《四章 帝国ノ聖女》
「帝国はすごいですね。こんなに街中が活気で賑わっているなんて。私達が元いた国もこんな風でしたか?」
子供のように目を輝かせる彼女は、帝国の街に興味を持っていた。かくいう俺も少しワクワクしてしまっている。王国は魔法そのものを主に取り入れた国だったが、帝国は魔法を活用した科学技術を中心に発展した国だ。
「いや、ここまでではなかったな。この国は技術の進歩が頭一つ抜けている」
「あ、ほら!あれは何ですか?あの鉄の塊、みたいなのが動いています!」
「多分あれは列車だな。魔法と科学を組み合わせて作られた、帝国の技術の結晶らしい。まさかそれが、この国では一般にまで普及しているとは」
「……あの、アデルさん」
「どうした?」
「私、あれに乗ってみたいです」
***
「すごかったですね、魔導列車」
「あぁ。それに、ここまで交通の便が整っていれば生活で困ることは基本ないだろうな」
「でもよかったんですか?変な所まで来ちゃいましたけど」
「ルナが楽しめたならそれでいい。確か、ここは教会前だったか?」
「目の前にありますもんね。せっかく来たわけですし、入りませんか?」
「……いや、俺はこの近くで買うものがあるから、ルナだけでも見────」
「────私を一人にするんですか?」
「......痛いところを刺す」
「守らせてって言ったのは貴方ですよ?だったら、とことん利用させてもらいますもん!」
人を殺している俺が入るのは相応しくないと、うまく断ろうとしたのだが、彼女に遮られることになった。それでも、俺は神に祝福を受けられるような人間ではないといくら説明しても、ついてきてくれの一点張り。
「わかったわかった。そこまで言われたら俺も行くしかない」
「今さらですけど、アデルディアさんの認識では私との主従関係は切れているでいいんですか?」
「当たり前だ。ルナに余計な負担は掛けたくない。俺のことは気にせずに好きに生きてくれ」
「────じゃあ、今の私とまた”主従関係”を結んでくれませんか?」
「……ん?」
動揺。何を言っているのだ?
「もう一度私を雇ってくれませんか?お金は要りません。だから、少しだけでもいいから、離れたくないんです」
さっきまで俺に向けていた疑いや戸惑いの様子はなかった。信頼されていると、俺がそう感じるほど彼女は心を開いていた。
「そういう訳にはいかない。君は君の人生を生きてくれ。ただ、どうか俺をそばにおいていてほしい」
クスッ、と彼女は笑った。
「なんですか、それ!だったら貴方が私の主人に戻ればいいんですよ?そうしたらずっとそばにいられます」
「だから……いや、君はそういう人だったな。一度決めたらそれを最後まで変えない、我儘な人だったよ」
どこか『ルナ』の面影を残した彼女は、相変わらず自分勝手だった。それがどこか嬉しく、そして寂しかった。
「じゃあ、”主従関係”成立ですね!」
「はいはい」
「では、教会に向かいましょう!アデルディア様」
「その言い方はむず痒いな。アデルディアでいい」
「なら、アデルディアさん!行きましょう?」
そう言って彼女は一人先に駆けだしてしまう。
残されたのは俺一人。
「……本当に、貴方は頑固な人ですよ。あの時からずっと、今も変わらずに」
届く相手のいない言葉は帝都に流れる風に飲まれて消えていった。
***
教会を訪れた俺たちは、その中で一人の女に会った。
「あら、こんな時間に来る人がいるなんて驚きです」
「貴方は?」
「この教会で聖女を務めているシレンテと申します。あなた方はどうしてこんな教会に来たのでしょうか?」
「俺はアデルディア。ついさっき諸事情でこちらの帝国に来たのだが、たまたま列車に乗っていたらここに辿り着いたのでな」
なるほど、とシレンテは納得した。
「私はルナ。彼に仕えているの」
意味がわからないと口には出さなかったが、シレンテの顔には強く出ていた。
「アデルディアさんの言う事情については、お察しいたします。大変お辛い経験をされたでしょうが、きっと神は貴方を見放したりしないでしょう」
「いえ、そのようなことを受けられる身ではございません」
「私としても”王国の件”について手を貸したいとは思っていたのですが、許可が下りず……この身でできるのはただ祈ることのみです」
「それならば仕方ありません。むしろ、聖女の祈りとなればきっと神様もお助けしてくれるはずです」
