《五章 神》
「────【血雨削】」
女の紡いだその言葉が、何かしらの詠唱の類であることを神威は悟った。瞬間、足元に複数の影を確認し、すぐさまその場から背後に大きく飛ぶ。
「随分と勘が鋭いのね、お兄さん」
「生憎、無言でそれをやってくる奴を知ってるからな」
「あら残念。ならこれは対応できる?」
カーラと神威は互いに相手の力量を推し量っていた。神威がカーラを警戒するように、カーラも神威を警戒している。それはお互いが放つ生物としての圧が、ただ者ではないことを察知させているのだ。
方や吸血鬼、方や人の限界を超えし者。
先に動いたのは、カーラであった。
【血夜ヲ纏エ】
カーラは自身の身体を血液で覆い、外殻を形成する。紅いドレスに身を包んだカーラ、その右手には同じく紅い刀身を輝かせる剣が握られている。
それを見て、神威も武器を取り出した。それは紅城と同じく何もない空間から現れた。
握った武器を手に、両者は迫る。
「【血剣ノ舞】」
またも先に仕掛けたのはカーラだった。手にしている剣は武器であり、そして囮である。
神威の背後では二本の剣が宙を舞い、左右の腕を狙って飛来していた。
完璧な死角からのそれに、神威が反応できるはずがないとカーラは考える。しかし、それは上手くいかなかった。
「【時斬】」
突如振り返り、構えていた剣を腰から放つ。一振りで二度の攻撃が放たれ、カーラの二本の剣を斬り落とした。
そのまま地面を蹴り上げ、カーラに肉薄する。剣と剣が攻めぎ合い、目と鼻の先に相手がいた。
「恐ろしい勘ね。悪いのはその眼かしら?」
「さぁな?」
神威の眼は黄金に輝いていた。それに映るのは現在だけではない。異なる時間、より細かくすると、未来を見る能力。
────【已眼】
その力は確定した未来を予見するのではなく、已然形、確定していないものを覗いているのであり、それを改変する力を持つのだ。
今神威が見たのは、自分の剣が弾かれ、左腕から血が噴き出た未来。
それを回避した今、その未来はあり得たかもしれない世界に時間軸は変更される。
故に今、如何なる不意打ちも神威には通用しない。
「諦めたらどうだ?そちらに殺意がないことは分かっている。少しくらい話を聞いてやってもいい」
「悪いけど、こっちにだって理由はあるのよ。そうやすやすと従ってられるもんですか」
お互いに殺意がないことは理解していた。だがそれでも真意が分からない。
もしも相手が何か手札を隠していたら?
もしも相手が時間稼ぎが目的だったら?
考えれば考えるほど、万が一のリスクは浮かび上がる。だからここにいる四人は戦っているのだ。
────(【血ノ聖ナル舞踏会】)
カーラの奥の手、ルナの血液を取り込んだことで得た聖女の力を纏う魔法。その魔法の詠唱を終えた彼女の姿を、神威は【已眼】で見た。
その結果、最善でも相打ち。最悪は自身だけでなく紅城を巻き込んでの敗北だった。
【已眼】の制限は決して軽くない。この力を通して未来を変えるたび、より力は消耗していく。
そのため、今見た未来が、この戦いにおける最後の未来視だった。
この戦いの結末は、もう他の誰にも分からない。ただ一つ分かるのは、当事者である四人にのみ、それは委ねられたことだけである。
神威はカーラが詠唱するよりも早く、先に動いた。
「纏うは剣に宿りし神の力 【神装】 時量師神」
神の力をその身に降ろす【神装】。時間の神の力を纏うことで、より深く時間に干渉する力を得た神威は、奥の手を解放する。
「【不刻】」
時間が刻まれることを否定するその力は、世界の全てを止めた。無論、カーラの時間も止まり、詠唱されるはずだった魔法は構築されることはない。
逆転の策は何一つ残されていないと、神威は確信した。
その視線の先にはカーラの瞳がある。何もかもを吸い込み、閉じ込めてしまいそうな輝きが、神威を魅了していた。




