「何が言いたい?」
「昨日袋小路さんが鴻巣さんたちと話している間に、植木鉢を扉にくっつけて置いたんだよ。でも今は置いた場所から大きくズレている大家さんも近付いていないって言ってたからおかしいよね」
大家は部屋に近付きたくないと言っていたことを結果は聞いていた。昨日訪れた時も大家は袋小路に鍵を押し付けており、大家は袋小路の部屋に近付いていない。
この部屋に訪れるのは鴻巣と秦野だけであった。
「どういうことだ?」
「部屋に入ってみれば分かるよ」
袋小路の手から鍵を受けると三〇三号室の鍵を差し込んだ。
「あり?」
「今度は何だよ」
「――袋小路さん。昨日帰る時に鍵をかけた記憶ある?」
「いや、お前が掛けただろ? 俺は鴻巣たちに聴取しに行ったんだから」
「ポストに鍵を戻したのは袋小路さんでしょ? 私は鍵に一回も触れてないよ」
袋小路は記憶を呼び起こしても鍵を手放した記憶は一切思い当たらなかった。
「やべえ。そうだわ。やらかした」
「大家さんには内緒にしていてあげる」
「頼むわ。大家が上がってきていないことが幸いしたな」
袋小路が閉め忘れた鍵について大家が気づくことはなく、叱責もされなかった。今日訪れなければ空いたままになっていたかと思うと、大家に知られる前に気がつくことができてよかったと胸を撫で下ろした。
「そのミスがあったから良かったよ」
植木鉢を横に動かしてから扉を開けると、薄暗い空間が視界の先に広がった。昨日訪れているからか勝手を知った自分の部屋のように玄関で靴を脱ぐと中へと入っていった。
足を踏み入れれば床の軋む音が足取りを意識させる。壁伝いに進み電気をつければ昨日と変わらない光景のまま保存されていた。
「部屋の扉は俺が開けるぞ」
「よろしく」
立て付けの悪い扉はしっかりと閉められており、袋小路が力を入れて開ける。
その間に結果は水回りや冷蔵庫を調べていた。スマホを操作して撮った写真と見比べるが間違いは見当たらない。
少しだけ開けるのに手こずっていた袋小路だったが、ガチャンという音ともに扉が開いた。
「本当に硬いな。二段階で開く気がするわ」
「私の力だと開けるの大変」
「最初の一段階目は数センチ開くんだけど、その後が力いるな」
「一段階目は私でも開けられるんだけどね」
袋小路が開け広げた部屋の中に二人は足を踏み入れた。




