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【殺人結果の探偵殺人】死戒  作者: 人鳥迂回


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15/21

端倪(4)


「まあいい。――鴻巣が出て行ったからか、秦野も会計を終えて店から出てくるぞ」

「秦野さんに声を掛けよう。私の推理が正しければ秦野さんはこの件に無関係だから」


 テラス席にいた秦野は伝票を持って立ち上がった。不機嫌を表に出してはいないが、バッグの持ち方や椅子の片付け方を乱暴に行っており、鴻巣の態度に怒りを覚えているようだ。店内で会計を済ませた秦野は一度だけスマホを見てから店外に出た。


「秦野さーん。こっちです、こっち」


 鴻巣とは逆方向――結果たちの方向へ歩いてきた秦野。前だけを見て歩いていた秦野は、壁際に寄りかかっている袋小路と結果に気が付くことなく横を通り過ぎようとしていた。

 横を通り過ぎた瞬間に結果は秦野に声を掛けた。


「え?」


 街中で急に名前を呼ばれた秦野は足を止めて周囲に目を向ける。左を振り向いた時、結果と目が合ったのだ。


「どうもこんにちは。探偵です。ちょっとお話を聞いてもいいですか?」

「どうも警察です。以前は調査にご協力いただきありがとうございました」

「警察の方も……。その節はどうも。それで、えっと、俺になんの用事が」


 秦野は困惑していたが、道の中心で止まるのは良くないと思ったのか結果たちの方へと歩み寄って来た。鴻巣と違い周囲への配慮を欠かすことのない精神性で結果からの評価は上がっていた。態度の悪い人間を見たあとに、普通の人を見るとよく見える現象。いわゆるゲイン・ロス効果であり、ヤンキーが子犬を拾っていると善良に見えてしまう物と同じだった。


「瑪瑙さんの件で聞きたいことがありまして」

「銀次の? すみません。俺は銀次の友達なんですが彼奴が死んだことに関しては何も知らなくて。琥珀のほうが銀次のことを知っているはずなので俺に聞かれても。――もしかして俺が疑われていたり?」


 警察から街中で声を掛けられて聴取を受ければ自分が疑われていると勘違いしてしまうのは不思議なことではない。秦野も自分が捜査の対象になっていると思い、右手で左腕を掴んでいた。身体心理学やボディランゲージにおいて、自分を落ち着かせようとする心理を表す行動であり、今の秦野が不安を感じている事が結果にも分かった。


「逆ですよ。秦野さんが疑わしくないから声を掛けているんです」


 警戒をされていては話が進まないと考え、正直に疑いを持っていないことを伝える。秦野の顔から困惑が消えることはなかったが、

その場から立ち去る素振りも見せない。


「意味が分からないんですが……」

「私が聞きたいことはひとつだけ。内容によっては付随する質問が増えていきますけどね。取り敢えず鴻巣琥珀という人物のことを教えてください」

「琥珀のことですか?」


 秦野の不安げな瞳が揺れ動いた。

 自身のことについて聞かれると思っていた秦野からすれば結果の質問は想定外であった。結果から疑いを持たれていないことを伝えられ、更には鴻巣の情報だけを聞くために声を掛けられてのだ。

 秦野は少しだけ悩む素振りをしてから口を開いた。


「俺は話してもいいですが、もしかして琥珀が疑われているんですか? 銀次の死は自殺だって……」

「自殺ですよ。鴻巣さんが疑わしいのではなく、瑪瑙さんの周辺を調査しているだけです。事件性はありません。」


 既に警察の調査が終わっていることを袋小路が伝えると秦野は胸を撫で下ろした。

 刑事ドラマなどで、聴取を受ける人が言葉にする、容疑者として疑われている可能性。現実で言われるとは思っておらず、結果は柔和な笑みを浮かべた。


「そうですか。何について調べているのか分かりませんが、警察の方にも事情があるのでしょうし深く踏み込まないのが良さそうですね。それなら――」


 周辺調査を行なう理由を問うことはせず、袋小路は鴻巣について話し始めようとしたが、話を聞く前に結果は聞かなければならないことがあった。

 三人揃って道路の端に寄っており、通行人から度々視線を向けられていた。秦野への聴取は時間が掛かると想定していない結果は、態々カフェに入るようなことはしなかった。


「先にいいですか? さっき鴻巣さんが怒って出ていってしまったんですけど」


 話を遮るように発言したが秦野は不満を浮かべることはしない。

 頬を掻きながら、恥ずかしそうに視線を背けた。


「見ていたんですか?」

「声を掛けようとしたら険悪な雰囲気で。すみません」


 テラス席にいた秦野たちは自分たちの会話に夢中となっており、結果たちの存在を認識していなかった。秦野の質問に「見ていた」と答えてしまえば調査のためにストーカーをしていると勘違いされてしまうため、偶然を接触したと虚言を吐いた。

