《七章 消エヌ宿命ヲ感ジテ》
「弱いな、お前」
ボロボロになって地面に伏せている俺を取り囲んでいる四人のうち、一人がそう俺に言葉を吐き捨てる。
巨体に見合った馬鹿力と、見合わない瞬発力。何もそれで負けたわけではない。場数を踏んでいる俺にとってこのような相手と戦うことは基本だ。単純に、俺が重大な問題を抱えているだけなのだ。
そう、俺は今、魔法を使えない。
魔法を『ルナ』を守るために使うという”己の誓い”が、その『ルナ』を自らの手で永遠の眠りにつかせたという事実が、魔法の制御に必要な心を乱すのだ。
このままでは俺は負ける。だがなにも、勝てる手がない訳ではない。
その逆転の策というのは、『ルナ』との”不殺の誓い”を破ることだ。そしてそれは、裏切りだ。俺はこの帝国で既に一度彼女を裏切っている。
(二度も裏切ることはしたくない)
エゴがアデルを縛り付けている、だが、今のアデルではそんなことにすら気づけない。
「女を守りに来たかと思えば、まさかこんなにもみっともないとは。さっさとお前を殺して、逃げた”ルナ”を追わせて────」
男の狙いがルナに向いた、そう認識し、アデルの中で彼女を守る誓いが再度輝きを取り戻した。
「────ない」
「あ?」
アデルの小さな声を聞き返した用心棒だったが、帰ってきたのは先ほどまでの相手ではなかった。
「────させない。【幻ノ時間】」
魔法を使用した直後、俺の五感はその極致まで強化され、身体能力も限界を超えて向上する。
てめぇ。
何してやがる。
二つの巨体がそう言おうとしたときには既に、俺の右足が頭を地面に叩きつけていた。
「眠れ」
まずは二人。そして残りも二人。
「「この野郎ォ!!これでも喰らえッ!!」」
頼みの綱であった用心棒があっさりと倒され、正気を失った男達は、服から取り出した拳銃の引き金を何度も引いた。
「銃はもう見た」
複数の銃弾が俺に目掛けて放たれているが、磨き上げられた反応速度はそれを捉え、回避する。
俺は過去に一度、王国でこの武器に敗北した。それを警戒しないはずもない。
「「────グハッ」」
用心棒と同じように俺は残った二人の意識を奪った。
(全て終わった。これで後はルナと合流するだけ)
「────”アデル・リッパー”、元人殺しが帝国に何のようですかぁ?」
(俺の本名……誰だ!?)
背後から急に女の声がした。【幻ノ時間】は長時間使用できないため、確かに認知能力は下がっていたが、それでも警戒をしてはいた。それなのに反応できなかった。
「ひとまず距離を!」
危機的事態に陥ってなお、アデルの最初の選択肢に、殺す、もしくは戦うという攻めの姿勢はない。牙がなくなっているのは明らかだった。
「悪いですけど、取り押さえさせてもらいますよ」
「────速い!!」
俺が動き出すよりも早く、その女は俺を地面に組み伏せ、背後で手を押さえつけられる。
「なぜ、だ」
「なぜだって、簡単じゃないですか。覚悟の違いですよ。人を殺してまで勝とうとする意思があるかないかだけです」
「誰だお前は?」
「誰だと聞かれたら答えてあげるが優しさですよねぇ。私はポーラ、ただ表も裏もあるだけのポーラですよ。それと、抵抗しないのなら拘束を解いてあげます」
敵意の有無ははっきりしないが、少なくとも今すぐ殺すわけではなさそうだ。だが、少しでも妙な素振りを見せたなら、俺は殺されるだろうということは確かだった。
俺が抵抗する素振りをやめると、ポーラは拘束を解除した。
「”ルナ・カルディア”さんの記憶を取り戻したいんですか?」
「……なぜその名を」
俺とルナの本名も、過去もポーラは知っている。
「色々ツテがありますからね、私。で、記憶についてはどうなんですか?」
「いや、忘れたままでいい。思い出したところで辛いだけだ。だから、ここでルナが笑って生きてくれればそれだけで」
「なら”聖女の力”は隠すべきですよ。この国、聖女ってだけである意味最上級に優遇される国民性ですもん」
「随分とこっちの事情にも詳しいんだな。そのツテとやらに興味が湧いてきたぞ。それと、力は隠すべきとの忠告だが、ルナはそんな人間じゃない。隠し通せるわけがないぞ」
「それは貴方達にお任せしますし、ツテについては、いつか教えますよ。というか、必ず知るはずです。貴方達にはその義務がある」
「今すぐ教えるってのは無理なんだろ?」
「ええ。それよりも私と取引しませんか?アナタ達二人の帝国内における身分と住居、それとアナタには仕事も差し上げます」
「その対価は?」
「差し上げる仕事がそれです。どうです?帝国の暗部に所属しませんか?もちろん、ルナさんと離れたりさせませんし、安全はできる限り保証します。それに、何かあった場合は、少なくとも私は動くと約束しますよ」
「お前のことを俺はまだ知らない。そちらのメリットはなんだ?こちらに十分甘いみたいだが」
「いやぁ、こっちの諜報部隊も王国とは引けをとらないと自負してたんですけど、近頃妙な奴らが増えてきましてね。きっとアナタはそれに詳しいはずかと」
「……誰だ?」
「”ウロボロス”ですよ」
「......王国だけでなく帝国にまで広がっていたのか」
「他にも面倒なのがもう一つありますが、ひとまずそっちをなんとかしてほしいんですよ。元々小さい組織だったので観測しづらかったんですが、王国の一件以来、こっちで派手に動きだしているので人手が欲しい。それも、とびきり優秀な人材が」
別件は吸血鬼の方か?そっちら教会が担当らしいが、どうやら一筋縄ではいかないみたいだな。
「事情は分かった。だが、お前がどういう人間かまだ信用できない」
「なら確かめますか?性格も、相性も」
そう言ってポーラは俺に近づいて身体をくっつけてくる。
「……お前のような奴は趣味じゃない」
「なら、ルナさんはどうですか?記憶がないなら好きにした────」
口を開けば軽口ばかりのポーラは、意図せず虎の尾を踏んだ。殺さずの誓いを微塵たりとも感じさせないほどの殺意がポーラを襲い、彼女のひょうひょうとした表情が剝がれかけた。
「────冗談もその辺にしておけ。お前とはビジネスの関係でいたい」
「私、踏み込みすぎちゃったみたいですね。まぁ、取引してくれたなら儲けものです。じゃあ、仕事の依頼はまた後日」
そう言って、この場から去りかけたポーラは足を止めた。
「あぁそれと一つ忘れていました。────皆さん、撤収していいですよ」
すると、路地裏に響き渡ったのは何十人もの足音だった。
(囲まれていたのか!?いつから、いや、どうやってここまで気配を隠せていたんだ。やはり敵対しなくて正解だったな)
「アデルディア、いやアデル。アナタとの取引が成立してくれてよかったです。無駄にここと教会を血で染めずに済みました」
従わなければ俺とルナをまとめて殺すつもりだったのか。考えてみれば、最初俺は彼女の気配を読み取れなかった。本当に底の見えない相手だ。
「最後にもう一つ忠告です、アデル。夜には気をつけてくださいね?鬼が出ますから」
ポーラが去り際に残した言葉は、意図せずルナの危機を示していた。吸血鬼、まさしく”鬼”に襲われていることを、アデルはまだ知らない。




