《二章 煙ノ中ヘ》
「「────ッ!?」」
悪意を今この瞬間まで感じ取れなかった紅城と神威。それを察知した二人は瞬時にその場から距離を取る。しかし、既に遅かった。
「一人だけ、か」
金髪のツインテールに赤い瞳、特徴的な見た目の女がそこにはいた。そして、女の手には、紅城の腰にあったはずの剣が握られていた。
「誰だお前!?いや、それよりも俺の刀が」
遅れて、紅城は自分の武器が盗まれた事実に気づく。
「焦るな、能力はおおよそ予測がつく。この女の能力は盗みだ。それに、取り返せる」
神威は慌てる紅城を宥め、冷静に状況を把握していた。全てがまだ不可逆ではなく、今この瞬間であれば、何一つ問題が無かったことにできる、と。
「紅城、銃を使え」
「いや、駄目だ。タネが割れてない以上、それはリスクになる」
慌てていた紅城だが、それは単に起きた事実を認識したことに対してであり、今後の行動には一切の影響は無かった。それゆえ、神威の指示に愚直に従うことなく、最善手を模索し続け、最悪を回避する。
「試行錯誤してるみたいだけど、このお嬢様を守らなくて……いや、まじか〜。ミスだな、これは」
横目にルナを見ているだけだった女は、突如として首を、そして身体をルナに向かい合わせる。ミスが何を指しているのか、本人以外知る由もない。
「ちょっと切り替え。全力で盗るわ」
突如、女の手元で何かが行われる。すると煙が女の周囲に現れ、それに付与された魔力の残滓が辺りを覆い尽くし、視界と魔力探知を阻害する。
だが、魔力を持たない神威と紅城にとって、魔力探知を使えないことは問題ではない。ただし、五感の一部である視力を奪われたことで、僅かながらに隙が生まれる。
その隙を、一秒にも満たない時間を、他ならぬ怪盗は二人から奪った。
そして、
「【窃盗】
ルナの背中に手のひらが押し当てられ、呪文が紡がれた。
***
何を奪われたのか、それがどんな意味を有するのか、私には分からない。それでも、魂が斬り裂かれるような痛みが心に広がる。
心当たりのあるものを一つしか、私は知らない。
私はポケットに手を伸ばし、確かにそこにあるはずのものを探したが、何もなかった。
それは、何故か出かける時に必ず持っていた、謎の金属片だ。使い方が分からずに、アデルディアに聞いたことがあるのだが、何も知らないと言われた。それと、他の人の物ではないか、とも。
でも、私の心臓はあれを見るたびに何かを訴えかけていた。見るたびに、私の心が張り裂けそうになった。
あれはきっと元の『私』にとって重要なもので、そして辛い記憶に関わるものなんだと思う。
だから、あれは取り返さなければいけない。
他ならぬ自分自身のために。
「お願い、盗った物を全部返して」
「……へぇ、そっちなんだ?」
「どういう意味ですか?」
彼女の言う、そっちが何を指しているのか分からなく、私は問い返す。
「いや、いい。こっちの話だから」
この時、とある理由からルナから女は注意を逸らせずにいた。そんな中、除け者扱いをされている者達が、何もせず、ただ傍観者でいるはずもない。
「なら、俺も俺達の話をさせてもらおうか」
「いいの?この場で闘り合っても。周りにた~くさん人がいるんだけど」
女がそう言うと、紅城は顔を歪ませて、小さく「クソッ」と毒を吐いた。
「借りてるものは、時が過ぎたら返すよ。じゃ、このまま退散させ────」
女はそう言ってまた手元を弄り初め、先程見せた煙を再度展開しようとした。
「【発】」
しかし、一筋の風が地上を駆け抜ける。
「エ?」
目にも止まらぬ速さで地を駆け抜けた神威は、そのまま女を宙に蹴り飛ばす。しかし、女には不思議とダメージは殆どない。それは単に受け身が取れたからではなく、今の動作が起点であったからに過ぎない。
「────【居合】」
重力に支配された女が空中で身動きが取れずにいる最中、地上では一人の男────紅城が新たに取り出していた剣を構えていた。
「────【陽閃撃】」
魔法とは違う力、闘気を纏ったその斬撃はなすすべなく宙を舞う者へ放たれ、そしてそれを捉えた。圧縮されたエネルギーをその身に受けた女は、その衝撃により更に空へと打ち上げられる。
殺さないように加減されていた一撃によって、女は完全に無力化されたと、紅城と神威は確信した。幾度となく放ってきた攻撃の威力を見誤るはずがないからだ。
だが、魔法は全てを塗り替える。それは紅城と神威が使う力と同じく、理を超越すると同時に、また新たな理に縛られるもの。絶体絶命の状況を切り抜けるための一手を、女は持ち合わせていた。
「【解除】」
女の声が上空から響くとともに、光が空を支配する。紅城と神威が凝視する中で放出された光は、二人の視界を無力化した。そして、今度こそ手元で何かを行うと、煙が改めて視界を制した。
その姿は煙が晴れてなお、その場には何一つ女の痕跡は残されていなかった。魔力すら煙によって攪乱されており、追跡は難しい。また、周囲には多くの人だかりができており、それに紛れたであろうことは誰しもが予測できたが、流動する人の流れに乗った者を追跡するのは、困難であった。
異なる世界における最強の一角、その二人を同時に相手取り、逃走を遂げた女の行方は煙に撒かれたのだった。




