師匠の務め
玲奈の実家に訪問する3日前。
伊澄真里は本部長である暁美に呼び出され、本部長室の前に立っていた。普通にインターホンを押して中に入るのが常識なのだが、真里は気分転換を兼ねて、ある行動を起こす。
「ちょっと暁美さんを困らせようかな?」
ロックが掛かった扉に手を当て、瞬時に二色を自分自身に纏わせる。自分の姿が消えたことを確認し、扉をすり抜ける。すり抜けた先には、暁美がソファーに腰を下ろして優雅にコーヒーを飲んでいた。
(悪趣味かもしれないけど、こっそり入るのはドキドキするね……)
しかし次の瞬間、正面からコーヒーをかき回すスプーンが飛んでくる。
「ほぇ?」
気の抜けた声を出しながらも、真里はスプーンを人差し指と中指で受け止める。
「黙って入ってくるのは感心しないな。伊澄」
「あれ? バレてました?」
真里は自らに纏わせていた二色を解除し、暁美の前に姿を現した。
「甘く見ないでもらいたいね。他の小隊の部屋に入るときは、ちゃんとインターホンを鳴らすんだぞ」
真里はクスクスと笑い、暁美と対面するようにソファーに座る。
「コーヒーはセルフサービスだ。飲みたかったら自分で作ってくれ」
「いえ、結構」
真里は自分のスカートのポケットから缶のカフェオレを取り出す。
「用意してきたんで」
暁美は小さくため息をつき、嬉しそうにカフェオレを飲む真里を、優しい目で見つめる。
「はぁ~。なんでカフェオレを飲むと幸せな気持ちになるんだろう」
「あー、カフェオレに夢中になっているところ悪いんだが、早速話に入らせてもらいたいんだが……」
真里は机の上に缶を置き、暁美を優しく見つめる。
「そうでしたね。私に話ってなんですか?」
「……いずれ、あなたも知ることになると思うから、あらかじめ話しておこうかなって思ったことがあって」
「勿体ぶらなくても良いですから、早く話してください」
優一と違って、何を考えているか分からない真里の表情を見て、暁美は少し話すことに抵抗する。しかし一度自分で決めたことだと諦め、真里にあることを話した。
「実は…………」
暁美の話を、終始黙って聞いていた真里は満面の笑みを浮かべる。その笑みを見た瞬間、暁美は後悔し、頭を抱えた。
「良いこと聞いちゃった~。楽しみが1つ増えた~」
「待て、本当に3日後は何もしないでくれ。あなたは私の護衛という名目で付いていけるだけなんだから。面倒ごとは勘弁してくれ」
「え~。つまんないですよ~」
「え~、じゃない!」
暁美は心を落ち着かせるため、コーヒーを飲む。ふてくされた顔を浮かべながら、真里もカフェオレを飲む。
「あなたは確かに強い。最強の名を携えることだけはある。好奇心旺盛なのは理解できるが、今回だけは我慢してくれ」
真里は顔を膨らませて静かに立ち上がる。
「……分かりました。予定通り、暁美さんの護衛だけに集中します」
「頼んだぞ」
真里は静かに本部長室を立ち去り、暁美はマグカップに残っていたコーヒーを全て飲み干した。
(なんとか伊澄は抑えられそうだ……問題はあの人だな……)
暁美は顎に手を当てて、考え事を始めた。
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異次元電脳チャンネルの荒野ステージで、玲奈は1人で近接訓練を行っていた。
四方八方からゴーストが彼女に襲いかかるが、玲奈は冷静に両刃剣を鞘から抜き、一振りで数体を消滅させた。そして足を動かし、一瞬動きが止まったゴーストを次々と消滅させていく。
その様子を別室のモニターで見ていた仁は、無表情で見つめる。
(この数日でAランク隊員のトップクラスの動きを……ここまで成長が早い奴は初めて見た)
仁が心の中で独り言を呟いていると、モニター室の扉が開き、ある人物が入ってきた。
「真剣な顔してどうしたんだ?」
後ろを振り向いて見つめた先には、車椅子に乗っている優一の姿があった。
「師匠!? どうしたんですか? 車椅子になんか乗って?」
車椅子に乗っている優一を見て、仁は目を丸くして驚いた。優一は軽く微笑んで言葉を返す。
「ちょっと疲労が溜まっちゃってな。大分良くなってきたが、念のため乗っているだけだ」
仁は深く探ることはなく、優一からモニターに視線を移した。優一は車椅子を操作し、仁が覗いているモニターを見た。
「結構良い動きになってきたじゃないか。やっぱりお前を指導係に任命したのは正解だな」
しかし仁の顔は和らぐことなく、仁は優一に目を向けず、言葉をこぼす。
「……早すぎる」
「ん?」
「あいつの……玲奈の成長が早すぎる」
「お前の教え方が良いからだろ?」
優一は微笑みながら仁を茶化すが、仁は真剣な眼差しで優一を見る。
「いいえ。玲奈に教えたのは七色の使い方とブレーダーの基本だけです。1週間も経たないのにAランクトップクラスの動きはおかしいです」
優一は訓練を続けている玲奈を見て、軽く息を吐いた。
「良いことじゃないか。何度教えても成長しないよりは。順調に成長している弟子を見て素直に喜ぶのも師匠の仕事だぞ」
「しかし……」
何か言いたげな表情を浮かべる仁を見て、優一は言葉を続けた。
「それとも、玲奈に飛び方を教えてもらっているのに、一向に上手くならない自分に憤りを感じているのか?」
「いや……」
