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【殺人結果の探偵殺人】死戒  作者: 人鳥迂回


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13/21

端倪(2)


 2


 事務職員が三回ノックをすると中にいる人間から入室の許可が聞こえた。その声を聞いてから事務職員が横開きの扉を開ける。

 診察室の中にいた人物の左胸には雨包翡翠の名前が書かれており、雨包クリニックの院長であると一目でわかる。

 長い黒髪がヘアクリップによって後ろでまとめており、着ている白衣も相まって若々しく見える。事前情報から四十代前半と聞かされていた結果だったが年齢不相応な若々しさに感嘆が漏れ出ていた。


「はうあう……」

「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。私、警察の袋小路巡哉と申します。――ほら、挨拶しろ」


 雨包の容姿に目を奪われていた結果だったが、袋小路に背中を叩かれて自己紹介を促されると唾を飲み込んでから言葉を発した。


「えと、探偵をしています。殺人結果と言います」

「私は雨包クリニック院長を務めている雨包翡翠です。よろしくお願いしますね」


 雨包に勧められ、診察室に入って椅子に座る二人。二人が座り、他の職員が周囲から居なくなったことを確認すると雨包は話し始めた。


「刑事さんに探偵さんですね。お話は伺っております。瑪瑙銀次さんに関しての捜査だと。本来であれば患者様のプライバシーに関わることはお答えできないのですが、故人を悼む気持ちが私にも当然ありまして、捜査が瑪瑙さんのご冥福に繋がれば良いと思って受けさせていただきました。彼の死は私の至らない点によって起こってしまったことでもありますから」


 受付と診察室は繋がっているが、声は小さく事務職員には聞こえていない。雨包も警察が調べに来ると聞いてから緊張をしていたのだ。その証拠に手が忙しなく動き、瞬きの回数も多い。


「雨包先生の至らない点とは何でしょう」


 結果は問う。


「私は医者として瑪瑙さんの治療を完遂して完治させることが出来ませんでした。最終的にあのような結果を招いてしまったのは私の至らぬ点でしょう」

「そんなことは……」

「ない、と言ってしまったら患者様に無責任でしょう? 辛くて頼ってくださった方を蔑ろにしていては、医療に携わる者としての精神が欠けています」


 最後に超常現象研究家を頼ってくる依頼者の存在を結果は思い出していた。今までいくつもの依頼をこなしてきたが、お祓いに行ったり病院に行ったりしても改善が見られなかった人のたどり着く場所が結果だった。辛くて頼ってくれる人を蔑ろにできないという雨包の話は結果と同じ考えだった。


「不躾な事を聞いてしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらないでください。それで瑪瑙さんについて何をお聞きしたいのでしょうか」


 謝罪を行う二人に優しく声をかけた雨包。午後からの診療もあるため、昼休みと言えど長居することはできない。

 結果は手元の鞄からメモ帳を取り出した。


「えっと、まず聞きたいのは――」


 メモ帳には予め質問することが箇条書きでいくつも書かれている。会話の流れで疑問が浮かんで質問をしていくこともできるが、話の内容を区切るためにも聞く内容はまとめたほうが良い。


「瑪瑙銀次さんが何に悩んでいたのか。プライバシーに関わる質問ですが教えて頂きたいんです」

「前提として瑪瑙さんは自殺なさったんですよね。貴方たちは何を調べているんですか? もしかして他殺の可能性が――」


 雨包からすれば、自殺したと聞かされていた患者について警察と探偵が聞きに来たという異常な状況。思考の帰結として他殺の可能性を考えても不自然ではない。


「その点は警察の判断で自殺となっておりますので」


 袋小路は雨包の言葉を遮って否定した。警察として調査している以上、組織の不備を認めることは出来ない。袋小路は依頼の手伝いとしてこの場にいるだけであり、不用意な発言をすることは許されていないのだ。


「でしたらどのような用件でいらしたのですか?」

「そのぉ、錆鉄さんからの依頼でして……」

「錆鉄さん?」

「こちらのクリニックでお世話になっているでしょう? 先程も待合室に居ましたよ」

「錆鉄饐さんのことですか?」

「はい、その錆鉄さんです」


 雨包は何かを察した表情をする。瑪瑙の名前を出しても沈痛な面持ちを浮かべるだけだったが、錆鉄の名前が出た瞬間に結果たちが訪れた理由を理解してしまったのだ。


「なる程。貴方たちが訪れた理由が分かったかもしれません。錆鉄さんのプライバシーにはなりますが、瑪瑙さんと錆鉄さんの繋がりを分かった上で当院に訪れていると言うことは大体の事は分かっているのでしょう」

