玲奈VS紗也華
寒気を感じて玲奈から距離を取った紗也華は、未だに謎の寒気に襲われていた。腕は上がらず、足は前に出せず、本能的に体が玲奈を恐れていた。
(何で……何で体が動かないの? あいつは満身創痍……たった一撃でトドメをさせるのに……何で私はあいつを恐れているの?)
電脳チャンネルに滞在できる残り時間を確認した紗也華は、眉間にシワを寄せて無理矢理体を動かして構える。
『玲奈ちゃん大丈夫?』
何とか立ち上がった玲奈に穂香は安否の無線を送った。
「大丈夫です……穂香さん」
『あと5分で彼女は強制的に電脳チャンネルから除外されるわ。5分間逃げ切れば玲奈ちゃんの勝ちだよ』
逃げ切り……その一言を聞いた玲奈は歯ぎしりして穂香に無線を返す。
「逃げ切り? 冗談じゃないッ!! 私は負けが見えていても真っ正面からあの子に挑むよ!!」
『ダメだよ!! 玲奈ちゃん』
穂香は勿論、観戦していた全員が玲奈に逃げきれと言った……ただ1人除いて。
『最後の力を振り絞ってこい』
玲奈の背中を押したのは仁だった。
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「じ……仁くん」
穂香は目を開き、周りの人間は唖然としていた。
「桜井隊員……言っては何ですが、今の紗也華は……」
直人は申し訳なさそうな表情を浮かべて、仁にひっくり返ることがない事実を突きつけようとする。
「分かっています」
仁は拳を作り、画面に映し出されている玲奈を見つめる。
「覚醒を使った紗也華は確かに強い……だけど、俺は玲奈が彼女に劣っているとは思っていません」
「どこからそんな自信が!」
仁に近づこうとした隼人だが、喉元に霊楼剣の切っ先を突きつけられ、強制的に足を止めさせられる。
「どこから? 師匠が弟子の勝利を信じて何が悪い? それに……」
『それに?』
その場にいる全員が仁の言葉の続きを気になったが、仁はそれ以上口を開けることはなかった。
(恐らく紗也華は玲奈からあふれ出た何かを感じて後退した。俺も身に沁みて感じたアレを……この5分、ここからが本番だな)
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「……邪魔が入ったけど、気にしないで」
紗也華は呻り声を上げて、地面を思いっきり蹴り、玲奈との距離を一気に詰める。慌てることなく玲奈は翼を広げて空に逃げる。攻撃が空振りに終わった紗也華は、空を飛んでいる玲奈を視界に入れて、自らも翼を生成する。
「空中戦……あんたの土俵で戦ってあげるよッ!!」
翼を強く羽ばたかせ、再び玲奈との距離を詰める。玲奈はキャノンを手に取り、四色を纏わせた銃弾を連射する。
「そんなんじゃ止まらないよッ!!」
四色を纏った銃弾が被弾しているにもかかわらず、紗也華は墜落することなく飛び続ける。
連射じゃ倒せないと瞬時に判断した玲奈は、一色を纏わせたチャージ弾を1発だけ放つ。向かってくるチャージ弾を紗也華は素手で弾き、速度を落とすことなく玲奈に向かって飛び続ける。
(中距離戦術じゃダメか……)
風の流れを読んだ玲奈は翼を羽ばたかせて、その場から離れる。紗也華は背を向けた玲奈を逃がすまいと、追い続ける。
「アハハハッ!! 師匠が背中を押したのに逃げるなんて、腰抜けも良いところだよ」
紗也華の周辺に四色を纏った霊力の球体が数個現れ、狙いを定めた紗也華は玲奈に向かってそれを放つ。
紗也華が球体を放つ瞬間に後ろを振り向いた玲奈は目を細めて、ポツリと言葉をこぼす。
「……下手くそ」
放たれた球体を全て躱した玲奈は、体をくの字にさせて紗也華を前に出させる。
「何ッ!?」
紗也華は懸命に玲奈を巻こうとしたが、振り切れることは出来なかった。
「チッ……しつこいヤツ」
玲奈はキャノンを収納空間に送り、スナイパー用の銃、ホークを取り出して構える。それを見た紗也華は目を細める。
(狙撃? 自分も動いているのに照準が定まるわけ……)
「……落ちろ」
躊躇うことなく玲奈はホークの引き金を引く。四色を纏った銃弾がホークの銃口から放たれ、何にも遮られることなく紗也華の片翼に被弾する。
「つ、翼が!? そんなバカなこと!!」
動きが止まったのを見逃さなかった玲奈は再び引き金を引く。残った翼も狙撃された紗也華は為す術なく、地上に向かって落ち始める。
追い打ちをかけるため、玲奈は紗也華を追って急降下する。
「舐めるな!!」
追撃してくる玲奈に向かって紗也華は速度重視の球体、六色を纏わせた霊力の球体を玲奈に向かって放つ。
『玲奈!!』
『玲奈ちゃん!!』
回避が間に合わないと感じた遼と詩織は叫ぶ。
しかし球体は玲奈に被弾する前に何かにぶつかり、消滅する。
『な……何!?』
仁以外の観戦者が驚きの声を上げ、球体を放った紗也華自身も何が起こったのか分からず呆然とする。そして紗也華のナノマシンが滞在時間残り1分を切ったことを知らせる。
「時間がない……負けてたまるかぁッ!!」
紗也華は再び六色を纏わせた霊力の球体を玲奈に向かって放つ。しかし、放った球体全てが玲奈に当たることなく消滅する。
「これで……終わり」
玲奈は両刃剣を鞘から抜き、切っ先を紗也華に向ける。
「終わり? ……勝手に終わらせるなぁ!!」
紗也華は鋭い爪を玲奈に向けて突き出す。その時、紗也華の視界が一瞬にして真っ暗になる。
(こ、これは!?)
