実家訪問1
~玲奈の実家出発当日~
優一は暁美が集合場所として指定した本部棟の屋上に足を運んでいた。そして屋上の扉を開けると、大型ヘリと暁美が待っていた。
「まさか一番最初に来るのがお前だとは……」
暁美はヘリのプロペラによって乱れる髪を手で押さえる。優一は周囲を見渡して、ヘリに搭乗する予定の人間を探す。
「……あの2人はまだ来てないのか。早朝6時に出発じゃ遅刻してもおかしくはないが……」
「私はてっきり優一が遅刻すると思ったけどね」
暁美は胸ポケットから煙草を取り出して火を付けようとする。しかし、中々煙草に火がつかないのか、何度もライターをカチカチと鳴らしていた。
「ほらよ」
優一は暁美にターボライターを差し出し、火を付けさせる。
「珍しく苛立ってるのか?」
暁美が煙草を吸う姿を久しぶりに見た優一は、隊服のズボンに手を突っ込んで暁美に尋ねる。暁美は煙を吐いて、優一の顔から視線を逸らす。
「そんなことはない。ただ、吸いたい気分だったんだ」
「遅れました!!」
屋上の出入り口から聞こえてきた声に優一と暁美は目を向ける。
「本当……伊澄さんの遠征用の隊服は高校生の制服みたいだな」
優一が苦笑いを浮かべて真里の服装の感想を述べる。
「抄ちゃんにも同じことを言われたよ。夏が近いのに、優一くんは相変わらず黒いコート着ているね」
「意外と着心地が良いんだ。それにポケットも多くて非常に便利だよ」
優一が身に纏っている黒いコートの肩部分に付いているエンブレムを見て、真里は少し眉をハの字にする。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
(そうだよね……降格しているからAAAランクのエンブレムだよね……)
「伊澄遅いぞ」
暁美が煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、真里に声をかける。
「遅くなってすみません。ウチの小隊メンバーが同行したいって言ってきて……」
「抄ちゃんだろ?」
優一は片目を閉じて真里を見つめる。真里は苦笑いを浮かべて言葉を返す。
「それが全員付いていきたいって言い出して……」
「水澤の実家に行くことを話してしまったのか?」
暁美は目を細めて真里を見つめる。真里は首を横に振る。
「私は何も言ってませんし、どうしてか全員付いていきたいってさっき言い出したので……」
『言い出したので?』
優一と暁美は声を重ねて、その後の出来事を聞こうとした。
「しつこかったので実力行使に出ました」
真里は満面の笑みを浮かべる。その言葉を聞いた優一と暁美は瞬時に想像し、伊澄小隊のメンバーを気の毒に思った。
『そ……そうか』
「まだ出発しないんですか?」
真里はナノマシンの生活便利機能で現在時刻を確認し、暁美に目を向ける。
「まだ水澤が来ていないんだ」
その時、屋上の扉が開き、玲奈がゆっくりと歩いてきた。
「水澤……遅刻とは良い度胸だな」
暁美が眉をヒクつかせて煙草を携帯灰皿に押し込む。
「遅れてすみません……隊服に着慣れていないので手間取ってしまって……」
そして優一と真里が玲奈の隊服姿を見て声を重ねる。
『葬式にでも行くの?』
玲奈は「同じこと言われた……」と言わんばかりの表情を浮かべる。
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「統一性があってかっこいいと思うが、なんで喪服みたいにしたんだ?」
仁は玲奈たちの隊服を見て、疑問に思っていたことを口にした。笑顔で玲奈たちの隊服を見ていた早紀も頭上にクエスチョンマークを浮かべて、その答えを待った。玲奈は「ふぅ」と息を吐いて言葉を返す。
「ゴーストって生き物の魂ですよね?」
「その通りだ」
劫火が顎に手を当てて続きを促す。
「私たちは彼らの存在をこの世から消滅させている……でも、それは仕方のないことだと思っています。だからせめて、彼らを敬って消滅させてあげたいと思って、喪服みたいな隊服にしたんです」
玲奈が真剣な眼差しで劫火小隊の3人を見る。仁たちは顔を見合わせて、納得した表情を浮かべ、劫火が口を開く。
「水澤ちゃんたちは優しいね。敬うことは良いことだよ。だけどね、その服装の真相はここだけの話にしておこうか?」
「どうしてですか?」
玲奈はその理由を尋ね、遼と詩織は目を細める。
「君たちの考えは完璧だ。人として100点の考えだ。だけどホープには色んな人間がいる。ゴーストに親や兄弟を殺され、憎んでいる人間も少なくない。遼、お前もその1人なら分かるだろ?」
遼は口を開けることなく、劫火の目を見続けた。
「あまりゴーストに肩入れしてしまうと、反逆者扱いされてもおかしくないぞ?そうなると俺たちじゃ手に負えなくなる。悪いことをしているわけじゃないが、肝に銘じて欲しい」
「……分かりました」
玲奈は納得しがたい顔を浮かべ、遼と詩織は残念そうな顔を浮かべる。
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(言っていいのかな!? 優一さんたちには言っても問題なさそうだけど……)
「この服はですね……」
「み~ず~さ~わ~!」
鬼のような形相の暁美を見て、玲奈は怯えて真里の後ろに隠れる。玲奈より体が小さい真里の後ろでは、体全体を隠すことは出来なかった。
