悩む玲奈
暁美に呼び出された翌日。
玲奈たちは学校に向かっていた。しかし、玲奈の表情は心なしか曇っており、遼や詩織が声をかけても、気の抜けた声で言葉を返していた。そんな玲奈を昨晩から見ていた遼と詩織は深刻な問題だと捉えていた。
「思った以上に重症だぞ?」
「こんな時、なんて声をかけて良いのか分からないよ……」
玲奈に聞こえない程度で話す2人。そんな時、玲奈に声をかけた人物がいた。
「玲奈、青白い顔してどうしたんだ?」
「あ、仁。そんなに顔色悪かった?」
仁に気づいた玲奈は自分の顔に手を当てる。仁はため息をついて、玲奈の肩にポンと手を置く。
「らしくないぞ。そんな状態じゃ、俺に飛び方を教えるのは出来ないんじゃないか?」
「飛び方?」
「今日の夜の飛行訓練、楽しみにしているぞ」
一言だけ残して、仁は足早に学校に向かっていった。
「飛ぶ……ねぇ」
「桜井の言うとおりだぞ。どうしたんだ玲奈?」
「私たちで良かったら相談に乗るよ」
背後から声をかけてきた遼と詩織に顔を向けた玲奈は、少し無理をしながら微笑んだ。
「ありがとう。今は頭の中が整理できていないから、落ち着いたら話すよ」
再び2人に背を向けて、玲奈は歩みを進めた。
(飛び方……私はいつから飛んでたんだっけ?)
仁の一言によって、玲奈は自分が初めて飛んだときのことを思い出した。
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「わは~、お空に飛んでる~!」
「玲奈、お母さんにしっかり掴まってなさい」
玲奈は言葉に反応して、手の力を強める。小さな手がギュッと服を掴んだことを確認した母は、目を閉じて気流に体を預け、翼を羽ばたかせずに加速し、体に負担をかけない飛び方をした。高速で移動する中、玲奈は目を開けて景色を楽しんでいた。
「わあ~、お日様キレイ!」
「キレイでしょ? 空を飛んでいると、もっとキレイなものが見れるよ」
「ホント!? じゃあ、今度は玲奈の翼で飛びたい!!」
「ウフフ、もう少し大きくなったらね」
玲奈は母の顔を見て顔を膨らませる。
「もう少しって、この前は5歳になったら飛び方を教えてあげるって言ったのに!」
「そうだった? でも、あと1年我慢しなさい。6歳になったら教えてあげるから」
「ホント!? 約束だよ、お母さん!」
「玲奈との約束は破らないよ。楽しみにしててね」
「うん!!」
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「み……さわ……水澤さん」
意識を現実に戻した玲奈は周りを見渡す。とっくに授業は始まっており、隣にいた仁と女性教師は顔色が優れない玲奈を見つめる。
「集中できないの? 保健室で寝てて良いのよ?」
女性教師が優しく玲奈に声をかける。自分の机の上を見てみると、先日の試験の答案用紙が置いてあった。
「あ、いえ。大丈夫です」
「大丈夫なわけあるか」
隣の席から聞こえた声に玲奈は反応する。
「仁……」
「この1時間が終わったら保健室に行くぞ」
玲奈は静かに首を縦に振る。仁はそれ以上何も言わず、答案用紙に目を向ける。
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仁に半ば無理矢理保健室に連れていかれた玲奈はベッドの上に座る。仁は保健室を管理している先生に事情を話し、部屋から出て行ってもらった。
「……人払いは済んだぞ。今は俺しかいない」
「本当に大丈夫だってば」
玲奈は作り笑いで誤魔化そうとするが、仁は折れなかった。
「青ざめていて、集中力もなく、目の下にクマができている奴が、大丈夫なわけないだろ」
仁は玲奈の横に座り、1つため息をついた。
「大方、考え事をして眠れなかったんじゃないか?」
「そんなんじゃ……」
「朝食も食べられなかったんだろ?」
今朝の出来事を知っているかのように、仁は玲奈に問う。図星である玲奈は黙り込み、仁から目を背けた。
「何か悩み事でもあるのか?」
仁はのぞき込むように玲奈の顔を見る。玲奈はスカートの端をギュッと握る。
「……流石に仁でも話せないよ」
「……あの2人にもか?」
玲奈はゆっくり首を縦に下ろす。しかし、仁は諦めなかった。
「悩み相談も師匠の仕事だ。些細なことでも良い。話してくれないか?」
「しつこいよ。本当に話せないんだって」
玲奈は震えた声で言葉を返す。
「言わなきゃ今後に差し支える。頼む! 話してくれ!」
頭を下げてまで頼み込む仁だが、玲奈は目に涙を浮かべて拒否する。
「だから話せないんだって! 遼や詩織にも話せないのに……話せることならとっくに話しているよ」
「ホープ内の極秘情報か?」
しかし、玲奈から言葉は返ってこなかった。仁は頭をガリガリと掻き、目に涙を浮かべている玲奈の頭を優しく撫でた。頭を撫でられた玲奈は、フッと仁に目を向けた。
「何があっても、お前は俺が守ってやる。たとえ師匠や本部長と対峙することになっても、俺は傍にいる」
仁の口から出た温かい言葉に、玲奈は声を殺して泣き始めた。
「落ち着くまで泣け。泣いたら俺に話してくれ」
仁の言葉に玲奈は何度も首を縦に振った。
