端倪(3)
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雨包が語ったのはプライバシーを守ると言っていた口から出てきたとは思えないほど瑪瑙について詳細な情報だった。
「プライバシーは……」
「貴方達の反応から見て捜査の肝になる内容ですよね? スタッフは既に昼休みでクリニックにはいません。私が話した内容を知っているのは刑事さんと探偵さん、そして私だけです。誰も口外しなければ良いのです。お二人も口外しないでくださいね」
人差し指を立てた手を口元に当てた雨包。結果たちに話したと言うことは少なからず信用を得たということだろう。調査の役に立てるならと本来であれば口外しない情報を教えてくれたのだ。探偵としても警察としても協力者に対して不義理を働くことは出来ない。
「それで瑪瑙さんが鴻巣さんのことで悩んでいたっていうのは……」
今が好機と思った結果はさらに踏み込んだ内容を聞いていた。他の人がいないにも関わらず、雨包は小声で話し始める。
「彼女さんからの対応が素っ気ないというか、粗暴に感じていたみたいですよ。それこそデートに誘っても他の予定があると断られたり、恋人らしいことが出来ていないと仰っていました」
「そこまでの関係だったんですか?」
「私が彼女さんとのストレスが精神的に異常をきたしていると判断してしまう程度ですが。彼女さんと別れたり、距離を置くような提案もしましたがそれは断固拒否していましたね。瑪瑙さんは彼女さんに対して強い思いを持っていました」
「そうなると鴻巣さんが瑪瑙さんを邪険に扱っていたってこと……?」
瑪瑙の部屋の前で出会った鴻巣は瑪瑙を邪険に扱うような人間ではなかった。死した恋人に花を手向ける意識もあり、亡くなった恋人の部屋を片付ける配慮もある。思い出の場所を踏み躙った錆鉄を叱責するほど瑪瑙のことを大切にしていたはずなのだ。
瑪瑙が精神的に窶れてしまう程のストレスを与えていたとすれば、瑪瑙がいなくなった今を喜んでいそうなものだが、鴻巣はそのような反応を一切見せていなかった。
「駄目だ……。全然分からない……」
「取り敢えず聞きたいことを聞けたなら出よう。雨包先生も昼休みを使ってくれてるんだ。長居するのは良くない」
「お気遣い感謝します。何か気になることがあれば後日連絡をいただければ、また時間を空けますので遠慮なく仰ってください」
頭を抱えて悩む結果の首根っこを掴んだまま袋小路は雨包に一礼をしてクリニックから出ていく。施錠のために玄関まで見送りに来た雨包は小さく手を振って二人が去っていくのを眺めていた。
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雨包クリニックの駐車場へと向かう二人。雨包が言っていた通り、スタッフは既に外出しているのか、駐車場には袋小路の車の他には一台しかなかった。
唸り声を上げながら悩む結果の背中を押して車に乗せる袋小路。当の結果は思考に夢中で自分が世話を焼かれていることに気が付いていない。
「シートベルト締めろよ」
「うん。わかった」
おざなりな返事だったが言われたとおりに結果はシートベルトを締めた。ロックのかかるカチリという音が車内に二回響いた。
スイッチが入ったかのような音に一瞬で結果の思考が車内に向く。
「あれ? 車の中?」
「考えながら歩くなよ。危ないだろうが」
歩行中に意識を逸らすことの危険性を説かれれば、全面的に非がある結果は謝罪をすることしかできない。
「ごめん。今のところ錆鉄さんが鴻巣さんに呪われている理由ご全く分からない……。瑪瑙さんと険悪な仲だとして、亡くなってから毎日のように家に行く理由も分からない。それに家の前にいる錆鉄さんが迷惑だからって呪うまでする意味が分からない。分からないことばかりだよ」
全ての要素が虫食い状態で定義されている問題文のような状況に結果も頭を抱えていた。錆鉄の依頼から始まった呪いの調査だったが、瑪瑙の存在や鴻巣の存在が推理を難化させているのだ。
始めから錆鉄には黒い靄が見えておらず、呪われている気配が一切していなかった。死者から受ける呪いは黒い靄が出ないと仮定していたが、錆鉄を呪っているのは鴻巣であり、人が人を呪っているのだ。鴻巣に現れていたのは対象を呪殺する意思が具現化したような色の濃い靄。
