仲裁人・仁
仁に連れ出された玲奈と紗也華は、劫火小隊の小隊部屋の扉をくぐる。
「連れ出してすまないな。俺は玲奈と紗也華にはお互いを認め合う関係になってもらいたいんだ」
リビングに着くなり、仁は玲奈と紗也華に笑みを見せる。玲奈と紗也華は一瞬だけ目を合わせ、不機嫌な態度で紗也華は玲奈から目を逸らす。
「私は良いんだけど、紗也華ちゃんがこの感じだと……」
「その頼みは了承できません。約束通り今回の失言に関しての謝罪は受け止めますけど、仲良くする気はないです」
仁は頭をガリガリと掻いて、椅子に座る。
「まあ、座ってくれ」
玲奈と紗也華は間隔を開けて椅子に座る。
「なんで俺がお前たちの関係を良くしたいか分かるか?」
玲奈と紗也華は仁の問いに答えることが出来ず、視線を下に落とす。
「俺はお前たちと戦って、やりたいことを見つけたんだ」
『やりたいこと?』
玲奈と紗也華は同時に首を傾げる。仁は微笑んで胸の内を2人に伝える。
「ゴーストが出現したときの先駆けとなる部隊。その部隊を劫火小隊、吉塚小隊、水澤小隊で固めたいんだ」
「先……」
「駆け?」
聞いたことない言葉に、再び玲奈と紗也華は首を傾げる。
「先駆け戦術……今となってはマイナーな戦術だ。陽動を考慮して数小隊だけ出撃させ、戦況に応じて次々と他の小隊を出撃させる戦術。最近になってはゴーストが連携しないと割り切っているから先駆け戦術は採用されていないが、いずれ先駆け戦術が採用される日は来る。もし採用されて、先駆け部隊が選出される場合、間違いなくウチが選ばれる。そして選出された小隊が同伴して欲しい小隊を推薦する……その時に俺は劫火さんに、吉塚小隊と水澤小隊を推薦して欲しいと進言する」
「ちょっと、仁。Aランク隊員ばっかりの吉塚小隊はともかく、高ランク隊員が私しかいないウチはいくらなんでも……」
仁は軽く息を吐いて、玲奈に言葉を返す。
「劫火小隊3人が師匠となって水澤小隊の実力を見ている。確かに西原と月影にはもう少し実力も経験もつけてもらいたいと俺は思っているが、問題はない。それにお前の飛行能力は俺が今まで見た隊員の中で一番だ。それが最大の理由だ」
褒められた玲奈は仁から目を逸らして、照れた表情を浮かべる。
「吉塚小隊を推薦する理由は?」
紗也華は目を細めて仁を見つめる。
「中距離から攻撃できる隊員が多いところがポイントだな。背後を気にせず戦うためには冷静に周囲を見渡せる部隊が必要だ。そして……縦横無尽にゴーストを殲滅してくれる隊員がいるからだ」
仁はニヤリと笑って、少し照れている紗也華を見つめる。
「仁にして他人を褒めすぎじゃない?」
「そうです……褒められても仲良しごっこをする気は……」
照れながら言葉を返す玲奈と紗也華に対して仁は、少し呆れた表情を浮かべる。
「まあ、今すぐ仲良くなれとは言わない……ただ、お互いを信じてお互いの背中を守ってやってくれないか?」
仁は深々と頭を下げる。仁の後頭部を見た玲奈と紗也華は目を丸くし、口にしようとしていた言葉を飲み込む。。
「この通りだ。頼む」
玲奈と紗也華は視線を合わせ、仁に顔を上げてくれと頼む。
「ま……まあ、戦場に出る以上、どんなヤツでも仲間ですし、カバーはしますよ」
ついに紗也華は折れ、玲奈を仲間として認めた。
「私も……可愛い年下のためなら何でもするよ」
その一言を聞いた仁は満面の笑みを見せ、玲奈と紗也華の手を握った。
「ありがとう。2人とも」
その時、2人は呆れ顔で同じことを思う。
(わ~、仁もこんな顔するんだ)
(桜井先輩もこんな顔するんだ)
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「あの3人は何の話をしているのかな?」
穂香は興味津々な表情を浮かべて、部屋の外に出ようとしていたが、劫火と直人が引き止める。
「あの3人はそのままにしてあげよう」
「そうですね。聞かれたくない話なら尚更ですね」
穂香は顔を膨らませながらも納得し、ソファーにドカッと座ってビールを飲み干す。
「それにしても今日の模擬戦はヒヤヒヤしましたね」
詩織が玲奈と紗也華の模擬戦を振り返り始めた。
「た、確かに今日の模擬戦は稀に見る激戦でしたね」
孝太朗は声を振り絞って言葉を返す。その時、遼が何の気なしに口を開ける。
「気になったんだけど、高峯が使った覚醒って何なんだ?」
遼の一言は劫火と直人の表情を曇らせた。
「三上が慌てて止めようとしたもんな。一体何なんだ?」
遼は隼人に目を向けるが、隼人が口を開けることはなかった。重苦しい空気が漂い、沈黙が続く中、穂香が口を開けて沈黙を破る。
「……気になる? 遼くん」
「穂香!」
「穂香さん!」
怒鳴り声に近い2人の声に対して、穂香はうるさいと言わんばかりに耳に指を突っ込む。
「これからホープ隊員として活躍しているんだから教えても良いんじゃない?」
穂香が引き下がる気がないと判断した劫火と直人は、話すことを止めようとはしなかった。
覚醒というものを知らない遼と詩織は、穂香と対面するように座る。
「覚醒……それは体の中、心の中に眠っている超人的、超常的な力のこと。この世に生を受けて、選ばれた人間だけが使える力」
「選ばれた人間だけ?」
遼は思わず声を漏らす。
「そう。未だに謎も多く、解明されていないことが多いけど、数多くの能力があるってことだけは分かっているわ」