真っ暗な世界に桜の花びらが舞い散り、ギラリと光る刃が紗也華の体を真っ二つにする。
「霊楼剣技! 夜桜・一閃!」
見覚えのある技を食らった紗也華は、視界に映る桜の花びらと共に地面に落ち、電脳チャンネルから除外される。
『……た、高峯紗也華の戦闘不能を確認。よって勝者、水澤玲奈!』
ボロボロの状態で地面に着地した玲奈は、空に向かって拳をかざし、ガッツポーズを見せる。
玲奈のガッツポーズを見た遼と詩織は人目を気にすることなく喜び、仁は口元を緩ませて笑みを浮かべる。
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「負け……た? 私が?」
体全体の力が抜け、転送用のベッドから起き上がることが出来ない紗也華は天井の一点だけを見つめていた。
「覚醒を使っても……勝てなかった」
「紗也華!!」
荒けた声で部屋の中に入ってきたのは隼人だった。隼人は横になっている紗也華の顔色を見てホッと一息つき、横に置いてあった椅子に腰をかける。
「……無茶はしないでくれ」
隼人は紗也華の手をギュッと握り、震えた声を漏らす。
「……隼人。私どうして負けたの?」
「え?」
隼人の心配を余所に、紗也華は模擬戦の反省を始める。
「完全に私が優勢だった。覚醒も使ってアイツに隙を見せなかった……なのに何で負けたの?」
「特別に教えてやろうか?」
部屋の入り口から声が聞こえ、その人物は紗也華たちの横に立ち止まる。
「桜井……」
「まずはお疲れ様。そして、ありがとう。弟子にとっては良い経験になったと思う」
仁は軽く頭を下げ、紗也華に感謝の言葉を述べた。横になった状態のままで紗也華は仁に目を向け、質問する。
「桜井先輩……私はどうして負けたんですか?」
「お前は玲奈に勝つことだけを考えていた。手段を問わず、あらゆる犠牲を払ってでも勝ちたいと」
「勝ちが全て……それのどこがいけないのですか?」
仁は頭をガリガリと掻いて、言葉を返す。
「勝ちたいという気持ちを持つことは悪くない。手段を選ばないのも悪いとは言わない。ただ、お前は対峙している相手を尊重していないことが問題だったんだ」
「尊重?」
尊重という言葉を聞いた紗也華は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「そうだ。玲奈は高峯紗也華という人間を尊重して戦ったんだ」
「意味分からない。倒したい相手を尊重するなんて理解できない」
「それが理解できない内は俺にも……玲奈にも勝てない。たとえお前が覚醒を使っても」
冷たく突き刺さるような仁の言葉に立ち向かうように紗也華はゆっくりと体を起こし、鋭い眼光で仁を睨みつける。
「次は絶対に負けません。水澤玲奈にも……あなたにも!」
「次のことを考える前に反省してもらうわ」
再び入り口から声が聞こえ、3人は同時に目を向ける。そこには本部長である暁美とレジェンドランク8人の姿があった。
「ほ、本部長!? それにレジェンドまで……」
隼人は何が何だか分からず、左右に目を移動させる。
暁美は紗也華の傍に歩み寄り、冷たい目で見つめる。表情を崩すことなく紗也華は暁美の顔を見つめ返す。
「許可なしの覚醒は厳罰対象だと何度言えば気が済む?」
「ほ、本部長……今回の紗也華の覚醒は事故でして……」
懸命に隼人が紗也華を庇おうとするが、暁美の鋭い目つきに圧倒された隼人は、それ以上口を開けることが出来なかった。
「本部長、今回の件に関しては自分の監視不十分でした。自分にも責任はあります。厳罰なら自分に……」
暁美の視線は仁に移り、重圧ある声で暁美は仁に言葉を返す。
「お前たちは覚醒の恐ろしさを知らない。知らないから平気で覚醒を使い、何事もなかったかのように目を瞑っている。色んなことでは私も目を瞑るが、覚醒のことだけは見過ごすわけにはいかないな」
仁は奥歯をギリッと鳴らし、暁美に歩み寄ろうとする。しかし、誰かに腕を掴まれ、前に進むことが出来なかった。
「師匠……」
「ダメだ……仁」
優一の真剣な眼差しに思わず怯んでしまった仁は視線を落とす。
「待ってください!!」
玲奈が部屋に乱入し、暁美と紗也華の間に入る。
「私が紗也華ちゃんを本気にさせようとしたんです!! 責めるなら私を責めてください!!」
深々と頭を下げる玲奈の後ろ姿を見た紗也華は呆然とする。
「水澤……玲奈?」
「お前を責めても、元を正さなければ意味がない」
玲奈と暁美は睨み合い、重苦しい空気が漂い、沈黙が続く。
「暁美。今回は大目に見よう」
沈黙を破ったのは玲奈の母、芳香だった。入室してきた母の姿を見た玲奈は目を丸くし、呆け顔になる。
「お、お母さん?」
「芳香さん。甘やかすのは……」
「勿論、今回だけだ。次回からは容赦なく厳罰だ。肝に銘じておけ。金髪少女」
初見人物を目にして驚きの表情を浮かべつつも、紗也華は無言でコクリと頷く。
「こんなことで余計な時間を使うな。撤収だ」
芳香は玲奈たちに背を向けて部屋を後にしようとする。
「あ、あの!」
芳香に声をかけようとした玲奈だが、芳香の冷徹な目を見た瞬間、思わず口にしようとした言葉を飲み込む。
玲奈に声をかけることなく芳香は部屋を後にし、暁美やレジェンドも続々部屋を後にした。そして重苦しい空気だけが部屋に残った。
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