仁は優一から視線を逸らし、優一は優しく仁の頭を撫でた。いきなり頭に手を置かれて驚いた仁は、アホ毛をピンと立たせる。
「どんな訓練をしているのか分からないが、玲奈ちゃんの言うことをちゃんと聞いていれば、以前のお前……いや、以前のお前を超えるくらいの飛び方になる。これは予想じゃなくて確信だ」
優一の紫色の瞳を直視してしまった仁は言葉を返すことが出来ず、視線を落としてしまった。
『ゴースト100体撃破、終わったよ』
仁はモニターに視線を戻す。モニターに映し出されていた玲奈は、息を乱すことなくゴースト100体を撃破し、両刃剣を鞘に納める。
「あ……お疲れ。取り敢えず休憩だ。戻ってきてくれ」
『……了解』
仁の元気のない声を聞いた玲奈は少し険しい顔を浮かべて、電脳チャンネルから離脱した。椅子の背もたれに背中をベッタリと付ける仁に、優一は声をかける。
「仁」
「……はい」
仁はゆっくりと優一の方に目を向けると、優一が車椅子から立ち上がる。
「師匠! 急に立ち上がるのは危ないですよ!」
慌てて仁が優一の元に駆け寄るが、優一は軽く微笑んで仁の額めがけてデコピンを繰り出す。不意打ちのデコピンに仁は驚き、痛くもないのに額を手で覆い隠す。
「い、いきなり何するんですか!?」
「暗い顔してんじゃねぇよ。弟子が見たら不安がるぞ」
タイミング良くモニター室に足を踏み入れた玲奈は、状況を理解することが出来ず、呆け顔になる。優一と仁は一瞬だけ玲奈に目を向け、優一はニッコリと微笑む。
「俺のリハビリに付き合え。久しぶりに模擬戦するぞ」
意外な一言を聞いた仁は目を丸くし、相変わらず玲奈は呆け顔を浮かべる。
「も……模擬戦? 本気ですか?」
「本気だよ。久しぶりに遊んでやるから覚悟しろ」
優一は乗ってきた車椅子を置き去りにし、転送室に向かって歩みを進めた。急展開過ぎて体が動かない仁と玲奈。そして玲奈がポツリと言葉をこぼす。
「……ごめん、どんな展開で模擬戦になったの?」
仁は玲奈と目を合わせることなく、重い足取りで転送室に向かっていった。
「……優一さん、また空気の読めないことでも言ったのかな?」
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異次元電脳チャンネルの市街地に無事転送された仁と優一は、特に構えることなく模擬戦のルールを確認し合った。
「ルールはいつも通りの何でもありの1本先取。仁、全力で来い」
優一はバトルサポートを起動し、左腰に黒い剣を、右腰にはバスターを携えた。武器を出現させたのを確認した仁は、霊楼剣の柄に手を置き、臨戦態勢に入った。
「玲奈ちゃん、悪いけど開戦の合図をお願い」
『これより、桜井仁と大丈優一による模擬戦を始めます。開始5秒前。4・3・2・1……始め!』
電脳チャンネル内に玲奈の無線が響き渡り、仁は地面を思いっきり蹴って優一との距離を詰めた。優一は冷静に黒い剣を手に取り、仁の太刀を受け止めた。
「開戦と同時に距離を詰めてくるのは変わらないな」
奥歯を食いしばって押し切ろうとしている仁に対して、優一は涼しい顔で応戦する。そして隙を見つけて軽く剣を横に振って、仁に受け止めさせる。仁は霊楼剣の刃で受け止めようとするが、呆気なく吹き飛ばされ、一軒家に突っ込んでいった。
「おいおい、今のはどう見ても七色纏っていたのは分かるだろ。昔のお前なら受け止めるよりも躱す選択をしていたぞ」
半壊している家の中から仁はユラリと立ち上がり、袖で口の周りを拭いた。
(カウンターを取れると思っていたのが間違いだったか……今のは確かに1歩下がって様子を見るべきだった……)
選択ミスをし、棒立ちしている仁に、優一は容赦なく襲いかかった。
「戦場で棒立ちは死を意味するぞ」
一瞬にして仁の懐に入り込んだ優一は黒い剣を振る。
「……お、間一髪回避したか」
まともに太刀を食らったかと思われた仁だが、刃が触れる瞬間に大きく後退し、致命傷を免れる。しかし体勢が悪く、優一の追撃弾幕が襲いかかる。
「クッ!!」
仁は駆け出し、優一のバスターから放たれた銃弾を全て避ける。
「良い判断だ。だが、避けてばかりじゃ勝てないぞ」
優一は引き続き、仁に向かってバスターの引き金を引く。だが、今放たれた銃弾は爆風を発生させる一色を纏わせていた。仁の足下に着弾した瞬間爆発し、仁の姿は爆煙によって隠された。
「ダウンは取れてないが、足か腕の1本くらい死んだだろ?」
優一はバスターの銃口を少し下げて、爆煙を見続ける。余裕の傍観をしていたその時、優一の視界が突如真っ暗になり、何も見えなくなる盲目状態になる。
「なッ! これは……」
「霊楼剣技・夜桜!」
盲目の中、光り輝く1つの太刀筋が優一に襲いかかる。咄嗟の判断で優一は急所を狙ってくる太刀を躱そうとするが左肩を掠める。斬られた肩からは血が溢れ始め、優一は大きく後退し、肩に手を当てる。そして盲目状態から解放され、紫色の瞳で仁を睨みつける。
「やっと、霊楼剣技を使う気になったか」
仁の剣技をモニター越しで見ていた玲奈は鳥肌が立ち、不気味な笑みを浮かべてしまう。
「霊楼剣技……優一さんの動きが止まった一瞬を突いて太刀を……」
仁は軽く目を閉じ、数日前の記憶を蘇らせる。
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