「ヒィィッ!!」
「遅刻とは良い度胸だな。覚悟は出来てるんでしょうね~」
暁美は拳を玲奈に見せつけ、その拳を見た玲奈は体を震わせて、さらに怯える。
「まあまあ、暁美さん。怒りたい気持ちは分かりますが落ち着いてください。ほら、玲奈ちゃんも遅れたんなら謝らないと」
間に入っている真里が優しく2人を説得する。暁美は真里に免じたのか、それ以上何も言わず、玲奈も真里の横に立って暁美に頭を下げる。
「すみませんでした!」
暁美は呆れた表情を浮かべて玲奈に言葉を返す。
「今回だけだからね。次はないと思って」
暁美はゆっくりとヘリに向かって歩き出す。
「玲奈ちゃん大丈夫だよ」
「本部長怖い……」
未だに怯えている玲奈を真里は優しく慰め、傍観していた優一も玲奈を慰める。
「怖くないって。あいつは気に入ったヤツ以外、怒ることはないんだよ」
その時、優一の背後に黒い影が忍び寄る。
「俗に言うツンデレってやつだ」
優一が言い切る前に、暁美の鉄拳が優一の頭に炸裂する。鈍い音が鳴ると同時に、優一は頭を抱えて蹲る。
「くだらないこと言ってないで、さっさと乗って」
「あ……暁美ぃ……少しは手加減したらどうだ?」
「加減したらあんた舌出して馬鹿にしてくるじゃない。そんなの痛くねーよって言って」
「この……クソ本部長が!」
暁美は優一を引きずってヘリに乗り込む。
「ところで玲奈ちゃん、遅刻の原因は隊服着るのに手間取ったんじゃないでしょ?」
真里は真相を知っているかのように笑みを浮かべて玲奈を困らせる。玲奈は頬をポリポリ掻いて、本当の遅刻の理由を明らかにする。
「本部長には内緒にして欲しいんですけど、完全に寝過ごしていました」
玲奈は苦笑いを、真里は仕方なさそうな表情を浮かべ、優一たちの後を追ってヘリに乗り込む。全員が搭乗したのを確認し、ヘリは屋上から離陸する。
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自然が広がるある場所で、風景に溶け込むかのように家が存在する。古風な造りだが、何世帯住んでいるのか質問したくなるような大きさの家。
その家の中庭に、椅子とテーブルが1つだけあり、そこで1人の女性が自然を楽しみながらお茶を飲んでいた。彼女はスッと目を閉じて、湯飲みに注がれた緑茶の匂いを堪能し、一口飲む。
「……風味、味、今日も我ながら完璧だな!」
そして彼女はテーブルの上に置いてある煎餅に手を伸ばして、豪快に食べる。
「塩煎餅も良いけど、醤油の方が緑茶に合ってるな~。待てよ……そういえば唐辛子煎餅ってのも確かあったな……台所にある上から2番目の棚に……まあいいや。明日食べようっと」
ボソボソと独り言を、周りの植物たちに向かって言いつつ、彼女は緑茶と煎餅に夢中になる。その時、風が彼女の背後から吹き抜ける。
「……風が変わった……」
1枚の煎餅を食べきった彼女はニヤリと笑い、湯飲みに残っているお茶を飲み干す。
「玲奈がお客を連れてくる……お客さんが来るなんていつぶりだったかな?」
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ヘリの中で、隊服の説明をした玲奈は、自信なさげな目で優一たちを見る。
「劫火さんは、このことはあまり他人に話さない方が良いって言われたんですけど……」
「劫火め……相変わらずクソ真面目なヤツ」
優一は腕を組んで、オドオドしかけている玲奈に言葉を返す。
「まあ確かに、ホープには色んなヤツがいるから、玲奈ちゃんたちの隊服の真相を知って反逆だって言うヤツもいるかもしれない」
「そうだね。私たちはゴーストを特別憎いってわけじゃないし、玲奈ちゃんたちが立派だなって思うけど、気をつけておいた方が良いね」
真里は隣にいる玲奈の肩をポンポンと叩いて微笑む。真里の笑みを見て安心したのか、玲奈の表情が自然と明るくなる。
「暁美はどう思う?」
窓の外を見つめている暁美に、優一は声をかける。しかし返事はなく、優一はもう一度声をかける。
「暁美?」
「あ……何の話だった?」
「おいおい~、らしくないぞ~? いつも俺に人の話は聞けって言うくせによ~」
聞き漏らしていた暁美を優一は煽り、暁美は額に血管を浮かせて笑う。
「少し黙れ、優一」
「おお、怖ッ!」
暁美は一瞬だけ玲奈の隊服を見て、窓の外に目を向ける。
(朝の遅刻といい、喪服に寄せた隊服なんて……本当、あの人にそっくりじゃない)
暁美はスッと目を閉じて、ポケットに入れていたアイマスクを目に当てる。
「話してても良いが、うるさくするなよ。私は到着まで寝る」
『は~い』
3人の声が重なり、ものの数分で暁美は寝息を立てる。
「それにしても水流山に実家があるなんて……高速ヘリで片道5時間近く、周りには何もないのに不便じゃなかったの?」
玲奈のことをもっと知りたい真里が、好奇心を抑えられず、つい質問してしまう。玲奈は窓の外に目を向けて、優しく微笑む。
「そうですね……確かに何もなく、自然に囲まれている秘境みたいなところですけど……」
「ですけど?」
玲奈は幼い頃の記憶を掘り出して、水流山の良いところをアピールする。
「飛んで見る景色は、この世のどこに行っても勝るものはないと思います」
誇らしげに、ふるさとの良いところを伝えると、優一と真里は納得した表情を浮かべる。




