西原姉弟
2週間という短い期間の中、遼はひたすらランニングと、仁とのマンツーマン訓練を反復で行っていた。
Cランク隊員として出席しなければならない訓練も出ていて、遼の体は悲鳴を上げていた。動きが鈍くなり、明らかに集中できていない遼を見た仁は、大浴場で汗を流すことを提案した。
「風呂入って疲労が取れるんなら、誰も苦労はしないだろ?」
面倒くさそうな表情を浮かべる遼の首を掴んだ仁は、そのまま引きずりながら大浴場へ歩みを進めた。
「いつも小隊部屋のシャワーなんだろ? それじゃあ、疲れは取れない。良い動き、キレのある動きをするためには、疲労を体に残すのは良くない。黙って付いてこい」
「イデデデッ!! 分かった!! 分かったから首から手を離せッ!!」
シャワーで軽く体を洗い流した遼と仁は、大風呂に肩まで浸かり、リラックスモードに入った。
「ふぅい~。なんだかんだ湯船に浸かると気持ち~な~」
「悪くないだろ?」
「ああ。多分、錯覚だと思うが、疲れが取れている気がする」
仁はクスリと笑い、湯気が上っていく天井を見つめた。
「西原。黙っていたが、昇級試験を受ける前日に月影と模擬戦をしてもらう」
「詩織と?」
仁は遼と視線を合わせることなく、自分の思いを口にする。
「本音を話すが、最初にお前の近接戦闘を見たとき、月影よりも弱いと思っていた」
不甲斐なさを感じた遼は悔しそうな表情を浮かべ、舌打ちをする。
「……自分でも気づいていたよ。遠いところなら安心して動けるのに、近づくと脚が震えてしまうんだ。体全体の力も抜けてしまって……俺は詩織よりも近接戦闘は向かないと思っていたよ」
落ち込んでいる遼の表情を見た仁は、再びクスリと笑う。
「何がおかしいんだ? 人が本気で落ち込んでいて、反省しているってのによ」
「いや……すまない。笑ってしまったことは謝る。抄さんと似ていて、つい……」
「姉貴? ……姉貴が落ち込んだ姿なんて見たことがない」
「知らなくて当然だ。お姉さんは誰よりも気が強くて、自分の弱いところは見せない……ある模擬戦の後を除いてな」
遼は仁に目を向け、真剣に話を聞く体勢に入る。
「ある模擬戦?」
食いついたことを確認した仁は、遼の姉、抄の意外な一面を口にした。
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『戦闘不能を確認。西原ダウン!』
転送室のベッドの上で、天井を見続ける抄に対して、ある男が声をかける。
「何度やっても同じだ。今のお前だと俺には勝てない」
「室井……宏大」
抄は宏大を睨みつけ、宏大は呆れた表情を浮かべ、思ったことを口にする。
「お前の拳はただの拳。何かを秘めた拳じゃない」
「何だって!? あんたに何が分かるの!?」
宏大は鼻で笑って、鼻息を荒くさせる抄に対して言葉を返した。
「分かるさ。お前も分かるときが来るかもな。だが、分かったところでお前の拳には惹かれるところが何一つない」
言いたいことを言い切った宏大は、余裕の足取りで転送室を後にする。ゆっくりと体を起こした抄は、自分の右手を見つめて、奥歯をギリッと鳴らす。
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体が小さく、華奢な体の仁と、フレッシュさが漂う優一が、並びながら通路を歩いていた。
仁は自分の身長と同じくらいの太刀を握りしめて、優一にあるお願いをする。
「師匠! 今日こそ一緒に訓練しましょうよ」