「そうだといいですね。ところで、ルナはアデルディアに仕えていると言いましたが、それを抜きにしたお二人の関係は?」
「大切な人だ」「知らない知り合い……?」
迷うことなく俺と彼女は答えたが、見事にバラバラだった。
「うわ、何ですかその関係。もしかしてですけど、変な関係じゃないですよね?もしそうならこの神聖なる教会を汚したとして、私が……」
シレンテは腰につけた聖書に手をかけている。
「まて、違う。彼女は記憶を失ってしまっているんだ」
「記憶を失っている……?あぁ、それならさっきの変なやり取りにも説明がつきますけど……」
「あの聖女様、私の記憶喪失を治せませんか?」
「ッ!?」
ルナが自分の記憶を取り戻そうとするのは自然なことだ。だが、俺はそれを望まない。このままでいてくれたら全てが丸く収まるのだ。
「難しいですね。記憶に関してはまだまだ研究が進められている分野でもありますし。でも不可能じゃありません。迷える子羊を救うことが私の使命です。神の寵愛を受ける身としては、無論お力添えをさせてもらいます」
「じゃあ、ルナさん。こちらに来てもらえますか?」
「はい」
「少し頭に手を置きますよ。治すことは無理でしょうが、治すきっかけくらいは見つけてみせます」
聖書を片手で開きながら、ルナの頭の上に手のひらを置き、シレンテは何かを始めた。
「ふむふむ……ほぉほぉ……おお、あら……ん……んんん……むむむ……えぇ……?」
苦戦しているようだった。
「おりゃ!これでどうだ……んん……それならこうだ!!」
「どうだ?」
「ど、どうなってるんですか、これ!記憶の蓋は見つけたのですが、ロックが全く外れません!」
「聖女の力をもってしても無理なのか」
俺はがっかりしたような表情をした半面、心のどこかで安堵した自分がいることを嫌悪した。
「私じゃ無理でしょうね。ここは帝都ではありますが、中心部からは遠く離れています。こんなところに派遣されるのは、私みたいな落ちぶれた人間ですよ。治せる可能性があるとすれば、街の中心におられる大聖女様でしょうね」
「ルナの記憶はどういった状態なんだ?」
「そうですね......簡単に言えば、彼女自身が思い出すことを拒んでいます。奥底に今までのことが封印されているようですが、あまりにも強く拒まれてしまっていて、もしかしたら大聖女であっても治すのは不可能かもしれません」
「……なら治らないのか?」
「絶対ではありません。何かのきっかけで彼女自身から思い出す場合があります。ですが、自ら外と隔絶しているので、いつ戻るかは分かりません。でも、少しだけ見た彼女の断片はとても傷ついていました。やはり、もしかしたらずっと戻らないかもしれません」
「そう、か」
「早く目が覚めるといいですね」
「……え?あぁ、そうだな」
忘れたままでいてほしいとは決して言葉に出来なかった。
「この後、お二人はどうするんですか?見たところ随分と軽装ですけど、行く当ては……?」
「ない。金はそこそこあるんだが、あいにく街のことはさっぱり分からん」
帝国に来てすぐ、俺は持ち合わせていた鉱石を売り払って金にしていた。そのおかげで列車にも乗れ、ある程度生活を続けられるほどの蓄えがある。
「……らしいです」
「すまない、ルナ。俺がちゃんと準備をしてなかったせいで」
「いや、元はと言えば記憶を無くした私が悪いんですから謝らないでください!」
「……いろいろな事情が絡み合っていることは承知しました。なら、私から一つ提案があります。ひとまずお二人の住まいについては、私の知り合いの宿を紹介します。そこならある程度割安で泊まれるかと。そして、ルナさん。よければ私の手伝いをしてくれませんか?」
「え?そんな聖女様に手を貸すなんて、私には」
「思っているような作業じゃありませんよ。どちらかと言うと、教会ではなく私個人の手伝いです」
『作者コメント』
今回はひとまずアデルに心労をかけるのがメインですね。帝国編の主人公は実質アデルですし。
『聖女について』
王国と帝国では信仰対象の違いにより、神聖魔法そのものにも違いがあります。
王国=光 非物理的な浄化がメイン(光パワーとか)
帝国=闇 物理的な浄化がメイン (魔法物体を経由)
『帝国とは』
帝国は勇者の子孫が代々統治してきた国です。多分一切言ってない気がしますが、帝国編だとここら辺を結構メインに描きたいですね。
まず第一、世界観(聖戦とか)を開示してないことがやばいっすね。勇者、聖女、龍とかその他諸々。




