暁美と芳香1
寒さが残る春の朝。
1人の女子高生が目を覚ます。
「……ん? 朝?」
まだ布団にいたい気持ちを抑えながらも、少女はトースターに食パンを入れる。焼き上がる時間を利用して、制服に着替え、顔を洗い歯を磨く。
その時、洗面所の鏡に映る自分の制服姿をに見て、少女は肩を落とす。
(学校なんて行きたくないけど……)
軽くため息をつき、トースターが食パンを焼き上げた音と共に、少女は口を濯ぎ、朝食をとる。食パンを食べながら少女はある写真に目を向ける。
「お父さん、お母さん。おはよう」
写真に写っている人物は少女の両親だった。写真に挨拶した少女は時刻を確認すると、慌てて食パンを食べきり、アイスコーヒーを流し込む。通学鞄を持ち、アパートの扉を開け、颯爽と「霧峰」の表札の前を駆け抜ける。
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(慌てて出たものの、電車1本逃すのは確定だね……)
少女は腕時計を見て、走るのをやめる。軽く息を吐いて、鞄から眼鏡と小説本を手に取る。眼鏡をかけて、小説の世界に入る少女だが、横から来た人物と衝突しする。
「きゃあ!!」
「いってぇー!!」
他人とぶつかってしまった少女は反射的に頭を下げて謝罪する。
「すみません! お怪我はありませんか?」
「いてて……ちゃんと前を見ろ!」
少女は恐る恐る顔を上げると、そこには自分の通う高校の制服を身に纏った小さな女の子がいた。
(え? 小学生? でも、私と同じ制服着てる……って、この人は!!)
少女はその人物に見覚えがあった。鋭い目つきに、セミロングの黒髪、スカートの丈は折り、胸のリボンを緩ませてだらしない格好をしている少女は、学校一の不良女子。
(水澤芳香先輩!? やってしまった……朝からこんな人にぶつかってしまうなんて……)
「なんだよ、人の顔ジロジロ見やがって……って、私の煎餅!!」
道路の上で無残にも粉々になっている煎餅を見て、芳香は絶望顔を浮かべる。
「わ……私の朝メシ……」
(お煎餅が朝ご飯だなんて……不健康すぎる)
芳香は少女に鋭い眼光を向け、勢いよく胸ぐらを掴む。
「お前ッ!! ぶつかったせいで私の煎餅が粉々になったじゃねーか!! どうしてくれんだよ!!」
「ご、ごめんなさい……でも」
「ああ!?」
少女が言葉を返そうとすると、芳香はさらに握力を強めて、自分の方に少女を近づける。
「お、お煎餅じゃ朝ご飯とは言えませんよ……」
すると芳香は目を丸くして手の力を緩める。解放された少女は四つん這いになって、深く息を吸い込んで吐き出す。
「おい」
「は、はい!!」
少女は声を裏返しながらも返事をする。芳香はしゃがみ込んで、顔を近づける。無言の威圧が、少女の恐怖メーターを上昇させる。小刻みに震える少女に構うことなく、芳香は口を開ける。
「煎餅は朝メシにならないのか?」
「へ?」
「だ~か~ら、煎餅じゃ朝メシにならないのかって聞いてんだよ」
芳香からの意外な言葉に目を丸くする少女は無言で頷く。そして、芳香の腹部から空腹を知らせる音が鳴る。
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少女は芳香と共にハンバーガー・チェーン店に足を運んだ。3つほどハンバーガーを注文し、少女はハンバーガーに食らいつく芳香を黙って見続けた。
「何ぼーっとしてんだ? お前も食えよ」
口に物を詰め込みながら芳香は少女に声をかける。
「いや……私は」
「食わないなら私が食うぞ」
「あ……どうぞ」
少女は震えた声で芳香にハンバーガーを譲る。芳香は遠慮なく残っていたハンバーガーを食べ始める。
「それはそうと、すまないな。朝メシはちゃんと食べないとダメだって教えてくれて」
「いや、お節介なことを言ってしまってすみません」
「別にかしこまらなくても良いって。そういえば、名前を聞いてなかったね。私はセントラル高校の2年、水澤芳香。あんたはなんて言うんだ?」
「霧峰……霧峰暁美です」
「暁美か~、カワイイ名前じゃん」
(いきなり名前で呼んできた……この人のテンションに付いていけない……)
「あ、ありがとうございます」
暁美は視線を落として芳香に言葉を返す。芳香は暁美の制服の胸ポケットに刺繍されている校章を見て、ウーロン茶を一口飲む。
「ふぅ。お前、新入生か?」
「え? あ、はい。先週から高校1年生です」
「先週? あ、先週が入学式だったのか。すっかり忘れてた」
「え? 入学式の日、水澤先輩いなかったんですか?」
芳香は顔を引きつらせて暁美から目を逸らす。
「……ダルかったからサボったんだよ」
「ダルかったって……でもサボっちゃダメですよ」
暁美がもっともなことを言うと、芳香は鋭い目つきで暁美を睨む。失言したと感じた暁美はすぐに「ごめんなさい」と謝りの言葉を述べる。
「……そうだな。サボったらダメだよな」
再び芳香は暁美から目を逸らし、暁美は芳香の顔を見て、何かを感じ取るが、言葉にしなかった。
その時、暁美はふと時刻を見て、表情を青ざめる。
「あ……1限目始まってる」
「お、もうそんな時間か」
暁美は本気で落ち込み、芳香はケラケラと笑う。その後、2人が生徒指導の先生に怒られたのは言うまでもない。
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(はぁ~……朝から疲れた)
生徒指導の先生に、芳香と共に怒られた暁美は深くため息をついた。
(遅刻したことをいつまでも悔やんでいても仕方ないか……)
暁美は気分を変えようと、鞄の中から小説本と眼鏡を取り出そうとする。しかし、鞄の中から小説本しか出てこなかった。