「ダメだ。俺ぐらいの年になったら訓練してやるよ」
「15になるまで待てないですよぉ! お願いですから訓練しましょうよ!」
「あのな~。成長期が始まったばかりのお前にハードな訓練はさせられないんだよ。何度言えば分かるんだよ」
やる気のなさそうな口調で優一は仁に言葉を返すが、仁は食い下がる。
「お願いします! 一緒に訓練しましょう! ハードな訓練じゃなくても良いので……」
少し潤んだ仁の瞳を直視してしまった優一は完全に押し切られ、悩みに悩んだ末、条件をつけて訓練を承諾した。
「……わ、分かった。分かったから、泣きそうになるな。太刀筋指導ならやってやるから」
仁は満面の笑みを浮かべて、優一の脚に抱きつく。
「あ、ありがとうございますッ!!」
「あ、コラ!! いきなり抱きつくな!! 仁!!」
逃がすまいと言わんばかりに脚に抱きつく仁を、優一は必死に引き剥がそうとした。
そして、優一と仁は異次元電脳チャンネルに行くために、空いている転送室を探す。
「意外と混雑しているな……空き部屋がない」
不安そうな表情を浮かべる仁を見た優一は、アホ毛がピョンと立っている仁の頭を撫でながら、空いている転送室を探し続ける。
「安心しろ。一度言ったことは守る」
「はいッ!」
作っているのか、本心から出たのか分からない仁の笑みがこぼれた瞬間、ある転送室から凄まじい轟音が訓練棟全体に響き渡った。体を震わせて怯える仁を守るように優一は身構え、轟音の発生場所に足を運ぶ。
轟音が発生した転送室の扉は半開きになり、モクモクと白い煙が漏れていた。
「なんだ?」
そっと半開きになっている扉の向こうを覗いた優一は、中にいる人物を見て、目を細める。
「西原……ちゃん?」
そこには転送室の壁を殴りつけていた抄の姿があった。壁にはぽっかりと穴が開いており、抄の拳は小刻みに震えていた。
「これまた酷く荒らして……壁代は伊澄小隊に請求させてもらうからな」
茶化すような口調で優一は抄に話しかけたが、抄は言葉を返すことなく、足早に部屋から出て行く。抄の様子がおかしいと感じた優一は、ある人物に無線を送る。
『なんだ?』
無線相手がぶっきらぼうに返事をし、優一の無線に応える。
「なんだじゃない。宏大……お前、西原ちゃんに何か言ったのか?」
『抄? ……ああ、言ったよ』
優一はため息をついて、宏大に言葉を返す。
「何言ったかは聞かないが、言葉をもう少し選んで話せ。抄ちゃん荒れてたぞ」
『わーったよ!! 気をつけるって!! そんじゃあな』
「あ、おい!!」
一方的に無線を切られた優一は深くため息をつき、崩壊した壁をそっと撫でる。
「これまた暁美が怒るな~。俺しーらね」
優一には見えていなかったが、すれ違ったときの抄の表情を仁は見ていた。
(西原さん……泣いていた?)
その時、仁は床に落ちていたあるものを拾い、全速力で抄の後を追った。
「あ、おい! 仁! どこに行く!?」
「師匠ごめんなさい! 訓練はやっぱり中止で!」
走り去っていく仁を優一は追いかけず、壁の破片が散らばっているベッドの上に腰を下ろす。
「……ったく。どいつもこいつも自分勝手な奴らばっかり」
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非常用の薄暗い階段で、抄は膝を抱えて座り、ボロボロと大粒の涙を流していた。
(何が俺に勝てないだ……私の拳に惹かれないだ……あのクソ男。ちょっと強いからって偉そうに……絶対見返してやる!)