 実際に険悪な雰囲気な二人に声を掛けることは躊躇われた。嘘を付いていないが、真実も口にしていない。結果が探偵として大人と会話をするために培ってきた会話術が無意識に秦野へと向けられていた。


「こちらこそ、屋外であのような事をしてしまって恥じるばかりです。銀次が亡くなってから、琥珀がスピリチュアル的なものに傾倒している気がしてしまって」

「スピリチュアル? オカルトですか?」


 スピリチュアルとは目に見えないエネルギーを示す概念である。オカルト的に語られることも多く、呪いも一種のスピリチュアルと言えるだろう。

 秦野が語る鴻巣の姿は、瑪瑙が亡くなってから霊的な存在に対して精神から傾倒しているものだった。本来の鴻巣はスピリチュアルを信じる人間ではなく、寧ろ馬鹿にするような人間だった。しかし、瑪瑙が亡くなった直後から異常なほどスピリチュアルに嵌ってしまった。

 秦野はスピリチュアルに興味がなく、話をする鴻巣を訝しげな視線で見ていた。結果たちが見た楽しそうに話す鴻巣と、冷めた目で見つめていた秦野の関係性は会話の内容に起因していた。


「俺もよく分からないんです。数珠を沢山手につけたり、ネックレスも魔除けのものを付けたり。悪徳商法に引っかかりそうで心配なんですよ。その事を指摘したら「私が死んでもいいの? 私も死んじゃう」って怒り出したんですよ。意味が分からなくて……」


 喫茶店にて秦野が鴻巣に対して注意をした。数珠やロザリオなどの魔除けと言われるものを沢山身につける変化をした友人を救おうとしていた。

 その思いを怒りという感情によって跳ね除けてしまったのが鴻巣だ。鴻巣にとって身につけているスピリチュアルグッズは自分の精神を守るためのもので、否定されるということは死と同義と捉えてしまった。

 その結果、カフェからコンクリートを踏みしめるような足取りで出て行ったのだ。


「スピリチュアルなアクセサリを付け始めたのは瑪瑙さんが亡くなってからで間違いありませんか?」

「はい。銀次が自殺した日には大切そうに着けていました。最初は亡くなった事を悼んでいたのかと思っていたのですが」

「他にも沢山つけているから違うと」

「はい。何がどうなっているのか……」


 結果が視認しただけでもロザリオを着けていた。友人として過ごしている秦野に増えていく数珠に不安を覚えていた。瑪瑙が亡くなった事を悼んで数珠を付けていたのなら、死後一週間程経ち、葬儀も終わった今でも数珠を付けていることはおかしかった。更に数珠の個数が増えている理由も分からず、スピリチュアルに傾倒していると秦野は判断していた。


「瑪瑙さんと鴻巣さんが喧嘩をしていたことはご存じで?」

「知っています。その事で数ヶ月の間、琥珀から相談を受けていましたから。何でも銀次が琥珀を蔑ろにしているからって。「私に悪いところがあって銀次には言わないでほしい」って言われていたので銀次には言っていません」


 鴻巣が秦野に伝えていたことが雨包から聞いていた話と矛盾している。どちらが正しいか結果たちには判断がつかなかったが、鴻巣が相談内容を瑪瑙に伝えないように言っていた事に違和感を覚える。

 二人の仲を取り持つためならば、共通の知人である秦野を仲介役に入れたほうが喧嘩は収まるだろう。


「お二人で会っていたんですか?」

「いえ。メッセージのやり取りだけですよ。彼氏のいる相手と一対一で会うことはしません。メッセージを見せてもいいですよ」


 秦野がメッセージアプリの画面を結果たちに見せた。表示されていたのは今日の待ち合わせの内容。上にスワイプすると瑪瑙が亡くなった日から、葬儀に関してや片付けに関してなどのやり取りがされていた。鴻巣からはカラフルな絵文字等が送られてきていたが、秦野の返信は文字のみで素っ気なく見えた。

 相談をされていたと言っても秦野と鴻巣はメッセージアプリでやり取りを行っていただけであり、二人きりで会うようなことはしていなかった。鴻巣から会って相談したいと打診されても、秦野は頑なに断っていたことが証拠として残っていた。


「あの日以降、琥珀は何度も銀次の部屋まで行って悼んでいるんです。スピリチュアルに傾倒してしまったのも恋人が亡くなったショックだと俺は思っています。あまり彼女を追い詰めないでください」


 鴻巣が行っている行動は異常であったが、秦野からすれば親友の彼女が傷心して精神を病んでしまったように見えているのだ。結果たちの捜査によって、鴻巣が更なるダメージを受けてしまうことを危惧していた。


「大丈夫ですよ。全ては終わっていることですから」


 街行く人の喧騒は依然として結果たちを包み込んでいるが、誰も会話の内容に聞き耳を立てたりはしていない。話している人がいることを認識しているが、其々が自分の目的のために足を進めている。

