《九章 二人ノデート》
「あのぉ、首元赤いですけど、何かありました?」
街にあるレストランで仕事の依頼について話していたが、ポーラが俺の首元を凝視しながらそう言った。
「ん……?あぁ、ちょっと、な」
俺は首を少し引っ掻いた。
「あんなにルナを大切にするって言ってたのに、随分と激しいみたいじゃないですか」
煽るポーラだが、勘違いしてくれていたほうが助かる。でなければ、これが吸血鬼の跡だと気づかれる可能性があったからだ。
「違う。それに、変な勘ぐりはするな」
「えぇー?じゃあ、他の女ですかー?」
「余計な話はいい。さっさと本題に移れ」
「ウロボロスの関係者の情報が手に入りました。その裏取りをお願いします」
仕事の話になると同時に、二人の空気は変わったのだった。
***
「今日、私とデートしたいだって?」
同じテーブルを囲んで昼食を食べている最中、私はルナにそう言った。
「はい!カーラさんと友達になったので、もっと色んなことを知りたいなって思って」
「変わり者ね、ルナは。分かったわよ、じゃあ少しだけ時間を頂戴。準備してくるから。それとカーラでいいわ」
始祖である私は日の光を浴びても死ぬことはないが、弱体化はする。だが、昨晩は少しハメを外しすぎたものの、お陰で力が少しずつ戻り始めている。今なら弱体化をそこまで気にせずに済むと考えたわけだ。
「やったぁ!」
「まだ帝都に来てから一週間ほどでしょう?街についても教えてあげる」
────と、成り行きでここまで来てしまったけど、日中にこんな堂々と街を歩くなんていつぶりかしら?でもそのおかげというべきか、教会の連中もまさか吸血鬼がこんな時間に動くとは思わないでしょうけど。
「カーラはいつもアクセサリーを身に着けていますけど、どこで買ってるんですか?」
私の首元で輝く、宝石の埋め込まれたネックレスにルナは興味を持ったようだった。
「これ?あぁ、じゃあそこを教えてあげるわ。きっと貴方に似合うのも見つかるはずよ」
「でも、教えてもらっていいんですか?吸血鬼のお気に入りってことは……」
「違うわよ。でも彼はこちら側に詳しい人だから心配しなくていいわ」
仲間を教えてしまってもいいのかという疑問を持ったのだろうが、問題ない。彼は私の支配下にあるからだ。
「ほら、もう着いたわよ」
「すごい、こんなところにお店があるなんて」
ここは大通りから少し離れた場所にある、隠れたお店。招待制であり、普通の人間では入ることはできないのだが、今は私がいるので問題ない。
目をキラキラ輝かせるルナを連れて、私は店内へ。
「この子に似合うアクセサリーをいくつか見繕ってもらえるかしら?」
店に入ると、私は顔見知りの従業員にルナを任せることにしたのだった。
「ところでカーラ、帝国は王国に比べるとお店の雰囲気が全然違いますね」
アクセサリーを見繕っている間、私とルナは世間話をしている。
「そうね。帝国は魔法よりも科学がメイン。この明かりも魔法じゃなくて、電気で動いているわ」
「ブレがないですし、ずっと綺麗な光ですね」
「魔法は周囲の魔力などに影響されるけど、この電気は違うのかもしれないわね」
そんなこんなで時間を潰していると、どうやらアクセサリーの準備が出来たらしく、ルナは手渡されたネックレスを試しに着けてみる。
「どうかしら?着けてみて違和感があったりする?」
「いえ、むしろ馴染みすぎて怖いです。それにこれ、何か付与されてますよね?」
「……よく分かったわね」
隠そうとしていたわけではないが、まさかこんなにも早く気づかれるとは思っていなかった。ネックレスに埋め込まれた宝石は、魔石と呼ばれる特殊な鉱石であり、種類によって様々な効果を持つ。しかし、魔力を内包する魔石の加工には非常に高い技術が求められるため、事実上不可能に近い。
そんな品物を限られた人にだけ販売するのが、このお店であり、そして────、