「あれ? 眼鏡がない? おかしいな……朝読んでたときはあったのに……」
「何探してんだ?」
「私の眼鏡を探してるんだけど……え?」
暁美は声が聞こえた方向に目を向けると、そこには一緒に遅刻した芳香の姿があった。
「み! 水澤先輩!? どうしてここに!?」
「どうしてここにって、あんたに用があってきたんだよ」
突如現れた芳香の存在は、周囲も気づいていた。
「おい、あの人って……」
「要注意人物の水澤芳香先輩?」
「おい! あまりジロジロ見るな! 何されるか分からないぞ!」
男女関係なく、芳香の姿を見て、全員怯え始め、近くにいる暁美を気の毒がる。
「霧峰さん、もしかしてカツアゲされている?」
「それとも何か因縁でもあるのか?」
「可哀想に……」
周囲の声を耳にした暁美は、芳香の腕を引っ張って、教室の外に出る。
「おい、どこに連れて行くんだ?」
「いいから来てください!」
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芳香と共に屋上に辿り着いた暁美は、息を切らしながら声をかける。
「1年生の教室にいきなり現れるなんて、何がしたいんですか?」
芳香は頭をガリガリと掻いて、左手をスカートのポケットに突っ込む。
「何って、さっき言ったとおりだ。お前に用事があるんだ」
「私に?」
芳香はポケットに入れている左手を出し、ある物を暁美に手渡す。
「これは……私の眼鏡!」
「私とぶつかったとき、落ちてたからあんたのかな? って思って」
「水澤先輩……」
暁美は少し視線を落とし、芳香は少し首を傾げる。
「ぶつかったときに気づいたんなら、ハンバーガー食べる前に渡してくださいよ!」
芳香はキョトンとした表情を浮かべた後、大笑いする。
「何がおかしいんですか!?」
「すまん、すまん。あの時は食べ物のことを考えていたら忘れててな。返すタイミングを完全に失っていたんだ」
「もう! ……でも、ありがとうございます」
少し嬉しそうな表情を浮かべる暁美を見て、芳香は眼鏡に視線を移す。
「……その眼鏡、度が入ってないだろ?」
「え?」
「悪いけど、ちょっとかけさせてもらったんだ。度が入っていない眼鏡をかけるなんて、変わってるな」
暁美は眼鏡を見つめ、黙り込む。
「よっぽど大事な物なんだな」
「……これは死んだお母さんの形見なんです」
暁美は度が入っていない眼鏡をかけて、芳香を見つめる。
2人は屋上に設置されているベンチに座り、芳香は空を見上げ、暁美は地面を見つめる。
「数年前に現れたゴーストと天変地異によって、私の両親は死にました。お父さんは私とお母さんを庇って津波にのみ込まれ、お母さんも私を庇ってゴーストに襲われて死にました。当時、小学生だった私1人が生き残り、ホープの隊員さんによって保護されました。あの時のことを鮮明に覚えています」
「……そうか」
「街はメチャクチャ。多くの人が倒れていて、地獄絵図とはこのことなんだなって思っていました。レンズが割れたお母さんの眼鏡を握りしめて、私は声が掠れるまで泣きました。そして私を待っていた現実は酷いものでした。親戚全員も死んでしまって、保護された施設の人からは虐待を受け、体中痣ができ、常に空腹の状態でした」
辛い過去を語る暁美の話を、芳香は静かに聞き続けた。声を震わせながら、暁美は芳香に続きを話した。
「もう死にたいって思ったとき、施設の不祥事が公になって、私は虐待から解放されましたけど、住む場所を失いました。これで本当に終わりと思ったとき、ホープの隊員さんが私を引き取ってくれて、私は学校に通うことが出来て、高校生になることが出来ました。だけど、隊員さんは私が中学を卒業する前にゴーストとの戦闘で死んでしまいました」
「……いい人に拾ってもらえて良かったじゃん。その人は残念だけど……」
「私はあの惨劇を目の当たりにして、多くの人の犠牲によって生きています。正直、自分が生きていて良いのかなって思ってしまうんです」
自分の胸に手を当てる暁美をチラリと見て、芳香は深くため息をつく。
「……今日会ったばかりで言うのも何だけど、あんた凄いな」
「何が凄いんですか?」
暁美の目にはうっすらと涙が浮かんでおり、芳香は相変わらず空を見つめる。
「人に助けてもらっていても、ヘラヘラと生きている人間もいれば、あんたのように真摯に受け止めて、胸が張り裂けそうなくらい辛い思いをしている人間もいる。同じ人間でもそこまで違うのかと思うよ。私はヘラヘラと生きている奴らが大っ嫌いだ。そんな奴を見るたびに、私の拳は真っ赤になっていた……」
芳香は自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返していた。
「今まで辛かっただろ? よく頑張ったな」
「そう……ですね。だけど、暴力は良くないですよ」
芳香はフッと笑い、暁美の顔を見つめる。
「朝と比べたら緊張してないじゃん」
「え? そうですか?」
「それに私の腕を引っ張って屋上まで連れて行くなんて大した奴だよ。気に入ったよ! あんたは私の親友だ!」
「ええ!! どうしてそうなるんですか!?」
「辛いことに耐えてきたお前を、私が守ってやる。命に代えてもな」
オドオドした表情を浮かべる暁美を余所に、芳香は満面の笑みを浮かべて、勝手に話を進める。暗い話から、明るい話に変わり、2人の間に良い雰囲気が漂い始める。
その時、街全体に緊急アラートが鳴り響く。
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