話が進むにつれ、部屋には緊張感が走る。
「紗也華ちゃんの覚醒は獣化。一時的に全ての能力を上昇させ、制限が掛かっている力を解放する能力。戦うためにある能力だね」
穂香は部屋に設置されているテレビをつけ、玲奈と紗也華の模擬戦映像を再生する。そして紗也華が覚醒を使用した場面で停止し、穂香は解説を再開する。
「覚醒の力を表に引き出すのは人それぞれだけど、紗也華ちゃんの場合は殺意が最高潮に達した時に覚醒の力を表に出すことができる」
「殺意……」
遼と詩織は真剣な眼差しで停止されている映像を見続ける。
「ただし、強い力にはデメリットがある。覚醒を表に出すと自分の感情を抑えきれなくなり、慣れていない人間が覚醒を使うと見境なく暴れてしまうこともある。それにナノマシンの情報処理速度が追いつかなくなり、10分後には強制的にバトルサポートを解除され、強制撤退システムが作動するわ」
「あれだけ強ければ、そのくらいのデメリットは納得できるね」
詩織の額から冷や汗が流れ、依然としてテレビに視線が釘付けとなっている遼は不気味な笑みを浮かべる。
「なあ、穂香さん。俺にも覚醒の可能性はあるのか?」
穂香は軽く息を吐いて、遼の師匠である劫火に目を向ける。
「お前はそんなことを気にする必要はない」
劫火の冷たい口調に怖じ気づいた遼は、それ以上口を開けなかった。
「劫火くんの言うとおり。可能性の力を望むのは良くないよ。仮に遼くんやシオリンに覚醒の素質があったとしても、必ず生きている間に覚醒するとは限らないし、覚醒の力によっては使用後に反動が来て、体が耐えられないことも考えられるよ」
覚醒の危険性を耳にした遼と詩織は、反動を想像してしまい、背筋が凍る。
「覚醒の話を熱心に聞いてくるってことは、今すぐにでも力が欲しいってこと?」
穂香は新しいビールを開け、ゴクゴクと飲む。遼は真剣な眼差しで穂香に言葉を返す。
「はい! 今すぐにでも力が欲しいです!」
「馬鹿野郎!! 寝言は寝て言え!!」
大声を上げたのは遼の師匠の劫火だった。劫火は鬼のような形相で遼に近づき、胸ぐらを掴む。
「力ってものは一朝一夕で手に入るものじゃない!! 長い時間をかけて自分を磨き、何度も挫折して初めて手にすることが出来るんだ!! 焦って得た力は自分を壊すだけだ!!」
遼は言い返さなかったが、劫火から視線を逸らさなかった。
そして黙って話を聞いていた早紀が詩織に声をかける。
「詩織さん……詩織さんも遼さんと同じなんですか?」
詩織は無言で頷き、早紀は悲しそうな表情を浮かべる。
「……1つだけ方法があるよ」
部屋にいる全員が一斉に穂香に注目する。
「方法って……穂香さん! それは!」
劫火が穂香の口を塞ごうとする。
「大丈夫、劫火くん。話す前に選択させる」
「選択?」
劫火は少し首を傾げて、一歩下がった。穂香はスッと足を組んで、真剣な表情を浮かべて2人に問う。
「今すぐ劫火くんたちとの関係を断って私の話を聞くか、何も聞かずにゆっくりと劫火くんたちに教わり続けるか、選びなさい。両方って選択肢はないわ。決めなさい」
そして穂香は黙って見守っている直人たちにも目を向ける。
「あんたたちも覚悟して聞く気はある?」
直人たちは頷くこともしなければ、首を振ることもしなかった。沈黙が続き、緊張が走る部屋で遼と詩織は思いを決めて、口を開ける。
『す……すみません』
「その話は聞きません。今を選びます」
「よく考えたら私たちは戦闘の『せ』の字も知らないのに焦りすぎていました。考えを改めます」
2人の返答を聞いた穂香はニッコリと笑みを浮かべ、劫火と早紀はホッとした表情を浮かべる。
「それで良いの……私も出来れば話したくなかった話だから助かったよ」
「遼……よく言った。ちゃんと俺がお前強くしてやる。だから、焦らないでくれ」
「よかった~詩織さん~」
早紀は詩織に抱きつき、涙鼻水を流す。
「ちょ、早紀ちゃん!?」
「私は詩織さんとずっと一緒にいたいですぅ~。自分を大切にしてください~」
「わ、分かったから、鼻拭いて~」
緊張が走っていた空気とは一変、明るい空気が流れ始めた小隊部屋には笑い声が響く。
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「それじゃあ、私は帰ります。戦場では仲間として認識しますが、馴れ合いはしません」
紗也華は玲奈と仁の言葉が返ってくる前に、部屋から出て行く。玲奈は苦笑いを浮かべ、仁は深くため息をつく。
「時間は掛かりそうだな……」
「まあ、ゆっくりで良いんじゃないかな?」
「……それもそうだな。人間、急に変わることは出来ないからな」
玲奈と仁はお互いに微笑み合う。
「それはそうと、玲奈」
「何?」
「先駆け部隊に選ばれる条件なんだが、Bランク小隊以上となっているんだ」
「え? ウチ、Cランク小隊なんだけど? 理想叶えられないじゃん」
「知っている。あの2人の実力が追いついていないことも知っている。そこでだ」
仁は玲奈にあることを提案し、玲奈は満面の笑みを見せて仁の提案に同意する。
「それ良いね!!」
「決まりだな。2人の昇級試験は2週間後だ。2人をBランク隊員にしてやろうぜ」
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