《十一章 混ザリ合イ・溶ケ合ウ》
「ふふふ、認めましょう。流石は長命種、たかが人類では相手にならない。ですがその力、いつまで持ちますかね?見た所、強者のオーラはありますが、如何せん迫力が足り得ない。もしかして、血足りてないんですか?」
あまりにも弱い、と。相対する存在が普通の吸血鬼ではないことにシレンテはとっくに気づいていた。だが、なら何故、格上の存在が自分ごときに手間取っているのか。
これを解決する仮説────エネルギー切れ────は当たっていた。
(……魔力、いや血液切れが近いね。そこは彼女の言う通り。それに、さっきのでロクな体外での血液操作は最後ってところかしら)
【血雨削】で大量の血液を使ってしまった私は、ルナの血を取り込んだことで回復していた力をほぼすべて使い切っていた。ドレスからは紅色は抜けており、真っ黒に染まっていた。これが意味するのは血液切れ、このままではまずい。
「どうやら当たっていたようですね。ならばこちらにも勝ち目はあります」
「じゃあ見せてもらいましょうか、人類の底力とやらを」
諦めるのはまだ早い。接近戦に持ち込めば、血液をそれほど使わずとも勝てるはずだと、そう考えていた。
「────見せるのは人類の力じゃありませんよ。それすらも超越した、神の力です」
カーラの肌が空気の異変を感じ取り、無意識に体がこの場から離れようとする。第六感が全力で警報を鳴らしていた。
「【神域】」
すると、シレンテの背中に天使の羽衣が現れた。
【聖域】……いや、【神域】か!?まずい、耐性を突破される。
(魔法の破壊は……間に合わないッ!!)
背後の羽衣を破壊しようと駆けだしたときにはすでに、シレンテは宙に浮いていた。
「確かに貴方は強い。ですが、こちらには神がついているのです。貴方のような化物とは違う!」
制空権を握ったシレンテは既にチェックをかけていた。
「【煌メキタル鉄槌ノ裁キ】」
シレンテの魔法の構築は回避行動を取られるよりも早く、カーラの頭上に鉄槌を構築し、そのまま叩き潰す。
「ッ!!」
何とか受け止めたカーラだが、追撃はまだ終わらなかった。
「【貫ナル裁キ】」
先の尖った十字架が無防備な側面に向けて放たれた。両手で頭上からの一撃を防いでいるカーラは避けることも防ぐこともできず、ただ肌を傷つけられることしかできなかった。
「【貫ナル裁キ】」
「【貫ナル裁キ】」
「【貫ナル裁キ】」
「【貫ナル裁キ】」
「【貫ナル裁キ】」
五重詠唱によって放たれた複数の魔法は、カーラの足にも腹にも命中し、その衝撃で離れていたルナの近くまで吹き飛ばした。
「さて、もう再生もままならないみたいですね。そろそろ終わりにしましょうか」
ぼろぼろにはだけた服から大量の血が流れているのが見えるカーラを目の前にして、シレンテは勝利を確信する。
「ルナ、貴方に、一つ、お願いしても、いい?」
カーラがシレンテと激闘を繰り広げる中で、ルナは少しでも拘束が解けないか試しており、何とか口元のものは外すことができていた。だが、如何せん、自由を奪う二手二足の拘束は外せずにいた。
「その傷!今はそんなことよりも────」
「お願い、私を受け入れて。絶対に貴方なら私の全てを取り込めるから。そうしたら貴方を守れる」
「何をすればいいの?」
「私の血を飲んで」
ルナは自身の口元に近づけられた、血まみれのカーラの指を悩むことなく受け入れた。
「後は私の真名を教えるだけ。****、これが私の真名よ」
真名をルナに預ける。これにより、真名を介する弱体化は不可能になった。そして、ルナはこの真名を口にして命令することで、ありとあらゆる指示に従わせられる。
つまり、ルナだけがカーラの弱点となったのだ。
「これで契約は成立よ。貴方が私の主人」
「でも、いったいどうやって私を守るの?」