ただの悪夢だと思っていた事例が、調査を進めるごとに呪殺事件と変化していった。雨包クリニック内で伝えることはなかったが、放置すれば錆鉄は呪いによって死んでしまうのだ。成功してしまった呪いは、解呪しない限り終わることはない。特定の個人に対して浴びせる強い負の感情は茨となって被害者に巻き付き徐々に死へと向かわせるのだ。
「このままじゃ錆鉄さんが死んじゃうね」
「犯人が鴻巣って分かっているならならお前の力ででどうにかならないのか?」
探偵殺人は呪いを行った相手に事実を突きつけることで呪い返しを行う方法。袋小路の発言に間違いはなく、鴻巣に事実を突きつければ探偵殺人が始まる。
「その事実がないんだよ。あくまで仮定でしかないし、私たちの予想。これじゃ探偵殺人の名折れっていうか何も成せないよ」
鴻巣が錆鉄を呪ったという証拠が出揃ってはおらず、現状では事実を突きつけることはできない。間違った推理を相手に伝えても探偵殺人としての力は発揮されず、冤罪を被せるだけになってしまうのだ。
冤罪は掛けられた側の精神に傷を与えてしまう。結果は確固たる自身が生まれるまで、加害者に推理を披露することはない。
たったひとつのピースが足りないだけでパズルが完成することはないように、結果の推理にも大切なピースが足りていなかった。
「探偵殺人って名前気に入ってんのか?」
悩んでいる緊張を解すように、袋小路は探偵殺人と言う名前を弄りだす。探偵殺人は袋小路が付けた名前だったが、結果は可愛くないため気に入っていなかった。
何度も呼ばれるうちに、自分が探偵殺人という自覚が生まれている。実際に自分が行っている呪殺の解決方法を簡潔に表現していると感心していたのだ。探偵が殺人という正反対の名前を持っている事にも違和感を覚えており、自らが探偵殺人を名乗ることはなかった。
「口が滑っちった」
袋小路と二人でいると気が抜けてしまうのだ。
気が付けば悩み続けていた思考も、袋小路の介入によって一時的に脳の片隅に追いやられていた。考えるのは家に帰ってから四季と行おうと顔を上げた。
袋小路は車のエンジンを掛け、雨包クリニックから出発しようとアクセルを踏もうとする。
「ちょっと待って、袋小路さん」
「なんだよ。危ねえな」
結果はアクセルを踏む直前の袋小路に声を掛けて出発を遮った。大きな声で制止させられた袋小路はすぐにブレーキを掛け、睨むように結果を見た。運転手に対して大声で刺激を与えれば事故の元であり危険な行為だった。叱責をしようとするが、結果は目を凝らしてフロントガラスから外の景色を見ていた。
「なんかあるのか?」
真剣な表情を浮かべる結果が巫山戯たと考えられず、袋小路は叱責を取りやめ結果に声を掛けた。
「彼処にいるの、鴻巣さんと秦野さんだ」
「ああ? こんな所にいる訳ねえだろ」
「袋小路さんも見て。前にあるおしゃれなカフェのテラス席。鴻巣さんは見た目が派手だからすぐに分かるよ」
「――マジでいるじゃねえか」
雨包クリニックの向かいにあるおしゃれなカフェ。『デメルング』とカタカナで書かれた看板が掲げられているウッド調の建物。店内には人が疎らにいるが、天気がいいためテラス席にも数組のきゃくが座っていた。
その集団のなかに地味な格好をした秦野と服装をしっかりと決めた鴻巣がいる。
結果はすぐにスマホで店名を調べると、インフルエンサーがおしゃれなカフェとして紹介しており、その影響で繁盛しているようだった。鴻巣たちもその噂に乗せられ、瑪瑙の家から遠く離れた場所で楽しんでいた。
「なんか楽しそう? 少なくとも鴻巣さんは」
「秦野のほうは結構真剣な顔をしてるな。ちょっと距離が遠くてわかんないが」
「私、ちょっと見てくる」
結果はすぐにシートベルトを外して車から降りようとする。
「おい。お前の護衛も兼ねてるんだから先に行くなよ。クリニックから出ないと雨包先生にも迷惑だから」
「でも、今行かないと見失っちゃうよ? あの二人を呼び出して話を聞くよりも、準備していない今の方がいい情報を聞けるって」
袋小路が駐車場を探して車を停めている間に、鴻巣たちがいなくなってしまう可能性を結果は考えていた。警察である袋小路が鴻巣を呼び出して話を聞こうとすれば、予め質問内容や話す内容を考えられてしまうだろう。余裕のない状態で詰め寄れば鴻巣が錆鉄を呪った理由を知れると思い結果は急いでいる。
「あー分かった分かった。俺もすぐ行くからカフェの付近で待ってろ。何かあったらすぐに連絡。一人で不用意に動かない。それでいいな?」