「錆鉄さんが瑪瑙さんに殺される夢を見て苦しんでいる。それを探偵の私に相談してくれました。瑪瑙さんが亡くなっており、調査をするために警察に協力してもらっているんです」

「そういうことだったんですね。錆鉄さんの治療には少し苦労しておりまして」


 雨包はクリニックに訪れる錆鉄の様子について話し始めた。

 結果に見せるような態度をすることはなかったが、常に「呪われている」と言って譲らないらしい。医学では呪いという不確かなもので診察をすることは難しく、対話が取れない錆鉄の治療は難航しているようだった。ロールシャッハ・テストを試してみても異常はなく、悪夢を見て体調に異常をきたしている錆鉄は正常なまま異常を抱えていたのだ。雨包は薬物療法で様子見をすることにしたようだ。

 呪いを受けている人間には薬物が効かない。呪いは外部からの要因であり、人体を内部から治療する薬物では意味がないのだ。根本的な理由を解決する意味ではやっていることが同じでも、呪いの元を排除しなければ錆鉄の悪夢が消えることはない。


「呪いなどという非科学的なものはあり得ないんですけどね」

「そ、そうですね」


 非現実を吐き捨てる雨包に結果は苦笑いを浮かべることしかできない。呪いを専門としている結果も、自分の存在が非科学的なものだということは理解していた。人に見えない黒い靄も見えていることが異常であり他人に伝えても意味がないのだ。

 科学によって進歩してきた医学と、超常現象によって理解を深めてきたオカルトは一切交わる所はなかった。


「瑪瑙さんは最近何かに悩んでいるようでした」

「その悩みは何だったんですか?」

「徐々に体調が悪くなっていたと本人は言っていました。医療機関を受診しても異常は見つからず、精神的なストレスだと判断されて私のところに来たようです」

「そうなんですね」


 瑪瑙は精神的なストレスによる体調不良で雨包クリニックへ訪れていた。ストレスの原因となる内容を雨包は聞き出していたが、プライバシー保護のために二人へ説明はしなかった。

 警察の強制力を働かせれば聞き出すことは可能だが袋小路は口を挟まなかった。

 その後も結果は複数の質問をしたが、錆鉄と瑪瑙を繋げる情報は聞き出す事が出来なかった。

 結果は雨包に断りを入れてから袋小路と小声で話し始める。

 

「瑪瑙さんと錆鉄さんに直接的な関係はないかも知れない。そうなると黒い靄の件もあって鴻巣さんが錆鉄さんを呪っているってことかも」

「錆鉄も鴻巣に迷惑を掛けていたみたいだからな。その場合ってどうやって解決するんだ?」

「人を殺すような呪いじゃないから呪い返しをしても鴻巣さんが悪夢を見る程度で済むと思うよ」


 探偵殺人と呼ばれている所以は殺す呪いを返してしまうから。殺すことが目的ではない呪いなら返しても死ぬことはない。鴻巣には酷だが呪っていることは事実のため、結果は呪い返しをするために思考を進め始めた。


「聞きたい事は終わったな?」

「最後に聞きたいことがあったんだ」


 結果はメモ帳を閉じてしまった。メモ帳は前日の夜に用意したもので、今朝生まれた疑問はバッグの中に資料を入れていた。


「雨包先生。最後にひとつ質問があるんですけど大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。何でも聞いてください」