「もう一つだけお願いを聞いてほしいの。貴方の血を、吸ってもいいかしら?」
「何でそんなことを」
「愚問よ。それをすれば聖女を倒せるからに決まっているわ」
「分かりました。でも、約束してください。絶対に殺しちゃだめです」
「もちろんよ」
「カーラ、私は二つもお願いをききました。だから貴方もあと一つお願いをきいてください。でも、今から言うのは約束でも命令でもなくて、ただの私の願い」
カーラが自身の支配下にあることを、ルナは頭ではなく心で理解していた。しかし、初めて通じ合えた友達を利用することがルナにはできなかったのだ。
「お願い、****。私が『ルナ』を見つけるために、力を貸して」
カーラは静かに微笑んだ────そこに肯定の意志がないことに、ルナは気づかない。
「じゃあ、吸血」
ゴクリと胃に送られる血液は、とても甘く、そして芳醇な味がしていた。飲めば飲むほど飲みたくなる、そんな魔力があったが、なんとかルナを引き剥がし、口元に垂れた血液を舐め取った。
吸血鬼は生命力を奪う。そして、聖女の血は神聖力を含んでいるのは周知の事実である。それを摂取したカーラは一部の免疫を獲得するだけに限らず、取り込んだ力を己がモノにした。
「な、何を!」
(白、この輝きは月神のものとは違う!!)
カーラが纏うオーラは神の力、すなわち聖女と同じである。しかし、シレンテはそれが自身と同じ力の源ではないのを理解していた。
(まさか、太陽神!?そうか、ルナは王国の聖女。ならば、その血を取り込んだことで光の神聖力を得たのですね!!)
答え合わせは行われない。
「さぁ、夜に溺れましょう」
これから始まるのは月と太陽の激闘だ。
「【血ノ聖ナル舞踏会】」
傷だらけだったカーラの体はみるみると回復し、黒いドレスは瞳と同じ深い朱色に新調されている。そして、背中からは鋭く尖った二つの羽根が現れた。
「行くわよ?」
パチン、とカーラが指を鳴らすと、空は無数の赤い煌めきに覆われた。
「【血ノ聖ナル剣】」
クロカーラの手にはいつの間にか赤い刀身を持った剣が現れていた。
横長の一閃、血の衝撃波がシレンテを襲う。
「【拒ミタル裁キ】!!!!」
貼られた障壁をもろともせず、聖なる力を宿したその一撃は、寸前のところで回避したシレンテの体を掠める。
「何故ッ!」
光と闇の力は決して混ざることなく反作用し合い、お互いが弱点となっている。太陽の光が月の闇を斬り裂いたのだ。
「【血剣ノ聖ナル舞】」
息をつく間もなく、カーラはまばゆい煌めきとともに、空に輝く血を変形させてていく。それにより創造された無数の剣がシレンテを取り囲み、縦横無尽に宙を斬り裂く。
「【裁キタル波動】」
幾重もの剣が自身に迫る中、シレンテは魔法を発動させる。自身の天使の羽根を強く羽ばたかせ、神聖力を含んだ波動を押し出すことにより、攻撃が当たるよりも前に全てを破壊した。
「油断しすぎよ?」
カーラの言葉の意図をシレンテが考えたときには既に、自身の足元に血溜まりができていた。そしてそれが、自身のものではないことを理解する。
「「【拒ミタ────」
「【聖血輝群】」
完全防御はできずとも、威力の半減が叶わないわけではない。すぐさま魔法を展開させようとしたシレンテだったが、それは失敗に終わる。
血液溜まりが眩い光を放ち、シレンテは寸前のところで直撃は避けたものの、光が形を成して下から攻撃してくる。一つではないそれは、シレンテの体に何本も刺さり、苦痛に顔を歪ませた。
「貴方の負けよ。早くルナを……」
倒れたシレンテに近づき、負けを認めるように言う。
「────貴方こそ、油断しすぎじゃありませんか?」
シレンテは口元に飴のような何かを含ませていた。
「何をッ!!」
(いったい何を!?毒?いや、諦めたようには見えない。なら……まさか、魔薬!)