「うん。早く来てね。何かあったら私は弱いし終わりだから」
「分かってんのに行動力だけあるんだな……」
許可を貰うと結果はすぐに車から降りてカフェに向かって行った。信号機を待つ間も足を忙しなく動かして赤信号が変わるのを待ちわびていた。幸いにも信号はすぐに切替わり、運動不足の結果なりに精一杯の速度でカフェの近くに移動した。
その姿を見ていた袋小路は、結果が移動したのを確認するとカーナビを一瞥して近場の駐車場を確認する。百メートル程先にタイムパーキングがあることを知り、車のアクセルを吹かせて運転を始めた。
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「来た来た。早かったね」
「のんびりもしていられない。お前が何を仕出かすか分からないかな」
「私ってもしかして信用ない?」
「呪いだなんだって言ってる奴は世間的には信用無いことを知ったほうがいいぞ」
「自慢じゃないけど知り尽くしていると言っても過言じゃないよ。依頼人に何度言われたことか」
車を止めてから早歩きで結果の元へ向かった袋小路は、カフェの前で中を観察していた結果に声を掛けた。言いつけ通り余計な行動を取らず、中を観察しているだけの結果に安心していた。
「それで何か動きはあったか?」
「鴻巣さんが怒ってるっぽい。テラスとは言え常識を持った声量だから聞き取れないなあ」
「俺たちの顔は割れてるし近付いたらバレるからな。出てきた所で偶然を装い声を掛けるのが得策か」
秦野と話している鴻巣の表情は袋小路がいない間に険しいものへと変化していた。二人で車の中で見ていた時には笑顔で会話していたのだが、数分の間に何かが起こっていた。
鴻巣は会話の最中、しきりに自身の腕につけられている数珠を何度も触っており、秦野はその事を指摘している現場が結果には見えていた。その時から鴻巣の様子が変わっていった。
「あ、鴻巣さんが立ち上がった」
「秦野も引き留めないな。喧嘩か?」
「瑪瑙さんとも喧嘩していたみたいだし、鴻巣さんって血の気が多いのかも知れないね。相変わらず黒い靄が――」
「どうした?」
会話の途中に結果の動きが止まった。不自然に思った袋小路は結果に目線を向けると、顎に手を当てて何かを考えているようだった。
思考中の結果を邪魔しないように袋小路は鴻巣を観察する。立ち上がった鴻巣は何度か秦野と会話をすると、そのまま店内に入ってしまった。追加の注文をする可能性もあるため観察を続けていたが、鴻巣はそのまま店外へと出てしまった。
幸いにも鴻巣が向かった先は結果たちがいる方向とは逆だったため見つかることはなかった。
「おい、鴻巣が出ていったぞ」
流石に状況の変化は伝えなければならず、袋小路は思考を続けている結果の方を叩いて意識を現実に向けさせる。
「んあ? ごめん、考え事してた」
「何かあったのか?」
「確証がないからまだ言えない。多分大事なことだからもうちょっと精査したい。それで今どんな状況?」
「カフェにいた鴻巣が出ていった。ほら向こう側を歩いてるだろ?」
袋小路が指差す先に結果が目を向けると、大きな足取りで歩く鴻巣の姿が見えた。ハイヒールを履いているため、遠くからでもタイルをコツコツと鳴らす音が聞こえて来そうなほど強い足取りだった。
「怒ってるねえ」
「秦野は何をしたんだか」
「案外何もしていないかもね。鴻巣さんはヒステリックに怒る印象だから。ちょっとのことで怒る人なんだよきっと」
「思ったんだが、お前、鴻巣に当たりキツくないか? 錆鉄にすら穏便に済ませようとしてるのに……」
鴻巣に対しての辛辣な評価に疑問を浮かべる袋小路。
探偵という仕事柄、人から不審な目で見られることの多い結果は、なるべく人から信頼を得るために柔和な態度を心がけていた。袋小路もその事を知っていたため、鴻巣への態度が不思議でならなかったのだ。
「だってあの人、私のこと初対面で小学生って言ったんだよ?」
「……それだけか?」
「私はもう十八歳。どう考えても小学生じゃない。身長が小さかったり、ちんちくりんなことは事実だから許容するけど小学生っていうのは事実じゃないから許容できない。私からすれば錆鉄さんは探偵や超常現象研究家という職業で私のことを馬鹿にしたけど、鴻巣さんは容姿で馬鹿にしてきた。これは許されないよ」
結果は鼻息荒く説明していたが、袋小路は呆れて溜息を吐いてしまう。