 質問攻めにされていても一切不満を言うことなく了承する雨包。直前まで錆鉄と会話をしていた結果は、威圧的な態度を取られないだけでも雨包の心象が良くなっていた。

 快く捜査協力をしてくれている雨包に、次の質問を投げかけることを躊躇してしまう。しかし、話をしなければ瑪瑙に関する疑問を払拭することができず前に進まないのだ。

 結果は意を決して雨包の前に、瑪瑙とのやりとりが印刷されている紙を開いて見せた。


「えっと、これなんですけど」

「何ですか、これは? 誰かのメッセージアプリの画面……」

「これ雨包先生と瑪瑙さんのやりとりなんです。瑪瑙さんが亡くなる三日前の日付。この日の夜に雨包先生と瑪瑙さんは会う約束をしていたってことで間違いはありませんか?」


 雨包は紙を凝視する。上から下まで目を通すと、背もたれに小さく寄りかかって溜息を吐いた。


「ええ。これは私のもので間違いありません」

「瑪瑙さんには彼女さんが居ます。えっと、その、夜に男性と会うっていうのは――」

「違いますよ。勘違いをしないでください」


 雨包は焦った様子で椅子から立ち上がって結果に詰め寄る。


「勘違い?」

「その連絡は瑪瑙さんからの相談に乗るという話なんです。瑪瑙さんは薬で対処できない程精神的にストレスを抱えていました。そのメッセージは瑪瑙さんからの診察依頼だったんです。ただその日の予約は埋まっておりまして、断ったのですがどうしてもとのことでお受けしたんです。監視カメラ等で見ていただければ私と瑪瑙さんがそのような関係ではないことは分かると思います」


 結果の肩を掴んで弁解をする雨包。必死さに気圧される結果だったが、雨包の発言は嘘に思えなかった。四季から伝えられたのは最後に送られていたメッセージだけ。それ以外に言及しなかったということは以前のメッセージは無かったのだろう。

 二人の関係性を構築する時間があったとも考えにくい。精神的に参っていたことは確かなようで瑪瑙が受診をしていた事実も領収書から判明している。


「それは失礼しました」

「失礼とは思いません。私もそのメッセージをいきなり見せられていたら勘違いしていたと思いますよ。ご存知だと思いますが瑪瑙さんには喧嘩中でも彼女さんがいらっしゃいます。生真面目な性格の瑪瑙さんが浮気をする人間には思えません」


 流れる川のように淡々と語っている雨包だったが、結果は違和感を覚えた。


「ちょっと待ってください」

「はい。どうしましたか?」

「瑪瑙さんが彼女さんと喧嘩していた? それってどういうことなんですか?」


 瑪瑙の彼女とは鴻巣琥珀以外に存在しない。結果たちが知っている鴻巣は瑪瑙の死に悲しみ、毎日のように部屋へと訪れる程思っている女性だった。

 彼女の口からは一言も喧嘩をしていた話を聞いていなかった。短い時間で話す内容では無かったとは言え、彼氏に対しての不平不満を一言も口にしなかったのだ。剰え喧嘩は一度もしたことがないと言っていた。

 自殺した瑪瑙と喧嘩していたと話せば自分が何かで疑われると考えたのかも知れない。喧嘩をしていても愛する人が亡くなれば悲しみに暮れると言うことだろうか。


「何でも彼女さんとうまく行っていなかったみたいですよ。それが精神的に参ってしまう原因のひとつになっていると私は考えたんですが……」

「鴻巣さん――瑪瑙さんの彼女さんは今まで一度も喧嘩をしたことがないと言っていたんですが……」

「そうなんですか? それはおかしいです。私が聞いた話だと結構辛辣なことを言われていたみたいです。内容は伏せさせてください」


 結果はすぐに椅子から立ち上がりスマホを操作する。焦っているのかおぼつかない操作になりながらも、画像ファイルを開いて撮った写真を見始めた。


「……ない」

「何がないんだよ」


 同じ写真を何度も見比べて存在していいはずのものが部屋には置かれていない事実に気が付いた。


「瑪瑙さんの部屋に入った時にも気がついたんだけどキッチンも冷蔵庫も綺麗だったよね」

「瑪瑙が几帳面だったからだろ」

「それはそうかも知れない。でも部屋の中には一切鴻巣さんのものがない」


 部屋の写真には鴻巣の存在を感じさせるものは一切なかった。部屋の場所を知っており、亡くなってから何度も訪れている鴻巣が一度もアパートを訪れていなかったとは考え難い。詳細は大家に聞けばすぐに分かるだろう。

 鴻巣の服装は自己顕示欲に溢れていた。そのような人間が彼氏の部屋に自分の存在を残さないとは思えなかった。


「本当に二人は喧嘩していた……? 瑪瑙さんの部屋に一切物がないってことは瑪瑙さん側が鴻巣さんを拒絶していたのかもしれない」


 瑪瑙が鴻巣の私物を捨てていたとすれば鴻巣の私物が無いことにも説明がつく。

 袋小路と話していた結果の間に割り込むように雨包が口を挟んだ。


「それはありませんよ。だって瑪瑙さんは鴻巣さんのことで悩んでいましたから」


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