そしてスカートのポケットに手を突っ込み、何かを取り出そうとするが、目的のものがポケットの中にはなく、抄は慌てて他のポケットにも手を突っ込む。
「あれ? ……ない、ない!! どこ行ったの!?」
立ち上がって足下を確認するが、目当てのものは見当たらなかった。
その時、非常扉が開き、光が差し込む。抄は慌てて涙を拭い、非常用の階段に足を踏み入れてきた人物を確認する。
「あ、いた!」
「あんたは……大丈のところの……」
抄を見つけた仁は、嬉しそうな顔を浮かべて駆け寄る。
「桜井です。西原さん、これ落としてましたよ」
「あ、それ……ありがとう。わざわざ持ってきてくれて」
仁が抄に手渡したのは1枚の写真だった。写真を見て、優しい表情を浮かべる抄を見て、仁は思わず口を開ける。
「写真に写っている人は……」
「他人の写真に興味を持つのは良くないぞ」
「す、すみません!」
「って言いたいところだけど、届けてくれたお礼。教えてあげる」
抄は階段に座り込み、仁は写真を見るために隣に座る。
「仁……だっけ? あんた何歳?」
「9歳です」
「同い年ね。写真に写っている男の子……私の弟なの」
仁は驚いた表情を浮かべて、写真と抄を交互に見る。
「……全く似てないですね」
「ああぁ?」
ギラついた抄の目を見た仁は、反射的に謝ってしまう。
「す、すみません!」
「はぁ……別に謝らなくても良いよ。似てないのも事実だし」
失言を許してもらった仁は、再び写真に目を向ける。
「可愛い弟なの。ホープに入ってから2年間……一度も会ってないけどね」
少し悲しそうな表情を浮かべる抄を、仁は黙って見つめ続けた。
「辛いことがある度に、弟の写真を見て元気をもらっていたんだ。落としたときは本当に焦ったよ」
「……今も辛いんですか?」
「……まあね。ちょっと思うような結果が出なくてね。原因も分かっている。だけど、現実を受け止めきれなくて……」
ハッと我に帰った抄は仁に目を向け、不安そうな表情を浮かべていることに気づき、1つ咳払いをする。
「あんたにこんな話をして悪かったね。気にしないで」
その時、仁のナノマシンに無線が入り、仁は抄に断りを入れて無線に応える。
「はい」
『おーい。どこ行ったか知らないが、そろそろ戻ってこいよ~』
「すみません。すぐに戻ります」
無線会話が終わったことを確認した抄は、少し優しい笑みを浮かべて仁に声をかける。
「大丈?」
「はい……無断で飛び出してきたもので……」
体を小刻みに震わせ始める仁の頭を、抄は優しく撫でた。
「前から思ってたけど、そんなに怯えなくても良いよ。ここにいるみんなは、超が付くほど優しい人間ばっかりだから。私は弱い上に、優しくないけどね」
「そ、そんなことはないですよ! 西原さんは優しくて、強い人だと思います! だから、もう泣かないでください!」
涙を流していたところを見られていた抄は顔を赤くし、仁の頬を軽く引っ張る。
「泣いていたところ誰にも言うなよ! 絶対だぞッ!」
「ふぁ、ふぁい……」
頬を引っ張られている仁の表情を見た抄は、自分の弟と重ねてしまい、頬から手を離す。
「イタタッ……それでは、お邪魔しました」
仁は駆け足で扉に向かっていき、帰ろうとする。
「……仁」
「はい?」
扉を閉めようとした仁は、体全体を使って閉じようとする扉を受け止め、抄の方に目を向ける。
「……抄で良いよ。西原さんって呼ばれるのなんかイヤ」
仁はパアっと明るい笑みを浮かべて「はい!」と返事をして扉を閉める。
抄は胸ポケットに写真をしまい、深く息を吐く。
(……ありがとう、仁。弟ほどじゃないけど、元気もらったよ)
気持ちが落ち着いた抄に無線が入る。
「誰?」
『俺だ。室井だ』
「何の用?」
若干ぶっきらぼう気味に、言葉を返す抄にキレることなく、宏大は用件を述べる。
『言い方が悪かった……すまない。ただ、お前には強くなって欲しくてあんなことを言ったんだ』
宏大の声から照れを感じた抄は、クスリと笑って明るい声色で言葉を返す。
「じゃあ、今からもう一回模擬戦しよう。そしたら許してあげる」
『……フッ。思ったより凹んでなさそうだな。いいぜ。相手になってやるよ』
無線を終えた抄は、目を擦り、闘志を燃やして非常階段を後にした。
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