「実はね、ルナ。この店のオーナーは────”私”なの。そしてそのアクセサリーは私から貴方へのプレゼントよ。きっといつか貴方を守ってくれる」
「え、でも私お金なんて」
「いいのよ、お金なんて。私達は友達なんでしょう?」
「いや、でもこれは」
「プレゼントされたものを受け取らないのは失礼じゃないかしら?」
不敵な笑みでルナにそう言うと、彼女は諦めたような表情をした。
「分かったわ。でも今度何かでお返しさせてちょうだい」
「楽しみに待っているわ」
「ねぇカーラ、連れて行ってあげたい場所があるんだけどいいかしら?」
「構わないわよ?」
***
「時計台の中に入れるなんて、よく知ってたわね」
「この前子供達に教えてもらったんです。ここなら全く知られてないから人も来ないし、街並みが綺麗に見えるよって」
この前、孤児院の子供達とご飯を食べている時に、帝都のおすすめスポットを聞いたらここを紹介された。
本当に登れるのかとか、景色がいいのかなどと気になってはいたが、実際に訪れてみるとそんな不安は消し飛んだ。夕暮れ時に来たおかげで、ここから見える街は普段とは違っていた。どこか懐かしく、見た記憶がない何処かの街とイメージが少し重なって見えた。そこが私の空想なのか、それとも私ではない『私』が訪れた場所なのか分からない。それでも、思い出の場所であることを、心は確かに感じている。
「そうね、私も知らなかったし、もし知っていたとしても一人なら来なかったわ。ルナ、誘ってくれてありがとう」
「ううん、こちらこそだよ。だってこんなものまで貰っちゃったから」
「価値じゃないわ。込めた気持ちが重要なの」
景色を堪能した私たちが地上に戻ろうと階段を降りていると、下から人が登ってきた。
「あら、ルナじゃありませんか!」
「シレンテ!?どうしてここに?」
タイミングが悪いと私は思った。今後ろにいるのは他でもない吸血鬼、敵対しないといくら伝えたところで、聖女である彼女が見逃すはずがないからだ。
顔に出ないようにしながら必死に思考を回していると、後ろから小さな声でカーラが囁いてきた。
「平気よ、私の正体は絶対にバレない。だからいつも通りで話をして」
その言葉で冷静になれた私は、無駄に不安になるのをやめ、慌てずに普段の態度で接することに決めたのだった。
「どうしてここにいるのかというと、ここは教会が管理しているので、一応の見回りです。とはいっても、ほとんど訪れる人もいないので、たまにしかしませんけどね。あれ、隣の方はお知り合いですか?」
「えぇ、この方はサラ。さっき私が迷子になっているところを助けてもらいましたわ」
本名を言わないほうがいい気がした。万が一でも吸血鬼と勘付かれる可能性があるのならば、それを避けたいからだ。
「そうなのですね。ではサラさん、少しだけルナをお借りしてもよろしいでしょうか?お仕事のことで話したいことがありまして」
(なんで!?)
何かやらかしたのかと振り返るが、特段仕事でミスをしてしまった覚えはない。なら、孤児院の運営の話だろうか。
「聖女様のお願いとあらば、喜んで。じゃあ私はここで待っているわね」
カーラはそう言ってルナとシレンテの二人を見送ったあと、大きくため息を吐いた。
「バレてはいないけど、あの状況、多少の無茶は必要だったかしら?いや、ルナを庇いながら戦うにしては狭すぎるし、何より強い」
カーラだけが気づいていた。シレンテの纏う気配が話し合いなどという生ぬるいものではなく、狂気に満ちたものであることを。そして、あの馬ではルナをその狂気に巻き込み、命すら危うくさせてしまうということを。
だからカーラはルナを泣く泣く手元から手放した。だがそれは、一時的なものである。
「ごめんなさいルナ、でも必ず貴方を助けるわ」
この場にいない相手に、その言葉は届くことはない。だが、決意は固まった。たとえ自らを傷つけようとも、守るという誓いが。
「だから、どきなさい貴方達」
時計台の中には、カーラを妨害するための刺客が派遣されていたのだった。