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数分経ち、ようやく泣き止んだ玲奈に、仁は水の入ったコップを手渡す。
「スッキリしたか?」
「……ありがとう、仁」
仁は軽く微笑み、玲奈の隣に再び座る。そして玲奈は覚悟を決めて、仁に隠していたことを話す。
「昨日の夜。私と優一さんと伊澄さんが本部長室に呼ばれたの」
「本部長に? それに師匠と真里さんも?」
「それで私のお母さんの話になったの」
仁は玲奈の目を真剣に見つめ、話の続きを促す。
「私のお母さんは、ホープ創設時の隊員だったって」
その一言を聞いた仁は目を丸くし、開いた口が塞がらなかった。
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時は遡り、昨晩の本部長室。
「私のお母さんがホープ隊員!?」
「そうだ。当時14歳で身寄りのない私を引き取ってくれた恩人の1人でもある。今まで知らなかったのか?」
「今まで知りませんでした……でも私がホープに入りたいっていったら猛反対していたのは覚えています」
暁美はスッと目を閉じて「そうか……」と言葉をこぼした。一瞬の静寂が訪れ、それを待っていたと言わんばかりに優一が口を開ける。
「どうしてそんなことを秘密にしていたんだ? 別に話しても良いだろ?」
「普通の除隊なら個人情報以外のことは話せるが、水澤さんのお母さんだけは伏せなきゃいけなかったの」
「どうしてです?」
暁美は真里に目を向けて、足を組み替える。
「そのことを話すのはまだ先だ。本人の了承を得ないと話せないことだ」
「また先延ばしか? それに俺たちは関係ないだろ? 玲奈と暁美だけで話せば良いんじゃないか?」
優一と真里は目を細めて暁美を見つめる。しかし、暁美はため息をついて言葉を返す。
「確かに伊澄は関係はないだろうが、優一は大いに関係がある。覚えていると思っていたが、覚えていなかったか?」
「全く記憶にない」
即答した優一に対して、暁美は仕方なさそうな表情を浮かべる。
「まあいい、来週には全て分かることだ。今日はここまでだ。水澤さん、お母さんには話を通していてね」
しかし、玲奈から返事はなく、玲奈は明後日の方向を見ていた。
「水澤さん?」
「あ、はい!」
反射的に返事をした玲奈だが、暁美たちの会話は全く聞いていなかった。
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「お前の母親がホープ隊員だったのか……」
「隊員であったことを隠していたことと、まだ秘密があるって知ったとき、頭の中がぐちゃぐちゃになって……何も考えられなくなったの」
「……それで、お前はどうしたいんだ?」
玲奈はゆっくりベッドから降り立ち、仁に真剣な眼差しを向ける。
「ちゃんとお母さんの口から本当のことを聞く。それで隠していることも全部話してもらう!」
涙を拭き取った玲奈の瞳は光に満ちあふれていた。その瞳を見た仁は軽く微笑んで、保健室の出入り口に目を向けた。
「盗み聞きとはあまり良い趣味じゃないな」
玲奈は振り返って入り口に目を向けると、そこには遼と詩織、さらには仁の妹の早紀がいた。
「悪い、盗み聞きするつもりはなかったが」
「……仁くんなら玲奈ちゃんの悩みを受け止めてくれると思って」
「遼、詩織……聞いての通りだよ。どうしても本部長から他人には話さないでくれって言われていたけど、私1人じゃ受け止められなくて……」
遼と詩織は玲奈の手を握り、優しく声をかけた。
「案外お前も顔に出やすいタイプだな。口止めされてたのは仕方ない。だけどもう少し俺たちを頼って欲しい」
「私が話したくなかった過去を話したんだから、玲奈ちゃんも話せなくても話して欲しかったな~」
冗談交じりで玲奈をいじる2人。いつもなら元気な言葉が返ってくるが、玲奈から出たのは意外な言葉だった。
「……2人とも……ごめんね。色々心配かけて」
涙を拭き取ったにも関わらず、玲奈の目からは涙が流れていた。2人は言葉をかけることなく、玲奈を優しく慰めた。
「やれやれ、悩みなんてない奴だと思っていたが、結構深刻に物事を受け止めるんだな」
「人間誰だって悩みはあるよ、お兄ちゃん」
「お前も盗み聞いてるとは思ってなかったがな」
仁は早紀を横目で見る。軽く微笑む早紀を見て、仁はため息をつく。
「それにしても、お兄ちゃんから胸キュンな台詞が聞けるとは思ってなかったよ」
早紀はニヤつきながら仁の顔を見る。
「は? 何のことだ?」
「とぼけたって無駄だよ。みんな鮮明に覚えてるから」
「だから何のことだ?」
ニヤついた表情を浮かべていた早紀だったが、キョトンとした表情に変わる。
「本当に自分の言ったこと覚えていないの?」
「言ったことは覚えている」
「じゃあ、お前は俺が守ってやるって言ったのはどういう意味で言ったの?」
仁は納得した表情を浮かべて言葉を返す。
「俺に話して本部長や師匠から罰を食らうことになったら、俺も一緒に罰を受けるって意味だよ」
その一言を聞いた早紀は呆れ顔になる。
「どうした? 呆れた顔して」
「いや……何でもないよ」
(胸キュン台詞だと思った私が悪かった……)
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