 結果も錆鉄が見た呪いの夢を解明するためだけに足を進めているのだ。依頼者である錆鉄には興味がなくとも、依頼者を死なせたいわけではない。

 呪いとは日数が経過するごとに強くなっていく物である。壁にペンキを何重にも塗って色を隠していく作業のように、呪いも段々と濃くなっていく。錆鉄が呪いを掛けられたのがいつか分からないが、少なくとも二週間前に瑪瑙が自殺した後のことだ。死体洗いを行ったのが一週間前と数日前。その時から夢を見続けているのなら呪いが掛けられてから一週間は経っている。

 死を願う呪いなら成就するまで猶予はない。


「因みに錆鉄饐さんをご存知ですか?」

「知りません」

「瑪瑙さんの部屋の前で謝っていた男性がいたと思うんですが」

「ああ。居ましたね。俺が琥珀と訪れた時に何度か見かけましたよ。その人に対して琥珀が罵声を浴びせている現場も見ました。不気味だったので不審者だと思い警察に相談しようとしたんですが」


 秦野は袋小路を一瞥すると口籠ってしまった。


「どうしたんですか?」

「警察の方を前に言うのも憚られるんですが、琥珀は警察が苦手らしくて。通報しようとしたら必死に止められました。錆鉄さん? という方が居なくなればそれでいいって」


 鴻巣の不自然な行動に違和感を覚えた秦野はその時の内容を鮮明に覚えているのか結果たちに説明をした。

 目の前で宗教にのめり込む信者のように土下座のまま謝罪を口にする錆鉄に、鴻巣は怒鳴りつけていた。それでも動かない錆鉄を見た秦野が警察に通報しようとすると鴻巣が錆鉄の手を引いてその場から動かし、警察への通報を取りやるように秦野へ伝えた。

 鴻巣曰く、以前警察絡みで嫌なことがあったため警察と関わることを避けていると説明されたと鴻巣は二人に伝えた。


「そうなんですね。ありがとうございます」

「もしかしたら銀次が無くなった時に警察と何かあったのかも知れません」

「そうだとすればこちらの不手際です。謝罪します」


 袋小路は深々と頭を下げる。

 警察の不手際と決まったわけではないが、謝罪をすることで穏便に済ませようとする社会人の生き方だった。

 袋小路の肩に触れ「謝らないでください」と頭を上げさせる秦野。顔を上げた袋小路は「ありがとうございます」と一言伝えた。場の空気が重くなってしまったが、切り替えるように秦野が口を開く。


「他にも何かありますか?」


 秦野の質問に袋小路は結果へと目を向ける。

 結果は小さく首を横に振ると、袋小路が秦野に答えた。


「いえ、以上です。大した質問は無かったのですが……」

「琥珀について聞きたいと仰っていたと思うんですが、その件はもういいんですか?」

「はい。聞きたい事は聞き終わりました」

「それならよかった。また何か聞きたいことが新しく出来たら連絡をください。刑事さんには連絡先を教えていますから」


 急な聴取にも関わらず、不平不満を一切言わずに協力した秦野に袋小路は一礼をする。袋小路からすれば質問の解答によって結果が何を知りたかったのか一切分からなかったが、本人が満足げな表情で頷いているため後から話を聞けばいいとその場で切り上げることにした。

 何かが腑に落ちたのかご満悦の表情を浮かべていた結果だったが、段々と顔色が悪くなっていく。体調不良による変化ではなく、気が付いてはいけないものに気が付いてしまった事で冷や汗と共に顔面蒼白になっていく。


「おい、どうした? 顔色悪いぞ」


 心配した袋小路に声を掛けられるも、結果は首を振って「大丈夫」と伝えるだけだった。


「秦野さん」


 顔色が悪いまま話しかけられた秦野は、結果のことを心配しているのか、身長の低い結果へと目線を合わせて話を聞いた。


「なんですか?」

「瑪瑙さんが亡くなった現場――鴻巣さんが発見した時に秦野さんはいた?」

「居ましたよ。いや、居たと言うよりも琥珀に呼び出されたんですよ。「銀次が死んでるから早く来て」って。そのメッセージを貰って俺が駆けつけた時には銀次が首を吊っていたロープは解かれて縄が転がっていました」


 警察が調べた内容と同じ解答だった。

 その事実が散らばっていた推理のピースを当てはめていく。


「そっか。ありがとう秦野さん」

「どういたしまして」

「それと……ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫ですよ。急に声を掛けられたのにはびっくりしましたけど、銀次と琥珀の為ですから」


 秦野は力瘤を作りながら歯を見せて笑った。落ち行く太陽が後光のように秦野を照らしており、笑顔が輝いて見えた。

 太陽が結果の目に映り、反射的に目を背けて瞼を閉じてしまった。視線を逸らした結果に苦笑いを浮かべてから、秦野は二人に別れを告げて帰路に立った。


「ごめん、秦野さん」


 立ち去る秦野を見送る袋小路に対し、結果は目を背けたまま、誰にも聞かれぬ声量で呟いていた。

 


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